3.55.119 自爆は男のロマン
ストーカー魔族が発動した切り札は、なんと自爆術式であった。
少し触っただけでも起爆してしまうらしい。
しかもその威力は、このバンリャガの街を丸ごと吹き飛ばすほどだという。
放たれる凶悪な気配と禍々しいオーラ。
ハッタリだとは思えなかった。
こうなっては手を出すわけにもいかない。
はずなのに、、、
「な〜んか良く分かんないけど気持ち悪いから、とりあえずぶっ飛ばすニャミュっ!!」
なんとドリーがいきなりストーカー魔族に向かって突っ込んだ。
全身の制御権を一時的にエピーから奪うと、右拳を振り上げて強引に攻撃に出たのである。
「待って!ドリー!止まれっ!!」
慌てて制止の声を上げる真一。
幸いにもエピーがすぐに身体の制御権を奪い返して、急停止してくれた。
直前で足を止めたおかげで、ドリーが振り抜いた右手のパンチがギリギリで空を切る。
その風圧だけで衝撃を受け、ストーカー魔族は2〜3歩後ろによろめいた。
とはいえなんとか自爆はせずに済んだようである。
だがそのせいでさっきまでの悟りきったような雰囲気は消え失せていた。
「アボのんがぁーっ!自爆するって言ってんのに、いきなり殴りかかるヤツがあるのんがぁ〜っ!!!ハァハァ、、、」
思いっきり取り乱しまくり、声を荒らげて意味不明な怒鳴り声を上げる。
どうやら賢者モードに見えた態度は、ただのカッコつけの演技だったようだ。
完全にメッキが剥がれてしまっていた。
そんな四天王(笑)の目の前で、真一はエピーに確認する。
「エピー、このキモ魔族の話は本当っぽい?」
「ミュイ〜、たぶん。この感じだと、この街はあらかた吹き飛んじゃうね」
「そんなっ!!みんな死んじゃうってこと!?」
ルミッコが涙混じりの悲鳴を上げる。
メルリルたちが心配でたまらない様子で、極限まで追い詰められていた。
「ああ、そうだ。そしてそれを阻止出来るのはルミッコ、お前だけだ」
そんなルミッコをさらに追い込んでいくストーカー魔族。
「今ここで俺の妻になると誓え!一生愛すると誓え!」
どうやらこの期に及んでもまだ、ルミッコへの執着を諦めていないようだ。
キャーシャのメンバーたちを含む街の人間全てを人質にとって脅迫する。
そうしてルミッコの足元に落ちている禍々しいナイフを指し示した。
「まずはその魔魂刀でこのガキの心臓を刺し貫くのだっ!」
「そんなぁっ!!」
とんでもない命令に、顔面を蒼白にさせるルミッコ。
それはさっきまで魔族が使っていた、30センチほどの刃渡りのナイフだった。
かなり凶悪で禍々しい見た目で、何やら特殊な効果でもありそうな武器である。
とはいえその程度のものが龍神様の身体に通用するとは思えない。
真一たちには全くといって危機感がわいてこなかった。
とはいえルミッコはそんな真一たちの正体など知らない。
幼い少女たちの命を奪うなんて、、、と、この世の終わりのような表情を浮かべる。
「なに、どうせこのまま自爆すれば、街中の人間と同時にソイツも死ぬ。それがそのガキ1人の命で済むのだ。悪い話ではあるまい!」
「それでもできませんっ!わたしなら何でもします。愛でも何でも誓います」
だが恐ろしいはずのストーカー魔族に、自分の身を犠牲にしてまで反論するルミッコ。
ルミッコがこの魔族に逆らったのは、これが初めてかもしれない。
涙まで流して縋り付く瞳からは、ありったけの勇気を振り絞っているのが見て取れる。
「だからお願いしますっ!この子たちを見逃してくださいっ!街の人たちを助けてくださいっ!」
「もちろんルミッコ、お前には何でもしてもらうとも。だがコイツだけは許さん。必ずここで殺してやる」
