表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

忘れ物

「じゃあ、佐藤さん。今日は数学からね」

「うん」

「先生に呼ばれているから、終わってからでもいい?」


全部の授業が終わると、約束通り内山くんが声をかけてきた。

「あ、うん」

頷いたけれど、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

だって昨日、正確には一昨日の放課後に王子と別れてから何も手に付かない。

勉強もできているのかわからない。


チラッと王子の席を見る。

王子は相変わらずみんなに囲まれて、楽しそうにしている。


私のことなんて、気にしてない。


ぼんやり王子をみていると、王子がふっと顔を動かして私へ顔を向けて、視線があった。

「あ……」

何か言わないと、そう思って口を開こうとしたら、それより先に視線がそらされた。



そのことにショックを受けていると、王子の部活仲間達が王子に声をかけてきた。

「五十嵐、どうする?帰る?」

「図書館行く?」

「試験期間って部活ないけど、結局勉強しないよな」


それを聞いてあっと驚いた。

王子は今、部活が休みだったんだって。

じゃあ、帰るのかなと思って、急にそわそわしてしまう。


昨日は一人で帰ってしまったけれど、今日は一緒に帰ろうって迎えにきてくれるんじゃないかと思って、都合が良いと思われても、つい期待してしまった。


王子がチラリと私をみて、また視線があった。

だけど、何も言わずに友達の方を見ると

「じゃあ、帰るか」

そう言って荷物を手に取った。


「あ、でも、いいの?」

王子の友達がちょっと言いにくそうに口を開いて、その場の視線が私に集まった。

もちろん、王子も。


だけど、王子は誰よりも先に私から視線をそらす。

「いや、いい」

そのままドアへ向かって歩き出した。

「え。いいの?」

友達の声に返事もしないで教室を出て行ってしまった。

「ちょっと、五十嵐」

そんな声とともに追いかける音がした。


でも、それ以上見ていられなかった。



王子とは、お世辞にも付き合っているとは言えないくらいの関係で

彼女らしいことといえば、名前を呼ばれるくらいで


みんなには笑顔で優しくてとってもいい人なのに

私の前では訳わからないことで怒ったり不機嫌になったり、さっきみたいにものすごく冷たい顔をしたり

……こんなの彼女なんて言えない。


「もう、知らない」


私だって、つい最近までは王子となんの関係もない人間だった訳だし、今更王子と話さなくなっても、別になんとも思わない……。


例えば、いつの間にか王子が他の人と付き合ってても、きっと何も……思わない、はず。



ジメジメした気持ちを払うように頭を振ると、ノートを開いた。

「勉強しよう」


だけど何も頭に入らなかった。

頭の中は王子のことばっかりで。


どうでもいいって思うくせに、どうしても、どうしてもこのままにできなかった。



大きく音を立てて、私は椅子から立ち上がった。


机の上の教科書やノートをリュックに放り込むと、急いで教室をでた。

教室を出たところで内山くんとすれ違う。

「え、佐藤さん?」

驚いた顔をした内山くんに、私は大きく頭を下げた。


「ごめんなさい」


内山くんは困った顔で私を見つめていた。

「佐藤さん、勉強は?」

「あ、あの……」

私はもう一度頭を下げる。


「ごめん、勉強はやっぱり、いい」

「え、試験大丈夫なの?」

「あ、ええと……」

私は息をついて、内山くんをみた。


「試験勉強は、自分でなんとかする。せっかく気を遣ってくれたのに、ごめんなさい」

「一人で大丈夫?」

内山くんの目が少し探るように私をみた。


大丈夫じゃない。

試験勉強は今の所ボロボロだ。

だけど、このまま勉強しても、きっとうまくいかない。

頭の中は王子のことばっかりで、どんな数式も英単語も入ってくれない。



いまこの瞬間は、試験より勉強より王子を優先したい。



「なんとかする」


私はキッパリと宣言した。

「だから、今日は帰る。ありがとう」


それだけ言って、私は走り出した。



なんの取り柄もない私だけど、意外にも走るのは早い。

だけど、ずいぶん前に学校を出たはずの王子に追いつくのは、さすがにキツい。

