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出会い

うちの高校には王子様と呼ばれる生徒がいる。


背が高くてスタイルも良くて、顔もそこらの芸能人に負けないくらい、格好いい。だけど、見た目が良いだけじゃなくて、成績も優秀で、テストではいつも学年で1番2番を争っていて、だからと言って勉強ばっかりって訳じゃない。運動神経も良くて、サッカー部のエースでもある。そして性格も良くて、明るくみんなに優しい。そんな人だから、当然のように学校の人気者で、いつも大勢の人に囲まれている。立ってよし、動いてよし、喋っても何しても良いという、本当に神様のイタズラかというほど出来過ぎの人だ。王子というあだ名も、なんというか相応しく感じてしまう。


対する私は見た目も成績も平均値、スポーツにいたっては平均以下で、全てを総合したらギリギリ平均点の平均女子だ。そんな私に王子との接点などもちろんあろうはずがない。入学してすぐに彼の噂は聞いたけれど、私みたいな末端の存在には、その姿を拝むチャンスは訪れず、ようやく彼の顔を見る事ができたのは入学して半年たった文化祭の時だった。

文化祭の時に同級生とバンドを組んで、ギターを弾いている彼を見て(正確には彼を取った写真を見せてもらった。これを見たとカウントしていいのかは疑問だけど)、こんなにカッコいい人がいたんだと驚いた。本当にそこら辺のアイドルよりアイドルだった。それ以来、私の中で彼は「学校にいるとんでもなくカッコいい人」という事になっている。

でも、同時に「住む世界が違うな」と思ったのも事実だ。三年間を同じ高校で過ごしても、この人と話すことなんてないんだろうな、というのが正直な感想だ。

高校2年で同じクラスになった時も、「王子と同じクラス!」という黄色い周りの歓声を聞いても、私は別に「あ、そうなんだ」と思ったくらいだった。アイドルはどこまで行ってもアイドルで、脇役はどこまで行っても脇役だ。童話のお姫様には、地味だったけど実は超絶美人だった!みたいな展開が待っているが、そんなの現実にはないのだから、この距離感は変わるはずがない。

高校3年間同じ校舎どころか、1年間、同じクラスで一年を過ごしても、一言も話さない自信がある。


同じクラスになって遠くから眺める王子は、近くで見てもやっぱり王子だった。想像通り、男女問わずにモテていて、いつも学年の可愛い女子やかっこいい男子を引き連れていた。クラスの廊下側の真ん中が彼の席で、彼は休み時間にいつもたくさんの人に囲まれながらクラス中を見渡していた。まさに人々の中心というやつだ。位置している場所も王子にふさわしい。


一度だけ、王子とお近づきになったことがある。昼休みにたまたま廊下を歩いていたら、担任からプリントを配っておくように言われて、昼休みの間に教室に戻って配る羽目になった。みんながお弁当を食べたり、話している中をプリントを配り歩く。王子周辺はいつも賑やかで、私は恐る恐るその中の一人に声をかけた。

「あの、これ配っておくように言われたから」

そう言って、近くにいた人からプリントを手渡していく。最後に一番奥の王子に向かって手を伸ばすと、王子はそれを受け取って、笑顔でありがとう、と言ってくれた。それはもう、私みたいな同級生①に向けるにはもったいないくらいの爽やかスマイルだった。笑顔は無料ともいうけれど、あの笑顔にはお金が発生してもおかしくないと思う。

そんな笑顔を間近で見せられて、男の人に免疫のない私は、爽やかすぎて刺激が強く一瞬立ち止まってしまった。だが理性を総動員して瞬間で我に帰ることに成功し、返事もせずに逃げるようにそこから離れた。あれ以上いたら、気絶するくらい破壊力のある笑顔だった。わざわざプリントを手渡すだけの私に、無料でそんな笑顔を向けるのは、もったいないからやめたほうがいい。


同時にあんな綺麗な人、何だか近寄りがたい感じもしてしまうし、毎日見るなんて私には刺激が強すぎる。気持ちが持たないし、あんな人が近くにいいたら、周囲の視線が怖い。どちらかというとそっちの方が精神的に削られる気がする。

王子は観賞用で十分だ。


私は、そう心に決めた。あんな笑顔を毎日見ていたら、美意識がおかしくなりそうな気すらする。別に今更心に決めなくても、普通にしていたら同級生その1の役目は自然に終わるんだけど、そういうツッコミはひとまず置いておく。

