3.45.107 りんご7
相変わらずのドリーの食い意地にまたしても呆れ返りつつ、朝食を終えた真一。
部屋に戻らずそのままホテルの外へと出発する。
宿は連泊だし、鍵は冒険者タグを使うシステムなので、手続き不要でそのまま外出して構わないそうなのだ。
さっそく冒険者ギルドに向かうことにする、はずだったのだが、、、
「ボーケンシャは昨日やったニャミュっ!ドリー、もっといろんな人間のエサ探したいっ♪」
と、お約束のごとく問題児がゴネ始めた。
とはいえ毎日働くほど懐が寂しいわけでもないし、クエストを受けるのは明日以降でいいだろう。
そういうわけで今日は1日、街を散策してみることにする。
昨日は暗くなってからしか見て回れなかったので、明るいうちにこのバンリャガを観光してみるのもいいかと思ったのだ。
宿を出るとまずはじめに、昨日の服屋に向かう。
夜の間に手直しを済ませてくれるそうなので、朝イチで仕上がっているという話だったのだ。
「ママスミグル〜、お待ちしてましたよ〜♪、手直しもバッチリできてまーす!」
店に着くと昨日のお姉さんがお待ちかねで、服も約束通り完成していた。
受け取った3着のワンピースのうち、グレーのものを選んでその場で着替えることにする。
試着室で合わせてみると、サイズはピッタリだった。
翼を出せるように手直ししてくれたので、背中部分が大きく開いている。
今までミーニャの服では翼を折りたたんで無理やり着ていたが、これで文字通り『羽を伸ばせる』ようになった。
おかげで、エピーも新しい服を気に入ってくれたようである。
「メーブもちゃんと3人分付けてますからね〜」
店員のお姉さんの言う通り、肩のあたりからヒラヒラと長い帯のようなものが3本垂れ下がっていた。
左肩に2本、右肩に1本。
幅は15センチほどで、長さは1メートルちょっと。
確かにメーブは3本あるようだ。
で、メーブって何だよっ!!!
肩から垂れ下がっている謎の帯が『メーブ』のようなのだが、何に使うのか全く分からない。
けれども確かに店の服の多くには、右か左の肩口のあたりにこのメーブが取り付けられている。
たぶん走ると後ろにビロ〜ってなってカッコいいとか、そんな感じの伝統的な飾りなのだろう。
代わりにこの世界の服には襟とかは見当たらないし、そういった特に意味のないファッションの一種と考えて良さそうだ。
とりあえず真一はメーブの存在は無視することにした。
ともかくこれで大事なミーニャの服を普段使いせずに済むようになった。
これなら普段着として十分だし、明日以降に冒険者として活動するのにも使えそうだ。
RPGチックな防具じゃなく、ただの服を着て冒険者というのは、普通なら変かもしれない。
だけど最強カミュリャムの2人にはこれで十分である。
大事なミーニャの服で戦闘とかクエストをやりたくないだけなのだ。
購入した残り2着と合わせて、昨日買った防水リュックに入れてから溜め袋に仕舞う。
その様子を見た店員のお姉さんは絶句していた。
そうして服屋を出た真一たち。
これまでと違って翼を広げた姿なので、街を行き交う人たちからの視線を多く感じる。
、、、ような気がしたが、三つ首美少女の時点で相当注目を集めていたので、気のせいかもしれない。
目立ちまくっていることには、全く変わりなかった。
それはさておき次に真一たちが向かったのは、、、当然、メシ屋である。
宿の朝食ではぜんぜん足りなかったようで、ドリーがゴネまくったのである。
今回試したのは串焼きの専門店だったが、結局朝から5万円近くもの食費が消えることになった。
こうして準備も整い、ようやくバンリャガの観光に出かける。
といっても地球の観光都市みたいに観光スポットがたくさんあるわけではなかった。
街の人にも聞いてみたが、見どころと言えるのは街の中心のお城くらい。
もちろん壁の外から眺めるだけで、敷地内に入ることなどできない。
ドリーが中まで飛んで行こうと言い出したが、全力で阻止した。
王様が激怒して処刑とか言い出したら、凶悪ドラゴンとの全面戦争になるわっ!
