3.40.102 命の重み
真一にこっぴどく怒られて、さすがのドリーも『グチュっと丸飲み』が『食い殺す』と同じだということを理解したようだ。
「そんなぁ。それじゃドリー、2度と人間のエサが食べられないの?」
ようやく自分が何をしでかしたのか気付き始めたみたいである。
「うん、そうだ。人間を食べちゃったドリーちゃんは、もう2度と人間の料理を食べられません」
「みゅわあぁぁぁん。やだぁぁぁっ!!」
いきなりの大号泣であった。
ワンワンと大量の涙をまき散らしながら泣き叫ぶドリー。
まるで世界が終わったかのような絶望の表情を浮かべている。
「ドリー、反省したニャミュ。もう2度と絶対にムレビトは食べないもん。だからお願いシン、許して欲しいニャミュぅ、、、」
「今さら反省しても遅いよ、、、」
「そんなぁ、、、だったらさっきのナシっ!食べたのペッ!て吐き出すからっ!」
大泣きしながら必死で訴えるドリー。
だけど反省の仕方がやはり大きくズレている。
「吐き出したって、もうルミッコは死んじゃってるだろっ!食べたことじゃなくて、殺しちゃったことが問題なんだよ」
「ミュみゅぅぅ、、、」
苦し紛れのアイデアを真っ向から否定されて、ドリーが悲痛なうめき声を上げる。
「ミュイ〜、シン、、、」
見るに見かねたのか、エピーが再び割り込んできた。
だけどドリーがようやく反省してくれそうなところなのだ。
ここで説教を止める訳にはいかない。
「エピー、もうちょっとだけ待っててね。いま大事なとこだから」
そうして真一はドリーに訴えかける。
「ドリーちゃん、1度失われた命は2度と取り戻せないんだ。殺しちゃったら無かったことになんてできないんだよ」
「ニャミュぅぅ、、、」
「だからドリーちゃんがやっちゃったことは、取り返しのつかないすっごく悪い事なんだ」
「ドリーが悪かったことは分かったニャミュぅ。すっごい反省した。絶対にもう、こんなことしないニャミュぅ」
「もう少し早く分かってくれてたら良かったのにね、、、」
ドリーもようやく自分の罪に気付いてくれたようである。
これがあと10分早ければと、後悔せずにはいられない真一だった。
「シン、ドリーのこと許してくれないニャミュ?」
「ドリー、許すのは俺じゃない。ドリーが殺しちゃったルミッコの周りの人だ。そしてそれは謝って許されることじゃない。ドリーだってエピーや俺が殺されたら、謝ってもらっても許せないだろ?」
「ミュミュっ!!?」
真一の言葉にドリーはハッとした表情を見せる。
「確かにぃぃ、、、うん、許せないニャミュぅ、、、」
人が死ぬということがどれだけ取り返しのつかないことなのか。
そのことにようやく気づいたのだろう。
命の重みというものに、ドリーが初めて思い至った瞬間であった。
「だからね、ドリーちゃんがやっちゃったことは許されないんだ」
「ニャミュぅ、、、」
ついにドリーは人間を殺すことがどれだけ罪深いかを、身にしみて学んでくれたようである。
「許されない俺たちは今すぐこの街から出て行きます。人間の街には2度と行けません。もちろん料理も一生食べられません」
「みゅわあぁぁぁん、ごめんなさいぃぃ」
ワンワンと泣きじゃくりながら、ごめんなさいを繰り返すドリー。
あの凶悪ドラゴンが、ついに初めて謝罪の言葉を自発的に口にしたのだ。
お馬鹿で自分勝手なところもあるけど、ドリーは本質的にはとても素直ないい子なのである。
今の謝罪の言葉は決して口先だけのものではない。
心の底から反省して、殺してしまったルミッコに済まないと思っているのだろう。
「シン、これでドリーも反省したかな?」
エピーにそう聞かれて、真一は今のドリーなら信じていいんじゃないかと思えた。
「うん、大丈夫だと思う」
「だったらもう、いいよね?」
「何が?」
「シンもドリーも気付いてなくて、なかなか言えなかったけど、、、」
エピーが何かおかしなことを言い出した。
全く話が見えず、真一はただただ困惑する。
「それじゃ、にゅぷっ!」
エピーはそんな真一に構うことなく、いきなり上を向いて可愛らしい声を上げる。
そうして首を振り下ろしざま、何かを吐き出した。
アリーナの屋根に胃液まみれのソレが勢いよく叩きつけられる。
「むぎゅっ!?」
その物体は落下の衝撃で、どこかギャグっぽい悲鳴を上げる。
どうやらそのナニカは生きているようだ。
人間大ほどのサイズがある生き物だ。
というか、、、人間そのものであった。
ぐったりとした様子のその人物は、真一たちに背を向けたまま弱々しく上体を起こす。
緩慢な動作であたりをキョロキョロ見回しているが、背後にいる真一たちには気づいていないようだ。
「はっ!?出られたっ??」
そうしてどこか間抜けに聞こえるそんなセリフを呟いたのは、、、
ルミッコじゃねえーかっ!!!
