第二話 遭遇 - ENCOUNTER -
――これが夢だと気がつくまでに、時間が少しかかった。
現実じゃないと思ったのは、珠樹が本来である冠をつけたフクロウの姿で、自由に飛び回っているからだ。
ストラスは、俺をこっちだと言って、怪しげな儀式場に踏み込ませた。
その現場には、剣を掲げた怪しげで屈強な男が二人、魔術師のような格好をした男の両脇に立っている。
魔術師は、全裸の少女を魔法陣の上に掲げている。
少女には見覚えがあった。――夏鈴だ!
「夏鈴!!」
宙に浮いている少女に向かって俺は叫んだ。
呼びかけられた夏鈴は、目を覚まし、魔法陣の上に立ち、腕の一振りで男達を薙ぎ払ったのだ。
「――気がつかせてくれてありがとう、浩平」
「夏鈴だって気がついたから、呼びかけたんだ」
「それでよかったのよ、浩平。ソロモン72柱の悪魔を呼ぶことができる女だから、あいつらに捕まったのでしょうね」
確かに目の前の女の子は、夏鈴なのだが、雰囲気がどこか違うように感じる。喋り方のせいだろうか……。
「浩平。なにがあっても私はあなたと共にいる。そういう運命だったのよ」
「……だとしたら、お前だけがあんな事故に遭っても生きていられたのは」
「あなたの推察通りかもしれないわ。……さあ、もうすぐ朝よ」
――そこで俺は目が覚めた。
△▼△▼△▼
「気になる夢を見た?」
「あぁ。そこには、フクロウの姿の珠樹と、全裸の夏鈴が出てきてな……」
朝飯を食べながら、俺は夏鈴と珠樹に見た夢の話をした。
「浩平、あとでもう少し詳しく夢の話を聞かせてくれないか」
「わかったよ、珠樹」
朝飯を食べ終わり、後片付けをしてから、珠樹と夏鈴は俺と共に書斎に向かう。
そして、俺は二人に夢の話を詳しく説明した。
「……なるほど。それはなんとも不思議な夢だね。もしかすると、魔界に行ったことが理由になっていそうだね」
「そうかもしれないな」
「――だとすると、そのうち、ここと魔界がつながるってこともあり得るのかな……」
不安そうな声音で夏鈴が言う。
「それはあり得るかもね。……夏鈴、浩平も言っていると思うけど、君がつけているその指輪は、大事なものだから、死ぬまで離すんじゃないよ」
珠樹の言葉に、首を縦に振って答える夏鈴。
「そうなると、俺もなにかしらの対抗策を持っておく必要がありそうだな……」
「魔界にいる悪魔に対して、かい?」
「もちろんだ。珠樹は俺達といるからみだりに人を襲ったりはしないだろうけど、もし、外を出歩いていて、悪魔がいたら、生体エネルギー欲しさに襲ってくるかもしれないからな……」
確かに、と珠樹が言う。
「………浩平、いるか?」
ノックする音が三回聞こえたあと、親父の声が聞こえた。
「ン、どした親父」
「リビングまで来てくれ。テレビがなにか言っているんだ。ジャンプゲートがどうとか言ってるんだが」
リビングまで降りて、テレビを見る俺達。
民放の情報番組で、MCとパネラー、そして専門家がジャンプゲートによる話をしている。
『元々は、エルフ達のいる世界と我々が住む世界をつなげるための門みたいなものが、別の世界とつながることも見つかってしまったという研究結果が出ました、と……』
『はい。ただ、確定していない世界や、いわゆる高次元の世界とつながることは、今のところありません。物語でしか存在し得なかった魔界のような世界とは繋がってしまう危険性もあります』
『魔界ということは、物語でしか聞いたことのない、いわゆる悪魔も存在するわけですよね』
『その通りです。彼らがなにかしらの力を求めて、我々人類に襲いかかってくることは必至だと思っています。我々人間には感情があり、それによって発生するものを欲していますから』
パネラーの顔が青ざめたように見えた。
「そうか。ジャンプゲートが……」
「そうすると、悪魔が出てきて、人間を襲う……。なんてことが起きる可能性が否定できなくなったね」
「だな……」
珠樹の言葉に反応する俺。
『であるなら、ジャンプゲートを閉じてしまえばいいのでは、と思うのですけど……』
『残念ながら、それはできません』
パネラーの言葉を否定する専門家。
