第三節 ノヴォロシースク港上陸
ノヴォロシースク港まで約30kmにまで近づいたアメリカ艦隊の空母の甲板上には、上陸前の対地攻撃・対空警戒にあたる機体がずらりと並んでいた。この攻撃に参加する機体は次の通り。
F6F-5〝ヘルキャット〟
追加武装無し 十機
1000ポンド爆弾二発装備 五機
F4U-4〝コルセア〟
500ポンド爆弾二発 250ポンド爆弾二発 100ポンド爆弾四発装備 二十機
SBD-3〝ドーントレス〟
追加武装なし 五機
まさに主力と言わんばかりの航空隊であった。これら四十機が今か今かと作戦開始時刻を待っていた。
間もなくしてIPM1から作戦開始の無線が発信された。
「定刻だ。航空隊は発艦を開始してくれ!」
IPM1の号令を皮切りに続々と艦載機が発艦。爆装をしていないヘルキャット、ドーントレスを先頭に大編隊がノヴォロシースク港へ向け飛行を開始した。
一方のソビエト側は、事ここに至ってもアメリカ側の動きに一切気付いていなかった。
「よし、これで哨戒は終わりだな。基地に帰ったらしこたま燃料がぶ飲みしてぇなぁ。」
一通りの哨戒を終え、呑気に飛行していたBe-6は大きな雲に差し掛かり、雲中に入った。約三分程だっただろうか。雲を抜けた彼の眼に映ったのは、ノヴォロシースク港に向け飛行するアメリカ艦載機の大編隊だった。
「何だありゃ・・・。空軍の演習の予定なんか無かったはずだが・・・。 待てよ!? あの逆ガル翼のシルエットは・・・!!」
コルセアの特徴的なシルエットからアメリカ機だと判断したBe-6は、急ぎ基地への連絡を行う。
「ノヴォロシースク基地! 聞こえるか! 哨戒中のBe-6だ!」
「あぁ聞こえてるぞ。 どうしたそんなに慌てて笑 居眠り飛行でもしてたか?笑」
「んな流暢なこと言ってる場合じゃねぇ! 数十機のアメリカ機がノヴォロシースク基地目指して飛行中! すぐさま迎撃の準備を!」
「何だと!? 分かった、基地全体に命令を出す。」
アメリカは完全な奇襲を成功させ、何の抵抗も無くノヴォロシースク港上空に辿り着いた。
「迎撃機の一機もいないとは笑 こりゃあ楽勝な作戦だなぁ!」
「おいおい、油断するなよ? 敵さんの哨戒機が飛んでるって情報もあっただろ。」
先頭のヘルキャットらが会話をしていると、ドーントレスが件のBe-6を発見する。
「おい、ヘルキャット。噂をすればなんとやらだ。」
「あれが偵察機から報告のあった飛行艇か。あいつが何だか分かるか?」
「Be-6だな。銃座がかなり強力だから注意が必要だ。」
「よし、二番機、付いて来い。撃墜しに行くぞ。」
ヘルキャット二機が編隊から離脱。Be-6撃墜に向かった。
「くそっ、もうこっちに気付きやがったか・・・。 ノヴォロシースク基地! こちらBe-6。護衛の戦闘機に気付かれた。後は頼んだぞ!」
こう言い残しBe-6は腹を括る。
両者は発見から五分も経たないうちに接敵し、米ソ戦最初の戦闘が開始された。
「すまねぇなぁBe-6! 大人しく撃墜されてくれや!」
「クソ野郎が! 何が目的でここまで来た!」
「んなもんてめぇに喋るわけがねぇだろ! 二番機!翼の付け根を狙え! 機銃には気を付けろよ!」
「んなこと言われなくたって分かってますよ!」
連携の取れたヘルキャットの動きに鈍重なBe-6では全く歯が立たず左翼のエンジンから出火。果敢に機銃で応戦するも間もなく飛行不能となり撃墜された。
その頃、Be-6から連絡を受けた基地では、IS-1が急ぎ迎撃の準備を進めていた。
「こちらノヴォロシースク基地のIS-1だ! 聞こえるか!!」
「こちらモズドク空軍基地だ。聞こえている。」
「黒海上空にアメリカの大規模な編隊を発見した! 相手はレシプロ機のようだ! もう間もなくこちらに到達する、至急航空支援を要請したい!」
