4.A-12.172 異世界ファンタジー契約
こうして朝霞は助けてくれた男の店で働かせてもらうことにした。
「分かった。それじゃちゃんと契約してもらうか。えーと、契約内容は、、、そうだな。その制服と契約魔法の分のリル《価値》を返済するまでは、給料の一部から天引きさせてもらう。返済が終わったらいつでも辞めていい。そんな感じでいいか?」
「分かりました。ちなみにどれくらいの金額ですか?」
「キンガク?服のリル《価値》のことなら、❸パース リル《価値》ってとこか。中古の服だし、それくらいにしといてやるよ」
聞いてはみたものの、朝霞にはどれくらいの値段なのかさっぱり分からない。
何故か朝霞はここの現地語を理解できるようになっている。
頭の中に翻訳された意味が浮かんでくるのだ。
けれども男が口にする数字の単位は、固有名詞などと同様に、意味不明な現地の単語にしか聞こえないのだ。
とはいえもらった服は明らかに新品で、とても中古服には見えなかった。
だというのに値引きした額を言われているようだし、どうやら男は朝霞にかなり気を使ってくれているみたいである。
ただでさえリスクを背負って勇者である朝霞を拾ってくれたのに、これ以上迷惑をかけるのは、あまりにも気が引ける。
「それって本当に適正価格なんですか?そもそもこれ、どう見ても新品ですよね?」
「まぁ確かに適正にはほど遠いな。アンタが構わないなら❾パースは払ってもらいたいんだが、その分返済に時間がかかるぞ?」
「構いません。お世話になるんですから、ちゃんと全額払います」
「分かった。それじゃ、契約魔法❹(ザー)パース リル《価値》でいいとして、合わせて⓭パース リル《価値》だな。それで契約魔法を準備するぞ」
そう言って男は作業机に向かって何やら準備を始めた。
その間に朝霞はさっそく制服を着てみることにする。
ワンピースタイプの服だが何故かボタンがなく、代わりに右袖が2つあった。
最初は困惑したが、試しに着てみると思っていた以上にしっくりくる。
ちなみに今まで朝霞は全裸だったので、そのまま袖を通すだけだ。
制服を着た瞬間に、ヒカるんの湯気が自動的に消える。
そろそろ精神エネルギーの残りが危うい時間だったので、正直助かった。
制服は白地で非常にシンプルなデザインだが、その分上品で洗練された印象がする。
貴族向けの室内着と言われても違和感がない。
そうこうするうちに男が黒い板を持って戻ってきた。
いつの間にか朝霞が着替えていることに驚いていたが、『似合っている』と褒めてくれた。
そうして立ったままの朝霞に、テーブルに隣り合って座るようにうながす。
まずは契約に名前が必要ということで、お互いに自己紹介する。
男の名前はナグリャと言うそうで、名字にあたるものはないみたいだ。
この世界には家名というものが無いのかもしれない。
「契約書を仕上げるから、間違いが無いように横でちゃんと確認してくれ。ちなみに文字は読めるか?」
男はそう言って机の上に黒い板を置く。
契約内容の文章が書かれているが、名前が入る場所が空白になっている。
男はその空欄に、ペンを使わず指で朝霞の名前を書き始めた。
すると金属みたいな石でできた不思議な板が彫られるようにして、青く光る文字が描かれていく。
魔法そのもののファンタジーな光景に、思わず見とれてしまう朝霞だった。
書かれた言葉は異世界文字なのだが、何故か朝霞にはその意味がちゃんと分かった。
『
カリファ契約
・アサカはナグリャから制服を❾⓿⓿⓿リルで購入する
・契約魔法の費用として❽⓿⓿⓿リルを両者で負担し、うち❹⓿⓿⓿リルをアサカがナグリャに支払う
・アサカは⓭⓿⓿⓿リルをナグリャから無利子で借り受ける
・アサカは⓭⓿⓿⓿リルを返済するまで、ナグリャのカリファ契約従業員として勤務する
・報酬のうち返済に充てる金額はアサカが自由に決定できる
・返済後はアサカのカリファ契約は完了してノルミャ契約に移行し、アサカが任意に契約を解消できる
』
意味の通じない単語も多少あるが、書かれている内容は概ね説明にあった通りだった。
借りたお金も無利子にしてくれるあたり、本当に良心的な契約のようだ。
