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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花を咲かせる

作者: 月之川

 とうとう放課後に、三咲のあとをつけていってしまった。何をしているのかとか、どこに住んでいるのかとか、気になってしかたがない。

 そんなことは話しかけて訊けばいいのかもしれないが、彼女はクラスの中でもほとんど誰ともしゃべらない。まるで空気のような、いるのかいないのかも分からないような子だった。多分、私だけが気にかけている。一年前のクラスでは、私がそんな存在だったから。でも、なかなか話しかけられない。触れたら、彼女自身の世界が壊れてしまうような気がして、手が出ない。

 三咲は一人で歩いていく。私は離れてあとについていく。どこへ帰って行くのだろう。しばらく歩いて、彼女は住宅街の中にある、小さな公園に入っていった。そこは、遊具は特にないが、植え込みと遊歩道がある。公園というより庭園だった。三咲はその中の緑に囲まれた木のベンチに座った。そして、学生カバンから本を出して読み始めた。

 こんなところで読書? 私には理解できない。気候が穏やかならともかく、今は冬も近く肌寒い。風邪をひいてしまわないだろうか。それにしても、不思議な庭園だった。この寒い季節でも多くの花が咲いている。私は植え込みから三咲を見ていたが、誰かに見られると怪しまれそうなので、時々その場を離れて歩き回り、戻ってきた、三咲はまだ本を読んでいる。お年寄りが公園に来て、この花はこの季節に咲かないはずなのに、不思議ねえとか言って去っていった。

 そのまま夕方近くになり、薄暗くなってきた、三咲はふと立ち上がり、周囲をうかがった。私は慌てて顔を引っ込める。そして再び私が顔を出した時、見えたのはある植え込みに向かって手をかざす彼女だった。何をしているのだろう。しばらく見ていると、植え込みにいきなりいくつもの、黄色い花が咲いた。

「えっ!」

 私は思わず声を上げてしまった。三咲がすぐにこっちを見て、私を見つけた。私はしばらく、固まったまま動けなかったが、逃げるわけにもいかないので、私は近づいていった。

 三咲は黙って私を見ている。私はつっかえながらも、どうにか言葉を出す。

「あの……その、見かけたもので、何をしているのかと。でも、いきなり花が咲いたんで驚いてしまって……」

 彼女は何度も瞬きをして、黙って私を見ている。

「その力、なんなの? すごいね」

 そう言うと、彼女はやや下を向いて微笑した。

「この庭園でしか使えないんだ。理由は分からないけど」

 そう言って、また別の、植え込みに手をかざす。するとつぼみができて、それはすぐに開いていった。

「不思議……どうやってその力身につけたの?」

「知りたい?」

「知りたいよ」

 彼女は低く笑った。

「食べるんだ。咲かせたい花の、葉っぱを砕いて」

「ええっ? そんなことで?」

「そう、でも使えるのはこの庭園だけ。やってみる?」

「そうね……」

「やってみてよ。私のこと、信じているでしょ?」

 いきなりそんなことを言われ、私は驚く。彼女はまた低く笑った。

「知ってるんだ。あなたは時々、私のこと見ている」

 私は恥ずかしくなる。

「それは……一年前の私に似ているから。私、誰ともほとんど口きかなくて……」

「そうなんだ……で、どれを食べてみる?」

 その話に戻って、私は戸惑う。目の前の、彼女が今咲かせた黄色い花を指した。

「これかな」

「じゃあ葉っぱをとって。なるべく細かくして、家で食べた方がいいよ」

 その日はそれで別れた。家で、家族が寝てから、キッチンで葉っぱを包丁で刻み、食べてみた。青臭くて、苦くて、気持ちが悪くなる。でも、可愛らしく笑っていた三咲のことを思い出し、我慢して飲み込んだ。

 次の日、おなかを壊して、学校も休んでしまった。親にはまさか、公園の植え込みの葉っぱを食べたとも言えない。

 その次の日、おなかも治って、学校に行った。三咲も来ていたが、私を避けているようだった。ただ、学校では誰のことも避けているので、いつもと変わりない気もする。でも、あなたの言うことをきいておなかまで壊した私のことを、気にかけてくれてもいいのに。

 放課後、彼女は私を待たず帰ってしまった。きっとあの公園にいると思い、まっすぐに来てみたが、彼女はいなかった。私はため息をつく。いないのも気にかかったが、それより花を咲かせる力がついたか試してみたい。人がいないのを見計らい。私は黄色い花の咲くはずの植え込みに手をかざして念じた。でも、何も起こらなかった。

