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始まり

私は身体中から冷や汗が出るのを感じた。王子は腕を組んで私を見下ろしていた。いや、見下ろすつもりはないのかもしれないが、目の前の王子は意外と背が高かったから、自然そうなってしまったというのが正しいのかもしれない。意外、というのもおかしいけれど、実は今まで王子の身長を感じられるほど近くにいたことがない。そんな私が、彼の息遣いまでわかるくらい接近している。間違いなく現在、人生で一番王子に近づいた記録を更新中だ。王子はぼうっとしている私を少しイラッとした様子で、見つめている。怒っていてもイケメンはイケメンだが、眉を寄せて口をしっかりと引き結んだその姿は、誰がどう見ても不機嫌だったから、うっかり見惚れてもいられない。


私は視線を彷徨わせ、私の探していた水筒が彼の手にしっかりと収まっているのを見つける。さっきまであれを全力で探すつもりだったが、前言撤回、あれはもう諦めよう。さようなら、私の水筒。

私は王子の脇を抜けて、ドアへと向かおうとする。だか左によければ王子が左に、みぎによければ王子がみぎに体を寄せて、先へ進めない。困って王子を見ると、王子はまだ不機嫌な顔をしてこっちを見ている。


「あの…」

観念して、私は声をかける。

「そろそろ午後の授業だから…」

勇気を振り絞った私に王子は水筒を手で持って私の目の前でふる。

「これ、返して欲しい?」

私は少し迷って、首を横にふる。

「いや、いいです」

「どうして」

少し迷って、私は恐る恐る声を出す。

「それ、私のじゃないです」

その返事は王子の気に入らなかったようだ。途端に王子から冷たい、本当に凍えそうな冷たい視線が降ってくる。ヒイイ、と心の中で悲鳴を上げる。

「嘘つき」

王子は視線に見合う、冷たい声を私に浴びせてくる。そしてまた一段と目を細めてから、水筒を私の目の前にもう一度差し出すと、それをゆっくりと左右に振る。

「ほら、返してあげるよ」

いかにも取れと言わんばかりに目の前に出された水筒を、警戒しながら手を伸ばして掴む。私が掴んだ水筒をまた王子がグッと自分の方へと引き寄せた。水筒は私が掴んだまま、王子の方へと引き寄せられる。それをじっと追っていると、いつの間にか王子の綺麗な顔が私の目の前にあった。

「どうしてもっと早くに助けてくれなかったの?」

「え?」

思いも寄らない質問に私は戸惑う。王子は大きくため息をついた。

「聞いてたんでしょ?俺が困ってるのわかってたんでしょ?じゃあ、もっと早くに助けてくれても良くない?」

「ええ?」

「ひどいなあ」

驚いている私を見ながら、王子は手にした水筒を自分の方へと引き寄せる。どうやら簡単に返してくれるつもりはないらしい。


いや、いや、そもそもドアの前でそんな話してるあなたたちが悪いよね。告白の場面にいきなり第三者が出るとかおかしいでしょう、しかも揉めてんのに。そんなことしたら、私が後で彼女たちに何を言われるかわからないよ、心の中では呟いたけど、王子には言えるはずもなかった。すぐ近くで発せられる王子の圧が凄かったから言えなかったというのが正しい。

「そもそも立ち聞きとか、どうなの?感じ悪いよね」

「ご、ごめんなさい」

「タイミング遅いって、どうせやるならもっと早くに助けてよね」

王子は水筒を自分に引き寄せる。あっという間に水筒は私の手を離れた。王子は水筒を反対の手で叩いた。叩きながら大体あいつしつこいんだよとぼやいて小さく舌打ちした。

それを見て私は首を傾げる。王子ってこんなキャラだったっけ?私はよく見ていた王子の爽やかスマイルを思い出す。いつも誰にでも朗らかに接していた。あの雑誌に出てくるような爽やかさは今は微塵も感じられない。どういうことだ。私は訝しげに王子を見る。別人物かと思うくらい、態度が悪い。それを見ていたら、つい、口が滑ってしまった。


「そんなに嫌なら、もっと早く断ればよかったじゃない」

「は?」

反論されると思っていなかったのか、王子はちょっと驚いたようだったけれど、すぐに片眉を上げて最初の時のような不機嫌全開の顔をした。

「なんでもないです」

「いや、しっかり聞こえた」

誤魔化そうとした私を王子は瞬殺した。王子は大きくため息をつく。

「そんなことしたら、めんどくさいことになるだろ。愛想よくしてたほうがいいんだから」

「あんな顔してたら、誰だって嫌がられてるとわかると思います…」

八方美人め、と思いながら答えると、今度こそ王子は目を丸くして私を見た。私はもうやけくそになって続けた。

「思いっきり嫌そうな顔してたし、声も冷たいし、大体見れば嫌がってるのわかような気がするけど…」

そう言いながら、王子と目があって声が徐々に小さくなる。

反論されるかと思っていたのに、意外にも王子は私の言葉に驚いたように目を丸くしたまま動きを止めた。長い睫毛に縁取られた目が私から離れない。

あれ?と思ったが、王子はあっという間に回復し、ニヤリと笑った。

「お前、わかったんだ、俺が不機嫌だったのが」

「見れば誰でもわかるでしょ、むしろ分かり易すぎ」

もうどうとでもなれ、と思って私はそう言い捨てると、もういい加減王子を振り切ることにした。


「ご迷惑をおかけしました。でも、最終的に私のおかげで助かったんだからいいですよね」

助けたのに謝るのも変だけど、とりあえずこの場を治めるために私は頭を下げて謝ると、素早い動きで王子の脇を通って、ドアへと小走りで向かう。これ以上関わらないほうがいい。