「何だと!? 分かった。急ぎ迎撃機を上げるが、正直間に合う見込みはない・・・。何とか持ちこたえてくれ・・・。」
「そうか・・・。ひとまず航空支援、頼んだぞ。」
滑走路を必要としないBe-6が運用されていたことからも分かるように、近場に飛行場はなく、最寄りと言えるのは数100km離れたモズドクの空軍基地だった。IS-1もこの事は十二分に理解しており、アメリカ航空機に対しては対空車輌で迎撃するしかなかった。
「ノヴォロシースク基地の全車輌に告ぐ! 気付いている車輌もいると思うがアメリカの航空機が当基地に迫って来ている。直ちに対空車輌は迎撃体制を整えろ!」
警報が鳴り響く中、IS-1の指示に従い、配備されていた〝ZSU-37〟四輌が急ぎ迎撃の準備を進めていた。
「くそっ! もう視認できる距離にいるじゃねぇか!」
「四輌でこの数の相手か・・・骨が折れるな・・・。」
ZSU-37らの行動は迅速ではあったものの、持ち場に着いた頃には爆撃機隊は目標を定め攻撃体勢に入っていた。
「こちらコルセア隊一番機! 対空車輌を発見!」
「あいつらがいたら厄介だな。まずは対空車輌から潰せ!」
「了解!」
即座に編隊から八機のコルセアが離脱し、ZSU-37に向けて勢いよく襲い掛かる。
「爆装コルセアが降ってくるぞ! 全車、撃てぇ!」
ソビエト陸軍の特徴として、中戦車や重戦車に比べ対空車輌の性能は他国に見劣りする車輌が多い。このZSU-37に関して言えば、37mm一門しか装備されておらず、発射レートもお世辞にも速いとは言えない性能だった。
「たかが四門で何ができる! 僚機ども早い者勝ちだ! 最初に四機突っ込むぞ!」
「「おうよ!」」
勢いよく飛び込むコルセアにZSU-37は全くと言って良いほど太刀打ちできず、コルセア八機による機銃掃射、爆撃により四輌とも撃破されてしまった。
「ZSU-37が・・・。制空権のない状態で対空車輌までも撃破されるのは非常にまずい・・・。」
IS-1は損害を抑える為、偵察車輌を除く全車輌をエリア北東部に位置する市街地に集結させ、爆撃を回避するため建物の影で待機するよう命じた。しかし、この判断が更にアメリカの上陸を勢い付けることになってしまう。
艦載機が対空車両を撃破し、完全に制空権を確保したと報告を受けた艦隊は遂に上陸を決行する。
「全車輌に告ぐ! これより上陸を行う! 航空支援も行われるが市街地での遭遇戦も予想される! 決して油断するなよ!」
IPM1の無線を皮切りに、戦車揚陸艦が次々にノヴォロシースク港に接岸。大量のアメリカ戦車が港湾部に流れ込む。
「こちら、コルセアだ。 敵さんは航空機を恐れてかなり奥に引っこんでる。上陸の障害となるものはない。主力はおそらく北東にある市街地に集結している。」
「了解した。適宜航空支援、偵察を頼んだ。」
「了解。」
ノヴォロシースク上陸主力部隊の上陸が完了し、シャーマン、M18を中心とした戦車大隊四十輌が所狭しと並んでいた。
「大隊長のコブラキングだ! ここからが本作戦の本番だ! ソビエトの増援が来る前に迅速に占領を完了させる! 型式までは分からないがスターリンが少しとT-34が中心に配備されているとのことだ! 気を抜かず作戦にあたれ!」
「了解しましたぁ!」
今回上陸作戦にあたる戦車大隊の編成は次の通り。
小隊編成
M4A2シャーマン 二輌
M18ヘルキャット 二輌
中隊指揮車輌
M4A3(76)W 三輌
大隊指揮車輌
M4A3 E2コブラキング
三個小隊からなる三個中隊で編成された戦車大隊であった。コブラキングは早速作戦に取り掛かるべく、各中隊指揮車輌に指示を出した。