「どういうこと?」

 思わずそう言うと、あの低い笑い声が聞こえた。見ると、植え込みの陰に三咲がいた。彼女はすぐにそこから出てきた。私は少し腹を立てる。

「ねえ、何も起こらないよ!」

「ごめんごめん、実はね、葉っぱだけじゃだめなんだ。枝もね、少し食べるの」

「ええっ! 本当に?」

 それから私は言われた通りにしたが、葉っぱと同じ目に見舞われた。

 また二日後、公園で手をかざしてみたが、やっぱり何も起こらなかった。明らかに嘘をつかれている。

 私は今度こそ腹を立てて、そのまま帰ってしまった。次の日から学校に行っても、もちろん口なんかきかない。でも三咲はもともと口をきかない子だから、何事もなかったかのように数日過ぎた。

 本当は寂しかった。仲良くしたかった。三咲が学校で笑ったのを見たことがない。あの公園で見たのが唯一だ。可愛かった。目も口元も。それだけによけいに腹も立つ。自分が情けなくもあった。あんな子だと分かっていたら、自分も冗談半分に応じて、うまくやっていたかもしれないのに。今から話しかけるのも、何のきっかけもない。

 ある日、三咲が学校を休んだ。先生が言うには、本人から体調が悪いという連絡があったという。何か気にかかる。私はその日、落ちつかずに過ごし、放課後、あの公園に行ってみた。そして驚くものを目にした。

 公園は鉄のフェンスで覆われ、中に入れないようになっていた。建築計画のパネルがあり、自治体の建物ができるという。三咲が唯一、力を発揮できるこの公園がなくなってしまう。彼女はどうしたろう。もしやと思って、フェンスの隙間から中を覗く。また私は驚いた。目につく限り、無数の花が咲き誇っていた。赤や黄色、白の花、大きな花、小さな花、全部彼女が咲かせたに違いない。中に入りたい。彼女はどうやって入ったんだろう。隣接している住宅のブロック塀なら上れないことはない。私は周囲を見渡す。近くに人はいない。私は学生カバンをフェンスの中に投げ込んだ。そしてブロック塀をよじ登り、塀をたどって中に進んで、公園の中に飛び降りた。カバンを取って彼女を探す。

「三咲さん、いるの?」

 大きな公園ではないが、植え込みが多い。前に彼女が本を読んでいたベンチに向かうと、そこに彼女が横になっていた。顔色が青白く、死んでいるのかと思い、私は慌てて近づく。

「三咲さん!」

 三咲は死んでもいないし、眠ってもいなかった、うっすらと目を開けて、私を見ていた。

「……何しにし来たの?」

「心配だから来たんだよ。ここ、なくなっちゃうんだね」

 そう言うと、彼女の目から涙がいくつもこぼれた。

「そう、だから、私……」

 そう言って起き上がろうとしたが、ふらついて倒れそうになる。私は思わず彼女を抱き止めた。そのまま彼女を抱きしめる。すると、彼女は泣き出した。

「このたくさんの花、咲かせたんだね。きれいだよ。辛いよね……」

 泣きじゃくる彼女を抱いて、髪を撫でて慰めつつも、私はあらぬことを考えていた。ずっと、こうしたかったんだ。私は三咲を抱きしめたかった。今、こんなことを考えているなんて私は意地悪だ。でも、あなたも私に意地悪をしたんだから、これでおあいこだ。私の目からこぼれた涙が、彼女の髪を少し濡らした。

 落ちついた彼女は、家に帰ると言った。

「また、学校でね」

 私がそう言うと、彼女はやや笑ってうなずいた。そして、小さな声で言った。

「ありがとう」

 でも、彼女はもう学校へは来なかった。


 連絡先も分からないし、彼女の友達というのもいない。誰も心配もしていなくて、何事もなく、消えてしまったような感じだった。私の心には穴があいてしまったが、それも二週間もするとふさがって、同じような繰り返しの毎日が残った。

 冬が過ぎ、春の気配の頃、私は何気なく、あの公園のあったところを通った。コンクリートの建物がもう建っていて、そこは自治体の集会所や児童館にもなっていた。その時、中から驚くような子供達の歓声が聞こえた。何をやっているんだろう。私は中に入っていった。そして私は、子供達に囲まれた三咲を見つけた。

「いい? 今度はこの花を咲かせるよ」

 つぼみのある鉢植えに、覆いをする。そして彼女は手をかざす。覆いを取ると花が咲いている。子供達が喜ぶ。大人達が、凄い手品だなと感心している。手品ではないのに。

 彼女は私に気づいた。そして私に微笑みかけた。この手品の時間が終わって、私は彼女に近づき、彼女も私の方に向かってきた。私達は向き合った。彼女が口を開いた。

「ひさしぶりだね」

「学校、もう来ないの?」

「もうすぐ行く。元気になったから」

「待ってるよ……本当に、待ってるから」

 彼女は微笑んでうなずいた。


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