第三話 降誕 - BIRTH ORIGIN -
謎の魔導書が、書店の倉庫から見つかったのなら、似たようなものがもう一つあるんじゃないかと思った俺は、探していた。
魔導書の類は色々見つかったのだが、どれもオカルティズムに傾倒しているようなもので、夏鈴が見つけた魔導書のようなものは見つからなかったか……と、思っていたのだが。
「浩平、なにを探しているんだい」
「珠樹か」
魔導書の類を積み重ねていると、後ろから珠樹が話しかけてきた。
「あぁ、夏鈴が見つけた魔導書みたいなのがないかなと」
「…………それなら、これもそうだと思うけどね」
彼女は積み上げた魔導書の類から、一冊の本を取り出した。
そこには、『ソロモンの小さな鍵』と英語で書かれている。
「これも、ソロモン72柱の魔神を呼び出せるのか?」
「呼び出せるかどうかはわからないけど、ボク達に関係する書籍であることには間違いないよ」
珠樹がいうのなら、そうなのだろう、と思い、『ソロモンの小さな鍵』を開いてみた。
なぜだかはわからないが、英語で書かれているはずなのに、内容が理解できる。
「……これは使えるかもな」
「それにこの書籍の最後に、ソロモン王の指輪もあった」
「それなら、俺もソロモン72柱を使役することができるのか」
「できるさ。あと、会話もできる」
「これはありがたい。それなら、魔界へ行くことになっても大丈夫そうだな」
△▼△▼△▼
元はエルフの世界と俺達の世界をつなげるための『門』。
それがついに、魔界へと接続されてしまい、力を求めた悪魔が『門』を通って出てくるようになってしまった。
そのことが理由かどうかはわからないが、妙齢の女性ばかりが行方不明になったり、死亡する事件が多発。
国営放送を始め、各マスメディアは、夜間の不要不急の外出を控えるように警告している。
「夏鈴も気をつけたほうがいいかもしれないな」
「そうですね……」
親父は、夏鈴がソロモンの魔神を呼び出せることを知っているのか知らないのかわからないが、彼女に注意するような言葉をかけた。
「俺もいるし、そこまで……」
「いや……。悪魔であるなら、対抗手段がなかったら、人間なんて朝飯前に殺せるぞ」
「………知ってるのか、親父」
「以前に付き合ったことがある。……明かしていなかったが、浩平、お前の母親はその魔物との混血だ」
「マジかよ!?」
「大マジだ。今は人間と友好関係にある別の世界にいるがな」
俺の出生に、夏鈴も珠樹も驚いてる。
「それなら、理解できることが多い」
「珠樹?」
「書店の倉庫に魔導書の類が多く見つかったこと。その中に、ボク達のような魔神を呼び出す力を持つ書籍があること。……どれもオカルトで片付けられるものではない……。と、ボクは思うけどね」
珠樹が言う。
「――向洋さん、浩平の母親って『ダークメイジ』と呼ばれていませんでしたか?」
「あぁ、確かそう呼ばれていた気がする」
「……それなら、なんともわかる話ですね。一度、魔界へ行く必要があります。浩平も、夏鈴も、そして向洋さんも」
「俺もか。……うむ」
親父が決心したような口ぶりで言う。
――その数日後、俺達四人は魔界へ行くこととなった。
△▼△▼△▼
「あれ、コーヨーさんじゃない、久しぶり。どうしたの、一体」
「久しぶり……か。確かにそうかもな。……すまないが、魔女王サキュバス様はご顕在か?」
「ええ。ですが、今は、その娘が窓口になっていますわ」
魔界につくなり、友好的な女性悪魔が親父に話しかけてきた。
親父にこんな人脈があったことに驚いている。
ありがとう、と親父が言い、まっすぐにお城のよう建物へまっすぐ歩き始めた。
「お、おい、どこに行くんだよ、親父」
「魔女王に謁見を許してもらうんだよ。今回の騒動に関して話を聞こうと思ってな」
「魔女王……?」
そして、可愛らしいお城に到着した。
「なんだ貴様らは!」
城の門を守っている衛兵に止められる俺達。
「突然押しかけてすまない。私は明神向洋という。この城の主である魔女王に謁見を許してもらいたい、と思って、来たのだが……。
…………出直してきたほうが良いだろうか」
「明神……向洋……?」
「わかった。少し問い合わせる。そこで待っていただこう」
親父が名前を名乗ると、衛兵が門の向こうへ消えていった。
「魔王女であるリリム様が話を聞いてくださるそうだ。通れ」
しばらくして、戻ってきた衛兵が言う。
どうやら、彼女達も親父を知っているらしい。
「………おじさま、お久しぶりです」
「リリムちゃんか。すまないね、突然押しかけてきてしまって」
「いえ……。おじさまがいらしたというので……。それで、どうなさいましたので?」
王女であるリリムに気さくに話しかける親父。
「リリムちゃんも知っているかもしれないが、また人間界と魔界が繋がってしまったらしい。力を求めた悪魔がこっちに流れ込んできて、女ばかりが犠牲になっている」
「ええ。それは私達も知っています。……おそらく、そのような悪さをするのは、人間を支配しようと未だに目論んでいる魔王の仕業と思います」
「そうか……。さすがのルシファー陛下も、彼らの制御は難しかったか」
「そう思われます。閣下もすまないことをした、と……」
ルシファー……だって?
