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貧乏神とおせん

作者: moco

「出ていけ! この貧乏神~~~!!」


ガシャン! パリン! 


茶碗やら家財道具やらが飛んできて、けたたましい音が響き渡る。

そんな中を髪はボサボサ、ツギハギだらけでボロボロの服を着たおっさんが逃げ出して行く。


「バレちまったら、しょうがねえ。ハイハイ、出ていきますよ。」


おっさんに悪びれた様子はみじんも感じられない。


「ま、どうせここはもう終わりよ。一丁あがりよ!」


それどころか楽しんでいるようにも見えた。


実はこのおっさん、れっきとした『貧乏神』である。普段は人の目には見えないのだが、能力者など、一部の人間には見えてしまう。先程も、順調だった商売が急に上手くいかなくなった主人が怪しんでお祓い師を頼み、それでバレてしまったのだ。


「ふぁ~あ。さて、と。 次はどこに行くかな。」


大きなあくびをし、尻をボリボリと掻きながら、貧乏神はぼんやりと歩く。

すると突然、カラスが一羽、貧乏神の頭に乗ってきた。


「カァーーー!」

「あいて、爪をたてやがった! 何すんだ、このくそガラス!」


怒った貧乏神はカラスの首を絞めるが、ふと足元に気付く。そのカラス、脚が三本あった。つまり、神の使いであるヤタガラスだ。


「おっと、大神さまの使いか。へへへ、こりゃ、すまねえな。」


大神様とは八百万(やおよろず)の神を統べる偉い神のことで、貧乏神の上司にあたる。


「カァアーー!!」


怒ったのか、ヤタガラスは運んできた手紙をくちばしに咥え、それを貧乏神の頭に突き刺す。


「いてぇあ! ・・・あ、謝ったじゃねえか。」


貧乏神はぼやくが、ヤタガラスは満足したのかそのまま飛び去って行く。頭をさすりながら手紙を広げると、そこにはこう書かれてあった。


『次は、()()()()町で仕事に励む事。四六四九よろしく。 大神より』


何が四六四九だよと思ったが、逆らう訳にもいかず、貧乏神は指定の場所へと向かっていった。


------------------------

「む、金の匂いがするな。ここかな。」


貧乏神は金の匂いがわかる。その匂いでターゲットを決めるのだ。

今回貧乏神が目を付けた家は、蔵を幾つも抱えた大店だった。


「おじゃま、しますぜ~。」


正門から堂々と入っていくが、何やら様子がおかしい。人の気配が無いのだ。

こんな大店であれば、人の出入りが活発なはずだと不思議に思いながらも、店の中へと上がっていく。

暫く歩くと中庭に面した部屋にちょこんと座り、外をぼ~っと眺めている少女を見つけた。


(お、人が居るじゃねえか。子供が一人? なるほど、他は休みか何かで出掛けているのか。)


そう合点し少女の後ろにゴロンと寝転がり、くつろぎ始める。畳は高級なものを使っており、こりゃさぞかし金がある≒仕事のやりがいがある、とほくそ笑んでいると、ふと視線を感じた。


(なんだ?)


