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第一話 始動 - THE BEGINING -

 ――大坂県(おさかけん)上牧桜井市(かんまきさくらいし)という大坂郊外の街。

 明神書店(みょうじんしょてん)という、この街に住む人が一回は必ず訪れる大きくもないが小さくもない三階建ての書店がある。

 この書店を経営しているのが、明神向洋(みょうじんこうよう)という男。彼には一人息子がいる。

 それが明神浩平(みょうじんこうへい)という同人小説家だ。

 ……つまり、俺のことなんだがな。


(さてと。今回の依頼分も終わりっと。あとは推敲じゃな)


 生まれた時から、本に囲まれている環境だったので、物書きを趣味として始めたのは、必然だったかもしれない。

 図書館司書の資格を持つために、大学まで出てきたが、結局書店で手伝いをしながらこうして、趣味を続けることができた。

 俺は頼まれれば、書くことを信条としているが、書けない題材もある。

 女の子を徹底的に痛めつけることと、不浄の部位を使って男女の交わりを書くことだ。

 こればかりは、本当に気が進まないので、この二つに関しては、お断りをしている。

 ちなみに、今回の依頼はNGを出している話ではないので、二つ返事で承諾し、こうして依頼を遂行したわけだ。


「浩平ー!」

夏鈴(かりん)か、どうしたー?」


 自室のドアの向こうから、幼馴染の手島夏鈴(てじまかりん)が呼びかけたので、そこに向かう。

 夏鈴は、俺の幼馴染で、同じように書店で働いている。

 どうして幼馴染が、俺の書店で働いてるのかというのは、彼女の家族は暴走した高齢者ドライバーによって殺されてしまったのだ。

 車が大きくひしゃげていて、彼女の父親とそのクソジジイは即死。

 母親は夏鈴をかばったため、心肺停止状態で病院に搬送されて、死亡が確認されたのだという。

 事故のショックからか、しばらくは心を閉ざしていたが、不憫に思った俺の親父が、夏鈴を引き取ると病院側に言ったらしい。

 幸いにも、引き取ろうという親戚がいなかったこともあって、俺の家で家族同然に生活してきたのだ。


「……おいおい、どうした、親父」

「あぁ。悪い。浩平を尋ねて来たらしいんだわ、この人」

「俺の客人か。――なんでしょうか」


 書店の入り口に、俺がコミッションで出した同人誌を抱えた一人の男性が立っている。

 清潔感がある衣服を身にまとっているが、メガネをかけていて、周りの雰囲気が、いわゆる陰キャオタクの()()であった。


「……お前、どうやって、俺がここにいるってわかった」

「知り合いの知り合いが、『ここにフライルーがいる』って聞いて、それで……」

「あぁ、そうかい。それでわざわざ()()()()()のか。ご苦労なことで。んで、なにか? サインならその表紙を書いた絵描きさんに言え。俺はなにもしないぞ」

「え……あ……その……」

「親父、悪い。この男をつまみ出してくれ」


 俺はため息を付きながら、親父に言う。


「いいのか、お前のファンなんだろう?」

「………なんだか気味が悪い」


 浩平が言うのならしょうがないな、と親父は、丁重に彼を書店から立ち去ってもらうように言った。


「はぁ……」

「ご苦労だったね、浩平」

「……珠樹(たまき)か」


 書斎に戻ると、珠樹が言う。

 御子柴珠樹(みこしばたまき)。アッシュグレーの短い髪で、エメラルドグリーンの瞳を持ち、アンダーリムという形のメガネをつけた美少女である。

 彼女は人間に擬態したソロモン72柱の、ストラスという魔神なのだ。

 ストラスは、ソロモン72柱の序列36番目で天文学、薬学、宝石に関する知識に優れている26の軍団を指揮しているのだという。

 書店の倉庫にしまわれていた謎の魔導書を見つけた夏鈴が、興味のあるページを開いて、そこに書かれた文章を読み上げた瞬間に、現れたのだ。

 夏鈴に泣きつかれて、さて、どうしたものかとストラスと対面する俺。

 用がないのなら呼ばないでほしかった、と、フクロウの姿をした彼が言う。


『……この女の子は心に大きな傷を持っている。それをストラス、貴公の力で癒やしてもらえないだろうか。それならば、貴公を呼び出した理由になるだろう?』

『承知した。卿の名前は?』

