運命の出会い
中国の上海にあるレストラン『王道』では、ワンがレイに『修羅拳山』の事を話し始めていた。
「修羅拳山とは、今から千百年程前に日本で生まれた殺人集団じゃ。
その時の日本は平安時代といわれていた。
その時代には侍と言う者たちがいた。
そして、その侍の中の一人が『修羅拳山』の祖となるのだが…… 」
ワンは話を続けた。
修羅拳山…… 。
それは平安の世に生まれた。
当時の日本は平家が執権を握っていた。
そして、その平家を潰そうと狙っていたのが、後の鎌倉幕府を作る源氏だった。
その源氏の武士の中に『鬼代隆盛』という武者がいた。
鬼代は、源氏の侍の中ではあまり目立つ存在ではなかったが、源氏に対しての忠誠心は他の侍たちとは比べ物にならないほどのものだった。
そして武力では劣っていた鬼代は、戦で足手まといにならないように、とにかく役に立つ存在になりたいと言う一心で、一人山篭りをして拳と武の修行をしていた。
当時の侍は腰に刀を置き、いつでも命の奪い合いとなる。
だから人を殺すための技を自分の身に染み込ませる思いで、毎日毎日ひたすら拳と武を磨いた。
そして、鬼代は武神と化していった。
迫り来る戦で、いつも手柄を立てるようになり、最終的には鬼代が居なかったら源氏の時代は来なかったであろうとまで囁かれる様になっていた。
その言葉は、巷のうわさではなかった。
平家の武将たちは、鬼代の陰の戦いで潰されていったのだ。
やがて源氏が執権を握り鎌倉幕府に移り変わると、鬼代は源氏の守護神とまで言われるようになっていた。
それからの鬼代一族は『修羅鬼代』と言われるようになり、一子相伝の暗殺一族へと変貌を遂げていった。
その勢いは、源氏から北条氏に執権が移っても変りはなかった。
そうなれば、やはり修羅鬼代の地位を狙ってくる輩も出てきた。
しかし、ひたすら人殺しの技を極めた一族には、到底かなう者などいなかった。
そして、時代は戦国の世と変っていった。
その頃から、修羅鬼代から『修羅拳山』と呼び名が変わってきた。
その由来は、修羅と化した人殺しの技と地位は、山のように不動なものだという意味だった。
世の中が戦ばかりの戦国の時代では、修羅拳山はどこの武将にも属さなくなっていた。
ただ、人殺しの依頼があればそれを請け負うといった『殺し屋集団』となっていたのだ。
そして依頼を受けた殺しは、必ず達成されていた。
一説には、あの上杉謙信も病で倒れたと言われているが、実は修羅拳山の毒牙によって葬られたと言われている。
そんな修羅拳山に、最大の敵が現れた。
その者たちは『忍』と言われていた。
そう、『忍者』だ。
修羅拳山が現れるところには、必ず忍者の存在があった。
そして、血で血を洗う激闘が繰り広げられていた。
忍者は数を増やしていった。
だが、修羅拳山は一子相伝の一族からなっている。
物心が付いた時から人を殺す事だけを教えられてきた修羅拳山の一族は、少数精鋭の集団だったのである。
その為、一人も殺される事はなく、忍者は圧倒されつつあった。
やがて忍者は、『伊賀』と『甲賀』に別れ争い始めた。
その中で、『服部半蔵』が頭領となり、再び一つにまとまり始めた忍者は、江戸時代まで続いた。
そして、修羅拳山と忍者の戦いは激しさを増していった。
そんな忍者も、現代では存在しない。
なぜなら、明治維新直後に修羅拳山の手によって滅ぼされてしまったと言われている。
そして、修羅拳山も闇の世界へと姿を消した。
暗殺の頂点に立った修羅拳山は、拠点を日本からアジアへと移し、世界へと目を向けたのである。
その原因となった出来事がある。
それは、明治維新前の日本。
当時の日本はヨーロッパ諸国から大勢の異国人が来ていた。
その白人から一つの大きな依頼を受けたのである。
それは、アメリカ大統領であるリンカーンの暗殺だった。
歴史上では劇場で射殺された事になっているが、実は依頼を受けた修羅拳山の一人が、アメリカに渡ってリンカーンを暗殺したと言われている。
その後は、アジアからモンゴルへと拠点を移した修羅拳山だったが、そこで今までの敵とは比べ物にならないほどの強敵と出会う。
