女友達
いまさらだけど、私に友達ができた。
ただの友達ではない。
女友達ってやつだ。
王子とのあれこれで、私の周りから女友達はキレイにいなくなっていた。
まるで逃げるようにいなくなった女の子たちをみて、女の友情って儚いなと思ったのは、もう昔の話。
ようやく、私にも女友達ができた。
彼女の名前は同じクラスの安達莉子ちゃん。
たまたま授業で二人でチームを組んで発表をして、それから仲が良くなった。
私と王子のことで全女子の反感を買っていた私だけど、莉子ちゃんはそのことを知らなかった。
と言うのも、彼女は3歳からずっとピアノを弾いていて、コンクールにも出るような腕前らしい。その練習で授業が終わるとすぐに帰ってしまうし、昼休みも音楽室でピアノを弾くことが多いから、私とその他女子のあれやこれやを知らなかった。
あんなに大騒ぎになっていたのに、知らなかったと言うのは、なんというか、ありがたい話だった。
それに、みんなから避けられている私と仲良くしてくれるなんて、嬉しい。
だから私はあえて王子とのことを莉子ちゃんには話さなかった。
だって言うほどの事でもないし。
何よりも、それを話したことで、せっかく仲が良くなった彼女と離れてしまうのが心配だった。
久しぶりの女友達というやつに、私は浮かれてしまった。
それだけ嬉しかったのだ。
だけど、ちょっと浮かれすぎていた。
今まで昼休みは一人屋上でお弁当を食べていたけれど、教室で莉子ちゃんと一緒に食べるようになり、休み時間も二人で話すことが多くなった。
それは莉子ちゃんと一緒にお弁当を食べるようになって2週間くらい経った昼休み。
私たちは同じ机でお弁当を並べてご飯を食べていた。
その日は莉子ちゃんがピアノがお休みだと言って、放課後遊びに行こうかと話していた。
だけどそこで、気がついた。
今日は王子の部活がない日だ。
だから、普段なら王子と一緒に帰っている。
特に約束しているわけではない。ないけど……。
「あ、もしかして何か用事がある?」
返事を迷っていた私を見て、莉子ちゃんが聞いてくるから、思わず焦ってしまった。
「え、あ、っと…いや、その」
「用事があるならまた今度でいいよ」
「あ、いいや、その」
答えに困っていたら、隣の席の男子が声をかけてきた。王子と同じサッカー部の子だ。
「佐藤さん、言っとくけど、今日は部活ないからね」
私は慌てて頷いた。
「あ、はい。わかってます」
その子はチラッと私を莉子ちゃんを見てため息をついた。
「五十嵐も今日は練習ないからね」
「……わかってるって」
「五十嵐はいつもみたいに佐藤さんと帰るつもりだからね」
「わかってるってば」
いつもみたいに、のところで思い切りゆっくり話してきた。
私がじろっと彼を見ると、彼は私をじっとみていた。
この人には私が迷っているのがわかっている。
そりゃあ、久しぶりの友達の、特に女の子からの誘いって嬉しいけど。
でも、もちろん王子だって大切だよ。
でも、ずっとぼっちだった私には、同性の友達ってとても嬉しかったんだから。
でも、王子が大事だけど。
それは変わらない。
だけど…つい、心が動いてしまったのも事実だ。
頭の中でぐるぐる考えていると、ため息が聞こえた。
彼の方をじっと見て、私は頷くと、彼はさっと席を立った。
「わかってるならいいけど」
「大丈夫だって」
つい言い返すように言ったら、その子は私をじっと見てため息をつくと、早足で教室を出て行った。
信用されてない。
息を吐いてお弁当に戻ろうとしたら、莉子ちゃんがじっと私を見ていた。
その顔が確かに赤くなっている。
恥ずかしそうに俯いて、それから顔を上げる。
その様子に、ちょっと嫌な予感がした。
この先は聞いてはいけない気がしたのに、私はどうすることもできなくて、莉子ちゃんは顔を上げると、少しためらってから口を開いた。
「佐藤さんってもしかして………五十嵐くんと友達なの?」
嫌な予感が当たったのがわかった。
莉子ちゃんが私を見る目は、期待でいっぱいだった。
だからこの先に言われる言葉が簡単に予想できた。
「ええと、友達っていうか」
莉子ちゃんは赤い顔のまま誤魔化すように笑った。
「ごめん、変なことを聞いて」
そこで莉子ちゃんは俯いてほうっと息を吐いた。