こうして脇役の私と王子が人生で一番近づいた日が終わったはずだった。


事件が起きたのは、王子と同じクラスになって2ヶ月目だった。

その日はまだ春なのに、今年最初の夏日になった日だった。とても暑くて、私も制服の上着を脱いで袖をまくっていた。昼休みになると私は一人お弁当を持って、学校の屋上に向かった。いつも一緒にお弁当を食べる友達が、部活の用事で行ってしまったから、今日は外でお弁当を食べようと屋上へ向かう。こんな天気のいい日は外の空気がきっと気持ちいいだろう。


そう思ったのだが、実際は早く来すぎた夏の日差しで、早々に暑さにやられてげんなりすることになる。周りを見れば誰もいない。確かにこんなに暑い中、外でお弁当を食べようとする人はいないかもしれない。

「失敗した…」

私はそう独り言を呟きながら、でもここから離れるのは負けるみたいでいやだから、そのまま暑い中、もそもそお弁当を食べた。屋上の中でも入り口のドアの後ろはちょうど日陰になる。お弁当を食べ終わってから私はそこに置いてあるベンチに移動して、水筒からお茶を飲んだ。

「お腹いっぱいで眠くなっちゃうなあ」

そう言いながら空を見ていると、背後のドアが空いた。


あれ、誰か来た?と思っていると、ドアから人が出てくる音がする。咄嗟に私は壁際に体を寄せて息を潜めた。別に何か悪いことをしてるわけではないんだけど、なんだか嫌な予感がした。


「んで、何?こんな時に呼び出して」

そこから聞こえて来たのは男の人の声で

「ごめん、話があって」

答えるのは女の子の声だった。あれ、こんな人がいないところに人を呼び出すって、もしかして…と私はついさっきの嫌な予感を思い返す。


「私、五十嵐くんのこと好きなんだ」

きた!と思った。五十嵐君というのは王子の名前だ。そう思い出しながら、そっと声のした方を伺うと、そこにいたのは王子と隣のクラスの女子だった。確か学年でも一番に可愛い女子だ。休み時間に王子に会いにうちのクラスまで来ていたからよく知っている。うわ、告白の場面なんて初めて立ち会ってしまう!と見てはいけないところを見てしまうことに焦りつつ、そして今日ここにきてしまった自分の不運を呪う。可能なら昼休みの前に戻りたい、どうして屋上になんてきてしまったんだ、自分…。私は息を潜めて可能な限り気配を消した。ばれたら気まずいし、面倒なことになる。告白している女の子は、可愛い子で有名だったけれど、目立つ子でもあったから、平凡をモットーに生きている私とは縁がない。こんなところを見たことがわかってしまったら、何だか陰で色々言われてしまいそうだ。それは困る。そう思っている私をよそに、彼らは私の近くで話しだし、会話の内容は筒抜けだった。

「へえ、それで?」

少し緊張している様子の彼女と反対に、王子はとても静かだった。

「あの…だから、私と付き合ってもらえないかな、と思って」


うわわ、と聞いている私がなんだか恥ずかしくなってしまう。もともと可愛い子が顔を赤らめながら告白する姿はやっぱり可愛らしいものだった。あんな子に告白されるなんて、さすが王子だ。

「あ、そう」

ところが聞こえて来たのは、意外にも素っ気ない声だった。王子といえばいつも朗らかで、笑顔を絶やさないイメージだった。そういうところもまとめて王子たる由縁なんだけれど、思ったより冷たいな、というのが印象だった。

「そうって…」

隣で聞いていても、彼女は気づいていないようだった。

近くで見ても、わからないもんかな、と思ってしまう。王子は表情がないし、視線も俯き加減だ。受け答えはするけれど、王子の返事からは会話を続けようとか、そう言った気持ちが感じられなかった。王子ってこんな感じなんだ、意外と冷たいんだ、と盗み聞きしながらも私は思いっきり観察してしまっていた。

「ごめん、おれ、今そういうの考えられなくて…こういうのは断ってる」

そう言って、王子がため息を着いたのが聞こえた。

「勉強が忙しいってこと?」

「それもあるけど、今はみんなとワイワイしているのが楽しいし、君とも友達でいたい。気持ちは嬉しいけど、ごめん」

告白の断りとしては満点の返事だと思わず感心してしまう。告白をされたこともないけど、王子の断り方は完璧で、普通なら、これでそうか、じゃあ友達でいようね、で終わるんじゃないかと思った。

