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4.A-11.171 救いの手

 何人もの住人たちが、朝霞を追いかけてくる足音が聞こえる。


「おいっ、やめとけっ。相手は勇者だぞ!」

「いやっ、だけど逃げたってことは弱いんじゃねぇか?」

「俺たちでも殺せるぞっ!!」


 反射的に逃げてしまった朝霞の判断は間違いであった。

 それが住人たちの衝動に火を付けてしまったのである。

 捕まったら何をされるか分かったものじゃない。

 助けを求めても誰も味方になってくれないだろうことは、容易に想像できた。


 後ろから追いかけてくる何人もの男たちの足音が、どんどん近づいてくる。

 朝霞の足ではとても逃げ切れるとは思えない。

 パニック状態の朝霞は反射的に大通りを曲がって、細い路地へと飛び込む。

 だがその先には何もない壁が続いているだけで、身を隠せる場所などなさそうだ。

 これではすぐに追いつかれてしまう。

 判断ミスを悔やみながらも、絶望的な気持ちで走り続ける朝霞。

 すると突然、ツルツルの壁に見えた建物の一部が内側に開いた。


「こっちだっ!早くっ!!」


 建物の中から男性の焦ったような声が聞こえてくる。

 継ぎ目のない一枚の壁にしか見えなかったが、そこには裏口のドアがあったようだ。

 朝霞は反射的に、言われるがままに建物の中に駆け込む。

 ドアがすぐさま閉じられ、、、


「こっちだ!!!」

「ここを曲がったぞ!!」


 その直後に外の路地から男たちの怒号が聞こえてきた。

 部屋の中で床にへたり込みながら、荒い息を整える朝霞。

 壁の向こうからは、何人もの男たちの足音と怒りの声が聞こえてくる。


「いねぇぞっ!!どこ行った!?」

「どこかでまた曲がったんだろ!」

「まだ遠くにゃ行ってねぇはずだ!探せっ!捕まえて殺すんだぁっ!!」


 恐怖に震えながらドアを見つめて朝霞が息を殺していると、男たちの声と足音が遠ざかっていく。

 どうやら助かったようだ。

 ふぅぅ〜っと、止めていた息を吐き出す。


「おいっ!死にたいのかっ!勇者がノコノコと現場に現れて、何のつもりだっ!!」


 だが床に座り込んでいた朝霞は、息をつく暇もないまま怒鳴りつけられてしまった。

 押し殺したような小声だが、激しい怒りが込められている。

 見上げた先にいたのは、30歳くらいの身なりの良い男だった。

 朝霞が困惑して言葉を返せないでいると、男がさらに問い詰めてくる。


「俺は勇者だからって全員悪人だと決めつけたりゃぁしねぇが、もし冷やかしに来たってんなら見逃すつもりはねぇぞ!」


「違いますっ!わたし、この街に来たばかりでっ、何も知らなかったんです!!」


 慌てて弁明する朝霞。


「そうかい。だが俺は別にアンタを助けたかった訳じゃない。アイツらが勇者殺しの罪でリューイン《創世神》から罰を受けるのを恐れただけだ。ただでさえ勇者に家族を殺された被害者が、これ以上勇者のせいで不幸になるなんて許せねぇだろっ!」


「すみません。もっと良く考えて行動するべきでした、、、」


 男の言葉を聞いて、素直に謝罪する朝霞。

 いかに自分の考えが足りなかったかを恥じ入るばかりだった。

 とはいえこの男は厳しい言葉とは裏腹に、実はすごく優しい人だと思える。

 ちゃんと叱ってくれる大人はありがたい存在だと、朝霞は普段から認識していた。

 何よりこの男性は朝霞のことを、最初から勇者だからといって毛嫌いすることもないようだ。

 極度の男性恐怖症の朝霞ではあったが、この男となら普通に話せそうな気がした。

 この街で初めて他人からの優しさを感じたからというのも大きい。


「まぁその様子ならホントに何も知らなかったんだろうが、分かっただろ!アンタがこの街にいるのは迷惑なんだ。しばらくはかくまってやるから、ほとぼりが冷めたらすぐに街を出ていくんだぞっ!」


