第一節 トラブルメーカー
——各員に告ぐ、今しがた確認が取れた。新たに我が国家に誕生した戦車は『IPM1』だ。これをもってトップ車輌の交代が行われる。エイブラムスよ。今まで我が国家の為によく勤め上げてくれた。 オーバー。——
「トップ車輌がエイブラムスからIPM1に変わって一安心だな。」
一輌の戦車が、自軍全体に向け発信された無線を聞き、心の中で洩らす。彼はM26『パーシング』。
なぜトップ車輌が変わることで、さも彼自身が重責から解き放たれたかのような心境になるのか。これを説明するには、日本との間で起こった出来事について話す必要がある。
時系列は『エイブラムス』がアメリカ陸軍のトップ車輌だった頃にまで遡る。各国家のには『トップ車輌』と呼ばれる、いわば指導者の役割を担う車輌が存在する。
現在の日米トップ車輌は『IPM1』と『90式戦車』だが、当時の日本陸軍のトップ車輌は『74式戦車』だった。
過去に日本とアメリカが衝突した際に、トップ車輌同士の戦闘で74式戦車の砲弾がエイブラムスの砲塔を直撃した。人間でいう脳震盪に近い状態となり、稼働に別状はなかったものの、その時のトラウマからか日本管轄エリアに近付くと、気が動転し常軌を逸した行動を取るようになった。
さらに輪をかけて厄介なのは、エイブラムス当人にそんな行動をしている自覚がないことだ。これでは、意図せず日本と交戦状態になる可能性があるため、アメリカ上層部は、エイブラムスには護衛任務として、パーシング等を監視に付けることでこれを未然に回避しようとしていたのだ。
そんなエイブラムスにとって代わり、新たに惑星に誕生したIPM1がアメリカのトップ車輌になったことで、パーシングは幾分か重荷から解放され、先ほどのような発言に至ったのである。しかし、トップ車輌でなくなったからと言ってエイブラムスの症状が回復するわけでもなければ、パーシングの監視任務が完了したわけでもない。
人であろうと戦車であろうと、気の緩みというのは恐ろしいもので、大抵何かしら望んでいない展開を招く。
「おいパーシング! エイブラムスの護衛任務の途中だったんじゃないのか? エイブラムスはどうしたよ。」
T26E1-1『スーパーパーシング』からの問いに、パーシングは答える。
「ん? エイブラムスならそこに・・・。」
しかし、パーシングが砲を指向した先にエイブラムスの姿はない。自身が呆けていた間に起こったあまりに衝撃的な出来事にエンジンの回転数が跳ね上がる。
「なっ!? どこ行きやがった! それよりどうしてスーパーパーシングがここに?」
「さっきトップ車輌交代の無線があっただろ? その後に個別の無線が入ってエイブラムスの様子を見て来いと言われたんだ。様子がおかしければそのまま護衛に加われとも。」
「そうだったのか。 すまないが、エイブラムス捜索に力を貸してくれないか。」
「分かった。捜索を始めておくからお前は本隊に連絡を入れておけ。隠しても良いことはないからな。」
当然パーシングは叱責を受けたが、まずは失踪したエイブラムスの捜索を優先するよう本隊は指示を出した。このエイブラムスの失踪により今後起きる出来事を、アメリカ陸軍のどの車輌も予想していなかった。
エイブラムス失踪から約二週間後。一輌の車輌がフランスとドイツ国境に敷設されたマジノ線の哨戒任務に就いていた。
「あぁ、ここは日本のジメジメした夏に比べてホント過ごしやすいな。」
地中海特有の乾いた空気に感嘆しつつ、砲身を敵占領地側に向けマジノ線を北上する『チハ』が呟く。目線の先には、はたして誰が使うのか見当もつかないコンクリートトーチカや十棟程の集落が青々と茂る草原に点在している。改めて日本との違いを感じていると、南下しつつ哨戒していた車輌が近づき話しかけてきた。
「しっかしここは本当に平和なもんだな。敵の斥候や偵察班の姿すら見えやしない。チハ、お前の方はどうだった?」
この話しかけてきた車輌は『ホロ』。チハ同様にマジノ線守備隊に派遣された車輌だ。
「こっちも何も見てないな。ホント平和なもんだよ。日本に比べて気候もいいから、うっかり寝てしまいそうだよ。」
冗談交じりにチハが答える。
彼らが哨戒しているマジノ線は、イギリスから貸与された領土である。フランス国家が誕生してまだ間もなく、戦力の整っていないフランスをイギリスが瞬く間に攻め落とし占領したという背景がある。
「まぁ、トップ車輌様から気を抜くなと言われているんだ。きっと何か情報を掴んでいるに違いない。俺はもう少し哨戒範囲を広げて警戒してくるよ。」
こう言い残しホロはエンジンを吹かし、チハが来た方向へと去っていった。
「何ビビってるんだか。何かあればこのチハ様が余裕で対処してやるっての。」
ホロには聞こえない程度の声量で呟いたチハはマジノ線を引き続き北上した。
この惑星に生きる車輌達にかつて地球で起こった出来事の記憶は残っていない。だが、そういった記憶が引き継がれ性格に表れることがある。この現象が色濃く表れるのは非常に稀だが、同じ型の車輌では僅かではあるものの似た性格をしている。チハの場合、第二次世界大戦において、大日本帝国陸軍を支えた車輌という記憶からか、プライドが高く豪快奔放な性格をしている。
「90式の奴は何を掴んだってんだ。哨戒任務に就かせるなら少しくらいは情報を共有してほしいもんだね。」
憤りからか、エンジンを少し荒く吹き上げながらチハは哨戒を続けた。
「チハ、ホロ。聞こえるか?90式だ。今日はお前らが哨戒任務の担当だったよな?」
「こちらチハ。あぁ、俺とホロが担当だよ。どうしたんだ?」
「今日は普段より警戒を強めて任務にあたってくれ。頼んだぞ。」
「言われなくともちゃんと哨戒するさ。ま、何かあってもこのチハ様がいれば全く問題ないけどな!」
哨戒前の90式戦車との無線を思い返しながらチハは哨戒を続ける。遂に哨戒エリアの最北端であるフランス・ベルギー・ドイツの国境あたりに差しかかる。
「ふぅ。ようやく最北端か。何も異常なんて無いじゃないか。90式の勘違いじゃないのか?帰ったら燃料満タン奢ってもらわねぇとな。」
そう吐き捨て、信地旋回をしようとエンジンを吹かそうとした瞬間、静かな草原に微かにエンジン音が響いた。もちろんチハもこれを聞き逃さなかった。
「このエンジン音は・・・。」
聞こえてきたのは、チハやホロに積まれている物とは異なり、ガスタービン特有の若干甲高い音を響かせていた。高ランク車輌、それも自分より遥か未来に作られた車輌であることをチハに悟らせるには十分であった。しばらく音のした方角を警戒していると、一輌の車輌がチハに真っすぐ近づいてきた。
そこには、アメリカ陸軍が血眼になって捜索していたエイブラムスの姿があった。