「問題なければ、ここに親指を当てて『アサカ リド カリファ』と言ってくれ」
「はい、分かりました」
異世界のファンタジーな契約魔法に少しワクワクしながら、朝霞は石板の左下にある不思議な模様に親指を当てる。
「アサカ リド カリファ」
すると石板に書かれた全ての『アサカ』という文字が赤く光り出した。
続いてナグリャが石板の右下の模様に親指を当て、『ナグリャ ミニョ カリファ』と唱える。
今度は『ナグリャ』の文字が黄色く光り出し、最後に『カリファ』の文字がオレンジ色にひときわ眩しく光り出した。
やがて文字の光が消えいくとともに、朝霞は不思議な力が全身に及んでいくのを感じた。
座っているのに落下していくような、全身が縛られるような、変な感覚であった。
背筋がゾワゾワするようなイヤな感触に朝霞が戸惑っていると、突然ナグリャが立ち上がる。
そうして持ち上げた石板を朝霞の方に向けた。
何事かと見上げる朝霞に、ナグリャは笑顔を浮かべる。
だが今までと違ってそれは獲物を狙うような、どこか不安な気持ちにさせられる笑顔だった。
「それじゃ、試してみるぞ」
「えっ!?」
「動くなっ!!」
「っ!!」
ナグリャがそう言った瞬間、朝霞の全身が金縛りにあったかのように身動き1つできなくなった。
まともに声を出すことすらできない。
そんな朝霞の様子を確認するなり、ナグリャはゾッとするような嘲笑を浮かべた。
初めて危機感を覚えて、朝霞の背筋に冷たいものが走る。
だがそのときには全てが手遅れであった。
「こんなあっさりとカリファ契約してくれるとは、簡単で助かったぜ」
朝霞に向けて嘲りの視線を隠さなくなったナグリャの姿を見て、朝霞はようやく騙されていたことに気付いた。
今までの朝霞を気遣うような態度も、全て朝霞を油断させるための演技だったのだ。
最初に朝霞を疑うように怒鳴りつけたのは、逆に自分の方が疑われないようにするため。
高価な服をタダでくれようとしたのは、朝霞に良心の呵責を感じさせるため。
最初は出て行けと言っていたのも、いつでも自分から出て行けると思わせて、朝霞を捕えることが目的だと悟らせないため。
はじめのうち契約を嫌がって見せたのも、朝霞が自ら契約を求めるように仕向けるため。
そして何より朝霞に借金の額がどのぐらいかを、一度たりとも具体的に答えなかった。
まだ16年しか生きていない朝霞にとって、人を騙すことに長けたナグリャは、あまりにも悪辣であった。
ゾッとするほど冷たい表情を見せるナグリャは、奥のドアに向かって声をかける。
「おいっ、もう入ってきていいぞ!」
するとガラの悪い男たちが何人も入ってきた。
明らかにカタギではない男たちだ。
下卑た笑いを浮かべながら、逃げ道を塞ぐように朝霞を取り囲む。
困惑する朝霞にナグリャがネタバラしを始めた。
「『カリファ』ってのがそっちの世界に無い単語だってのは知ってたからな。騙されたのに気付かなかっただろ?」
「っ!!」
「お前らの世界で近い言葉だと、、、『操り人形』もしくは、、、『奴隷』だよっ!!」
「んーっ!!」
動きを封じられた朝霞の口から、声にならない悲鳴がこぼれ出る。
自分がナグリャに騙されて奴隷にされてしまったのだと知って、朝霞は目の前が真っ暗になるのを感じた。
そんな朝霞の姿を見て、男たちが口々に囃し立てる。
「ひゃ〜はっは、見ろよこの顔!」
「勇者サマもこうなっちゃオシマイだなっ」
「しっかしスッゲぇ美人じゃねえか!」
「こんな美少女勇者をカリファにしちまうなんて、さすがだぜアニキ」
だが朝霞にとって真の絶望は、その後だった。
ナグリャが冷酷に朝霞を見下ろし、恐ろしい真実を告げる。
「そうそう、ここがどういう店か言うのを忘れてたな。お前にも分かるように言ゃぁ、『裏売春宿』さ」
「ぅんっ!!!」
「安心しな。⓭パースの借金くらい、真面目に毎晩何人もの男の相手をしてりゃ、ババアになる頃には返済できるぜ」
「ギャハハ、⓭パースwww?ナグリャさん、鬼畜すぎっ!」
「そんな大金、一生かけても返せねぇよ!」
大笑いする男たちに囲まれて、朝霞は自分の人生が破滅したことを悟った。