それは、かつてモンゴルを世界最強とまで押し上げ、世界の三分の一を手中に収めた男。
蒼き狼と恐れられた『チンギスハーン』。
その末裔のチンギス一族が率いる組織だった。
だが、その組織との戦いも修羅拳山が優勢となってきたところで、チンギス一族から和解の話が持ちかけられた。
しかし、平安時代から一子相伝で一族を繋いできた修羅拳山は、その話を断った。
そんな中、修羅拳山の頭領が、チンギス一族の姫を愛してしまったのだ。
そして二人が結ばれると同時に、二つの組織も一つになったのである。
その後、名実共に世界最強となった『修羅拳山』だったのである。
その修羅拳山から狙われた者は、必ず殺される運命にあった。
それがどんな組織であろうとも、どんな国の長であろうとも、そして何処に逃げようとも、助かった者は一人も居なかったのである。
ワンは、全てをレイに話した。
そして、最後に言った。
「お前の父親であるジンは、その恩師であるリュウから修羅拳山のことを聞かされていたのであろう。
だから、ジンもお前に同じことを伝えたのだ。
それは、お前たちが大事だからだ。
お前たちを危険な目に合わせたくない一心で言った事だ」
レイは、ワンの言葉を黙って聞いていた。
ワンは尚も話を続けた。
「レイ、お前はジンとフェイの子だ。
それは私にとっても同じ思いだ。
だから、全てを忘れて…… 」
その時レイが叫んだ。
「忘れる事なんてできないっ!
そ、そんなこと、私にはできないよ。
私は、お父さんやお母さんの仇をとるんだ」
「これだけ言っても、お前はっ!!」
ワンはそう怒鳴りつけた。
そんなワンの目を、レイはじっと見つめていた。
その瞳の奥には、死をも恐れない覚悟の目をしていた。
二人はじっと見詰め合っていた。
そして、力を落とすようにワンはソファーに座った。
「やはり、お前はジンの娘だ。
しっかりとジンとフェイの心を受け継いでおる。
よし、わかった。
ただし、一つ条件がある」
ワンはそう言ってレイの前に立ち上がった。
レイは、力強く頷いた。
「一年じゃ」
ワンはレイの顔の前に人差し指を立ててそう言った。
「一年待つのじゃ。
その間、わしの組織で訓練を受けなさい。
わしの組織も、闇の中では世界一じゃと自負しておる。
世界屈指の暗殺者を育てているのじゃ。
その中で、お前も人殺しの技を身に付けるのじゃ。
しかし、生半可な気持ちじゃ続かんからな。
その覚悟はあるな」
ワンの一言に、更に強く頷くレイ。
「たったの一年じゃよ。
その一年間を、十年修行したほどの重い一年にしなさい。
そしてその一年を耐え抜けば、必ずジンとフェイの仇を打つ事ができるほどに成長する。
必ずじゃ」
ワンは、部下を呼ぶとレイを本部に連れて行くように指示を出した。
レイは、ワンに深々と頭を下げると、部下の男と一緒に部屋を出て行った。
レイが向かったワン一族の本部は、中国の北京にあった。
数日後、北京の空港内にレイの姿があった。
傍にはワンの部下が二人、レイの護衛として同伴していた。
何時、修羅拳山がレイを襲ってくるかが解からないための用心だった。
そんな三人が歩いていると、前方から二人の男が話をしながら歩いてきた。
何気ない普通の若者二人。
だが、すれ違いざまに事件が起きたのだ。
一瞬、その二人の姿が消えたかと思えた後、一人の部下が腹部を押さえて倒れたのである。
もう一人の部下は、咄嗟に回避していた。
地面は、真っ赤な鮮血が徐々に広がっている。
それを見た周りの観光客やビジネスのために飛行機を利用している者たちが、一斉にパニックを起こしていた。
更に前方からは、騒ぎを聞きつけた数名の公安が、こちらに向かって走ってきている。
その中でも、慌てることなく不気味な静けさを漂わせる二人の男。
そして、更にレイと部下に対して攻撃を仕掛けてきた。
部下は、レイを守ろうと身体をレイに被せてきた。
その背中に、襲ってきたナイフが突き刺さった。
「え…… 」
何もできないまま、レイの前で二人の部下が倒れてしまった。
目の前にいる二人の男は、尋常ではないほどに素早い動きだ。
全く無駄がない動きで、的確に相手を仕留めてくる。
