彼は王子様じゃない
「悠太くん!」
だけど私の声はトラックや車の音にあっという間にかき消されてしまう。長い信号待ちの間に、反対側を見つめるけれど、まだそこに悠太くんがいるかはわからない。
聞こえなかったかもしれない。
届かなかったかもしれない。
目の前を走る車の流れを見つめながら、早く青になって欲しいとヤキモキする。だけどそんな時に限って、信号が変わらない。その時間をいつもより長く感じてしまう。
ようやく信号が青になって、走って信号を渡ろうとした私は、前を見て思わず息をのんだ。
信号の反対側には悠太くんが立っていた。
手をポケットに突っ込んで、ものすごく面倒そうにこっちを見ている。
ものすごく面倒そうなくせに、目線はじっとこっちを見ている。
「ウソ……」
信じられなかった。
私の声が聞こえていたのも、私のことを待っていてくれたのも信じられなかった。
私は黙ってフラフラしながらゆっくりと信号を渡る。悠太くんは黙ってそんな私のことをじっと見ていた。信号を渡り切って自分の目の前までくると、ちょっと呆れた顔をした。
「遅い」
どうやら私がノロノロ信号を渡っていたのが待ちきれなかったみたいだ。
その返事に困った私は戸惑ってしまった。
「え…でも」
私は悠太くんの顔を見上げた。
「なに?」
「どうして。待っててくれた…の?」
「どうしてって……」
「先に行ってしまったかと思った」
いまだに信じられない、という顔をしている私に悠太くんはいかにも呆れたと言う顔をした。
「真依が俺のことを呼んだんだろ?」
そうして悠太くんの手が伸びてきて、私のおでこを弾いた。
音がするほど弾かれて思わず大きな声を出してしまった。
おでこを抑えながら、少しだけ避難するように悠太くんを見上げる。
「聞こえた?の?」
「あんな大きな声、聞こえない奴いないだろ」
「そんなに大きかった?」
「恥ずかしくなるくらい大きい声だった」
そんな大声を出した覚えはない。
だけど、私は必死だったから、何も覚えていない。
改めて言われると、猛烈に恥ずかしい。顔を赤くして私は俯いた。
「ねえ」
だけどそこに悠太くんの声が降ってきた。
「もう1回、言ってみて」
「……え?」
顔を上げるとにっこり笑った悠太くんと視線が合う。
なんだかとても機嫌の良さそうな顔だった。
「さっきの、もう1回言ってみて」
私はそれに戸惑う。
「さっき、の?」
「さっきの」
さっきのって……。もしかして……。
私は悠太くんを見上げた。
ものすごく期待している目が、じっと私を見ていた。
もしかしなくても、いいたいことが何かわかった。
「ねえ、真依。言ってよ」
悠太くんの手が私の手を握りしめる。
意外にも強いその力に驚いて、悠太くんを見つめると、もう一度、笑った。
「早く」
私は小さく深呼吸して、それから口を開いた。
「悠太くん」
悠太くんは満足そうに笑った。
その笑顔のまま悠太くんは私に一歩近づいて、それからふわっと私を抱きしめた。
「うん。まあ、よくできている方かな」
どうしてそうなるのかわからない。
それに、そんな言い方ないじゃないか。
そう思ったけれど、言えるはずもない。
だって悠太くんが私のことをぎゅうっと抱きしめたから。
そして私はそれがとても、嬉しかったから。
とても、とても、嬉しかった。
周りを歩く人たちが私たちを見ているけれど、そんなの気にならなかった。
前の形だけ、ハグされた時とは比べ物にならないくらい、嬉しかった。
「あのね」
「なに?」
「お…悠太くん」
つい習慣で王子と呼びそうになって慌てて言い直す。一瞬、眉を寄せた悠太くんの顔が反応したけれど、言い直したら笑顔になった。
王子呼びはもうダメなのか……。
気が抜けない。
「で、なに?」
こんなことを言うのは人生で初めてで、私はちょっと気持ちを落ち着けてから口を開いた。
「悠太くんのこと……好きだよ」
「…………え?」
その時の私の一番の勇気を込めて言ったのに、悠太くんは少し目を見開いただけだった。
あまりに薄い反応に私は驚く。
「で?」
「え?で?って……」
「それだけ?」
「それだけって……?」
何が言いたいのかわからなくて、私は首を傾げる。悠太くんは大きく息を吐いた。
「真依が俺のこと好きなことは、俺、もうわかってるし」
「………え?」
今度は私が驚く番だった。悠太くんはすごく呆れた顔をする。
「いまさらでしょう?」
なんだか気が抜けてしまった。
だけど、同じくらいおかしくなってしまって、思わず笑ってしまった。
そんな私を今度は悠太くんが怪しむような顔で見る。
私は悠太くんを見た。
「知ってると思うけど、ちゃんと言ったことがなかったから、言っておこうと思って」
すぐ近くの悠太くんの顔を見ながら、もう一度口を開いた。
「悠太くんのこと、好きだよ」
その時の悠太くんの顔は忘れられない。
今まで見た中で一番嬉しそうな、そしてびっくりするほどキレイな笑顔で、
私の心の一番大切なところに一生しまっておきたいくらい
本当に王子様みたいな笑顔だった。
あの後も私と悠太くんの付き合いは続いている。
変わったことがあるとしたら、前よりもよく話すようになって、人前でも一緒にいる時間が増えた。
それから、当たり前のようにお互いを名前で呼ぶようになった。
悠太くんは人前では相変わらず王子のままで、いつもキラキラした笑顔の優等生だ。
だけど、本当の悠太くんはそんなんじゃないって、私は知っている。
そんなところも含めて、私は悠太くんが大好きだ。
王子の彼も、王子ではない彼も、同じくらい大切で大好きだ。
でも、もしかしたら……
王子ではない彼の方が、好きかもしれない。
悔しいけど、どんな彼も、
私は大好きなのだ。
<完>
長期に休んだりしていましたが、付き合ってくださった方、読んでくださった方ありがとうございました。
ブクマ、評価、感想なども本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。




