4.22.146 全適性の魔法使い
『アグロノイナン《完全魔術師》』のリカ様といえば、この異世界ミグルで知らない人がいないくらいの有名人なんだという。
全4層のあらゆる属性の魔法を高レベルで使いこなす、文字通りパーフェクトな魔法使いである。
「えっ?それ、どうやって邪神のトラップを回避したんだ?」
「それは分かんないの。アタシたちも面識があるわけじゃないから」
「だけど高梨さんはあちこちで人助けをしてて、日本人だっていうのに彼女だけはミグル人からの人気も凄まじいわ。正に絵に描いたような勇者ね」
「しかもすっごい美人で、ミグル中に写真が出回ってんだぜ」
どうやらリカ様はこの世界ではアイドルのような存在らしい。
キルナみたいなアイドル冒険者もいるし、ここミグル《内側》では『強さ』も人気に直結する要素なのかと考える真一。
実際にこのミグルでは高ランクの冒険者や兵士たちが、人々からの熱狂的な支持を集めていた。
そんななかで全世界でたった1人の魔法全適性なんて、そりゃ『リカ様』がスーパースター扱いされるのも当然だろう。
「世界で唯一の全適性持ちだし、みんなの憧れの的だよな」
「それが違うんだよね。一応このミグルにはもう1人だけ全適性持ちがいるの。まぁ、高梨さんとは正反対のとんでもないヤツだけどね」
「そんなにヒドい勇者なのか?」
「勇者じゃないわ。ここミグルの現地人よ。『ベドベダルの魔女』。なんでも遊び半分で領民を何百人も焼き殺したらしいわ」
「そりゃヤバいヤツだな。だけどさすがにもう討伐されてるんだろ?」
街に入るときに言われたが、殺人などの凶悪犯罪者は問答無用で死刑なのだ。
リルルカ《価値化》という名前の極刑に処されて、経験値へと変えられるのである。
そんな大虐殺を引き起こした重罪人なら、とっくに処刑されているだろうと考えた真一だったが、、、
「討伐も何も、その魔女はベドベダルって街の王女様よ。住民をどれだけ虐殺したって、誰も歯向かったりなんてできないのよ」
とんでもない殺戮プリンセスがいたものである。
そのベドベダルという街には近づかないように心に刻んだ真一であった。
だいぶ話が逸れたので、話題を元に戻すことにする。
「それで4層ってそれぞれ、具体的にはどんな属性があんの?固体の層が土魔法で、液体が水魔法なんだよな。だったら火魔法は気体の層?」
「う〜ん、それが違うんだよね。火属性は気層(3層)じゃなくて動層(4層)ね。気層(3層)は風とか音みたいな気体の魔法で、動層(4層)は火とか光みたいなエネルギー状態」
マコの説明によると、、、
1層(物層):固体魔法
土属性、鉱属性、肉体属性など。
2層(液層):液体魔法
水属性、治癒属性、血属性など。
3層(気層):気体魔法
風属性、結界属性、息属性など。
4層(動層):エネルギー魔法
火属性、光属性、魂属性など。
という感じらしい。
「ほぇ〜、なるほど。それじゃ雷魔法も動層?」
「雷はないわよ」
「えっ?」
「だってこの世界には雷なんて無いもん」
「それどころか雨すら降らないからな。シンイチ、ここに来てから雲とか見たことないだろ?」
相変わらず常識外れすぎる異世界であった。
「確かに、島は浮いてても雲は浮いてないもんな、、、」
「あぁ、ちなみにあの空を飛んでる島が何なのかは誰も知らないわよ。こっちの人は創世神の庭だなんて言ってて誰も近づかないみたい」
「まぁ、そもそも簡単に行ける場所じゃないしな」
「風魔法を使える勇者が無理やり飛んでいったことはあるらしいけど、な〜んにも無いただの島だったそうよ」
ファンタジー世界だからそういうものかと受け入れていた真一だったが、確かに島が浮いているとか異世界すぎる話であった。
「あれっ?だけど雨も降らないって、この星の水ってどっから来てんの?森からデケぇ川とか流れてたんだけど」
「あぁ、それはリィリュウ《聖廟》よ。あの空に浮いてる神殿」
