3.52.116 真夜中の歌姫
アリーナの内部の設備には、何の照明も灯っていない。
外界からの月明かりなども、結界によって完全に遮断されている。
そんな真っ暗なアリーナの中で唯一の光源こそが、ステージ上で踊り輝くルミッコである。
それは衝撃的なほどに凄まじい、圧巻のパフォーマンスだった。
「わたしはいつまでも歌い続ける〜♪この自由の魔法を届けたいから〜♬」
聞く者全てを感動させる、圧倒的な声量の歌声。
曲に合わせて繰り広げられる、流れるような華麗なダンス。
そんなルミッコの身体は、光魔法でほんのりと金色に輝いていた。
口ずさむフレーズに合わせて周囲に赤や青の炎が浮かび上がり、至高の歌姫を幻想的に照らし出す。
ルミッコが蝶のように舞うと、伸ばされたしなやかな指先から虹色の光の粒が溢れ出し、美しい軌跡を描く。
全身が回転するのに合わせて、足元からテンポ良く流れ出す色鮮やかな光のウェーブ。
全てが計算され尽くした、完璧なステージであった。
「すごいっ!すごいっ!すごいニャミュっ!!!」
子どものように目をキラキラさせて、すごいを連呼するドリー。
「ぅわぁぁっ、、みゅあぁぁっ、、、」
言葉にならない歓声を漏らしながら、飛び跳ねるようにはしゃぎ回るエピー。
真夜中の歌姫の夢のようなステージに、真一も完全に魅入ってしまっていた。
2人のハイテンションっぷりに気づいてすらいない。
今がどんなシチュエーションかなど、完全に忘れてしまっていた。
とはいえ真一たちは知る由もないが、この場にいるもう1人の『観客』も、ルミッコのステージに集中しきっていた。
侵入者の存在に全く気づいていない。
とはいえそんな状況がいつまでも続くわけがなかった。
曲が終わる。
美しく響いている最後の歌声が、暗闇に溶けるように小さくなっていく。
高くしなやかに天に伸ばした右腕が、圧巻のパフォーマンスの終わりの合図だった。
突き上げられた手のひらから、最後に青い炎が放たれる。
上空に昇りながらルミッコを青く照らし出していた炎が徐々に薄れていき、アリーナが完全なる暗闇に包まれていく。
渾身のステージの余韻が冷めやらぬなか、真っ暗になった会場に観客たちの歓声が響き渡った。
「さすが俺の運命の花嫁っ!本当に美しいっ!!」
1人目の『観客』が床を足でダンダンと踏み鳴らしながら、うっとりとした声で喝采を送る。
ルミッコの正面のステージ下から聞こえてくるが、真っ暗なので姿は見えない。
少し低くてしわがれた、だけど若そうな男の声だ。
「ミュイ〜っ!アイドルすごいっ!ルミコすごいっ!」
エピーも飛び跳ねて、ルミッコを褒め称える。
「キレイっ!すごいっ!ガキンチョなんて言ってごめんなさいニャミュ!」
ドリーも素直に称賛していた。
思い思いの言葉で喜びを表す3人の観客たち。
もちろん真一もルミッコのパフォーマンスに拍手を送りたいのだが、、、、
誰かいるんですけど!!!
それ以上に謎の男の存在が気になっていた。
間違いなくルミッコを拉致したストーカーだろう。
ルミッコのステージがどこか辛そうだったのも、きっと脅されて無理やり歌わされていたからに違いない。
「本当に素晴らしかったぞ!この俺のためだけのステージ!」
そんなストーカー男は、ルミッコに夢中でいまだに真一たちに気付いていないようだ。
「すごいすごいっ!エピー、もっと見たいっ!」
「ねぇルミー、ドリーにもっとウタやって欲しいニャミュ!」
お騒がせドラゴンっ娘たちが、こんなに騒々しくはしゃぎ回っているというのに。
「さぁ、邪魔者は誰もいない。もっと愛する2人だけの時間を…」
自分に酔いしれるような気持ち悪い喋り方で、ルミッコに話しかけるストーカー男。
だがその言葉が途中で途切れる。
急にルミッコが光魔法を発動して明かりを灯したからだ。
真っ暗だったアリーナが、ほんのりと照らし出される。
魔法に浮かび上がるルミッコは、キョロキョロとあたりを見回していた。
ルミッコが探しているのは、、、
もちろん、キャーキャーと騒ぎまくっているドラゴン娘たちだった。
すぐに真一たちを見つけたルミッコが、驚いて目を見開く。
そんなルミッコの視線の先を追ってか、ようやくストーカー男が真一たちに気付いた。
「誰だっ!!お前っ!!!」
不機嫌そうな声で問い詰めてくるストーカーの姿が、ルミッコの光魔法のおかげでようやく見えてくる。
細身だが筋肉質の、若そうな男だった。
明らかに冒険者か兵士って感じの装いで、戦い慣れた人間が持つ雰囲気がある。
肌が病的なほどに黒くくすんで見えるのは、魔法の明かりが暗いせいだろうか?