起き上がり周囲を見渡すと、あの少女がこちらをじ~っと見つめていた。


「どちら、さま?」


可愛らしい顔をしているが、若干やつれているように見える。少々驚きつつも貧乏神は答えた。


「なんだ、俺が見えるのかい、お嬢ちゃん。俺はな、『貧乏神』って言うんだ。」


見えるということは、この少女はそういう能力を持っているのだろう。


「びんぼうがみさん・・・、変わった名ですね。『びんぼ』が姓ですか?」


少女の返答に少し調子が狂った貧乏神。


「んな訳ないだろう。いいか、び・ん・ぼ・う・が・み だよ。人を貧乏にする仕事だよ。」

「人を貧乏に・・・、それは立派なお仕事ですね。お疲れ様です。」


そう言って、お辞儀をする少女。完全に調子が狂ってしまった貧乏神は、頭をボリボリと掻きながらまくし立てた。


「あのなぁ、立派な仕事でもなんでもねえよ! 普通なら貧乏神って聞いただけで、『きゃ~』とか『うわー』とか騒ぎ立てるもんだ! なんでそんなに・・・ って、おい!」


急に慌てる貧乏神。というのも、話の途中で少女が突然倒れたからだ。


「おい、どうした! どこか具合でも悪いのか?」

「すみません・・・、お腹が、減り過ぎて・・・」


ぐ~~~っと盛大な腹の音とともに、少女はそう答えたのだった。


------------------------

仕方なく、食い物を手に入れるため家の台所を探し出し、そこで見つけた干し柿を少女に食べさせた。

人心地着いたところで、貧乏神は尋ねてみる。


「おい、両親はどうしたんだ?」

「・・・いません。この前、死んでしまいました。」


「え・・・、じゃあ他のやつらは? こんな大店だから、だれか他に大人がいるだろう?」

「・・・みんな、出て行ってしまいました。」


これには貧乏神も暫し絶句してしまう。


「・・・じゃあ、お前、この家で一人きりなのか?」

「・・・はい」


(なんてこったい、俺の嗅覚が鈍っちまったのか?)


思わず天を仰ぐ貧乏神。


「・・・そうすると、俺がこの家にいる意味はねえな。じゃあな、嬢ちゃん。達者でな。」


あてが外れたと出て行こうとすると、少女が足にしがみついて来た。


「お、おい、放せ、こら。」

「いやです。せっかく、一人じゃなくなったのに。」


抜け出そうとするも、この少女、なかなか力が強い。


「放せったら、おい! 俺がいると不幸になっちまうんだぞ!」

「それなら、もうなってます!」


「もっと不幸になるかもしんねえんだぞ!」

「これ以上、落ちようないです!」


出て行こうとする貧乏神と、それを押し留めようとする少女。


「ええい! 俺は・・・、俺は世の金持ちを貧乏にしなきゃいけねえんだ!」

「金持ちってなんですか?」


しがみついたまま少女は尋ねる。


「ああん? 金持ちってのはな、金を持ってる奴らのことだよ!!」


そう言うと、少女が突然力を緩めた。そのせいか貧乏神はふっとんでしまい、壁に派手な音とともにぶち当たった。


「あいたたた。見つかるわ、カラスに刺されるわ、壁にぶち当たるわで今日は厄日だよ。厄病神でもついちまったか?」


などと、ぼやいていると少女がポツリと言った。


「お金なら・・・あります」

「へ?」


少女はすくっと立ち上がり、貧乏神がぶつかった壁に垂れていた紐を引っ張る。すると壁が開き、中には金銀財宝がびっしりと詰まっていた。


「な・・・なんじゃ、こりゃ!?」


「両親が死ぬ前に教えてくれたんです。誰にも言うなよって。言ったら不幸になるぞって。」


貧乏神が呆然としていると、少女は続けてこんな事を言った。


「これなら、居てくれますよね?」


こうなると貧乏神としても断る理由は無く、この家に居つく事となった。


(これでいいんですかね? 大神さま?)


-----------------------

 それから二人の奇妙な生活が始まった。とにかく家が広すぎるので、隅にある一部屋だけで暮らすこととなった。話を聞くと、少女は名を『おせん』と言い、年は今年で数えの八つ。この大店を営んでいた両親の一人娘、つまりお嬢さんであった。そのせいであろう、出会った時のやり取りといい、一般とはどこかずれていた。


 貧乏神は暫く食べなくても平気だが、少女はそうもいかない。貧乏神は人に見えるように術を施し、食料や日用品を買いに出かけた。お金は当然、少女が見せた隠し金の一部である。買い物ついでに、少女が居る大店の情報を集めてみると、大方次のようなものだった。


 おせんの両親が一代で築き上げた店だったが、流行り病で両親がそろって死亡。その後、親戚類が多数押しかけての相続騒ぎとなり、あの少女と家以外は皆持って行かれたとの事だった。

その話を聞いて貧乏神は少女に同情したものの、人間界ではよく聞く話でもあったので、ふ~んという程度であった。それよりも少女が見せた隠し金が気になり、あれを使い切らせてこそ一流の貧乏神よ、と変な気合を入れていた。


