- プロローグ 「 症例1:蘭理兎(あららぎりと) 」 -
白衣を着た髭面の男性が、目の前の少年を無感情に見つめていた。
無感情、というよりは、本当の感情を隠していると言った方が正しい。
それは、困惑。
精神科医として働き始めて3年目。
こんな相談をされたのは初めてであった。
「それで、君が見たその巨人は、どんな姿だったの?」
少年は視線もしっかりしているし、巨人を見たというその証言以外に異常はない。
両親の話も聞く限り、虚言癖などでもない。
だからこそ、分からない。
この少年の証言が真実味を帯びてしまう。
「どんな姿と言われても…本当に普通の人でした。
身長が高いってわけじゃなくて、縮尺がおかしいって言うか、本当に巨人としか言いようがなくて」
この少年は自分の言っていること(巨人を見たという事実)が、一般的におかしいという自覚がある。
だからこそ少年はここにきて、こうやって私に助けを求めているのだ。
「巨人か……巨人ねぇ……。ちなみに男?女?」
「女の子です。黒髪で、ショートカットの」
「可愛かった?」
「は、はい」
少年は少し赤面した。
思春期の男の子が女性のことを説明するときに、髪型などの顔を避けた間接的な見た目から説明する場合は、相手を異性として意識している場合が多い。
「そっか、黒髪ショートの美少女、と。年齢は?」
「多分、年下、15〜16歳くらいです。でも……」
「でも?」
少年は一呼吸置いて、呟いた。
「なんか、怖かったです。巨人だから、ってわけじゃなくて、なんか雰囲気が……」
「15〜16歳の黒髪ショートの美少女の巨人で、怖かった、ね。うん、なるほど」
精神科医して働き始めて3年目。
受難はまだ続く。