「おい、佐藤!」

背中に王子の声が聞こえた。私は驚いて足を止めて恐る恐る振り返る。何を言われるかわからないから恐ろしい。

「君が立ち聞きしてたって言いふらされたくないよね?」

「はああ?」

王子はニヤリと笑うと、ゆっくりと私の方へと歩いて来た。両手をポケットに突っ込んで歩く姿は、そりゃあ格好はいいけれど私からしたら、そんなことを考えている余裕はない。今感じるのは、ただの恐怖だ。王子は私の目の前で止まると、そのただでさえ綺麗な顔を笑顔に変える。

「俺を早く助けなかった責任を取って」

「え」

「でないと立ち聞きしてたって言いふらすからな」

「はあ?そんなの、おかしい…私、助けたんだけど?」

弱々しいながらも、耐えきれなくなってなんとか言い返した私に、王子は動じることなく言い返す。

「あの子に、告白邪魔したのが自分だってばれてもいいの?」

驚いて王子を見ると、さっきのように口角を上げて笑った。とても意地悪しく。

「お前が告白して断られてたの見てたってバラしてやろうか」


どちらかというと、それは困る。

女子のほうがこういう時陰険だ。私みたいなピラミッドの底辺を構成する人間が、トップに立つ人間の邪魔をして起きることなんて、もう簡単に想像がついてしまう。あの子は可愛いけどやっぱり女子的にはきつい子だから、とりあえず睨まれたくない。そんなの、絶対いいことがない。いろいろ想像してどんよりした気持ちになる。私の楽しい平和な高校生活が、遠くに行ってしまう。

王子はそんな私を見て嬉しそうに笑っていた。笑っている場合かといらっとする。

よりによって脅迫か、と私は言葉を失う。じろりと王子を睨みつける。言い返してやりたいが、平民は王子にものを申すことなんてできない。王子は私が黙っているのを了承と捉えたのか、嬉しそうな顔はそのままに、私の頭に自分の掌をのせた。そのまま掌で頭をぽんぽんとあやすように撫でられる。漫画で見て憧れていたイケメンからの頭を撫でられるという行為が、こんなに嫌な思い出に満ちたものになるとは思わなかった。


「それは、困る…」

「だろ?じゃあ、そういうことで」

「はああ?」

王子は腕を組んで空を見上げる。憎たらしいことを考えているだろうに、その顎から首にかけてのラインがとても綺麗だった。イケメンは何をしても美しい。だけど喋ったらダメだ。おかしな言葉しか出てこない。

「そうだな、しばらく俺の言うこと聞いてもらおうかな」

「え?」

瞬間とても嫌な予感がした。王子は楽しそうに笑う。これまた雑誌の1ページを彩りそうな笑顔だった。考えていることは悪いことだろうに、イケメンは何をしても美しい。だけど、…以下略。

嫌そうに声をあげた私の顔を、王子は楽しそうに覗き込んだ。

「そうしよう、しばらく俺の頼み事をなんでも聞いてもらうってことで」

嫌な想像が頭をめぐる。この人の発想がまともだとは思えない。きっと嫌な思いをしそうだ。

「む、無理だよ」

「じゃあ、早速あいつに話してくるよ」

「姑息だ」

思わず本音が口をついて出た。王子がこんなにセコいやつだと思わなかった。私は王子をじとっと睨みつけた。その顔がおかしかったのか、王子はプッと吹き出した。人の顔見て笑うとか、失礼極まりない。

「失礼だよね」と私は言い返した。でも全く響いていなかった。それが証拠に、私の反論は王子をもっと笑わせるだけだった。

「いいね、いい顔するね、面白いね、佐藤さん」

「女子に面白いって、あんまり褒めてないよね…」

私が睨みつけても王子は全く気にすることなく、一人納得したように頷いている。そしてまた私の頭に自分の手を置いて、2回軽く叩いた。そして私の顔を覗き込んで、ニッコリ笑う。

「しばらく楽しませてくれそうだよね」


悔しいけど、その笑顔は子供みたいな無邪気な笑顔だった。

以前見た、お行儀の良い王子スマイルよりもずっと自然だった。現在進行形で嫌がらせを受けている私でも、思わず見惚れてしまうほど、いい笑顔だった。たとえそれが意地悪しく感じるものであっても。


「ちゃんと俺のいうこと聞くようにね、期待しているよ、佐藤真依さん」

じゃあね、と言って王子は私を置いて出て行った。


私は屋上に一人取り残される。

「王子、私の名前、知ってたんだ…」

呆然としながら、呟いた。


とりあえず、今日わかったことがある。


私の高校には、王子がいる。

とびきりかっこいい良くて、頭も良くて、スポーツ万能でなんでもできる学園の王子様だ。


でも、彼は王子様なんかじゃない。

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