「コブラキングから中隊指揮車へ。これよりノヴォロシースク占領に向けて侵攻を開始する。第一中隊は私に帯同し北東の市街地、第二中隊は中央の鉄道部、第三中隊は南西の市街地へと進め。敵に遭遇次第、各自の判断で発砲して良し。オーバー。」
中隊指揮車の指示のもと、各中隊が前進を開始する。
対するソビエト側の戦力は、ほぼワスプ機の偵察結果にあった通りの戦力であった。配備車輌は次の通り。
IS-1 二輌
KV-1(ZiS-5) 一輌
T-34 1942 二輌
T-34-57 五輌
T-34-85 三輌
T-50 五輌
計 重戦車三輌 中戦車十輌 軽戦車五輌という内容であった。
ノヴォロシースクの車輌が集結している地点では、IS-1がこの状況に憤っており、T-34-85一輌がこれを宥めていた。
「くそっ! だから本国にノヴォロシースクにも戦力をもっと配備すべきだと言っていたんだ!」
「IS-1さん落ち着いてください! 今はそんなことより目の前のアメリカにどう対処するかですよ!」
「そ、そうだな。取り乱してしまってすまない。」
「偵察に出たT-50から何か報告はあったんですか?」
「いや、現状特にないな。航空機が上空を飛び交っている以外は何も情報はない。」
ソビエト側は、あくまで敵戦力は航空機のみだと思っており、地上車輌の上陸については一切予測していなかった。しかし、鉄道エリアの偵察にあたっていたT-50二輌は敵の行動に違和感を抱いていた。
「航空機が飛び交っている状況で偵察なんて、死ねと言われているも同然だぜ・・・。」
「気持ちはわからんでもないが、今は集中しろ。」
「にしても、俺らも見つかってもおかしくない頃合いだが、あいつら一向に攻撃してこないな。」
「それもそうだな。かなり高度を下げて飛んでいるのに、様子がおかしいな。」
「爆撃が目的ではないのか・・・?」
「だとしたら他に何があるって言うんだ? いや、待てよ。これはまずいかもしれない・・・。」
「何がまずいんだ?」
T-50の一輌が何かに気付き、鉄道エリアの港湾部へと履帯を進め、眼前に広がる光景に絶望する。そこには港湾部から侵攻を開始していたアメリカの戦車二個中隊の姿があった。
「くそっ! なんで気付かなかったんだ! 航空機どもは上陸部隊のために上空から偵察をしていたんだ! とりあえずIS-1に連絡だ!」
T-50は急ぎIS-1に報告をする。
「こちら鉄道エリアを偵察中のT-50! 鉄道エリアの港湾部付近に敵戦車を発見!二個中隊程度の車輌数でそちらに進行中!」
「何!? 敵戦車だと!? どんな戦車がいるか分かるか!?」
「恐らくですが、シャーマンとM18です。中には鼻が長いやつが数輌紛れています。」
「シャーマン、M18、鼻が長いのは長砲身シャーマンだな。また、手強そうな編成だな・・・。」
「我々はどうしますか?」
「申し訳ないが、そのまま偵察を続行してくれ、接敵は避けるように行動してくれ。」
「了解しました。」
ソビエトの車輌達はアメリカ車輌の到着に備え始めた。一方のアメリカ車輌は、上空のコルセア、ドーントレスらと連携を取りながら進軍していた。
「こちらコブラキング。敵さんの状況はどうだ?」
「こちらコルセア。やはり敵主力は北東部に集結しているようですね。ちらほら軽戦車がいますが、これは偵察車輌でしょう。」
「了解した。このまま進軍を続ける。」
「待て、今偵察車輌がそちらの中隊の存在に気付いたみたいだ。」
「分かった。敵さんの本隊がこちらに向けて動き始めたら連絡をくれ。」
「この軽戦車どもはどうします?」
「上陸部隊が見つかった以上泳がせておく必要もない。今のうちに爆撃で撃破することは可能か?」
「あぁ問題ない。他の方面でも軽戦車を目撃しているようなんで、そいつらもまとめて撃破しておきます。」
「よろしく頼んだ。」