「ミュイっ?エピーだよ」
「オイはドリー!ニャミュ♪」
ストーカー男に見つかって緊張する真一だったが、エピーたちは呑気なものである。
観客席から飛び出して、ルミッコの方へと歩いていく。
「どういうことだ?他のニンゲンは排除したはずなのに、どこに隠れていた!?」
「ルミコ〜、もっとやって!」
「ドリー、ウタがもっと見たいニャミュっ!」
2人の時間を邪魔されたストーカー男が苛立たしげに怒鳴りつけてくる。
だというのにエピーとドリーの眼中には無いようで、ルミッコにアンコールをせがむ有り様だ。
もっとも今のルミッコにはそんなリクエストに応える余裕はない。
「あなたたち、どうしてここにいるのよっ!」
「どうしてって、そりゃ助けに来たんだよ」
「ドリーのエサを取るのは許さないニャミュっ!」
ルミッコの疑問に答える真一。
けれどもルミッコは助けに来たと聞いても、少しも嬉しそうには見えなかった。
真一たちが冒険者だと知ってはいるものの、助けになるとは思っていないようだ。
そしてドリーは相変わらずで、まだルミッコの心臓を食べたいみたいである。
「お前っ!!さっき店にいた獣人かっ!バカなっ!外から入ってきただと!?この俺の魔結界を越えられるものかっ!!」
やはりあの半球状の暗黒結界は、このストーカー男の仕業だったのだ。
並の人間なら触れただけで失神、下手したら即死の結界である。
メルリルたちがルミッコのリビド《魂》を感じられなくなったのも、きっとこの結界に閉じ込められたせいなのだろう。
もっとも至聖龍にとっては何の障害にもならなかったわけだが。
「助けにって、あなたたちだけで!?無理よ!早く逃げて!あなたたちだけでも!」
「ミュイ〜、何でそんなに慌ててるの、ルミコ?エピーが来たからもう大丈夫だよ」
「うん、悪いヤツはドリーがぜ〜んぶ食べちゃうニャミュ〜♪」
ルミッコは何やら必死だが、エピーとドリーは全くストーカー男を恐れていない。
真一だって大した危機感は感じなかった。
相手は明らかに武闘派だが、それでも最強ドラゴンのエピーたちが苦戦するとは思えない。
もっともエピーたちは小柄な女の子の姿なのだ。
見た目詐欺にも程がある。
ルミッコが心配するのも当然のことかもしれない。
そしてストーカー男も見下すように苦笑いを浮かべる。
「ふふふっ、、これはまた間抜けなことを。本当に人をイライラさせてくれるお嬢ちゃんだぜっ」
「無茶よっ!勝てるわけがないわ!コイツがどんなにヤバいヤツか分からないのっ!?」
「うん、ぜんぜん」
「分かんないけど、弱そうニャミュ〜」
「殺すぞっ!クソガキがっ!!!」
「なにっ?ガキンチョのくせにドリーに喧嘩売ってるの?」
「なんで挑発してるのよっ!本気で怒らせる前に逃げなさいっ!ソイツは魔族なのよっ!!!」
「マゾク?」
ルミッコがストーカー男の正体を告げるが、エピーはポカンとした様子で聞き返すだけだ。
けれども真一はその一言で悟る。
ゲームとかアニメで良く出てくる、あの魔族かっ!!
『人類の敵』的な、悪魔っぽい感じのアレである。
ただしこの異世界の魔族は、人間と変わらない姿をしているようだ。
見た目には大きな違いはなく、角も尻尾も翼もない。
差異と言えば、肌の色がすこし人間離れしているくらいだ。
地球で見るような範疇の肌色の違いではなく、なんだか黒か紫色っぽく変色しているように見えた。
そんな魔族だが、どうやらこの世界では相当に恐れられているようだ。
ルミッコは逆らう気力すら起きないほどに、完全に怯えきっている。
魔族と言っただけで、エピーたちにも脅威が伝わると思ったのだろう。
実際にストーカー魔族も小娘が魔族と聞いてビビっているとでも思ったのか、高笑いをあげる。
「くくっ。今さら気付いてももう遅い。俺たちの婚礼を汚したキサマらを、無事に逃がすとおも…
「何それ?」
「そんなの知らないニャミュ〜」
だが当然ながら、エピーたちが魔族なんて知っているはずもなかった。
「はぁっ?」
「えっ?」
ルミッコとストーカー魔族が、そろって間の抜けた声をもらす。
「知らないなら早く逃げてっ!ソイツは魔王直下のバーリャンザガット《8指将》よっ」
魔王という言葉が出てきたということは、魔族というのは魔王の配下なのだろう。
ただしなんか凄そうな肩書きを言われても、真一たちにはさっぱり分からない。
「ミュイ〜、だから知らないんだって」
「指が8本あるだけって普通だよね。ぜんぜん凄くないニャミュ」
「違うわよっ!魔王軍で最強の8人の1人ってこと!つまり魔王軍の大幹部なのっ!!」
魔王軍の大幹部っ!?
つまり魔王軍四天王みたいなヤツかっ!
4人じゃなくて8人もいるみたいだけど、、、