そんな二人が、レイに向かって攻撃を仕掛けてきた。
その時だった。
二人の男とレイの間に、大きなバッグが飛んできたのだ。
一瞬動きを止めて、三人が同じ方向を向いた。
目の前には、一人の白人の若者が立っていたのだ。
「お前たち、こんなに大勢の人ゴミの中で人殺しかよ。
中国って所は、映画のように街中でカンフーやるって、本当のようだな」
そう言ったのは、アメリカから到着したマイケルだった。
そんなマイケルの事など眼中にない二人の男は、再びレイの方に視線をやると、刃物を振りかざして襲い掛かってきた。
「ちょっ…… 、待てって…… 」
そう叫んだマイケルは、慌ててレイの前に立ちふさがると、
「お前たち、いい加減にしろよ。
男が…… それも体がでかい上に鍛えた身体をして、こんなに小さな女の子を襲うなんて、卑怯にも程があるだろう」
そう叫んだ。
しかし、その一瞬にマイケルの後ろからレイが飛び上がった。
そして、瞬時に目の前の一人にレイの蹴りが炸裂したのである。
その光景に、あっけに取られたマイケルだった。
「これは、私の仲間の分よ」
レイはそう叫んで身構えた。
蹴られた男は、よろめきながらも立ち上がって再び身構えた。
それを見て、マイケルもレイの横に並んで身構えた。
どちらかが一歩でも動けば、そこから再び戦いが始まる。
双方共に気を緩めない、緊張した空間だった。
「お前らっ、何事だ」
そこへ、走ってきた公安の声が響いた。
その瞬間、目の前の二人が動いたかと思うと、周りの人ごみの中に消えたのである。
それを、
「待てっ!」
と叫ぶレイだった。
だが、既に二人の男の姿は見えない。
「油断した。
あれが修羅拳山なの」
そう呟くレイだった。
その言葉に、傍にいたマイケルの体が反応した。
「今……
今、なんて言った。
たしか修羅なんとかって言わなかったか」
と言ってレイの腕をとった。
その行動に攻撃だと思い反応したレイは、掴まれた腕を振り払って身構えると、
「あなたも、奴らと仲間だったの。
助ける振りをして、汚い真似をするわね」
とマイケルに言った。
それを、
「ち、違うって。
僕は、ここに来たばかりで関係ないって」
と言いながら、必死に両手を振っていた。
それを聞いて我に返ったレイは、
「す、すいません。
一緒にいた者たちがやられて、ちょっと興奮していたから。
さっきはありがとう」
そう言った。
すると、
「それはいいんだけど、それよりもさっき言った事……
修羅…… 」
とマイケルがレイに尋ねた。
レイは、マイケルの方に目をやった。
修羅拳山は、常人は知らないはず。
だが、目の前にいる若い男はその名前に確実に反応している。
「あなた、修羅拳山を知っているの」
レイは、マイケルにそう尋ねた。
すると、
「さ、探してたんだよ。
その修羅なんちゃらってヤツをさ。
君がそれを知っているんだったら、僕にも詳しく教えてくれないか」
と言って、表情が変ったマイケルだった。
そんなマイケルの事を、マジマジと見ているレイは、
「何があったのかは知らないけど、止めておいた方がいいんじゃない」
と言って振り返った。
そしてその場を離れようとすると、
「父さんが、そいつらに殺されたんだ」
マイケルがそう呟いた。
その言葉に動きを止めたレイだった。
自分と同じ境遇の、それに敵が同じ修羅拳山。
その時、レイの前方から走ってくる男がいた。
「お嬢様、お怪我はございませんか」
そう言いながら、男がレイの身体を確認するかのように見ていた。
「ワンおじさんのところの方ですか」
レイが男に尋ねると、
「お待ちしていました。
中々お姿が見えないので、何かあったのかと思い急いで来ました。
さあ、お車まで参りましょう」
男はそう言って、レイの身体を支えながら歩き出した。
その時だった。
「あの、この男性も一緒にお願いします」
レイが男にそう言った。
その言葉に、男はマイケルの方を見た。
マイケルは、咄嗟の事で驚いていたが、
「何が何だか解からないが、僕も一緒に連れて行ってください」
そう男に向かって言った。
男は、再びレイの方に目をやると、真剣な面持ちで頷くレイだった。