でも私みたいな脇役キャラと、主人公になれるくらい可愛い女子は考え方が違うらしい。彼女はもう一度王子を見上げる。上目遣いでじっと見つめる様は、ザ・可愛い女子という感じで、私が男ならキュンとしてしまいそうだ。

「でも、付き合うんじゃなくても、1番の友達じゃダメ?」

彼女、がんばるなあ、と思ってしまう。私ならすぐに引き下がりそうだけど、彼女は簡単に諦めなかった。

「例えば、お互い1番の友達として、遊びに行ったり、一緒に勉強したり」「勉強は一人でしたほうがいいよ」

「他に誰か好きな人がいるの?」「いや、いない」「じゃあ、1番の女友達にして欲しい」「いや…それは」


隠れて聴きながら私は少しげんなりしてしまった。

自分が告白したこともされたこともないからわからないけれど、みんなこんなにがんばるものなんだろうか。

ダメって言われたら、引き下がればいいのに、と思ってしまう。これは私と彼女の女子力の差か、それとも王子への愛情の差か。


「2番目でもいい」「いや、別に1番がいるわけでもないから」

私が一人考え込んでいる間にも、それは延々と続いていた。そこまで彼が好きなのか、意地になっているのかどっちなんだろうと考えてしまう。そうこうしているうちに、今度は昼休みの終わる時間が気になって来た。時間前には教室に戻りたい、トイレも行きたい、時計を見れば時間がない。そっと気配を伺うとまだそれは続いていた。彼らがドアの前で話しているから、そっとここを出ることもできない。これこそ八方塞がりだ。


食い下がる彼女に優しく返事する王子。しばらく聞いていても、内容が全く進まない。無限ループに入っている。彼女、もう諦めようよ、君なら他にいい人がいる。そして、王子、いいかげんキッパリ断ろうよ、と思ってお互いに対してイラッとしてしまう。遅刻を心配して、私はソワソワする。


「五十嵐くん、お願い」「ごめん…」

ああ、まだやっている。もう限界だ。私は聞こえない程度にため息をつくと、手にしていたお弁当用トートバックに入れいていた小さな水筒を手にした。少し迷ったけれど、次の瞬間には心を決めて、それを目の高さに持ち上げると、そっと水筒から手を離した。

水筒は重力に従って下へとまっすぐに落ちていき


からーん


床に当たって、大きな金属音を立てた。


水筒はそのままコロコロと転がるような音を立てて、止まった。そしてその音につられて、二人の会話は終わった。


もしかしたら人に聞かれているかもしれない、と思うと人は急に正気に返る。そう思って、私はそれとなく物音を立てることにした。誰かいるかも、と思わせたかったのだ。その狙いはバッチリ当たり、彼らはその音で、誰かいると悟ったらしい、彼女は早口で謝り出した。確かに告白して、うまくいったならともかく、断られるところを誰かに見られているというのは恥ずかしい。すぐに立ち去りたいと思うし、誰でもそうするだろう。

「ごめんなさい」「ごめん、気持ちは嬉しかったよ」

謝る彼女の声に、答える王子の声。

「じゃあ、来てくれてありがとう」「ううん」「私、先にいくね」「おう」

聞いているだけなら爽やかな高校生の会話の後に、ドアの開く音がした。一人動いたような音の後に、もう一人が動いた気配がした。


二人がでて行ったような気配を感じて、私は終わった、とほっと息を吐く。恐る恐る体を動かして、屋上には自分しかいないのを確認する。もう一度ため息をついた。

何だかとても疲れてしまったけれど、疲れている場合ではない。私には時間がないのだ。

トイレに行って、教室に戻って、授業の準備がある。真面目な高校生というのは忙しいのだ。

私はトートバックを手に持つと、ベンチから立ち上がった。水筒を回収してさっさとこの場を離れよう。あの水筒は一時人気になったミニサイズのもので、学校の鞄にもちょうど入るから便利で気に入っている。あれがないのは困る。


そう思って屋上の床を見渡していると、キイ、と校舎に続くドアが開く音がした。あれ?と思って視線を上げようとしたら、目の前に足が現れた。スニーカーを履いた大きな足。革製のスニーカーで高そうだけど、それなりに吐き潰されている。あれ?この大きさって男子かな?と思って顔を上げると、目の前にはまさかというか、やっぱりというか、


王子がいた。


「ひ」


私の口から悲鳴が漏れた。


なぜかというと、目の前にいたのは、ものすごく不機嫌な顔をしている王子だったのだ。



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