第四節 昨日の敵は今日の・・・
ホロとソキが熾烈な戦いを終えた頃、チハとエイブラムスのいるエル・アラメインでは戦闘終了後、意外な方向に事態が進行していた。
「痛ってぇ・・・。あのチビ・・・。よくもこのエイブラムス様を突き落としやがったな・・・。今すぐにでも反撃してやりたいが、横転してしまっては何も出来ん。」
チハに突き落とされたエイブラムスは、転落後横転してしまっており、チハに突き落とされたことに腹を立て履帯を勢いよく空転させていた。そこに先に転落していた90式が近づいてきた。
「どうした、早く撃てよ。今となっては格好の的だろ。」
エイブラムスは半ば諦めたように90式に問いかけたが、90式は無言でエイブラムスにロープをかけようとしていた。
「おい、何してんだ? このまま引きずり回してやろうってか? どいつもこいつも性根が腐ってやがるな。」
「そんなことはしないさ。ふんっ!!」
90式はかけたロープを目一杯引っ張りエイブラムスを引き起こす。
「何でわざわざ俺を起こしたんだ? 起き上がった俺に撃破される可能性だってあっただろ。」
「まぁ、それも考えはしたが、この状態で撃破するのもなんか目覚めが悪いしな。」
「おかしな奴だ。ブシドーってやつか? で? まだ勝負するか?」
「お前次第だ。」
「はぁ・・・。止めだ止め! ここでお前を撃破でもしてみろ、恩を仇で返す薄情者だの、先代トップの名に傷が付いてしまうからな。」
「冷静な判断だな。」
「今になってみれば、何故暴れていたのやら・・・。」
「チハとの小競り合いの結果だろ? 落ちた時に頭でも打ったんじゃないのか?」
「まぁそれはそうなんだが・・・。今考えたらどうもおかしくてな。」
「まぁ、冷静になってくれて何よりだ。」
90式の行動に意表を突かれたのか、戦意を失ったエイブラムスだったが、未だ彼は敵国の管轄エリア内にいることは変わりなく、この90式の行動は日本国家としての意思か確認できていない為、安堵に至るまでではなかった。
「それで俺はどうなるんだ? 鹵獲でもするか?」
「何度も言うがそんなことはしない。 正直双方に落ち度はあるとは言え、日本トップ車輌の立場から言えば、アメリカとは事を構えたくなかったんだよ。なってしまった以上相手をせざるを得ないわけだが・・・。」
「つまり?」
「ここでお前を撃破すると、アメリカが全力で日本に攻めてくることにもなりかねんからな。こっちの損害は今把握しているだけでもかなり大きなものだが、この辺りで終止符を打たねば取り返しのつかないことになるのは目に見えている。」
「なるほど。理に適っているな。」
ここで、エイブラムスにアメリカ本国からの無線が入る。
「こちらIPM1。エイブラムス。聞こえるか?」
「あぁ、聞えているぞ。要件は?」
「よし、手短に伝えるが、日本との戦闘を一時中断してほしい。」
「そうか。了解した。」
「えっ!?」
淡々と話していたIPM1だが、エイブラムスが素直に命令を聞き入れたことに驚き、思わず口調が緩んでしまう。
「何を驚いているんだ・・・。」
「いや・・・。てっきり『うるせぇ!一輌も残さず撃破してやる!』と言い返されると思っていたもんだから・・・。」
「まぁ、ちょっと気が変わってな。」
「そ、そうか・・・。とりあえず、これから俺が直接日本のトップ車輌に終戦に向けて打診の連絡を入れるから、それまでは日本車輌に危害を加えないようにしてほしいんだ。」
「了解だ。ちなみにその日本のトップ車輌なら目の前にいるぞ?」
「えっ!?」
エイブラムスから発せられた予想外の返答の連続に、IPM1の口調は完全に砕けていた。
「目の前に?! 戦闘中なのか!? 大丈夫か!?」
「ああ大丈夫だ。このまま無線変わろうか?」
「はぁ!? あぁ・・・変われるのであれば・・・頼んだ・・・。」
IPM1は呆気に取られたまま、90式に無線が繋がる。
「こちら日本トップ車輌の90式戦車だ。アメリカ新トップ車輌のIPM1か?」
「゛ん゛んっ! あ、あぁ、俺がアメリカの新トップ車輌のIPM1だ。」
「まさか初めての会話がこんな形になろうとはな。それでエイブラムスから急に話があると振られたんだが、要件は何だろうか。」
「両国間での戦闘を現時刻を持って終了し、日本にて終戦に向けた打ち合わせをさせてもらえないかと思い連絡しようとしていたんだ。 それがこんな形で伝えることになるとは・・・。心労でエンジンが止まりそうだよ・・・。」
「ハハハ。お前も大変そうだな笑」
「随分と気の抜けたリアクションだな?」
「そうか? まぁ俺も部下に困らせられた身だからな。」
「それもそうか。 で、良い返事はもらえるのかな?」
「あぁ、そちらの提案に応じよう。丁度エイブラムスとその話をしていたところだったんだ。」
「そういうことだったのか・・・。ひとまず感謝する。では日本に向かう日程だが、1週間後にさせてもらいたいのだが構わないか?」
「あぁ、構わない。」
「ではまた日本で。」
90式はIPM1との無線を終え、エイブラムスと今後の行動について話し合っていた。
「・・・終戦のようだな。」
「あぁ、そうだ。 ひとまずIPM1との打ち合わせがあるから俺は日本に帰投しなければならない。」
「俺も付いていこう。」
「分かった。目下の課題は如何にチハを納得させるかだが・・・。」
90式の予想通り、チハの説得が現時点で最難関の課題であるが、なんとチハは終戦云々どころか、戦争になっていることすら知らなかった。