『明神浩平。こちらのお嬢さんは、手島夏鈴という。よろしくお願いする、ストラス殿』


 夏鈴が開いてしまった魔導書をあとで調べたところ、ソロモン72柱のことが書かれている写本だったらしく、ソロモンの指輪が一緒に入っていた。

 ストラスを呼び出したのは夏鈴なので、彼女にその指輪を肌見放さず持っておけと。

 そして、人の言葉を話すフクロウの姿のままでは、人間社会では奇異の目で見られるだろう、と、ストラスに提案したところ、今の御子柴珠樹の姿になったのだ。


「仲間のダンタリオンであるなら、客人の記憶を書き換えられたと思うが、どうかな」

「さてね。あの魔導書に珠樹の言う魔神を呼び出せるかどうかわからんけどな……っと」


 書斎の椅子に座り、机の上のクロームブックに向き合う。


「それでだ、珠樹」

「なにかな」

「君が御子柴珠樹と存在するためには、生体エネルギーがいるのだろう? 男性で言えば精液、女性で言えば愛液が必要、だったっけか」

「そうだが……幸いにも、ボクは君たちといるだけで、ボクの存在を維持できている。不思議なことにね」


 珠樹ことストラスは人間ではないので、この世界で存在を確定させるためには、人間の生体エネルギーを必要とする。

 なので、俺と夏鈴は、ストラスと性行為に及ばなければならないが、一切支障はなかった。

 ――既に、俺と夏鈴は経験済みだからだ。

 手慣れていたことに珠樹は面を食らっていたのを覚えている。


「浩平ー」

「今度はなんだ、親父ー?」

「エルフの客人だ」

「はぁ!?」


 △▼△▼△▼


「……それで、エルフのお嬢さん、俺に話とは」

「あの、助けていただきたいことが有りまして」


 頭をかく俺。


「話を聞くだけならできるが、具体的なことができるかどうかというのは、保証できないぞ」

「それでもいいんです! なにやら、この書店から、魔の気配を感じたので、もしかして……と思いまして」


 エルフのお嬢さんが言う気配は、珠樹のことだろうか。

 俺の横に立っている珠樹が口を開く。


「それは、ボクのことかな。……浩平(こいつ)に変わって、ボクがしっかりと話を聞こうじゃないか」

「珠樹、おまっ」

「……人間界とエルフの世界が繋がっているのは、ご存知ですよね」

「あぁ、知っている。君みたいな耳の尖った女性を見かけるからね」


 いつからかは覚えていないが、俺達の世界とエルフが住む世界が、ジャンプゲートと呼ばれる扉で往来が可能になった。

 『スクオーラ・ディ・マジーア』なる魔術学園があるのもそのせいなんじゃないか、って俺は思っている。


「――もしかすると、エルフの世界と魔界が繋がってしまったとか、そういうことかい?」

「そうなんです!」


 前のめりになるエルフの女性。


「……なんとなくそんな気がしていたよ」

「珠樹」

「浩平、ボクがなぜ魔導書の呪文だけで呼ばれた理由を考えてみてくれよ」

「…………あぁ、納得の行く話だな」


 ジャンプゲートを悪用したやつがいる、ということか。


「やれやれ。夏鈴を呼ばなきゃな」

「どうして、夏鈴が必要なんだい?」

「あいつにソロモンの指輪をもたせているからだよ。別に俺が持っても構わんのだが、珠樹を呼び出したのは、他でもない夏鈴だからな」


 △▼△▼△▼


 とりあえず、エルフの女性と共に、エルフの世界へ飛び込んだ俺達三人。


「こちらです」


 禍々しい色をしているジャンプゲート。……なんか、いかにも魔界に繋がっていそうな色してやがる。


「夏鈴、オロバスを呼んでくれないか?」

「できるのかな……」

「該当するページは空白になっているページの前後だ」


 珠樹が言う。

 おそらく、ストラスを招聘(しょうへい)した際に、記述内容が空白になってしまったのだろう。そのことを、彼女は言っているのだと。

 夏鈴は珠樹の言われたとおりに、空白ページの前後を調べた。

 すると、ページと指輪が光ったと思ったら、光と共に馬の頭をした人形(ひとがた)が現れた。


「呼ばれて飛び出てなんとやら……っと。ストラス、君の入れ知恵か」

「あぁ。久しぶりだね、兄弟」

「そうなるか。……で、呼んだのはそこのお嬢さん(フロイライン)かい?」

「はい」


 オロバスの問いに答える夏鈴。


お嬢さん(フロイライン)、名前をおうかがいしたい」

「手島夏鈴」

