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本当の王子様

戸惑っている私を莉子ちゃんは全く気がついていないようで、そのまま話し続ける。

「本当にありがとう、佐藤さん」

「え、あの……」

「放課後ね、図書室で待ち合わせしたの」

ふふ、と莉子ちゃんは笑った。


試験期間ではない図書室なんて、ほとんど人がいないから空いている。だからそこではたくさん話ができると思う。

人に聞かれることも少ないから、告白することだって……簡単にできる。


自分でそうしろと頼んだくせに、私の気持ちはどん底まで落ちる。


莉子ちゃんと王子が話をして、もしかしてそこで何かが芽生えるかも知れなくて。



これでよかったの?



そんな考えが浮かんだ。

だけど、今の自分には『私が王子の彼女』なんて自信満々に言うことなんてできない。


「あ、あの……」

何か言わないといけないと思って莉子ちゃんを呼ぶ。

「え?なに?」

だけどその時教室の扉を開けて先生がやってきて、莉子ちゃんは私の席から離れていった。

仕方なく私もカバンから教科書を取り出して、だけどどうしても気になって王子の席へ視線を向けた。


「あ……」


王子の方を見つめると、王子がこっちを見ていて、そして私たちの視線がばっちりとあった。

だけどその顔はとても静かで、笑顔でも怒っているわけでもない、強いていうなら感情の読めない顔だった。


でもその顔はすぐにそらされて、王子は黙って前を向いた。

その態度にものすごい拒絶を感じて、私は気持ちが大きく沈む。


その後は王子と話すことも、視線が合うこともなかった。

授業なんて全く頭に入らないまま、放課後になった。





授業が終わるとみんながゾロゾロと教室を出ていく。莉子ちゃんが私をチラッと見て、手を振ってから教室を出ていった。

反射的に王子の席を見たら、もうそこには誰もいなかった。

もう王子は行ってしまった。

あと少しで王子は莉子ちゃんと会ってしまう。


どうしよう、どうしよう。


急に焦りが出てきて、思わず椅子に座ったまま俯く。




「あのさあ、いつまでそんな顔してんの」

顔を上げたら隣の席のサッカー部の子がじっと私を見ていた。前も私と莉子ちゃんが話していた時に、注意してきた男子だ。今日はこの間よりもはっきりとイラッとした顔で私を見ていた。

「な、なに?」

「朝からそんな暗い顔で隣にいられると気が散るんだけど」

「くらい…って」

「暗い顔してるでしょ、どう見ても」

その子はため息をついて席から立ち上がった。

「さっさと言えばよかったのに。自分が彼女だって」

私はすぐに言い返した。

「そんなの言えないよ」

勢いのある私の言葉に彼が驚いた顔をしたから、気まずくなって視線を落とす。

「だって…別に私なんて、王子の彼女って感じでもないし、そんなこと言っても、どうせみんな信じないし」


そう。私なんて全然普通で、なんの取り柄もなくて、目立たない、その他大勢の一人って感じで、そんな私がみんなの中心にいる王子の彼女だなんて誰も信じない。


もし、もっと私が可愛かったら、それから成績がいいとか、そんな何か取り柄があれば……

自信を持って『王子の彼女』って言えるのかな。



思わず手をぎゅっと握りしめた。

「そう?五十嵐と佐藤さん、どう見てもお似合いだけど」

「え?」

顔を上げたら、じっとこっちを見る彼と視線があった。それからものすごく不思議な顔をする。

「五十嵐と佐藤さん、うまくいってる気がしたけど。五十嵐も佐藤さんのこと、いつも気にしてたし、大事にしてると思うけどな」

「そんな」

「大体さ、最初にあの子に言うべきだったんじゃないの?五十嵐と付き合ってるって」

「でも……」

呆れたような声がした。


「五十嵐は、佐藤さんに自分から五十嵐と付き合ってるって、言って欲しかったんじゃないかな」


顔を上げたら、その子が励ますように笑った。



「好きでもない子と付き合うほど、五十嵐はお人好しじゃないよ」



そうだった。


あの人は外面はいいけど結構毒舌で、嫌なことははっきり嫌という人だった。

だから、私と付き合っているのは、多分…いやきっと王子にとって嫌なことではないはずで

もしかしたら…本当にもしかしたら

うぬぼれてるって言われるかも知れないけど、



王子なりに、私のこと…ちょっとは好きでいてくれた……のかな?



