4.A-10.170 爆心地
「えぇっ!?いきなりそんなん言われても、ウチも余裕はないからのぅ」
雇って欲しいという朝霞の突然のお願いに、男性が困惑した声を上げる。
「お願いしますっ!お金なんてぜんぜん貰えなくてもいいんです。わたし、ここに来たばかりで、行く宛もなくて、、、」
それでも必死で頼み込む朝霞に、夫婦が顔を見合わせる。
「わたし、植物を育てるのが大好きで。どんなキツい仕事でも、お花と一緒なら頑張れますからっ!」
「それでも可哀想じゃが、、、」
「なぁ、あんた。こんだけ美人の娘が店番やってくれたら、お客さんも増えるんじゃないかい?」
だがそこで女性の方が助け船を出してくれた。
「言われてみれば、そうかもしれんのぅ、、、」
「ねぇ、あなた。給料なんてほとんど出せないわよ。パスリル《生存税》を抜いたらほとんど残らない。家事雑用もやってもらって、それでも良ければ住み込みで面倒は見てあげるわ」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
パスリルというのが何なのかはさっぱり分からないが、ほぼタダ働きということだろう。
決していい条件とは言えないが、今の朝霞にとっては住まわせてくれるだけでもたまらなく有り難い。
感激した朝霞は丁寧に頭を下げて礼を言う。
ほっとして思わず流れ落ちてきた涙を、反射的に右手でぬぐう。
当然ながら朝霞の5本の指が、夫婦の目の前にさらけ出された。
その瞬間、優しかった2人の表情が激変した。
「おいっ!!オマエ、勇者かっ!」
「勇者なんか置いたら、ウチの店が潰れちゃうじゃないっ!さっさと出てっとくれ!」
朝霞に向けて罵声を浴びせる夫婦だったが、この2人に見捨てられたらおしまいである。
簡単に諦められるはずもなく、朝霞は涙ながらに懇願する。
「お願いしますっ!何でもしますからっ!わたし、どこにも、、、キャっ!」
だが頭を下げて必死に頼み込む朝霞に向けて、女主人が土を投げつけてくる。
「知ったこっちゃないわよ!」
「何でもするってんなら、身体でも売りゃいいだろ!この人殺しがっ!!」
取り付く島など、全くなかった。
夫婦のあまりの豹変ぶりに、さすがに恐怖を感じて店を出る朝霞。
その背中に向けて、店の中から石や土が飛んでくる。
泣きながら逃げ出す羽目になった朝霞であった。
そのあとも大通りを歩き続ける朝霞だったが、その足取りは重い。
これだけ負の感情をぶつけられ続ければ、さすがにこの街でやっていくのは無理があると分かる。
むしろもっとヒドい目に遭う前に、さっさと街から出た方が利口である。
だが感情がグチャグチャになってしまった朝霞は、しばらくは何もまともに考えられなかった。
ようやく落ち着いてきたのは、うつ向いたまま街の奥までかなり歩いてきてしまってからのこと。
ハッとなって、引き返した方がいいかと顔をあげる。
だがそこで目に飛び込んできた衝撃の光景に、朝霞は思わず足を止める。
「えっ、何これ、、、?」
そこは大通りを門から城までの距離の半分ほど歩いたあたりだろうか。
キレイに続いていた街並みが、そこで突然途切れていた。
まるで隕石でも落ちたかのように巨大な穴が出来ていたのだ。
近くの建物のほとんどが大きく損壊している。
さらにそこから見渡すと、あちこちに一直線に街が壊された痕ができていた。
竜巻が通ったような、あるいは戦車が暴走したような様子である。
どんな災害が起きたらこんなことになるのか、朝霞には全く見当もつかなかった。
既に復旧に取り掛かっている場所もあり、早くも建物の建設を始めている様子も見てとれる。
だが反対に瓦礫が残ったままの家々も多い。
そしてそんな残骸の前で膝をついて涙を流している人々の姿も多く見受けられた。
惨劇の場から恐る恐る後ずさろうとした朝霞の耳に、街の人たちの声が聞こえてきた。
「あのクソ勇者め、、、」
「絶対に許さねぇ。殺してやる、、、」
「なんであんな人殺しが野放しになってんだよっ!!」
怨嗟に満ちた住人たちの声。
それを聞いてようやく、朝霞はどうして異世界の勇者がこれほど憎まれているのかを理解した。
どうやら朝霞と同じように地球からやって来た人がいて、この惨状を引き起こしたようである。
そして街の人たちの恨みは犯人だけでなく、全ての勇者に向けられているのだ。
もし朝霞が勇者であることが知られたら、、、
「この女!勇者だっ!!!」
朝霞がそう思ったときには手遅れだった。
住人の1人が大声をあげる。
その瞬間、その場にいた人々の怒りの視線の全てが、朝霞に集中した。
「ホントだ!5本指だぞ!」
朝霞は今まで指を握りしめて隠すように気をつけていたはずだった。
けれどもあまりの惨状を前にして、無意識のうちに口に手を当ててしまっていたのだ。
「クソ勇者の仲間だっ!殺せっ!!」
「落ち着けっ!勇者に手出しはできねぇんだ」
「そもそも殺せるわけねぇだろ!返り討ちにされるぞ!」
この場にいた人たちの多くは、大切な人を勇者に奪われたのだろう。
これまでの住人たちとは、怒りのレベルが桁違いであった。
話す内容も飛び抜けて過激である。
勇者が怖くて手出しできないみたいだが、朝霞が何の力もないか弱い存在だと気づかれたら、本当になぶり殺しにされかねない。
恐怖とパニックで身動きできない朝霞。
「痛たっ!」
そんな朝霞に小石がぶつけられた。
「母さんを返せっ!人殺し勇者っ!」
小さな少年が泣きながら石を投げてくるのだ。
その妹と思われる幼女と一緒になって。
子どもの力とはいえ、朝霞にとって投石はかなりの苦痛だ。
湯気で覆われている部分はヒカるんの力によるものなのか、何故か衝撃を感じない。
けれども剥き出しのスネとかに当たると、あまりの痛みに涙が出そうになる。
何よりこれほどの憎悪をぶつけられるのは、恐怖でしかなかった。
朝霞は衝動的に背を向けると、その場から全速力で逃げ出す。
「逃げたぞっ!」
「追えっ!捕まえて殺せっ!!」
そんな朝霞の背後からは、住人たちの恐ろしい声が迫り来るのであった。