4.7.131 天空神殿
そういえば村でキルナたちが『龍神様は幻獣種だどうだ』なんて話していたことを、今さらながらに思い出す真一。
やっぱりエピーとドリーって最強種族なんじゃねーか!
『いつの間にか俺って世界最強になってたりして?』なんて考えていた真一だったが、本当にその通りだったようである。
とはいえエピーたちは魔法も使えないし、至聖龍の攻撃スキルも使えない。
ブレスだってこないだエピーがようやく使えるようになったところだ。
群れの個体に比べると遥かに弱いのだろう。
それでもステータスだけなら間違いなく幻獣種クラスのはずだ。
だとするとそんなエピーたちが恐れて逃げ出したラスボス(仮)モンスターはいったいどれほどのものなのか?
普通に考えれば、9匹のユニークモンスター幻獣種のどれかなのだろう。
あるいは幻獣4種族のうち、『フェンリル』と『深淵龍』は違いそうだから、最後の良く分からない『マギなんとか』ってやつか。
途中からラスボス(仮)扱いしていたが、やはりアイツをラスボスだと感じた真一の第一印象は正しかったようだ。
だけど真一のチートスキルによる防御力は、そのラスボス(仮)モンスターの牙すら通さなかったのだ。
ステータス画面によると、真一の防御力は『65535』である。
16進数で『FFFF』、つまり2の16乗の『65536』から1を引いた値だ。
どう考えても『カンスト値』だとしか思えない。
そうなるとその防御力をやすやすと突破し、太ももを貫いた謎の最強モンスターはどういう位置づけなのだろう。
ちなみに真一の左太ももは、毎日のように『最強モンスター』に甘噛みされ続けていた。
「どうしたんだ?すげぇ顔色だぞ」
「怖くなっちゃったのかしら?心配しなくても幻獣種に襲われることなんてまずないわよ」
「絶対とは言えねぇが、まぁ大丈夫だぜ。幻獣種ってのはどれも知能が高く、自分から人間を襲ったりはしねぇらしいぞ」
知能が高い?
人間を襲わない?
真一は反射的に右隣を見つめた。
エピーは反射的に右隣を見つめた。
「ニャニャ?どうしたニャミュ?シンは何でドリーを見つめてるの?エピーまで何ニャミュ?」
理解できていないのは、腹ペコ凶悪人食いノーパン露出狂ドラゴン1匹のみであった。
「そもそもよぉぅ、幻獣種はほとんどが天断山脈の向こうのヴォイグル《未踏領域》に棲んでんだよ。だから、ここマヌングル《人間界》なら心配いらねぇよ」
「そうなんだ」
「あぁ。マヌングル《人間界》側にいる幻獣種は2匹だけ。それも天山の近く、絶命の森の奥深くにいるから、ここまで来ることなんてまずあり得ねぇよ」
と、フラグにしか聞こえないことを言うジャーサー。
もしかしたら例のラスボス(仮)モンスターは、その2匹のうちのどちらかなのかもしれない。
「そうね、このあたりで目撃例があるのって言ったら、確か絶命の森の奥にある村に、守り神の龍神がいるって噂があるくらいよ」
「お、おぅ、、、」
「あぁ、アレな、、、そのドラゴンが幻獣種なんじゃ?ってヨタ話だろ?だけど実際は何のドラゴンか分かんなくねぇか?すっげぇ温厚だって話だし、ホントに幻獣種ってことはないと思うぜ」
お、温厚、、、???
再びジト目でドリーを見つめることになる、真一とエピーであった。
そんな話をしているうちに、真一たちは街の門までたどり着いた。
正方形をしているバンリャガの街には、4つの門がある。
昨日街に着いたときの門は、例の巨大山のある側だった。
対して今回来たのは、そこから反時計回りに90度回った隣の門だ。
今回は門番に声をかけられることもなく、素通りする真一たち。
さっそくホッス渓谷に向かうことにする。
「ホッス渓谷ってのはこっちの方角なんですか?」
「あぁ、このバンリャガから左に❹ミックくらい。まぁ正確には左ちょい中だな」
ジャーサーがホッス渓谷の位置を説明してくれるが、全く意味が分からなかった。
左ってどこから見て左だよっ!