ただ、困った事があった。少女がお金というか、物欲というものがほとんど無いのだ。例えば・・・


「おせん、何か美味しいモノでも食おうか?」

「いえ、いいです。それよりも、びんぼさんの食べてるものと同じものがいいです。」


びんぼさんとは貧乏神の事で、少女は姓びんぼ、名うがみ、と思っているらしい。尚、貧乏神の食べてるものは雑穀入りご飯に小さな魚が乗ったものである。


「おせん、綺麗な服でも買ったらどうだ? ずっと同じ服だろ?」

「ううん。それよりもびんぼさんの着ている服と同じものがいい。動きやすそうだし。」


ツギハギだらけのボロ雑巾のような服のどこがいいのか、このお嬢さんはどこかずれている・・・。

そして、何故か裁縫を教える事になる。貧乏神の服は驚くなかれ自前なのだ。


(このままではいかん、これでは貧乏になるまでに何百年もかかってしまう! 大神さまに怒られるではないか!)


あせった貧乏神は、おせんに丁半博打や米相場を教えようとするが、当然のごとく失敗。

だが、計算や読み書きには興味を持ったようで、勉学を教えてやることとなった。


(わし、何してるんだろう・・・。 一応、貧乏神なんだけど)


己の任務を果たせないもどかしさを抱えていたが、奥底では心地よさのようなものも感じていた。こんな調子で二人の生活は過ぎて行った。


----------------------

そんなある日。いかにも強欲そうな男が家に押しかけて来た。


「おせん! 生きてるか? ・・・!」


その男はおせんを見て目を剥いた。それはそうだろう。可愛らしいお人形さんのような少女だったのが、風呂にあまり入っていないのか髪はゴワゴワ、服はツギハギだらけで、まるでミニチュアの貧乏神のような格好になっていたからだ。


「あ・・・おじさん。」


おせんは男を見て貧乏神の後ろに隠れるが、貧乏神はほとんどの人からは見えない。その為叔父と呼ばれた男にはおせんがただかしこまったように見えた。


「な・・・、なかなか逞しそうじゃねえか。まあいいや、兄者はどこかに隠し金を溜めてただろう? お前は知ってるんじゃねえのか?」


女の子を一人置き去りにし、久しぶりにやって来ての第一声がこれでは、この男の性根が伺い知れる。


「知りません、そんなの。」

「嘘つけ! この家の権利書だってお前が持ってるんだろう!」


「持ってません! 叔父さんが全部持っていったでしょう!?」


強情に言い張るおせんに、叔父は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「なにを~、全くお前は死んだ兄者と義姉にそっくりで、強情な奴だよ! だったら、勝手に探させてもらうぜ!」


そう言うや否や、表に待たせてあった人を呼び、大人数で家中をひっくり返して探すが何も見つからない。


「今日は引き下がるけどな、兄者がかなり溜め込んでたのは知ってるんだ! また、来るからな!」


まだ諦めきれないのか、叔父はそんな事を言って出て行こうとした。

だが、一部始終を見ていた貧乏神は怒り心頭だった。色々な悪人を見てはきたが、こういう男にはどうしても腹が立ってしまう。


「てめえみてえな奴にこそな、『地獄に落ちろ』ってのが似合うんだぜ。・・・これでも、食らいやがれ!」


怒りで逆立った髪の毛を何本か引き抜くや、叔父の懐や襟元に忍ばせた。

実はこれ、貧乏神の呪いなのだ。自分の分身(この場合は髪の毛)を身に付けさせ、貧乏の()(毛)をまとわせるのだ。そんな事をされたとは露ほども気付かない叔父は、そのまま去って行った。


嵐のようなゴタゴタが過ぎた後、叔父たちが家探しをしている間ずっと黙り込んでいたおせんが貧乏神に尋ねてきた。


「びんぼさん、お金って何ですか?」

「は?」


唐突に聞かれ、答えに迷う貧乏神。


「それはその・・・、みんな欲しがる、ものだよなあ・・・。」

「なんで欲しいんですか?」


「そりゃあ、金があれば色々買えるし・・・、幸せに、なれるしなあ。」

「お金がなきゃ、幸せになれないの?」


「・・・俺は貧乏神だけど、大体俺が取りつくと『不幸だ~』って言ってたから、ねえ?」


だんだん禅問答のようになってくる。


「びんぼさんは不幸なの?」


「俺? べつに、不幸だと思った事はないけど・・・。むしろ、何も無いから気楽かなあ。」

「なら、お金要らないじゃない。」


(確かに・・・、俺、なんで金持ち探してたんだろう?)