そう思ったら、なんだか胸がふっと温かくなった。

手を握り締めると、私は音を立てて席を立って走って教室を飛び出した。



廊下を走って図書室へ向かう。学校を出る人の流れに逆らって走る私は途中で人にぶつかったり、廊下を走るなと先生に注意された。その度に立ち止まって謝って、だけどすぐにまた走り出した。

ようやく目当ての場所について、私は走ってきた勢いのまま図書室のドアを開けた。




中には一人しかいなかった。

莉子ちゃんが私を見て驚いた顔をする。

「佐藤さん?」

私は息を切らせながら莉子ちゃんに近づく。

「あ、あの……」

急いで話そうとして、思い切りむせてしまった。手を膝についてゴホゴホと咳き込む私を、莉子ちゃんが目を丸くして見ている。


「さ、佐藤さん?」

「あ、あの」

私は顔を上げた。莉子ちゃんの目を見て、口を開く。

「あのね、言わないといけないことがあって…」

「佐藤さん?」

莉子ちゃんの目をじっと見つめて私は口を開いた。


「私、実は王子と付き合ってるの」


目の前で莉子ちゃんの顔が驚いて、それから固く強張った。私は勢いよく頭を下げる。

「本当はもっと早くに言わないといけなくて……だけど、言えなくて」

早口で言って、最後にさらにグッと深く頭を下げた。

「黙っていて、ごめんなさい」



「知ってたよ」



「え?」


顔を上げたら、莉子ちゃんが気まずそうな顔で私を見て、それから目線を外した。

「佐藤さんと五十嵐くんが付き合ってるの、知ってたよ」

それから大きなため息をついた。

「だって、私はずっと五十嵐くんのこと見てたんだから」

その顔は笑顔だけど、とても寂しそうな笑顔だった。


莉子ちゃんは私を見て大きく首を振った。

「でも、別に佐藤さんから王子を奪おうとか思っていないよ。本当にありがとうって言いたいだけで、それ以上のことはないよ。ただ……」

そこで言葉を止めた。

「もし…本当にもしも、だけど機会があれば一度くらいちゃんと自分の気持ちを伝えたいなって思ったのは…あるけど……」

「けど?」

莉子ちゃんはためらってから口を開いた。

「でも、やっぱり言えなかった。友達の彼氏にそんなことできないよ」

ごめんね、そう言って莉子ちゃんは頭を下げた。

「佐藤さんのこと利用するようなことをして、ごめん」


ずっとモヤモヤしていたことが、一気に消えていく気がした。

きっと私と同じくらい、莉子ちゃんも悩んだのかも知れない。

そんな気がした。


「私も王子とのこと、黙っていて…ごめんなさい」


だから素直に私も謝ることができた。そもそも私が最初に言っていればよかったのだ。


一番、大切なことだから、最初に言うべきだった。



「でも、本当に五十嵐くんって佐藤さんのこと大切にしてるんだね」

「え?」

「五十嵐くんがね、佐藤さんのことよろしくねって言ってたの。なんだかそれを見てたら私が告白してもだめだなあってわかったよ」

莉子ちゃんは私を見て笑った。



「五十嵐くんって、見た目だけじゃなくて、中身も本当に王子様みたいだね」



それは大きな誤解だ。

あの人は王子様なんかじゃない。


でも、それでいい。

私以外の人は、そんなこと知らなくってもいい。



それを聞いたら、なんだか猛烈に王子に会いたくなって

私は莉子ちゃんに一歩近寄った。


「王子は?…もうでてった?」

莉子ちゃんはうーんと考え込むような顔をした。

「佐藤さんがくる少し前に出てったよ。帰るって言ってたけど……」


全部聞き終わる前に、私は体を翻して駆け出した。



どうしても王子に会いたくなって

王子にたくさん伝えたいことがあって


だから、どうしても今日、

電話ではなくて直接話したかった。



図書室から出て階段を駆け降りる。

王子は歩くのが早いから、もう学校を出ているかも知れない。



校門を出て走ると、少し前に見慣れた一人の学生が歩いているのがわかった。



その後ろ姿が誰かなんて、私はよくわかっていて。

絶対に見間違えない自信がある。



王子が真っ直ぐ歩いて信号を渡る。

その後を追いかけて私は走る。


だけど信号が黄色から赤になった。

「ちょ……」

慌てて信号で立ち止まる。

王子の姿を目の前にして、信号が赤になってしまって、私の目の前を車が走り出した。



だけど、もう一度この信号が青になった時にはきっと、もう王子はずっと先に行ってしまう。

もしかしたら、もう会えないかもしれない。



でも、私は絶対に、王子をつかまえたい。

王子に、会いたい。

今でないと言えないことが、たくさんある。



だから私は大きな声を出した。




「ゆ……悠太くん!」



トラックの音に負けないように、もう一度大きな声を張り上げた。




「悠太くん!」






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