「リィリュウはミグルの結界だけじゃなくて、水も生成してるのよね。ほら、天山の上に円柱みたいなのがあるでしょ?あれ全部、神殿から降り注いでる水なのよ」
「マジかよっ!?」
ユキが窓の外に見える天空神殿と天山を指差して説明する。
言われてみれば、真一は天山の頂上付近から立ち昇っている『光の柱』が気になっていた。
直径2キロメートルくらいの巨大な柱である。
けれども実際にはあれは、天空神殿から降り注ぐ水だったようだ。
といっても天空神殿から直接降ってきているわけではないらしい。
天空神殿のはるか下、天山の上空5万メートルあたりの位置で、空中に巨大な魔法陣のような何かが展開されているそうだ。
大量の水はそこで生成され、円柱状に天山に流れ落ちているのだ。
このミグル《内側》に存在する自然の水は、全てそこからまかなわれているという。
聞けば聞くほど創世神であるあの邪神が無理やり作り上げた、ゲームというか遊び場のような世界であった。
「いろいろ教えてくれてありがとう。それじゃ本当にこれが最後の質問なんだけど、、、俺の身体のパーツって、どっかで見かけたことないかな?」
「ごめん、さすがにバラバラ死体は見たことないな〜」
「いや、死体じゃねぇからっ!!」
マコのブラックジョークに真顔でツッコミを入れる真一であった。
「マコのボケは置いといて、この広い世界のどこにあるか分かんないんじゃ、普通に探すのは無理でしょ。何か手がかりはないの?」
ユキの話ではこの結界に守られた異世界ミグル《内側》は、直径3000キロほどの円形であるらしい。
北海道から沖縄までがまるっと収まるくらいの大きさである。
その中から15個の小さなパーツを探し出すなど、気が遠くなりそうな難題だ。
「う〜ん、いくつかのパーツには状態異常が発生してるんだけど、それが手がかりになるかな」
「どんなのがあるの?」
「えーと、『燃焼』、『凍結』、『水没』、『捕食』、『毒』、『真空』、『寄生』、『裂傷』だったかな」
記憶にある状態異常を列挙してみる真一。
改めてステータス画面を見て発生中の項目に変化がないか確認したいところだったが、ここでステータス画面を出すわけにはいかない。
至聖龍のことが書かれているので、ユキたちに見られたらアウトなのである。
「シンイチ、それだったら2つの場所はほぼ確定よ」
するとユキが自信満々に断言する。
「えっ?マジで?」
「もちろん。1つは分かるでしょ。『真空』なんてあのリィリュウ《聖廟》しか考えられないわ」
そう言ってユキは窓の外に見える天空神殿を指差す。
「あ、うん、それはそうかなぁ〜とは思ってた。あそこってどうやったら行けるの?」
「そんなの誰も知らないわよっ!歴史上誰もたどり着いたことなんてないんだもんっ」
「マジか、、、」
飛行スキル持ちのエピーなら、飛んでいけるだろうか?と考える真一。
とはいえ行き先は『真空』状態異常が発生するような高さである。
さらには創生神の棲家と言われる場所なのだ。
下手したらあの邪神と鉢合わせする危険性もある。
今すぐどうこうできるとは思えなかった。
「それでもう1つは?」
「『氷結』よ。この世界にはそもそも氷って概念がほとんど無いの。世界中温暖で、水が凍るほど寒くなることなんてないのよ」
「雪どころか雨すら降らないんだからな」
「だからね、氷魔法なんてのも存在しないわよ」
相変わらずすぎる異世界であった。
ちなみに雷もそうだが、このミグルの自然界に無い現象は、現地人には概念すらほとんど知られていない。
そのため氷魔法も雷魔法も存在しないことになっているんじゃないか?、という話だ。
ただしそれは神殿で習得できるテンプレート属性に無いだけである。
転生特典で氷や雷を選んだ勇者もいるし、自力で再現した勇者もいるらしい。
「でね、そんな世界で氷結している場所なんて1箇所しかないわ」
そう言ってユキは個室の窓から見える、遠くのある場所を指差す。
「天山の頂上よ」