3.39.101 殺人龍ドリーの逃亡生活
「とうとうやっちまったよぉぅ、、、」
真一は頭を抱えていた。
「これからどうしよう?」
それは今までの人生で感じたことのない程の絶望感であった。
ゴブリンキングを前にしたときよりも遥かにショックがデカい。
どんな凶悪モンスターに襲われるよりも、人を殺してしまった事実の方が精神的に来るものがあった。
まさか異世界にやってきて、殺人犯になるとは思っていなかった。
真一に言われるまま逃亡したエピーがいるのは、アリーナの屋根の上だった。
さっきまでいた内部の通路から、ステージの上の開口部を抜けて、ひとっ飛びで向かい側の屋根の上に着地したのである。
下ではまだ3人組アイドル『3さわやか』のライブステージが続いていた。
そして反対側の屋根の下の関係者用通路では、残された人たちが大騒ぎしていた。
プロデューサーのマッカスと他のスタッフ、『キャーシャ』のメンバーたちやマネージャーと警備員。
大勢の人間が通路の下を覗き込んだり、あちこち探して走り回ったりしている。
さらには警察か衛兵なのか、大人数の部隊までやって来て捜索を始めた。
2人が突然失踪した事件を受けて、てんやわんやの有り様であった。
だというのに、、、
「ミュイ〜、アイドルってスゴいね〜」
屋根から身を乗り出すようにして、ステージを眺めてウットリしているエピー。
ドリーがルミッコを食い殺してしまったことなど、どうでもいいといった様子だ。
「シン、アイドルになるのはやめるニャミュ?だったらドリー、エサが欲しいニャミュ〜♪」
人を1人食い殺しておいて、平常運転のドリー。
お前、いま恐ろしいモノを喰ったとこだろ!
殺人鬼、いや、殺人龍ドリーはもうどうしようもないとして、エピーまで平然としているのはさすがにショックだった。
真一はとんでもない凶悪モンスターを街に連れ込んでしまったのかもしれない。
責任が真一に全く無いとは、とてもじゃないが言えなかった。
「どうすりゃいいんだよ、、、」
「シン、どうかしたの?」
どうかした?じゃないだろっ!?
エピーまでそんなことを尋ねてくる有り様である。
常識人だと思っていたエピーですら、真一がどうして落ち込んでいるのか分からないようだ。
このドラゴンたちをこれ以上街に置いておくわけにはいかない。
今すぐ街から逃げ出すべきだろう。
人を殺してしまったのだから自首する?
下手に処刑とかになったら、ドリーが暴れて犠牲者が増えるだけだ。
ルミッコを殺してしまったのに逃げていいのか?
いつか罪を償う必要はあるだろうが、それは今じゃない。
幸い今ならただの失踪事件で済んでいる。
ドリーが食い殺したことには気付かれていない。
真一たちが黙って今すぐ飛び去れば、神隠しとでも思われて終わりだろう。
問題は、、、
「ねぇシン、エサぁぁ、、、」
無事にドリーを街から連れ出せるかだ。
人間の料理の味を覚えてしまった腹ペコ凶悪ドラゴンを。
納得させるのは難しそうだが、真一は敢えて強硬姿勢でいくことにした。
「ドリーちゃん、もうメシはありませんっ!!」
「ニャニャっ!?なんでニャミュ!?」
心底驚いた!という表情を見せるドリー。
ドリーが当然のことを言われて驚いていることに、さらに驚く真一だった。
コイツ、ほんの数時間前の約束をもう忘れたのかよっ!?
人間を食べたら2度と料理は食べられないと教え込んだのも、本人が納得してそう宣言したのも、ついさっきのことである。
「俺はいまめっちゃ怒ってます!ドリーちゃん、なんでか分かりますか?」
「お腹空いたから、分かんないニャミュ♪」
こ、コイツ〜っ!
「ドリーが人間を食べちゃったからだよっ!あんなに約束したのにっ!」
「ミュイ〜、シン、あのね、、、」
真一がドリーを叱りつけていると、エピーが何やら口を挟んできた。
ドリーを庇おうとしているのかもしれないが、今回ばかりは許してあげられる事態ではない。
「ごめん、エピーはちょっとだけ黙っててくれる?いまドリーに説教してるから!」
「ミュイぃぃ、、、」
エピーは何か言いたそうにしながらも、大人しく引いてくれた。
「ドリー、1度でも人間を食べたら、人間の料理は2度と食べられないって言ったよね!?」
「ニャミュぅ、、、」
「それでドリーは人間は食べないって約束しただろ?ちゃんと覚えてるよな?」
「うん、そうだけど、、、」
どうやら約束は覚えていたようだが、それでも言い訳をしようとするドリー。
全くもって反省の色が見られない。
「だけどじゃありませんっ!!ドリーちゃん、今自分が何をやっちゃったのか分かるよね?」
「シン、違うの。ドリー、食べたんじゃないニャミュ」
いや、食べただろっ!!
とんでもない言い訳に唖然として、一瞬言葉につまる真一。
そんななか、ドリーが凄まじい超理論を披露する。
「ムカついたから、ちょこっと懲らしめてあげただけニャミュぅ、、、」
「『ちょこっと』?それでドリーちゃんは悪い人を『ちょこっと』懲らしめるために何をしたんでしょうか?」
「グチュって丸飲みに…
「食ってんじゃねーかっ!!」
真一がこの異世界に来てから最大のツッコミが炸裂した。
「ニャニャっ?」
それを不思議そうな顔で見つめるドリー。
「何を驚いてんだよっ!結局食べたら一緒だろ!?」
「言われてみれば確かに、そうかもしれないニャミュ!」
いま気付きました!とばかりの表情を浮かべるドリー。
「言われなくてもそうだろっ!こんなヒドい言い訳、聞いたことねぇよっ!」
腹ペコドラゴン娘の思考がガチで異次元すぎる。
頭を抱えて泣きたくなってくる真一であった。