「そんなぁっ!」
けれどもルミッコの必死の訴えを、にべもなく却下するストーカー魔族。
震えながら泣き崩れるルミッコの姿が、あまりにも痛々しい。
とてもじゃないが黙って見てはいられない真一だった。
「いいってルミッコ。どうせ効かないから。こんなザコ魔族じゃ俺たちは傷つけられない」
「バカめっ!その魔魂刀はリビド《魂》を砕く刃だっ!お前らでも耐えられるものかっ!」
調子に乗ったストーカー魔族がわざわざ自分から説明する。
なんだか分からないが、物凄くヤバい武器のようだ。
もっともそんなものが効くとは、真一もエピーたちも少しも思わない。
けれどもルミッコはその言葉を真に受けたようで、ますます顔色を青くさせる。
「やっぱりダメ、、、絶対に誰も傷つけたくないの。わたしだけが我慢すれば…
「そんなわけないだろっ!!」
ルミッコの言葉を遮るように、思わず叫ぶ真一。
ルミッコは周りのことを気遣うあまりに、自分のことを粗末にしすぎだ。
だけどそんなルミッコのことを、周りの人間だって助けたいのである。
キャーシャのメンバーたちの様子を見ればよく分かる。
そして今は誰よりも、真一がルミッコを救いたかった。
「いいんだって。これ以上ルミッコが傷つく必要なんてない!ルミッコは誰よりも頑張ってきたんだろ!?だったら、ルミッコが1番に幸せになっていいんだ!!」
「でも、、、」
「ルミッコには悩んだりしないで、楽しく歌ってて欲しいっ!みんなのアイドルでいて欲しいんだっ!その為の障害は、ぜんぶ俺たちがぶっ潰してやるっ!」
まるで愛の告白でもするかのような勢いで、力強く訴えかける真一。
エピーとドリーも、おんなじ気持ちだよっ!とばかりに、うんうんと笑顔で頷いている。
「ぅぅっ、、、ぁりがとうぅっ、、、」
それを見てルミッコの涙腺が崩壊した。
ここまで張り詰めていた緊張とか絶望から、解き放たれたかのようだ。
号泣しながらウットリと真一を見つめるその瞳は、『落ちたな』と言われかねない程の熱を帯びていた。
その様子を見せつけられて平常心ではいられないのは、もちろんストーカー魔族である。
「おいっ!ナニ他人の花嫁を口説いてんだよっ!勝手に盛り上がってんじゃねぇ!関係無いくせに入ってくんじゃねぇよ!」
「ミュイ〜、誰からも相手にされてないのに、何ムキになってんの?弱ダサすぎてルミコも幻滅してるでしょ?」
「なっ!」
目の前でNTRを見せつけられているストーカー魔族を、エピーが容赦なく煽りまくる。
おかげで脳破壊寸前の魔族はまともに声も上げられない。
「すっごいキモいニャミュ。ザコザコなんだからどっか消えれば?」
「このっ!カスっ!アスっ!バスっ!」
錯乱したストーカー魔族は壊れたスピーカーのように、意味不明なセリフを吐き出し続ける。
もともとはそれほど悪くなかった顔も、嫉妬と怒りに狂って醜く歪んでしまっていた。
ドス黒いオーラを放ちツバを飛ばして青筋を立てる様子は、男の真一から見てもキモすぎる。
ルミッコがブルっと身震いしたのも、恐怖というより生理的な嫌悪感からかもしれない。
そんなストーカー魔族のあまりのキモさに、我慢の限界を迎えてしまった人物がいた。
もちろん、ドリーである。
「ほ〜んともう見てんの、ゲボ無理ニャミュ〜」
そんな一言とともに、ドリーの首がブレたように残像だけを残して超スピードで動く。
真一は最初、何が起きたのか認識できなかった。
身体に揺れを感じたときには、目の前にいたはずのストーカー魔族の姿が消え失せていたのだ。
「パクっ」
という、右から聞こえてきた不穏な音だけを残して、、、
喰ったのっ!!!?