約束
暫くして香港警察がやってくると、ジンとフェイが殺された現場を調べ始めた。
そんな中、一人の警察官がレイに話しかけてきた。
「あの二人は、身寄りのない子供たちを引き取って、心の底から我が子のように可愛がっていた。
私共もその事は良く存じています。
そればかりか、町のためにも一生懸命に尽くされていて、本当に善い方々でした。
こんな事になって、私共も悔しい。
惜しい方を亡くされた」
涙ぐんで話す警察官の話を、レイは黙って聞いていた。
「子供さんは、ここに居る方たちで全員ですか」
警察官がそう尋ねると、
「いいえ、私の兄がいます。
先日、アメリカに向かったばかりです」
レイは首を横に振りながら言った。
「そうですか。
そのお兄さんとは、連絡は取れますか」
再び警察官が問いかけると、
「いいえ、直ぐには無理です。
兄は住む場所が決まれば手紙を出すと言っていました。
その手紙が届くまでは、どこに居るのかが解からないので連絡は取れません」
レイは俯いたままそう答えた。
すると警察官は、レイの肩に優しく手を添えると、
「解かりました。
それまで寂しい思いをなさるでしょう。
ただ、お兄さんから連絡が届き次第、一度こちらに帰ってくるようにお伝え下さい。
私共の方からもお話がありますので」
小さな声でそう言った。
するとレイは、
「私たちもここから離れます。
父が息を引き取るときに私に言いました。
中国に行くようにと。
そこに行けば父や母の知り合いが必ず力になってくださると。
私は、父と母とのお別れが済むと、言われたとおり中国に向かいます」
そう言った。
その言葉に警察官は、
「そうですか。
それでは、こちらにはもう戻らないのですか」
と頷きながら言った。
レイは、小さく頷いた。
二人が話をしている間に、周りにいた警察官たちの現場調査が終わった。
そして数日後、ジンとフェイの葬儀が滞りなく終わるのを見届けたレイは、子供たちを連れて中国に向かった。
レイは飛行機の中から、遠ざかっていく九龍の街並みを黙って見つめていた。
中国の『王道』に到着したレイと子供たちは、直ぐにワンの居る部屋に通された。
「おお、よく来たな。
君があのジンとフェイのところに居た子どもかね。
他にも、沢山の子供たちが……
ところで、お父さんとお母さんの姿が見当たらないようだが…… 」
何も知らないワンは、レイを部屋に招き入れると不思議そうな顔でそう言った。
だが、レイの表情を見て直ぐに何かを察知したワンは、
「…… ふむ。
どうかしたのか?
あの二人に、何かあったのか」
俯いたレイの肩を握ってそう言った。
すると、
「は…… はい。
父と母は、数日前に殺されました」
レイは小さな声でそう言った。
地面には、ポタポタとレイの頬を伝う涙が落ちていた。
その言葉に、ワンは言葉を失っていた。
そのままよろめきながらソファーの方に向かうと、うな垂れる様にソファーに腰を落とした。
その状況に、
「頭領っ!
大丈夫ですか」
側近の部下たちがワンの下に詰め寄った。
「…… あの二人が、殺されただと…… 」
頭を抱えてそう呟くワンだった。
その時、レイが叫んだ。
「父が息を引き取るときに私に言いました。
修羅…… 拳山と」
その言葉に、ワンの体がピクリと反応した。
それを見たレイは、
「やはり…… 。
やはりあなたは知っておられるのですね。
一体、その修羅拳山とは何ですか」
と、ワンに叫んでいた。
そして、
「父はこうも言いました。
『私たちの仇をとろうなどと思ってはいけない。
修羅拳山には絶対に逆らってはいけない。
約束だよ』と。
でも、そんな約束は…… 」
と叫んだレイだった。
しかし、ワンはレイの言葉が終わる前に、
「ならぬ。
絶対に逆らってはならぬぞ。
お前の父もそう言ったのだろう。
それじゃ、その言葉の…… いや、約束を守るのじゃ」
と言うと、顔を上げてレイをじっと見ていた。
その時のワンの身体は、ブルブルと震えていた。
その状況を見たレイは、目の前の貫禄のあるワンが、一人の老人に見えた。
そして、それと同時に何かに怯えていることを察知したのである。
ワンをじっと見ていたレイは、拳を握り締めていた。
そして、
「おじさまは、何か知っていますね」
と言ってワンのほうに歩み寄った。
その時、ワンは顔を背けた。
だが、
「教えて下さい。
修羅拳山のことを…… 。
このままでは、父や母は浮かばれません。
それに、どうしておじさまのようなお方がそこまで怯えてらっしゃるのか。
私にも、その事を知る権利はあります」
と、更に力強い口調でそう言った。
その言葉に、ふつと体の力が抜けたようなワンだった。
そして、
「確かにそうじゃな。
何も知らないで大人しくしなさいと言っても、お前の気持ちが落ち着くはずはないじゃろう。
