4.8.132 異世界ミグル《内側》
真一は物理や天文にそれほど詳しいわけではないが、静止衛星の仕組みくらいは知っている。
衛星軌道上に打ち上げられた人工衛星の公転周期、つまり地球を一周するのにかかる時間は、その衛星の高さによって決まる。
高度の低い軌道をとる衛星ほど速く、地球から遠くを周回するものほど遅い。
何故なら衛星が地球の周りを回るときの遠心力と、地球に引っ張られる重力が、釣り合うようになるからだ。
そしてこの公転周期が地球の自転周期と等しくなる人工衛星が、静止衛星である。
この静止衛星は約24時間で地球を一周するので、常に地球のある地点の真上に『静止』する軌道をとるのだ。
あの天空神殿『リィリュウ《聖廟》』も常に天山の上空にあるというのなら、きっと静止衛星軌道を周回しているのだろう。
この惑星の1日と同じ約32時間という周期で、この星の周りを公転しているのだ。
魔法のあるこの世界でも、地球と同じ物理法則が働いているのであれば。
そんな静止人工衛星と思われる天空神殿だが、ジャーサーの話からしてあのインチキ邪神の創世神が作ったもののようだ。
人工衛星ならぬ、『神』工衛星である。
本当にあの邪神は天空神殿に住んでいるのだろうか?
そして邪神が作った天空神殿には、何か良からぬ意味があったりしないのだろうか?
「あの『りーりゅー』ってのは、一体何なんですか?」
気になった真一は根本的なところを聞いてみることにする。
するとジャーサーたちは心底呆れたような表情を見せた。
「獣人ってのはそんなことも知らねぇのか?このミグル《内側》があんのはリィリュウのおかげだってのに!」
「ジャー、ヴォイグル《未踏領域》に住んでた獣人なら、パスリル《生存税》を納めてないんじゃないの?」
「そんな訳ねぇよっ!ここまで強くなんのにパスモ《強化成長》してねぇわけないだろ?」
生存税?
パスモ?
それが天空神殿とどう関係あるのか 真一には話がさっぱり見えてこない。
「せいぞんぜい?そんなの知らないニャミュ」
「いや、お前らの村にもリューイン《創世神》のミコル《祠》くらいあっただろ!」
このパターンは前に冒険者ギルドであったのと同じ流れだ。
祠や神殿を使わずにレベルアップできるのは、勇者とモンスターだけなのである。
ここで知らないとか言ったら、真一やエピーたちの正体がバレてしまう。
冷や汗を流しながら、全力で知ってるフリをする真一。
「あぁ!アレね!アレアレ。良く行ったな〜ミコル!」
「ミュイ〜、毎日行ったよね!ミコル〜♪」
賢いエピーも真一に合わせてくれた。
不思議そうにしているのは、アホの子ドリーだけである。
「で、モンスターを倒して得たリル《価値》をミコル《祠》にピール《奉納》してただろ?そうやってパスモ《強化成長》するんだからな」
例の意味不明な呪文、『リルをミコルにピールしてパスモ』の登場である。
この世界の人間は、経験値を創世神の祠に奉納することで、レベルアップしているみたいなのだ。
「だけどピール《奉納》したリル《価値》は、全部がパスモ《強化成長》に使われる訳じゃない。半分はパスリル《生存税》として徴収されんだよ!」
「徴収ってどこに?」
「そりゃ、リィリュウ《聖廟》に決まってんだろ!リィリュウは集めたリル《価値》を使って結界を維持してんだ」
「結界?」
「リャングル《外側》の瘴気から俺たちを守る結界だよっ!人間が生きていけるのは、結界に守られたミグル《内側》だけだからな!」
「ぁあっ!」
だからこの世界のことを『ミグル《内側》』って言うのかっ!!