アメリカ艦載機の練度は高く、ソビエト車輌の動きはアメリカ側に筒抜けになっているだけでなく、既にエリア内の全車輌の位置まで把握していた。彼らは爆撃の許可を今か今かと手ぐすねを引いて待っていたのである。
「お前ら! 陸軍から撃破許可が下りたぞ! ただし、偵察に出ている軽戦車のみだ!」
「ようやくか! 遊覧飛行にも飽きてきた頃なんだ!」
「爆撃はコルセア隊が行う! 軽戦車相手だ、100ポンドか250ポンド爆弾を使え! 各自かかれ!!」
ノヴォロシースク上空を飛んでいたコルセアの数機が一気に各方面に散開していたT-50に襲い掛かる。各方面から爆破音が響き渡りT-50は次々に撃破されていった。
「お、始まったみたいだな。 第三中隊指揮車! 聞こえるか!」
「こちら第三中隊のM4A3(76)W。聞こえてます。」
「見ての通りコルセア隊が偵察車輌に対して爆撃を開始した。そちらにはもはや敵は残っていない。お前らは敵増援の警戒に当たってくれ。」
「了解しました。」
「ドーントレス達にはこちらから話を通しておくから適宜連携を取ってくれ。」
一方、IS-1は響き渡る爆破音を聞き、T-50に安否確認の無線を入れる。
「T-50大丈夫か! 無事なら応答しろ!」
IS-1の問いかけも虚しく一輌たりともT-50から返答はなく、無線機からはノイズが鳴り続けた。そして、周囲を警戒していたKV-1が敵車輌の一団を発見する。アメリカ側も彼らを発見しコブラキングがIS-1に問いかけ始める。
「これは皆さん、お初にお目にかかります。私はアメリカ陸軍所属のコブラキングと申します。この度はノヴォロシースク港を占領しに参りました。大変急で恐縮ですが、早々に立ち退きをお願い致します。我々としましても双方犠牲を出したくありませんので、従っていただけると助かるのですがいかがでしょう。」
「何が『犠牲を出したくない』だ。偵察に行ったT-50達やZSU-37達を撃破したではないか。いまさらそんな虫のいい話はねぇに決まってるだろ。」
「なるほど・・・。応じていただけないということであれば致し方ないですね。こちらは警告しましたので、後悔はなさいませんように・・・。」
「後悔だと? 笑わせんな。」
「総員撃て! こいつらを鉄くずにしてやれ! 一輌たりとも残すな!」
「こちらも応戦だ! ここを明け渡すわけにはいかねぇぞ!」
熾烈な砲戦が開始され、五分程経過しアメリカ側の損害は軽微で一小隊程が撃破された程度であり、対するソビエト側は重戦車を残しT-34ら中戦車はほぼ壊滅状態となっていた。
「クソっ、あまりにも車輌数が違い過ぎる・・・。」
「お前らは何かを忘れていないか?」
「何をだ!」
「まぁまぁ、さぁこれはアメリカからのプレゼントだ。たんと受け取ってくれ。」
その瞬間、上空からコルセア・F6Fが勢いよく降下をはじめ、無数の爆弾が投下される。
この爆撃にIS-1一輌を残し、ノヴォロシースク守備隊は壊滅した。
「どうかな? 楽しんでくれただろうか?」
「みんなが・・・。こいつ舐めやがって・・・。Уллаааааааа!!!」
「状況がまずくなったら突撃か。まるで極東の二流国家みたいだな。」
破れかぶれの突撃に呼応してコブラキングが発砲。IS-1は撃破され、ノヴォロシースク港守備隊は壊滅した。
「こちらコブラキング、無事にノヴォロシースク港を占領しました。こちらの損害は軽微。航空隊からの報告で残党もいないとのこと。モズドク侵攻部隊の上陸を始めてください。」
「こちらIPM1了解した。 お前ら聞いての通りだ。上陸の準備を始めてくれ。出撃した航空隊は帰投させ、交代の哨戒機を上げるよう指示を出せ。」
ノヴォロシースク港はあっけなく陥落し、いよいよモズドクへの侵攻が開始する。