連絡しようにも、私は王子の連絡先すら、知らない。


だから走るしか、ない。



駅まで歩いている人たちの間を縫うようにして走っていく。

息が上がって、苦しくなる。

でもどうしても、捕まえたくて、私は必死になって走った。



駅までもう少し、というところで、私は反対側から歩いてくる人を見て、驚いた。

「王子!」

思わず声が出た。


それはどう見ても王子で。

どうして人の流れに逆らって歩いてくるのか理解できない。

だけど、私を見て思いっきり苦い顔をした。


王子のところで立ち止まると、私は膝に手を当てて呼吸を整える。

「……何してんの?」

「お……おう、じに」

途切れ途切れに話す私を、王子は苦い顔のまま見ている。


少しして呼吸が落ち着いてから、ようやく私は顔を上げた。

「王子は、どうして?」

「忘れ物した」

「あ、そ」

「真依は?いいの?勉強」


その顔は私から逸らされて、少しだけ不機嫌に映った。


「内山に教わりたいんだろ?勉強」


吐き捨てるように言って、王子はため息をついた。

「違う」

「何が違うの」

「勉強はしたい…というか、しないとまずいんだけど、内山くんと勉強したいわけでは」

「へえ、あいつはそう言っていたけどね」

王子はまた苦い顔をした。その目が冷たい。


それに怯みそうになって、だけど私は勇気を振り絞って王子をみた。


「私、王子とがいい」


王子は少しだけ目を丸くして、私へ向き直った。

「何言ってんの?」

「私、王子と勉強したい。内山くんじゃなくて、他の人でもなくて、王子がいい……だめ?」


王子はじっと私を見ていた。私は王子の視線を見つめ直した。

たっぷり1分以上、王子はじっと考えて、それから私を見て笑った。



「真依がどうしても俺と勉強したいっていうなら、教えてあげてもいいよ」



「……え?」



王子は満足そうにニヤリと笑って頷く。

「言っとくけど、俺は厳しいからね。手加減しないから」

「え?」


王子は私の腕をガシッと掴んだ。

「じゃあ、もう試験まで時間もないし、早速今日から始めよう」

そうして私を引きずるようにして歩いていく。

「ちょっと、王子」

「彼女だからって甘くしないからね」

「えええ?」


そのまま駅へ向かう王子を、私は慌てて引き止めた。

「あのさ、王子」

「何?」

「お願いがあって」

私は王子の手を引いた。


「連絡先、教えて」

「は?」

「王子の連絡先、教えて」


そのお願いに王子はふっと顔を綻ばせた。

そしてポケットからスマホを出すと、私と連絡先を交換した。


「よかった」

これで何かあっても連絡が取れる、と安心する私の横で、王子の声がした。

「いつでも連絡していいから」

「いつでもいいの?」

驚いて聞き返すと、王子は片眉を上げて笑った。

「連絡したいならしてもいい。出ない時もある」

「後で連絡してくれないの?」

「時と場合による」


えええ?

やっぱり王子は王子だ。


いつまでも召使いポジションから抜け出せない。


思い切り情けない顔をしてしまうと、王子はおかしそうに笑った。



それは気取ったところも、意地悪なところもない、楽しそうな笑顔で

その笑顔が好きだな、と思った。



王子はあっという間に真面目な顔になって私を見た。

「じゃあ、時間もったいないから、いくよ」

そうしてとても自然に私の手を取って歩き出した。



駅の方に。



だからつい、気になって聞いてしまった。


「え、忘れ物あったんじゃないの?取りに行かなくていいの?」



隣を歩いていた王子が私へ顔を向けた。

そうして肩をすくめて笑った。



「もう回収した」



「え?」

「いいから行くよ」

「え、でも」

「時間がもったいない」


意味がわからなくて、何回か聞き返したけれど、

王子はそれ以上、この質問には答えてくれなかった。



代わりに今度の試験範囲の内容を質問されて、一つも満足に答えられなかった私は、

早速王子からスパルタ教育を受けることになった。


交換した連絡先は、試験勉強用に使われるようになった。

むしろそれ以外の使用法は、今のところない。



選ぶ人、間違えたかも、と思ってしまったのは、王子には絶対に秘密だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