現在進行形で、好き
その日の夜、私はなかなか眠れなかった。
王子のことばっかり考えていた。
明日、王子は莉子ちゃんに話しかけるのだろうか?
そうしたら、莉子ちゃんは、私に言ったように王子にお礼をいうだけじゃなくて、もしかしたら、王子に告白するのだろうか?
もし、本当にそうだとしたら……
王子はなんて返事するんだろう。
そしてどうして王子はあんなに怒ってしまったのだろう。
いつもの王子ならきっと、笑顔で莉子ちゃんに話しかけてくれると思ったのに。
……私が悪かった?悪かったとしたら、どこが?
私が莉子ちゃんと話してほしい、なんて言ったから?
だとしたら、どうしてそんなことで怒るのだろう?
どうしたら良いのかわからないし、私はどうするのが良かったのだろう。
王子のことは大切に思っているのに、どうして伝わらないんだろう。
だけど、それは当然のことかもしれない。
私と王子なんて話すこともなくて、ましてや付き合うなんてあり得ないと思っていた。
王子はどうして私なんかと付き合っているんだろう。
いまさら、そんな当たり前のことを思ってしまった。遠くから見ても王子はキラキラしていて、みんなが王子を見ている。
私とは、世界が違う人。
そんな考えが浮かんできた。
でも、それでも……。
私の前で見せる、優しい王子も、そっけない王子も、だけどやっぱり優しいところも、意地悪なところでさえ、
結構…いや、かなり、好きだったのに……。
そこまで考えて、ふと足を止めた。
王子への感情に『好き』って言葉を使ったら、なんだか恥ずかしくなって、あっという間に顔が赤くなった。
私が、王子を、好き。
それは改めて実感すると、ものすごい衝撃だった。
私が、王子を、好き。
もちろん付き合っているというのだから、それは当然かもしれない。少しでも好意がなければ付き合うなんてあり得ない。現に私だって…。
付き合ったのは偶然だったけど、王子に振り回されてばっかりだけど、でも、ちゃんと好きだった。
過去形じゃない。現在進行形で好きだ。
意地悪な感じに笑う時も、ふとした時のちょっと素の飾らない顔も、歩くときはいつも私のペースに合わせてくれるところも、約束なんてしなくっても、部活のないときは絶対に私の予定を聞いてくれることも、
それから…それから……。
まだ短い時間しか一緒に過ごしてない。
その間、私はずっと、自分は王子に振り回されていると思っていた。
だけど、それは……本当ではあるけれど、全部本当ではない。
私は王子と過ごす時間も、実はかなり好きだった。
私は王子が、好きなんだ。
今更、本当にようやくわかった自分の気持ちにどうやって対応したらいいかわからない。じわじわと顔が赤くなってきて、私は両手を頬に当てた。心臓がバクバク打っている。
「王子のこと…好き」
口に出したら、それはあっという間に私の心の中に広がって……。
もうずっと前からそうだったように、当たり前のように私の心の中の真ん中を支配した。
いろんなことを考えてしまって、でも一番は自分の気持ちをようやく理解して、それに驚いてしまって
その夜は、眠ることなんてできなかった。
眠れなくても朝はやってきて、私は重い体を引きずるようにして学校へ向かった。
駅からは学校へ向かう生徒たちがたくさん歩いている。その中をぼんやり歩いている学校に行くと、いつもより時間がかかって、もう授業が始まるギリギリだった。
教室に入って王子の席を一番に見てしまうのは、もはや習慣だ。
相変わらず王子の周りには人がたくさんいて、王子はみんなの中心にいて楽しそうに笑っている。
だけど、「好き」という気持ちを自覚したら、恥ずかしくてその姿を直視できない。
だって、そんなの恥ずかしすぎて、今までみたいに話したりできないと思ってしまう。
王子を見ただけで顔が赤くなって、それから心臓が走った後みたいに早く打っている。
これが、恋なのか。
突然そんなことを思ってしまって、その考えに自分でも驚いてしまう。
でも、今まではすぐ近くにいて、話しかけることも簡単にできた人なのに、
今はもう、その姿が遠い。
その理由は、私が昨日、王子を怒らせてしまったから。
思い出しただけで、胸がきゅうと締め付けられるような気がした。
私たちの間にとても長い距離ができてしまったような気がして、切ない。
じっと王子を見ていたら、周りと話していた王子がふっとこっちへ視線を向けた。そうして視線がばっちりあってしまう。
「あ……」
何か言わないと、と焦る。
おはようでもなんでもいい。何か言わないといけない。
そう思っても口が固まったようになってしまって、話すことができない。
それに考えがまとまらない。
そんな風にオロオロする私を王子はじっと見ていた。
いつもならこういうとき、王子は何も言わない。笑顔になることもないし、でも嫌な顔もしない。
視線があって、それから静かに顔を動かす。でもその口元が上がっていたり、目が自然に細くなっていたり……
笑顔に近い顔で私を見て、そして前を向く。
だけどそのそっけないけど、ちゃんと私を見ていてくれるような態度に、私はいつもなんだか嬉しいようなホッとするような気持ちになる。
話さなくても、笑いかけてもらわなくても、それで満足する。
だけど今日の王子は私と目があって、その顔をスッと静かなものに変えてそのまま前を向いた。
その後ろ姿に、強い拒絶の気持ちを感じる。
もう話しかけないでって言っているような気がしてしまう。
やっぱり…まだ怒っている?
足元から冷えていくような感覚になる。
どうしよう、頭の中でそんな考えが浮かんでくる。思わず手をぎゅっと握りしめた。
そしてそのとき隣から声がかかった。
「おはよう、佐藤さん」
顔を上げると、そこにいたのは莉子ちゃんだった。
「あ、おはよ」
なんだか莉子ちゃんともどんな顔をして話したらいいのかわからない。思わず視線を逸らすけれど、莉子ちゃんは構うことなく、私の前の席に座った。そして私に顔を近づける。
「佐藤さん、ありがとう」
予想もしないことを言われて、私は戸惑う。
「え?なに?」
莉子ちゃんは嬉しそうに笑って、私に向かって顔を下げた。
「佐藤さん、早速王子に話してくれたんだね」
「………え?」
「だって、昨日王子に私のことを話してくれたんでしょう?」
当たり前のようにそう言って、ありがとうと続けた。
莉子ちゃんは嬉しそうな顔のまま、自分の顔の前で両手を合わせて祈るような仕草をする。
「本当、佐藤さんのおかげ。ありがとう。私いい友達を持った」
「え、それってつまり……」
嫌な予感がして、質問する声が震えてしまった気がする。
だけど莉子ちゃんにはそれは伝わらなかったみたいだ。
その証拠に笑顔で私から視線を動かして王子へ向ける。その目が熱っぽく感じてしまうのは気のせい?
それとも、気のせいじゃない?
「朝、王子が私の席に来て話しかけてくれたの」
莉子ちゃんはふふと笑って王子を見つめる。
その目はもう迷うことなく、恋する目だった。
「放課後、時間があるから、少し話そうって言ってくれたの。もう本当に佐藤さんのおかげ。ありがとう」
心臓が止まるかと思うくらい、驚いた。