「まぁ悩んでいても仕方ないさ。とりあえず対策を考えようじゃないか。」
「そうだな。ところで日本の戦車は超信地旋回できるのか?」
「ん? あぁ俺はできるぞ?」
「お、結構いい速度で回るじゃないか。」
二輌が超信地旋回をしている時、チハが高台から覗き込んできた。
「何やってんだあいつら・・・。 おい90式! 何でそのデカ物を撃破しないんだ!?」
「お、チハか。その必要はない。」
「何言ってんだ!? そいつは日本管轄エリアに侵入してきた敵だぞ!?」
「まぁ落ち着け。ところでチハ、今アメリカと戦争状態になっていることは知ってるか?」
「は? 何でそんなことになってんだよ?」
「90式よ・・・。あいつマジか・・・。」
「マジなんだよ・・・。」
「う、うるせぇな! で、鬼畜米との戦争がどうしたんだよ!」
「つい先ほどアメリカ陸軍トップのIPM1から連絡があってな。終戦に向けて打ち合わせをすることになった。」
「はぁ!? 終戦だと!? 貴様大和魂入ってんのか!?」
「まぁまぁ、これが締結できれば、襲撃を受けたホロ村とかも平和になる。」
「は? ホロ村? 何の話だ?」
「はぁ・・・。お前がエイブラムスと追いかけっこを始めたから、アメリカが日本のホロ村を襲撃したんだよ・・・。」
「そ、そんなことが・・・。」
朧気ながらではあるものの、ようやく自分の起こした行動がどう波及したのかを理解し始めたチハだった。
「おい、エイブラムス。お前は受け入れるのか?」
「終戦についてか? まぁな。お前はさておき、90式は悪いやつではないからな。こいつも色々考えてのことのようだし、何より上からの命令だからな。従う他ないだろう。」
「そ、そうかよ・・・。 分かったよ。」
ようやくチハも終戦を受け入れ、90式は全軍に戦闘中止の命令を下した。
――全軍に告ぐ。現時刻をもってアメリカに対する作戦、戦闘行為は全て中止せよ。繰り返す。現時刻をもってアメリカに対する作戦、戦闘行為は全て中止せよ。今後については追って連絡をする。なお、日米トップ車輌間で連携を取っている為、アメリカ車輌からも攻撃を受けることも無い。くれぐれも相手を攻撃するようなことはするな。以上。―—
「よし、とりあえず日本に向かおう。チハお前もな。」
「あぁ分かったよ。」
一週間後、彼らの姿は日本にあった。
エル・アラメインから帰投したチハ、90式戦車、エイブラムス。日本で奮闘していたホロ、ソキ。そして、アメリカ本国から来日したIPM1の六輌が日本中心部の寺院の前に集まっていた。
「よぉチハ。まんまと挑発に乗りやがって・・・。残ったホロは俺含めて二輌だよまったく。」
「俺じゃなくてあのエイブラムスが悪いんだよ。謝罪ならあいつに要求しろ。」
「チハさん、ホロさん、とりあえずお二方とも無事だったんですから、喧嘩はやめましょうよ。ね?」
ホロ達からすれば突然襲われ、甚大な被害を被った理由がチハだったと知れば当然の意見だが、チハはその性格から反省はしているものの、頑なにエイブラムスの所為だと言い張っていた。
「チハ、ホロ。ソキの言う通りだ。思うところはあるだろうが一旦落ち着け。」
90式もソキに同調しなだめた。そしてIPM1が本題を切り出す。
「90式、待たせてすまない。こうして顔を合わせるのは初めてだな。改めて、俺が現アメリカトップ車輌のIPM1だ。」
「俺は日本トップ車輌の90式戦車だ。遅ればせながらトップ車輌就任おめでとう。」
「めでたいことかは分からんがな。 早速終戦に向けて打ち合わせを進めたいのだが構わないか?」
「あぁ、ではこちらから要望を述べさせてもらう。終戦に関しては問題ない。が、こちらもかなりの損害を負ってしまった。ついては、全てという訳ではないが、一部車輌の補填を行っていただきたい。」
「双方落ち度があったとはいえ、こちらがエイブラムスを制御できなかったことに端を発するからな。最大限応じるとしよう。」
「助かる。そちらの要望は?」
「同盟を締結してもらいたい。」
「なるほど? で、締結の理由と日本のメリットは?」
「まず理由だが、最近ソビエトの動きが怪しくてな。その牽制が大きな目的だ。メリットは、我々が掴んでいる情報の共有とその対策を一部日本に与えようと思っている。」
「どんな内容だ?」
「航空機の開発だ。この頃ジェットエンジンの開発が特に目立つ。わが国でもセイバーに続く新型機を開発中だが、配備まではまだ時間がかかる。しかも、彼らは我々より先にあのタイプのエンジンを開発する可能性がある。」
「あのタイプ?」
「これ以上は締結しなければ教えられないな。」
「そうか。 それで同盟締結の条件は?」
「俺たちと共にソビエトと戦うことだ。そちらが全面的に我々を支援してくれるのであれば、現状我が軍の最新戦闘機セイバーの設計図、製造技術を提供、部品の支援を約束しよう。君たちもいつまでもキツーカだけでは厳しいだろう。」
「橘花だ! まぁ良い、秋水の運用にも難があるしな・・・。 我々もソビエトの動きが怪しいと思っていたところだ。条件も悪くない。我々日本は、ここに日米同盟を締結することを決定する!」
チハとエイブラムスに端を発するこの日米間の戦争は、日米同盟の締結という異例の形で終わりを迎える。しかし、これで平和を迎えたわけではなく、裏で動いていた大きな作戦やソビエトの野望により、更に戦禍が広がることとなる。