ドリーに喰い殺されたと思われていたルミッコが生きていた。
ドラゴンの頑強なアゴでぺちゃんこに噛み砕かれたと思っていたが、どうやら怪我もないようである。
まぁ胃液まみれてベチャベチャにされた上に憔悴しきってはいるのだが。
元の威勢のいい美少女アイドルの姿は、微塵たりとも残っていなかった。
吐き出されてすぐは呆然としていたルミッコだったが、、、
「ぶゅわぁぁぁん。お母゛ぁさぁん、、怖がっだよぉぉぉぅ、、、」
その後は大号泣であった。
母親を呼びながら、ワンワンと泣きじゃくっている。
さっきまでのドリーとソックリの姿であった。
ツンデレ系アイドルに見えていたルミッコだったが、実際は『ツン泣き』系アイドルだったようである。
さっきまでの高飛車モードより断然可愛くて、萌えポイントが高い。
とはいえ今はルミッコのアイドル属性など気にしている場合ではない。
ドリーだけでなく真一にとっても、これは全く予想外の展開であった。
「ニャニャっ!?」
呆気にとられた表情で、ピタリと泣き止んだままフリーズしているドリー。
「エピー?」
ルミッコに気付かれないように、小声で尋ねる真一。
「ドリーがグチュって噛んで潰しちゃいそうだったから、急いで吸い込んで溜め袋に入れといたの。弱ってるけど、ちゃんと生きてるよっ!」
エピーが神懸かり的なまでに有能すぎるっ!!
「偉いっ!エピーちゃんっ!」
「エピー、大好きニャミュ!」
思わず感激の声を上げる真一。
ドリーも心の底からルミッコの生還を喜んでいた。
「ミュイミュイ〜♡」
2人から褒められて、ドヤ顔で得意満面になるエピー。
そういえばエピーはさっきから何か言おうとしていたが、ルミッコが生きていると伝えたかったのだろう。
それなのにその言葉を遮っていたのは、真一の『やらかし』であった。
しかもテンションが上がってついつい大騒ぎしてしまった。
「びゅぁあああぁぁん、、みゅぅわぁあああぁぁん、、、」
だが幸いにしてルミッコは自分の号泣する声のせいで、まだ真一たちに気づいていないようである。
逆に大泣きしているルミッコの方が、周りに気付かれ出したようだ。
『おいっ!あれっ!!』
『誰かいるのかっ!』
『良く見えねぇけど声がっ!?』
向かい側の屋根の下の関係者用通路で捜索していた人たちが、ルミッコの泣き声を聞きつけたのか、こちらを指差して騒ぎ始めている。
「とりあえず気付かれる前にさっさと逃げよう」
「ミュイっ♪」
こうして殺人未遂腹ペコ凶悪ドラゴンは、人知れずその場を逃げ出した。
それとともに、、、
至聖龍カミュリャムのアイドルデビュー計画は、闇に消えるように流れ去ったのであった。