しかも、左で中?何の中??
そういえばナミンも同じような説明の仕方だったが、やはり聞き間違いではなかったようだ。
真一もエピーもポカンとした表情を浮かべて、ただただ困惑するばかりだ。
それに気づいたジャーサーが、さらに詳しく教えてくれる。
「あぁ、森育ちじゃミックつってもどんくらいか分かんねぇか。正しくは❹ミック リィグ。休みなしで歩き続けて丸1日くらいってとこだ」
どうやらリィグというのがこの世界の距離の単位らしい。
ミックはエピーの算数教室のときに出てきたが、1/16を表す言葉だ。
つまりホッス渓谷まで1リィグの1/4ということだが、リィグがどのくらいの距離なのかが分からない。
だけど真一がまずツッコミたいのはそこではなかった。
「いや、それもそうなんですけど、まず左って何ですか?北とか南なら分かるけど」
「キタ?ミナミ?何じゃそりゃ?」
今度はジャーサーがポカンとする番だった。
どうやらこの世界には北も南もないみたいである。
「えぇ、、、?、街の人たちって方角をどう表現するんですか?」
「そりゃ中外左右に決まってんだろ!ミグル《内側》の中心である『天山』に向かう方が中だ」
そう言ってジャーサーが遥か向こうの巨大山脈の中心に見える、天高くそびえ立つ最高峰を指差す。
これまで何度も名前を耳にしていたが、『天山』と呼ばれているらしい。
そしてその天山こそが、この異世界ミグル《内側》の中心なんだそうだ。
標高が数万メートルはありそうなバカデカい山である。
さらには頂上付近から光の柱まで立ち昇っていて、とてつもなく目立つ。
なるほど世界の中心と言われても不思議はない。
そして天山に向かって右手側が右、左手側が左。
確かに分かりやすいかもしれない。
天山さえ見えていれば、方向音痴の人でも迷う心配はなさそうだ。
「あれ?でもここなら天山が見えるからいいけど、見えないくらい遠くだと分からないんじゃ?」
「そんなもん、天山の真上には『リィリュウ』があんだから、ミグル《内側》のどこからでも見えんだろ!」
「りーりゅー?」
「空に浮いてるアレだよ!あのリューイン《創世神》が棲まうリィリュウ《聖廟》だ!」
ジャーサーが空に浮かぶ天空神殿を指差しながら、盛大にツッコむ。
某SF映画に出てくる『死の星』みたいな球体状の超巨大建造物だ。
ただしその球体は、外側にワイヤーフレーム状の外殻のある、2重構造になっている。
中心部の本体を囲むようにして、経度の線みたいに柱が張り巡らされているのだ。
柱はギリシャの神殿みたいな形状であり、そのせいで真一にはその天体が神殿にしか見えなかった。
ちなみに真一は後で知ったのだが、実はこの天空神殿の直径が1リィグなのだ。
さっき話に出てきた距離の単位の基準である。
地球の単位で言うと、250キロメートルといったところだ。
どうやって測ったのかというと、昔の人が地面に出来る影の長さを計測したらしい。
『リィグ』というのも、『社の影』みたいな意味なんだそうだ。
それはさておき、確かにこの異世界の『月』であるあの天空神殿なら、どれだけ遠くからでもよく見えるだろう。
ただしそれは、空に昇っている時間だけだ。
天空神殿が沈んだら、やっぱり見えなくなる。
そもそも『月』は毎日位置が変わるんだから、、って、、、
あ゛っ!!?
そこで初めて真一は気づいた。
この世界に来てから10日以上。
その間1度たりとも、真一は天空神殿が沈んでいくところを見たことがなかった。
それどころか、天空神殿は常に空のいちばん高い位置から動かずにいる。
それも言われてみれば確かに、天山の真上あたりの場所に。
つまりあの天空神殿って、静止衛星だったのか!!