3.42.104 君の名は?(※筆談)
実はヒーラーさんは1時間ほど前から、真一にコンタクトしてきていた。
ちょうどルミッコを屋根の上に置き去りにして、逃げ出した頃のことである。
今夜はかなり遅い登場だったが、もしかしたら昨晩のことを引きずっているのかもしれない。
昨日あの森での最後の夜、真一とヒーラーさんは一線を超えていた。
今までは指で触れ合ったり、手を繋いだりするだけだった。
だけど昨日のヒーラーさんはかなり積極的で、エッチなところを触らせてきたのである。
それが恥ずかしくて気まずかったのか、ヒーラーさんは今夜は真一に接触するのをためらっていたのかもしれない。
かなり遅くにやって来たうえに、触り方もいつもよりもずっと控え目だ。
ここまでは指先で軽くツンツンするくらいしかしていない。
ちなみに真一は今ではあまり意識を割かずとも、ヒーラーさんの相手をできるようになっていた。
だから会話して街を歩きながらでも、ほぼ無意識に反応を返すことができていたのだ。
まぁ相手すると言っても、これまでは指を優しく押し返すくらいの『コミュニケーション』しかできていなかったのだが。
だけどそんなヒーラーさんとの関係も、今日からは激的に変わるかもしれない。
ヒーラーさんのあんなトコやこんなトコに、初めて『おさわり』した昨日よりも。
何故なら、、、
この世界の文字を、真一が使えるようになったからである。
これまで真一は異世界言語翻訳機能さんの力により、異世界語や龍語を理解することができていた。
だけどそれは聞くのと話すのに限定されていた。
何故なら今までの森での生活では、この異世界の文字を目にしたことが無かったからだ。
けれどもこのバンリャガの街にやって来て、異世界の文字を目にしたことで、真一は読み書きスキルもゲットできたのだ。
現地の言葉を聞けば翻訳機能さんが発動するのと同様に、文字を見ただけで一気に習得可能になったようである。
ヒーラーさんとの筆談も、これまでに試さなかったわけではない。
お互いの手のひらに指で文字をなぞって、会話しようとしたことはある。
だけど日本語と異世界語ではもちろん通じるはずもない。
翻訳機能さんも手のひらの感触だけでは、発動してくれなかった。
だけど異世界文字を覚えた今なら、筆談ができるはずだ。
さっそく真一は人差し指で、ヒーラーさんの手のひらに異世界語で文字を書いてみる。
最初の言葉はもちろん、
『コンニチハ』ではなく、、、
『ママス《静かな》ミグル《内側》』
この異世界における挨拶の言葉だ。
どの時間帯でも使えるっぽいので、コンニチハにもコンバンハにもなる便利なフレーズである。
真一が1文字ずつ書いていくと、ヒーラーさんがピクっと反応する。
目の前で見えていなくても、ヒーラーさんが驚いていることが何となく分かった。
真一が異世界語を書き始めたことに気づいてくれたのだろう。
幸いなことにヒーラーさんは、どうやらこの街の言葉が理解できるようだ。
この異世界ミグルでは、どこの国でも同じ言葉を使っているのかもしれない。
6文字を書き上げた真一は、静かにヒーラーさんの返事を待つ。
すると、、、
『ママスミグル』
今度は真一の手のひらに、ヒーラーさんが指で字を書いて挨拶を返してくれた。
それはつまり、ヒーラーさんと筆談で会話ができるようになったということを意味する。
真一にとってこれほど嬉しいことはない。
だって真一にはヒーラーさんと話したいことがたくさんあったのだ。
この異世界にやって来て最初、死にかけていた真一を回復してくれたヒーラーさん。
そんな恩人に真っ先に伝えたかった言葉は、、、
『ありがとう かいふく してくれて』
『はい』
『おれが いま いきて いられるのは あなたの おかげです』
『たすけて あげられて よかった』
ヒーラーさんの温かい言葉に、思わず目頭が熱くなる真一だった。
ちなみにヒーラーさんは未だに毎日、真一に『ロングサステナヒール』の魔法をかけ続けてくれている。
今の真一はHPも増え、さらには『至聖龍』の共有スキルにある『HP自動回復』まで使えるようになっている。
そのおかげでスリップダメージは完全に相殺できており、もはやヒーラーさんの助けがなくても生きていけるのだ。
けれどもそれをヒーラーさんに伝える方法がなかったため、毎日のロングサステナヒールは継続したままだった。
さっそく真一はそのことをヒーラーさんに伝える。
今までの感謝の気持ちとともに。
けれどもヒーラーさんは意外なことに、かなりショックを受けたようだった。
『もう わたしは いらない ですか?』
どうやらヒーラーさんは真一の回復をしていること自体に、何か大切な意味を見出していたようだ。
毎日の回復が負担になっているのでは?と心配していた。
だけどヒーラーさんにとっては、逆にそれが『心の支え』となる必要な行為だったみたいだ。
慌てて真一はフォローする。
ヒーラーさんは真一にとってこの世界で最初のヒロインであり、救いの女神なのだから。
『そんなわけない あなたは いつまでも だいじな ひとです』
『ほんとうに?』
『はい これからも きっと きけんが いっぱい あります』
いつか真一も勇者として魔王と戦うことになるのだ。
それがなくてもパーツを探す旅の中で、過酷な試練が待ち受けているかもしれない。
『だから ずっと みまもっていて ほしいです』
『はい わたしを ひつようとして くれるのでしたら』
そんなこんなで結局ヒーラーさんには、毎日のロングサステナヒールを明日からも続けてもらうことになった。
真一が感極まっていると、ヒーラーさんが呼びかけてきた。
『ねえ ニカン さん』
『ニカン?』
『あなたの なまえ しらない から』
なるほど、どうやらヒーラーさんは、真一に『ニカン』という呼び名を付けていたようだ。
勝手に『ヒーラーさん』なんて呼んでいた真一と同じである。
ちなみに『ニカン』という名前は、おそらく『ニク』を崩したものなのだろう。
というのもこの異世界の現地語では、右が『ニク』で左が『ノープ』なのだ。
だから『ニク』を崩して『ニカン』。
日本語で言うなら『右』を崩して『ミギっち』とか、『○ギー』、いや自粛。
ちなみにだが、もしヒーラーさんのもとにあるのが左手だった場合、、、
真一の呼び名は『ノープ』を崩して『ノーパン』になっていたのかもしれない。
右手で良かった〜と、胸を撫で下ろす真一であった。
ちなみに現在の真一はリアルでノーパンである。
それも2重にだ。
エピーたちの身体ははいてないし、シンシンちゃんのところにある腰パーツもノーパンでございます。
それはさておき真一はさっそく自己紹介をすることにする。
『おれの なまえは まみや しんいち』
『まみやしんいち?』
『うん よろしく』
『はい こちらこそ』
どうやらちゃんと伝わったようである。
となると今度は向こうの番だ。
少しだけ緊急しながら、真一は尋ねてみる。
『それで あなたの なまえは?』
するとヒーラーさんがしなやかな指先で、一文字ずつ言葉を紡ぎ出す。
『しゃるらりぃ』
ヒーラーさんの名前は『シャルラリイ』。
とても綺麗で天使のような名前だなと思って、真一は胸がソワソワするのを感じた。