おせんの言葉に自分の存在意義が揺らいでくる貧乏神。悩んでいると、おせんが目に涙を溜めていた。


「わたしは・・・わたしは、お金があって幸せだって思った事なんて一度も無い。おとうもおかあも、いっつもお金の話ばっかりで怖かった。死ぬときだって、お金の話ばっかりだった。私の事なんてちっとも!」


ずっと胸の内に溜めて来たのか、一度溢れた想いは止まらずにおせんの口からあふれ続ける。


「お金なんて・・・、こんなもの要らない! こんなものより、一緒に居てくれる人が欲しかった! 家族が欲しかった!」


おせんはわんわん泣きじゃくりながら、終いには叫ぶように言った。


「びんぼさんもお金があるがら、居るんでしょ? 無ぐなっだら、どっかいっぢゃうんでしょ!?」


鼻水まで垂れ流し、顔をくしゃくしゃにして泣き続けるおせん。この子は子供だから、お金の意味なんてわからずに言っているんだろうと貧乏神は思う反面、おせんの姿を見ているといたたまれなくなってきた。思わずおせんをそっと抱きしめ、ポツリと言う。


「わかったよ、泣くなよ、おせん。そしたら、あのお金、ずっと取っとけばいいだろう? 無くなるまでは一緒に居るよ。」


すると、おせんは先程迄泣いていたのが嘘のようにピタリと止まる。


「ホンド?」


さっきまでの大泣きはどこへやら、鼻水を垂らしたままにっこりとほほ笑む。


「あ、ああ・・・。無くなるまで、な。」


なんだか騙された気もするが、深く考えず貧乏神は頷くのだった。


----------------------

あれから数年。貧乏神は今もおせんと二人で暮らしている。さすがにあの大きな家でずっと暮らす訳にも行かず、手放して町外れの小さな家で暮らしている。ちなみに、おせんは家の権利書を服のツギハギ用に使っており、それを知った時は大笑いしたものだった。


さすがに貧乏神スタイルではまずかろうと、二人そろって小綺麗な格好にし、きちんと風呂にも入るようにしている。貧乏神も暮らすとなった以上はと、人にも見えるようにし、棒手振りの仕事も始め、端から見ればおせんとは仲の良い親子にしか見えない。


一方、あの押しかけた叔父は商売が急に上手くいかなくなり、ついには破産したとの事。貧乏神は気(毛)の効果だと、おせんに自慢気に語っていた。


一見、幸せな家庭を築いたように見えるが、貧乏神は己の本分を忘れた訳ではない。あの隠し金は、今の小さな家にも持って来て、地中に埋めてある。いつしかおせんが欲に目覚め、あの隠し金に手をつけ始めたら、その時こそ貧乏神の力を発揮してやろうと企んでいるのだが・・・。


「びんぼさん、お疲れ様。今日は畑で南瓜が取れたから、南瓜粥にしましょ。」


すっかり大きくなったおせんが、棒手振りから帰って来た貧乏神を出迎える。相変わらず欲が無く、それどころか貧乏を楽しんでいるようにも見える。お陰でお金は一向に減らず、溜まっていくばかりだ。

貧乏神に戻れる日はいつ来るのか、と考える。


(こりゃ、当分は戻れそうにないな。それまでは、貧乏神の仕事は休職だ。 いいよね? 大神さま?)


その問いに答えたのか、遠くで「カァーー」と鳴き声が響いていた。


おわり

現在、連載小説「隻眼浪人と茶髪娘、江戸を翔ける!」も手掛けています。

こちらもぜひご覧になってください。(ブックマークやコメントをもらえると励みになります。)


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