 その言葉は相変わらず冷たいが、初めて朝霞とまともに話してくれた住人である。

 この男に見捨てられたら、朝霞はもうこの世界で生きていけそうにない。

 とはいえ男の言う事はもっともだし、ずっと置いてくれなんて頼めるわけもない。

 それでもここから全裸のままで放り出されたらと思うと、不安で心細くてしょうがない。

 何も言えないまま、捨てられそうなネコのように潤んだ瞳で朝霞は男を見上げ続ける。

 その憐れみを誘う姿に、男もさすがにほだされたようだ。


「まぁ、でもこのまんま放り出したんじゃ、すぐに見つかるよな。全く何て格好してんだよ!」


 男は湯気だけの『服』を着た朝霞を呆れたように眺めると、大げさにため息をついて厳しかった表情を緩める。

 そうして部屋の奥にあるクローゼットのようなものをあさり出した。

 今さらながらに避難させてもらった部屋の中を観察する朝霞。


 そこはどうやら何かの店の裏手にある、事務所か控室のような場所であった。

 部屋の真ん中には金属みたいな石でできたテーブルがあり、円柱状の椅子がいくつか置かれている。

 奥には作業机やクローゼット、荷物棚などが置かれていた。

 しばらくすると、男がクローゼットから白い服を持ってきて手渡してきた。


「しゃあねぇ。ほら、ウチの店の制服だっ!恵んでやるから、さっさと着替えな。顔と指を隠したらすぐに街から出て行くんだ!」


 なんと労せずして、最大の目的であった服が手に入ってしまった。

 ありがたく制服を手に取る朝霞。

 それは布ではない不思議な材質で出来ていた。

 絹のような上質な光沢で、驚くほどに肌触りがいい。

 広げてみるとデザインも洗練されていて、一目で高級品だと分かった。


「こんな高そうな服、タダでもらう訳にはいきませんっ!」


「そんなこと言ってもリル《価値》なんて持ってねぇだろ!?それとも、ここの前にどこかの街で何かやってたのか?」


「いいえ、わたしこの世界に来たばかりで、森で猛獣に襲われて、何日もずっと逃げ続けて、やっとここまでたどり着いたばかりで、、、」


「やっぱり❶リル《価値》も持ってねぇんじゃねぇか!その上勇者のくせにモンスターを倒すのすら無理なのかよ!それじゃ冒険者にすらなれねぇだろっ。どうやってリル《価値》を稼ぐつもりなんだよ」


 呆れたように男が言う。

 異世界ファンタジーものを知らない朝霞は、冒険者というのが何なのかさっぱり分からない。

 だがどうやら勇者というのはモンスターと戦ってお金を稼ぐのが普通のようだ。

 とはいえ虫も殺せない朝霞にとっては、とても無理な話である。


「そんな、あんな怖いのと戦うなんて、ぜったいムリで、、、だから、服の分のお金は働いて返させてください」


 そう頼み込む朝霞に、男は少し困ったような表情を見せる。


「ん〜、まぁしばらくウチで働くって手もあんだが、ココはちょっと特殊でな。ちゃんと契約しないと仕事をさせらんないって法で決まってんだよ」


「そうなんですか、、、」


「知り合いんトコで働けないか聞いてみることもできなくはないんだが、さすがに勇者ってバレちゃ、アレだしな、、、」


 街の人たちの反応からして、勇者である朝霞を雇ってくれる場所が他に見つかるとは思えない。

 そもそも信用できるこの男性と違って、対人恐怖症の朝霞が他の人の元で働けるとは思えなかった。

 何としてもこの男性のところで働かせてもらいたい。

 朝霞はダメ元で聞いてみる。


「ちなみに契約するってのは難しいんですか?」


「アンタがいいんなら出来なくはないが、契約魔法にはかなりのリル《価値》が要るんだよ。だからその分だけ長めに働いてもらうことになるぞ」


 リルというのは恐らくはこの街のお金のことなのだろう。

 少し余分に働くだけで雇ってもらえるなら、朝霞には悩む余地などなかった。


「それくらいなら大丈夫です。ちなみにどんな仕事なんですか?」


「どうせ行く宛はないんだろうから住み込みで、最初は雑用からだな。もしやってけそうなら、そのうち接客をやってもらうことになるが」


 問題は業務内容だが、接客というのは朝霞にとっては途轍もなくハードルが高い。

 それでも四の五の言っている場合ではなかった。


「はい、、、頑張ります」


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