「あのね…実は…」
そのまま莉子ちゃんは王子と初めて話した時のことを教えてくれた。
昼休みに一人で音楽室でピアノを弾いていたら、教室のなかに王子がふらっと入ってきた。
そして、莉子ちゃんに笑顔で
「ピアノ、上手だね」
と言って褒めてくれた。
「そ、そんなことないよ」
照れる莉子ちゃんに、王子は
「そうかな。すごく上手でずっと外で聞いてた」
そう言って笑ったらしい。
その時の笑顔がとてもキラキラしていて、莉子ちゃんは思わず見惚れてしまったという。
「今までは誰も褒めてくれることなんてなかったけど、すごくそれが嬉しくって……またいつか褒めてもらえるかもしれないって、頑張って練習したの」
だから毎日昼休みは音楽室でピアノを練習していた。
また、何かの拍子に王子が来るかもしれないって期待しながら。
莉子ちゃんはぽつりぽつりと話し続けた。
「実はあの時、私は全然上手くピアノが弾けなくて、もうやめようって思っていて……、でも王子に褒めてもらって嬉しくて、それからたくさん練習したらコンクールでも入賞して…それも王子のおかげなの」
その時のことを思い出したのか、莉子ちゃんは熱っぽく語った。でも黙っている私の顔を見て、ハッとしたように笑った。
「ごめん。なんだか恥ずかしいね」
その時のことを話す莉子ちゃんはとても可愛くて。
これって、この様子って恋する女の子、じゃない……だろうか。そう思った。
だとしたら、相手って……。
もうどうしたって、相手は王子しかいない。
反対に私の胸はぐんと重くなった。
莉子ちゃんは笑って私を見る。
「佐藤さんって五十嵐くんと話したり…する?」
「……え?」
「一緒に帰るくらい、仲がいいんだよね?」
顔を上げると、莉子ちゃんは期待を込めた目で私を見ている。
「私も五十嵐くんと話してみたいな」
無邪気な言葉が私の心臓をぐりぐりえぐる。
「告白なんて絶対にできないから、遠くから見るだけでいいんだけど。でも……せめて、あの時褒めてくれてありがとうって言いたいというか……」
そこまで言って莉子ちゃんは笑った。
ごめんごめんと何度も言いながら、お弁当に向き直る。
だけど、もう私には彼女の気持ちがわかってしまった。
そして私はそれを不用意に口にしてしまった。
「莉子ちゃん、王子のこと好きなんだね」
ぽつりとそんな言葉が溢れて、それを聞いて莉子ちゃんは顔を真っ赤にした。
「え、そ、そんな…恥ずかしい」
そう言って両手を頬に当てた。
「佐藤さんにだから言うけど…実は私……」
その先の言葉が簡単に想像がついた。
とっさに耳を塞いでしまいたくなったけれど、それより先に莉子ちゃんが口を開いた。
「私、あの時から五十嵐くんのことが好きで……」
こう言われるだろうとわかっていたのに、いざ言われるとやっぱりかなりの衝撃だった。
私の友達が王子のことが好きで、しかもとてもしっかりと好きであると言うことに、ショックを受けた。
机の下で手をぎゅっと握る。
「五十嵐くんって、すごく優しいし、明るいし、なんていうかキラキラしていて王子って言われるのもわかるっていうか……、実は高校に入ってからずっと好きだったんだよね」
実際は明るくないし、無愛想だし、裏では毒舌だし、キラキラしているのは大抵心の中で意地悪しいことを考えているときだ。
それから勉強を教えてくれる時なんて恐ろしいほど容赦ない。
でもそんなこと言えるはずもない。
だってこれは誰も知らない王子の姿なのだ。
私しか知らない、素の王子。
それを知っているという後ろめたさ。
だけど、それを莉子ちゃんに話したくないと思ってしまう自分もいる。
「でも、一度でいいから話したり、したいな……」
そんな莉子ちゃんに、私は自分が王子と付き合っていることを言えなかった。
だって、そうしたら、もうこんな風に友達でいられなくなっちゃう気がしたから。
莉子ちゃんは目の前で恥ずかしそうに笑う。
「あのさ、佐藤さんにお願いがあって」
「………え?」
「もし、よければ……」
その時言われた言葉が、私の心に突き刺さった。
「今度、王子と話したいんだけど、私のこと紹介してくれないかな」
気持ちははっきりと落ち込んでしまって、その後のお弁当は、味がしなかった。