ジャーサーの話で、いろいろと疑問に思っていたことが一気に明らかになった。
つまりこの異世界は、天空神殿が生み出す結界の『内側』の世界なのだ。
静止衛星軌道上にある天空神殿から、円錐状の結界が常に地上へと展開されているそうだ。
ちなみに後で聞いた話によると、結界は透明度の高いピンク色のバリアのような見た目をしているらしい。
この異世界ミグル《内側》の空がピンク色なのは、その結界を通して空を見ているからなのである。
ミグル《内側》の端まで行けば、結界を目の前で見ることができる。
外の瘴気を防ぐだけの結界で、自由に出入りすることも可能なんだそうだ。
そして結界で守られた領域『ミグル《内側》』は真円形状をしているらしい。
その真円の中心にあるのが天山であり、天空神殿はその天山の真上にある。
天山は文字通りこの異世界ミグル《内側》の天井とも言える最高峰で、標高は3万メートル近くに見える。
さらに天山は巨大な壁のような山脈の一部でもあった。
その壁のような山脈も、低いところでも1万メートルくらいの高さはありそうだ。
現地では『天断山脈』と呼ばれているらしい。
そしてその天断山脈によって、ミグル《内側》は大きく3つの領域に分かれている。
真一が今いる場所で、人々が暮らす『マヌングル《人間界》』。
魔王が支配する、瘴気に覆われた死の土地『ウズングル《魔界》』。
そして人間も魔族も容易には踏み込めない、幻獣種モンスターだらけの『ヴォイグル《未踏領域》』。
どれもこれまで度々耳にした名前であった。
この3つの領域は天山を中心として、円グラフのように天断山脈によって分割されている。
といっても面積は大きく異なっており、人間界は5/16ほど。
魔界に至っては、わずか1/16のみ。
残り10/16という広大な土地は、全て未踏領域となっているそうだ。
そして結界の外の『リャングル《外側》は魔界よりも遥かに濃い瘴気が充満している。
人間やモンスターはもちろん、並の魔族ですら一息吸っただけで即死するほどだそうだ。
そしてその結界は、人々がモンスターを倒して入手した経験値の半分をエネルギー源としている。
なるほど生存税って言うのも、まさにその通りだ。
人類が生きて行くために必要なリル《価値》を、みんなで生産・奉納しているわけである。
「あれっ?だけどみんなモンスターと戦ってる訳じゃないですよね?戦闘できない人はどうしてるんですか?」
「働いて稼いだリル《価値》からパスリル《生存税》をコルバ《神殿》に納めるのよ」
話によると生存税の額は誰でも同じで、256日ごとに256リルだそうだ。
この異世界ミグル《内側》には地球の『年』に相当する概念はないみたいだ。
なのできりのいい1シス日=256日を、1つのシーズンとして扱うらしい。
そしてそのシーズンごとに256リルを、必ず納税しないといけないのだ。
日本円にするとおよそ130万円という、決して安くはない額である。
この義務は子どもにはなく、日齢が1パース日=4096日に達した日から発生するそうだ。
そこで成人扱いってことなのだろう。
実際に生まれてからの時間は、1日約32時間の4096倍なので、地球だと15〜6年ってところだ。
そしてこの神殿に納めるリル《価値》は、モンスターを倒して得られたリル(※経験値)である必要はない。
普通に売買や労働報酬などで得られたリル(※お金)でも構わないそうだ。
というか、むしろその方が一般的。
普通の人は手持ちのリル(※お金)から生存税だけを納めて、パスモ《強化成長》のためにリルを使ったりはしないそうだ。
「だけど、お金持ちなら余裕があるんだし、それでパスモしたりしないんですか?」
神殿でリルを納めれば強くなれる世界だ。
商人や貴族だって強いに越したことはないはずである。
だったら金持ちは神殿でどんどんパスモ《強化成長》していてもおかしくない。
もし真一が金持ちだったら絶対にそうする。
そう思って聞いてみたが、それほど簡単な話ではないようだった。
「それはできねぇよ。パスリル《生存税》ならどんなリル《価値》でも使えるが、パスモ《強化成長》に使えるのは、本人がモンスターを倒して得た分だけだ」
実はリル《価値》と一括りにしているが、実際には2種類のリルがあるそうだ。
リルジス《原価値》とリルーグ《亜価値》である。
まずモンスターを倒すことで直接得られるリル《価値》がリルジス《原価値》。
そうやって生産されたリル《価値》だが、取り引きなどによって所有者が変わると、変質してしまうそうだ。
それがリルーグ《亜価値》である。
つまり現在このミグル《内側》で広く普及しているお金=リル《価値》は、必然的に全てリルーグ《亜価値》なのだ。
リルジス《原価値》を入手できるのは、自分の手でモンスターを倒す冒険者や兵士だけ。
そしてパスモ《強化成長》に使えるのはリルジス《原価値》のみ。
よってモンスターを倒さないとステータスの強化は出来ないのだ。
パスモ《強化成長》する際には、使用したリルの半額が生存税として徴収される。
当然ながら冒険者は強くなるために際限なくパスモしていくので、普通にやっていれば生存税のノルマは余裕でクリアできるそうだ。
ただしノルマに達して以降であっても、パスモ《強化成長》に使ったリルの半分は追加分の生存税として徴収されてしまうらしい。
「ちなみに期限内に最低限の生存税を納めなかったらどうなるんですか?」
「そりゃ、死ぬだろ」
なにそれ、怖っ!!!
ノルマを満たせなかった者は、次のシーズン(256日)を迎えることなく、創世神の罰により命を落とすらしい。
まさに文字通りの意味の『生存税』なのである。
税金を滞納したら即死とか、恐ろしすぎる異世界であった。