他に珍しかったのは神殿だ。
冒険者ギルドで神殿のことを聞いて、実は真一も気になっていた。
歩いていてたまたま見つけたソレは、謎石で造られた体育館サイズの巨大な建造物であった。
構造としては、2重の半球形状になっている。
中心部にあるのは、灰色の謎石でできた大きなドームだ。
直径100メートル近いツルツルの球体が、半分地面に埋まった状態と言えばいいだろうか。
そしてその中央ドームを囲むように、ワイヤーフレーム構造の半球があった。
半球形状を構成するフレームの1本1本が太い柱のようになっており、その隙間から中央ドームが見えているかたちだ。
それらの柱はギリシャの神殿みたいに彫り込みのある、どこか神々しいデザインをしていた。
この神殿の2重半球構造は、この異世界に来てから真一が何度も目にしたことのあるものであった。
そう、『天空神殿』にそっくりなのだ。
月の代わりに空に浮かんでいるアレである。
半分地面に埋まっているような形になるが、まさに天空神殿のミニチュア版だ。
わざと天空神殿に似せて造られているとみて間違いない。
その神殿にはこの時間からたくさんの人たちが出入りしている。
冒険者ギルドで教えてもらった、例の『パスモしてステータスを強化!』ってヤツなのだろうか。
とりあえず用のない真一たちは、外から眺めただけである。
そのあとは昨日行ってないあたりを散策したり、気になる建物を眺めてみたり。
そんなこんなで街を一通り見て回ると、すぐさま昼メシ。
再び5万円分以上の大金が食費に消える。
午後からはショッピングをすることにした。
というのも真一には気になっているアイテムがあったからだ。
そう、例の謎石タブレットである。
マッカスがアイドルの写真を見せてくれたり、異世界本屋で客がみんな持っていた、タブレット型の魔導具。
面白そうなので、それほど高価でないなら買ってみたいと思ったのだ。
街の人に聞いてみると、大手の魔導具屋で売っているそうだ。
そうしてたどり着いたのはめちゃくちゃ立派な、銀行みたいな佇まいの魔導具屋だった。
昨日の夜に『時計』を買った雑貨屋っぽい魔導具屋を想像していたので、かなり面食らった真一である。
『シャフューシュ』という名前のその魔導具屋は、この異世界中に多くの支店を持つ最大手だそうだ。
例の謎石タブレットも、その店が開発したものだという。
魔導具屋というよりは、魔法家電メーカーのショールームみたいな店のようだ。
広い店内に入ると、いろいろな魔導具が展示されていた。
まず目についたのは、例のキレイになるクリームミスト製品。
ベッドサイズから卓上サイズまで。
ホテルの部屋にあった『風呂ベッド』は、『ピジャン』という名前のようだ。
床掃除用の芝刈り機みたいな手押しタイプもある。
移動用の魔導具もデデーンと大きく展示されていた。
トラックやバイク、キックボードなどなど種類は様々だ。
他に大きくて目立つのは、業務用の通信機らしき大型魔導具。
モンスターの侵入を防ぐ結界の発生装置。
2階から上のフロアでは、家庭用の魔導具などサイズの小さいものが販売されていた。
照明や空調などの生活家電、いや、生活家『魔導具』?
冷蔵庫やホットプレート、オーブンと思われるキッチン用品。
地球のものとはかなり形が異なるのが面白い。
じっくりと見て回るだけで、小一時間ほど楽しめた。
そうしてさらに上の階に上ったところで、目当てのタブレットの売り場を見つけた。
マジカルAV機器の展示フロアのようである。
ただし携帯タイプはあまりなく、展示されている多くは家庭用の大きめな魔道具だ。
いちばん目立つのはアイドルのライブ映像が映し出されているモニター製品。
といってもこの異世界にもテレビ放送とかがあるわけではなく、メディア媒体に記録された動画を再生するもののようだ。
ただし気になるのはそこではなく、、、
「ミュイっ、昨日のガキンチョだぁ~」
たくさん並んでいるモニターに映っているのは、『キャーシャ』のルミッコたちのアイドルステージ映像であった。
おかげで、、、
「ドリーの心臓がいっぱいあるニャミュっ!全部食べていいの?」
「いいわけねぇだろっ!!」
再び人喰いドラゴンが暴走を始めるところであった。
本当に人間は食べちゃダメって、覚えてくれたのだろうか?
それはさておき、展示されているのは据置タイプの大型魔道具ばかり。
小型の携帯タイプはあまり種類がない。
音楽プレーヤーとか、電卓とか、今や日本では珍しくなったものがいくつかあるくらいだ。
お目当てのタブレットの製品も、どうやら1モデルしかないみたいである。
昨日マッカスが持っていたのと、全く同じ機種だ。
展示台の上にはサンプルがいくつか陳列されていて、好きに触れるようになっている。
どれも『電源』が入っているようで、画面に異世界語で『触って』と書かれていた。
台の中央に謎石製のディスプレイボードがあり、ポップな色で製品名と価格が表示されている。
『 ◆◆◆ リュイスマグ 07 ◆◆◆
❽∧❽ リル 』
どうやら謎石タブレットは、現地語で『リュイス《情報》マグ《板》』と言うらしい。
『情報板』という意味みたいなので、文字通り情報を表示するための製品のようだ。
となると通信機能とかは期待できないかもしれない。
『07』と付いているということは、7代目のモデルなのだろうか。
地球で言うなら『あいぽん7』みたいな感じである。
価格は十進数に直すと8.5リル《価値》。
日本円で4万円強ってところだ。
ドリーの1食分より安いし、買っちゃってもいいかな?
と、金銭感覚が狂ってきている真一であった。