しかしな、今から話をすることになるが、その話を聞いた後、わしとも約束をするんじゃぞ。
いいな。」
ワンがそう言うと、レイは黙って頷いた。
そして、ワンは修羅権山のことを話し始めた。
その頃アメリカでも、同じ境遇の男が修羅拳山のことを調べ始めていた。
大島警部の息子であるマイケルは、両親の同僚たちが居る警察署の駐車場に居た。
「父さんと母さんを襲った犯人は、見つかったのですか」
そう、尋ねまわった。
しかし同僚たちは、マイケルの問いかけに答えようとはしなかった。
それどころか、全く相手にしない態度を取っていたのだ。
それは、何かをひた隠すようにも見えた。
「あなたたちは、何かおかしい。
どうして一言も言わないんだ。
言わないどころか、みんなで何か隠している」
そう叫ぶマイケルだった。
その時、一人の刑事がマイケルのところにやってきた。
「マイケル、マイケル。
ちょっと、こっちに来い」
そう言ってマイケルを呼んだ。
その男は、大島警部と一緒に捜査をしていた同僚だった。
マイケルは何か聞けると思い、急いでその男の傍に向かった。
すると男は、マイケルの耳元で、
「お前の気持ちを考えると、やるせなくなるよ。
俺もお前の父親と一緒に現場に行った仲間だ。
そりゃ、悔しい。
悔しいさ。
でもな、どうにもならないんだ。
と言っても、お前のことだから気持ちが納まらないだろう。
とにかく、話があるからここに来い」
と呟いた後、一枚の紙をマイケルに手渡した。
そして、何もなかったかのように車に乗り込んで、どこかに行ってしまった。
マイケルは貰った紙をポケットに入れると、地面につばを吐きかけてその場を去っていった。
暫く歩いて、ポケットから貰った紙を取り出すと、内容を見て驚いた。
「あの人は、何か知っているんだ」
そう呟いたマイケルは、走り始めた。
その紙には、あの男が待ち合わせを指定した場所が書いてあったのだ。
そしてその場所は少し離れた場所だったのだろう、マイケルはタクシーを拾った。
暫く走って、街から少し離れた国道沿いの小さな食堂の前でタクシーを停めた。
そのままマイケルが入っていった店は、カウンターと三つほどのボックス席がある小さな店だった。
その一番奥で、大きく新聞を広げた男がマイケルの方を見ていた。
マイケルは同じ席に対座した。
そして、
「あなたは何か知っていますね。
教えて下さい」
マイケルはそう言った。
すると、
「大きな声を出すな。
誰が聴いてるか解からんからな。
大きな声では言えんのだ」
と、男は新聞を広げたままそう言った。
そして、
「今から言うことを、よく聞くんだ。
話の後に、約束をしてくれ」
と、更に話を続けた。
マイケルは、何も言わずに頷いた。
すると男は、新聞を折りたたんで話を始めた。
「お前の親父さんを殺した奴らはこいつらだ」
そう言って、また、紙をマイケルに渡した。
そして、
「ここで見るな。
危険だからな。
とにかく、今後は用心するんだ。
お前も標的にされているかもしれないからな。
ただ、殺されずにここにいると言うことは、何もしなければ命までは奪われないだろう。
とにかく、もうこれ以上探るのは止めるんだ」
と言って、マイケルの手を力強く握り締めた。
マイケルは、男の目をじっと見ていた。
そして、俯いて何かを考えていた。
マイケルは、心の中で葛藤していた。
《FBIが恐れる何か。
その何かは、今貰った紙に書いているはず。
それを自分に手渡して、猶のことこんなことを言っている。
それほど、お父さんを殺してお母さんを意識不明にした奴らは、強靭な組織なのだろうか?
でも…… それでも、俺はやらなければいけない》
マイケルは、男の手を振り放した。
そして、
「あなたの忠告には、心から感謝しています。
でも、俺はここで引き下がるわけにはいかない。
父さんや母さんの仇を討つまでは」
と言って、席を立った。
「これだけ言っても、お前は…… 」
男がそう叫ぶと、マイケルはそのまま店を出て行った。
店を出たマイケルは、男から貰った紙を開いて見ていた。
そこには『修羅拳山』と書いていた。
それも、漢字で書いていたのだ。
「何て、書いてるんだ」
マイケルには読めなかった。
だが、その文字が漢字だということは解かっていた。
マイケルは考えた。
そして何か思いついたマイケルは、
「おそらく、中国に行けば何か解かるかもしれない」
そう呟いたのである。
そして、
「相手がどれ程のものかは解からない。
俺はそいつらに殺されるかもしれない。
だが、このまま黙って殺されるより、自分から行動を起こして殺された方が益しだ。
いや、黙って殺されはしない。
必ず仇をとるまでは、死ねないからな」
そう誓っていた。