「夏鈴、か。覚えておこう。私の名前はオロバスという」

「……珠樹、オロバスを呼んだ理由は?」

「簡単に言えば、夏鈴を守る騎士(ナイト)の役割のためさ」

「あぁ、なるほど。……ン? エリゴールじゃダメなのか?」


 俺が言ったエリゴール、というのは、同じソロモンの魔神であるエリゴスのことである。

 珠樹が出てきてから、ソロモン72柱達について調べたので、知っている。彼のほうが、騎士っぽいんじゃないかと思ったが……。


「彼でも良かったけど、話がつきやすいというのが大きいかな」

「それはストラスの言うとおりだな」


 オロバスが言う。


「それなら、いいか。……オロバス、夏鈴を守ってやってくれ。夏鈴の友達である明神浩平としてのお願いだ」

「あぁ、わかったぜ。ストラスの仲間なら、私の仲間であるからな」


 四人となった俺達は、禍々しい色をしているジャンプゲートへと飛び込んでいった。


 △▼△▼△▼


 魔界へ飛び込んだものの、人間界となんら遜色ないように見えるが、気の所為か?


「会話はボク達に任せてもらえないか?」

「あぁ、頼む」


 魔界とエルフの世界が繋がってしまったのは、あるエルフ達の仕業らしい。彼らは、この街の大きな屋敷の地下に閉じ込められているのだと聞いた。


「さて、どうする?」

「閉じ込められたエルフを助けよう。んで、彼らを元の世界に戻して、エルフの法律で裁いてもらうのがいいだろう」

「浩平なら言うと思ったよ。ボクもそれに同意だ。オロバスは?」

「まあ、それが妥当なのだろうと私も思う。行こうか、浩平殿、夏鈴様」


 ……というわけで、その大きな屋敷の家主に許可をもらい、地下へと潜っていった。

 屋敷の地下は、一寸先は闇のような薄暗さでなにも見えない。本当に彼らはここに閉じ込められているのだろうか……。

 ともかく、先に進まなければわからないのだろうと、向かうこととなった。


「……入り組んでいるな」

「迷路みたいになっているんだね。……なにが出るかわからないから気をつけないと」


 前を向いて歩いているせいか、足元まで注意が及ばず、カチッという音が聞こえた。


「嫌な予感がする」

「それはボクもだ。オロバス、夏鈴から離れるんじゃないぞ」

「あぁ」


 ゴゴゴゴ……と後ろから、なにかが転がってくる音が聞こえる。

 まさか『インディー・ジョーンズ』よろしくな大きな岩が迫ってきているのか……!?

 後ろを振り向くと、予測どおりだった。


「曲がり角まで逃げるしかない!」


 俺達四人は必死で走った。岩をやり過ごさなければ、ここでお陀仏だ。


「どこにいるんだろうか……」


 トラップをやり過ごしたが、自分達が今いる場所がどこなのかわからなくなってしまう。


「迷路とはいえ、出口がどこかにあるはずだ」

「出口……か」


 出口を思い浮かべながら歩いていると、目の前にドアが現れた。


「……珠樹、ドアが見える」

「用心したほうがいい。急に現れたドアなんて、ろくなことがない」

「それもそうだ。ノックしてもしも~し」


 ノックを三回してみたが、反応がない。……恐る恐るドアを開けると。

 そこには部屋が広がっていて、耳の尖った二人が縛られていた。


「――!」

「助けに来たぞ。さあ、帰ろう」


 珠樹、夏鈴、オロバスで縄をほどいたあと、エルフ達を連れ、部屋の向こうのドアを開けて、地下を出た。


「あっさり迷路を攻略してしまいましたか……」

「これでいいんですよね、家主?」

「しょうがない。ストラス殿と約束したのだ」


 そのあと、魔界と繋がってしまったジャンプゲートを閉じた。

 魔界にいたエルフ達も無事、元の世界に戻ることができた。しかし、彼らは数ヶ月の謹慎処分が言い渡されたという。


 △▼△▼△▼


 人間界に戻ってきた俺達。オロバスは、エルフの世界で魔導書に戻ってもらった。


「魔界、か……」

「ジャンプゲートが理由で魔界と繋がってしまったのなら、人間界と魔界も繋がってしまうのかもしれないね」

「そうなったら困るなあ……」


 珠樹の言葉に、俺は言う。

 その後、彼女の言ったことが現実のものとなってしまい、様々な問題に直面することになろうとは、俺はこの時、知る由もなかった。

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