「解かりました。
それでは、お車まで行きましょう」
男がそう言うと、レイもマイケルも一緒に車まで向かった。
車の後部座席に座ったレイとマイケル。
そして、お互いが黙って窓の外を見ていた。
暫くして、最初に話しかけたのはマイケルだった。
「あの時言った修羅…… それからは読めないから解からないけど、その名前をどこで…… 」
その問いかけに、
「…… 」
何も言わずにそのまま外を眺めているレイだった。
「僕は、そいつらに父さんを殺され、母さんは意識不明のまま入院中だ。
なぜ二人が狙われたのか解からない。
いきなりだったし…… 」
マイケルは、自然に話していた。
別に自分のことを知ってもらおうなどとは思っていない。
自然に、なぜか自然に言葉にしていたのだ。
すると、
「私も同じ。
学校帰りに、迎えに来たお父さんにいきなり襲い掛かってきて、家に帰ればお母さんが襲われていて。
私も一緒に戦おうと…… 戦おうとしたんだけど…… 。
何もできなくて…… 」
窓の外を見ながら話をするレイの頬には、涙がこぼれていた。
それを見たマイケルは、再び窓の外に眼を向けた。
そして、マイケルが話を始めた。
「僕の父さんと母さんは、アメリカでFBIの捜査官として色んな事件を解決していたんだ。
だから、命を狙われたのかもしれない。
同僚の人に聞いたら、僕が生まれる前に日本にいた父さんが、大きな組織を潰したことで、おそらくそれで報復のために狙われたんだって言ってた。
その時に母さんと出会って、結婚して僕が生まれたんだけどさ」
その話を聞いて、レイも自然に話を始めた。
「私の父さんも、それに母さんも言ってたな。
二十年ほど前に大きな組織を潰したって、二人の恩師の仇だった組織だって。
そんなこと言ってた。
お父さんもお母さんも、それが原因だったのかな」
その言葉を聞いたマイケルは、
「えっ、二十年前って、父さんと母さんが言った事件もその時だよ。
たしか、その時に一緒にいたのが…… 中国人の若者二人も一緒だったって。
また会いに行くから、その時は僕も連れて行くって言ってたんだ。
もしかして、その中国人って…… 」
そう言った。
すると、
「ちょっと待って。
あなたのお父さんって、「大島」って言う名前?」
「そ、そうだよ。
母さんはキャサリンっていうんだ。
君の父さんって、ジンって名前だったかな。
それに一緒にいた女性がフェイって言ってたっけ」
そう言って、二人は顔を見合わせていた。
すると、二人を迎えに来たワンの部下が、運転をしながら言った。
「あの時は、我々の組織も大勢犠牲者が出ましたよ。
そうですか。
あの四人の若者のご子息であられましたか。
何という運命でしょうね。
あの勇敢な四人の若者のご子息が、このような出会いをするなんて…… 」
そう言った。
「あなたは、父や母を知っているのですか」
マイケルがそう尋ねると、
「私もあの闘いの中で、四人に助けられた一人です。
とても優しい、それでいて恐れずに立ち向かう勇気を持っていました。
私たちの頭領も、あなた方の父上様や母上様に助けて頂いた一人ですよ」
ワンの部下はそう言って頷いていた。
そして、
「そろそろ到着です。
あれが、本部の入り口ですよ」
部下の男がそう言った。
前方には、二人が見た事もないような豪邸が建っていた。
その駐車場であるガレージに車が入っていった。
そして入り口のシャッターが閉まると、いきなり建物が揺れ始めた。
突然の出来事に、後部座席で驚いている二人に、
「驚かれなくても大丈夫ですよ。
これはエレベーターになっています。
私たちは、これから地下深くで生活します」
ワンの部下が優しく言った。
「地下での生活…… 」
とマイケルが言うと、
「そう……
これから地獄の修練の日々が待っているの」
と、周りを見渡しながらレイが言った。
車が地下に到着すると、そこはまるで要塞の中だった。
そこには、軍隊のように訓練をしている集団や、戦争でも始まるかのような武器の数々。
一国の軍隊のような設備が、そこには存在したのだ。
これが、世界一といわれた闇組織『王一族』の正体だったのである。