「――待ってくれ。その、なんでルシファーという大悪魔が……?」
「……ッ! 陛下をつけろ、浩平!」
親父がキレた。
「わ、悪い……」
「まあまあ、おじさま。あなたの息子はあまりご存じないから、そういう言い方をされたと思います」
「う、うむ……」
「……確かに、浩平さんのおっしゃるとおりです。そして、閣下は、人間は見ていて面白いから根絶やしにしてはならない、とおっしゃっていました」
熱り立った親父をなだめすかし、ルシファーが言っていたことを話すリリム。
「えーっと、そのルシファー……陛下っていうのは、人間の味方なんですか?」
「はい。人間の味方です。魔界で内乱が起きてた時、私達女性悪魔が、人間と仲良くしたいんです、っていうと、二つ返事で閣下がこちら側に寝返って……」
え、なに、すごくない?
「それで、その陛下とは会えますか?」
「んー、そうですね……。ちょっと待ってくださいね」
リリムが席を外して、電話をかけたようだ。
「浩平、お前っ……!」
「いや、だってよ、親父が『陛下』っていう相手なんだろ? どれだけやべえヤツか会ってみたくなるじゃん」
「……閣下がこっちに来るそうです。なんでも用件があるとかで」
――しばらくして、『明けの明星』ルシファーが俺達のいる城にやってきたのだった。
「久方ぶりだな。王女リリム」
「ええ。いつ以来でしたか、閣下」
「ほぉ……。明神向洋。お前も来ていたのか」
この男が明けの明星で大悪魔とも称されるルシファーなのか、と思ってしまった。
どう見ても、スーツ姿がドチャクソ似合うイケメン金髪男性にしか見えない。
「ええ。今日はせがれを連れてきました」
「……興味津々といった感じで私を見ているな、向洋の息子は」
ルシファーが俺を見て言う。
彼の目が血の色のように赤く光っているように見えた。
「――はじめまして、ルシファー閣下。明神向洋を父に持つ、明神浩平といいます」
「浩平というのか。今後とも宜しく、というヤツだな」
なるほど。これは親父が陛下というのも頷ける。リリムと同じように閣下って口を滑らせてしまったが……。
「さて、リリム。女王はまだ旦那と交わっているのか?」
「申し訳ありません。最近はストレスが溜まっているらしくて……」
「まあ、致し方あるまいな。この状況ではストレスも溜まる一方だろうて」
「して、閣下。ご用件というのは」
「あぁ。女王と話をしようと思ったのだが、旦那と満足するまで交わっていると聞いたからな……。リリム、お前に話を聞いてもらおう」
「なんなりと」
「ついでだ。向洋とその息子……。そして、そこのお嬢さんと『ストラス』にも、だ」
「――ッ!」
珠樹は真名を言われてどきりとしている。
お嬢さん、というのは、夏鈴のことだろう。
「……さて。私が治めている魔界の住人が迷惑をかけているようで申し訳ない」
仕切り直しての開口一番。ルシファーは謝罪の言葉を口にした。
「陛下が頭を下げることでは……」
「いや。これは私が要因していると責められてもおかしくないの。だからこそ、こうして来ているのだ」
「そうなると、閣下。我々が再び手を取り合って、ということに」
「無論だ。こちら側の魔界にいる穏健派が健在であれば、人の子達に力を貸せるだろう」
「――閣下、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
俺が口を開く。
「穏健派、とおっしゃいましたよね。そうすると、過激派、というのも存在するということですよね? ……当たり前なことを聞いて恐縮ですが」
「そのとおりだ、浩平。過激派の連中が人間界にジャンプゲートを通って現れているのだ。かつての、人間が恐れた魔界の復活を、な。そのような時代はすでに終わっているというのに」
ルシファーは、ため息を吐きながら言う。
「わかりました。ありがとうございます」
「……向洋」
「なんでしょう、陛下」
「やはり、『蛙の子は蛙』なのだなと。お前も浩平と同じぐらいの時に魔界に現れて、私とともに戦ってくれたことを思い出したよ」
「あの時は……」
少しためらったような顔をする親父。
「向洋。言わなくても、と思うが、老婆心で言わせてもらう。息子の力、信じてやれ。そして見守ってやれ。――彼らのような人の子が次の時代を作るのだ」
「承知しております」
「……話はまとまったな。リリム、もし、浩平達と協力してくれる悪魔がいたら、まっすぐ浩平達の元へ向かうように伝えてくれるか。寄り道をして人間を襲うようなことがあれば、今の状態を維持できなくなるからな」
「もちろんですわ」
△▼△▼△▼
魔女王の城をあとにした俺達。
親父は、俺達を連れて、母親が住むという森の奥深くまで向かっていた。
「……! 向洋……」
魔女の格好をした女性は親父を見るなり、喜びが混じった驚いた表情をして立ち上がった。
「久しぶりだな、アリーヤ」
「元気そうね」
「あぁ、お陰様でな。お前も元気そうでなによりだ」
会いたかったと言いながら、親父に抱きついた。
「すまなかったな、アリーヤ。そして、お前が生み出してくれた息子の浩平だ」
「………なあ、親父。これが母さんなのか……? 俺を生んでくれた女性とは思えないぐらいに若々しいんだが……」
「彼女はダークメイジ、と呼ばれる魔人種でな、老いるスピードが、普通の人間より遅いのさ。その分、寿命も長い……だったな」
「ええ、そうよ。……あんなに小さかった子どもがこんなに……。それに、ソロモンの魔神まで連れてきて……。向洋の血は争えなかった、ってことかしらね」
俺の母親まで正体を見破られる珠樹。
「かもしれんな。……ともかく、お前が元気でやってるのを見て、安心したよ。――それで、人間界に行くか?」
「そうね……。私もついて行っていいかしら」
「いいのか、母さん」
「ええ。魔界も騒がしくなってきたし、浩平達に危害を加えるような存在は許しておけないから」
こうして、俺は母親も含めて、明神書店へ戻ることとなった。