『元々、ジャンプゲートはエルフ達が調整したゲートです。どのように調整すればいいかは、一切教えてもらっていないので、我々がどうこうするということはできません』
『つまり、よくよく調べてみたら、そういうことがわかったという解釈をすればいい、ということですか?』
『ですね。エルフ達が好奇心の赴くままにやらかした結果も含めて、こうなったと言わざるを得ないでしょう。……もちろん、エルフ側もこのような事態になってしまったことで対策を講じているとは聞いています。…………』
MCの言葉のあとに、続けて専門家が言う。
「悪魔、か……。珠樹みたいに仲良くできないものかね?」と親父。
「わからないな。その悪魔の性格にもよるからなぁ」
「そうか……。厄介なことにならなきゃいいけどな、浩平」
「そうだな、親父」
△▼△▼△▼
作品を仕上げて、一息ついたところで、店番をしていたところ、血相を変えた人間が駆け込んできた。
「なにがあった?」
「あ、ああ、……」
「………深呼吸して、話してみろ」
息を切らせた人は、俺の言うとおりに深呼吸を繰り返して、落ち着きを取り戻して、化け物が現れたと言った。
「……親父」
「しょうがない。行ってこい、浩平」
夏鈴と珠樹を呼び出し、駆け込んできた人の案内で、その現場に向かった。
「あれは、フルフルだな。……はぁ、めんどくさいヤツが来てしまったものだな……」
珠樹がため息混じりに言う。
「フルフル? それに珠樹がげんなりする、ってことは……」
「ご明察。ソロモン72柱の悪魔だよ」
「それなら私が……」
夏鈴が矢面に立ちそうになったが、珠樹と俺が止めた。
「やめろ、夏鈴」
「君はボク達に取っては、切り札なんだ。だから君は矢面に立つべきではない」
「……とは言っても、俺はなんの能力もない。夏鈴と同じように珠樹と契約して繋がっているだけの男だぜ」
「――それだけで十分だ」
珠樹の姿が、元の冠を頂いたフクロウの姿になる。
「……珠樹?」
「…………この時は、真名である『ストラス』と呼んでほしいな」
フクロウの顔が困ったような表情になる。
「あ、………。すまない。じゃあよ、ストラス。俺はなにをしたらいい」
「状況に応じて、ボクに指示してくれ。それだけでいい。もちろん、フルフルが君達に襲いかかってきたら抵抗してくれ」
「あいよ。んじゃ、ストラス、任せたぜ!」
「了解した!」
フルフルに向かって飛んでいくストラス。
なにかを話しているようだが、距離があって会話は聞こえない。
「――ボクの思ったとおりだった。彼は力を求めてこっちに来てしまったらしい。誰かがジャンプゲートを悪用したらしい、と」
「話せばわかる、を地で行ったのか」
「同じソロモンの柱だからね。名乗ったら話を聞いてくれたよ」
背中に羽があり、鹿の頭をした人形がこちらに近づいてきた。
ストラスの言う、フルフルという悪魔らしい。
「ストラスの言っていた人間というのは、貴様らか」
「あぁ、そうだ。確か、卿はフルフルという悪魔だと聞いているが、正しいか?」
「そのとおりだ、人間。貴様は?」
「俺は明神浩平という。卿は望まれて呼ばれたわけではないのだろう」
「そうなるな。私は開いたなにかに吸い込まれてここに来てしまった。呼ばれてなにも命じなかった人間を殺してしまったが……」
「そうか……。フルフル殿、ひとつ聞いてもよろしいか」
「なんだ?」
「もし、卿がこれ以上、ここにいたくないとするのであれば、魔導書に戻ることもできるが」
「できるのか? 貴様に」
「あぁ。卿はソロモン72柱の悪魔と聞いている。その魔導書を持つ人間がここにいるんだ」
俺は夏鈴を指さした。彼女に近づくフルフル。
「お前が、か? ……確かにソロモン王の指輪を持っているようだな……。ふん、いいだろう。――命じろ、人間。俺に戻れと」
「え、ええっ……!」
魔導書を開き、フルフルに戻れと命じた夏鈴。
本が勝手に空白のページを開き、光を放ったあと、吸い込まれるように彼は消えた。
「……ソロモンの悪魔ならこうやって封じることができるかもしれないけど、他の悪魔だったらこうはいかないだろうね」
珠樹の姿に戻るストラス。
「あぁ……そう……だろうな……」