表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/84

魔導チェス3

遅くなりました。

 これでハイネケンの駒は残り2体。やられたらゲームセットに繋がるキングと何があっても守り通すであろうクイーンだ。こっちとしても盤外でのリスクを考えるとクイーンに攻撃できないので実質キング同士の一騎打ちである。


 今カレルは部屋にいない。だったらクイーンを撃破してハイネケンに精神攻撃し、そしてさっさとゲーム盤と駒を片付ければ最高の結果が得られるが、カレルがいつ帰ってくるか分からない以上やめておいた方がいいだろう。


 どんな種類のお茶を淹れてくるか分からない以上、カレルがいつ帰ってくるか計算できない。そしてカレルを怒らせる可能性とハイネケンへの精神攻撃を天秤にかけた結果、自分の身の安全が第一だ。こんな事なら淹れるのに時間が掛かるお茶を頼むべきだったな。


 ネジが飛んでいるどころか頭がネジでしか構成されていない様なハイネケンの精神をかき乱すことで真っ当にすると昔から決めているのだがやはりわが身優先である。機会はいくらでも巡ってくる、また今度にしよう。


 チェスで最後にお互いのキングだけが残ってそれ同士が殴り合うなんてとんだ珍事であるが、これはハンデによるものである。そしてハンデをくれてやったにはこちらが格上であることを示した以上、負けるなんて無様はごめん被る。まあそもそも負ける可能性も無いのだが。


 スペック的に考えても真正面からぶつかり合って負ける可能性はゼロだ。いくらキングとはいえナイトリーダーですら掠り傷しか付けられなかった相手を撃破するのは困難だ。逆にこちらのキングは一撃与えるだけでも致命傷を与えられる可能性が大きい。


 だがハイネケンはやすやすと諦めないだろう。それは奴の目を見ても分かる事だ、出来うる限り逃げ回ってカレルに自分は粘った、簡単に負けなかったと示したいはずだ。


 こっちとしては勝ち負けがほぼ決めっている以上消化試合である。これ以上の引き延ばしに付き合うつもりはない。ハイネケンの駒の機動力は侮れないが、こっちがクイーンを攻撃できないことを奴は知らない。ハイネケンは先にクイーンを退避させてからキングを動かすだろう。付け入る隙はそこだ。


 キングを動かし相手のキングとクイーンに迫る。立ち位置的には当然どちらかが逃げれば、残った方に襲い掛かれる位置だ。こうなればこちらの思惑通りハイネケンはクイーンを逃すはずだ──




「カレルさんを前に」


「なんだと?」


 なんとハイネケンはクイーンの駒をキングに近づけたのである。絶対守り通すと言い放った男の行動ではない。まさかついに愛が拗れて想い人を傷つけたい等と思うようになったのかと眼前の敵に視線を向けるが狂った様な感じはしない。


 ……顔に出ていないだけだろうか。内心でどんな名前を付けようが正式名称でゲームするべきなのに「クイーン」を「カレルさん」と言い放つ相手だ、頭がおかしくなったと考えても──いや、最初からか。


「待て、正気かハイネケン」


 宣言通りに駒を動かそうと盤面に手を伸ばす対戦相手を止める。


 この僕の思惑通りにいかなかったのはとりあえず置いておくにしても、その動きは非常にまずい。カレル(クイーン)が特攻してくるのは問題ないが、このゲームの駒は自動で反撃する。


 そうなったら防御力が高そうに見えないカレル(クイーン)がどうなるかなんて考えるまでも無い。間違いなく一撃で粉砕されるだろう。


 ハイネケンもそんな姿を見たくないだろうに、なぜこんなとち狂った行動をしたのか想像もつかない。まだキングで特攻をかけられた方が納得いく。


「僕の聞き間違いかな、ハイネケン。今クイーンを前にと聞こえたのだが」


「聞き間違いですねメリル様。私はカレルさんを前にと言いました」


 突っ込まないでおこう。何言ったって無駄だろうしな。


「まさかそのクイーンを犠牲にしてキングを逃すつもりかい?」


「心外ですね。キングを後退させる時間を稼ぐのは正解ですが、カレルさんを犠牲にさせるつもりはこれっぽっちも、微塵も、ほんのわずかと言えどありませんよ」


「だからこそ不可解だな。こっちのキングに近づくだなんてそのクイーンが犬死しに来たようなものだ」


「私のカレルさんを舐めないでいただきたいですね。学生時代から知り合い達にはよくカレルさんを狙われますが、それは私のカレルさんが弱点だと勘違いした愚行。私のカレルさんはただ守られるだけの女性ではありませんよ」


 ハイネケンの笑みを見て僕に怖気が走った。具体的には「私のカレルさん」を連呼したところに。本人は自分の駒を指しているのは分かるがストーカーが言うと違う意味にも聞こえる。


「それでは宣言通り駒を──」


 対戦相手の思考を訝しんでいると扉が開けられた音が聞こえた。


「お茶をお持ちしましたよ。おや、まだ終わっていませんでしたか」


 入ってきたカレルに視線を一瞬向けるが、コツっと駒が置かれた音で意識が盤上に戻る。


「カレルさんはどんな相手の攻撃でも3回まで回避します!これで時間を稼いで……ああっカレルさんに助けられるって考えると……」


 考えるとなんだよ。


 後の言葉は口に出さずに脳内で処理したらしいハイネケンがクイーンをこちらのキングの横に移動する。真正面に立つよりは逃げやすいとの考えだろうか。


 配置を終え、クイーンがキングに攻撃を仕掛けるが当然の様に傷一つつかない。ハイネケンもそれは予想していたのか驚く様子はなかった。あくまでキングが距離をとるための時間稼ぎか。


 クイーンの攻撃が終わり、黒いキングが反撃する。持っていた大剣を振り上げるが、クイーンはそれに反応し剣の範囲から逃れようと後退の構えをとっている。ハイネケンは余裕綽々の態度でそれを見届けており、こちらとしてもハイネケンの言う通りになるのが望ましいのだが──

 

 俊敏な動きでクイーンがキングの袈裟斬りを回避する。まるでメイドをモチーフにしたとは思えない様な動きだ。その様子を見て内心安堵する。ちょうどカレル(人)が部屋に帰ってきたタイミングでカレル(クイーン)が破壊される、なんて悪夢は回避されts。


──はずだったのに。


「「えっ!?」」


 相手のクイーンが避けるや否や今度は横薙ぎの構えをとるキング。まさか自分の駒に上げて落とすような真似をされるとは思わなかった。冗談ではないと心の中で悲鳴を上げる。クイーンが再び回避の構えを取り、それに一塁の望みをかける。まさか相手の駒を応援する日が来るとは。


 頼む、避けてくれ。今は本当にまずいんだ──

 



 だがそんな祈りは届かず今度は逃すかとは闇の魔力を纏わせた大剣で黒のキングは空間ごと薙ぎ払う。それはまるで避けられるのなら当たる攻撃をすればいいと言わんばかりの暴王の姿だった。

 

 闇は晴れると同時になんとか範囲から逃れていたクイーンの王冠が盤上に落ちる。女王の遺品はクイーンが先ほどまで盤上にいた証であり、そして無残に破壊された証だ。






 空間に静寂が訪れる。


 もしかしたら自分の思考が停止し、耳が音を拾う事が出来なくなっているだけかもしれない。何か考えなくてはいけないはずなのに、思考がまとまらない上に自分が何をしていたのか、何をしなければならないのか逡巡しなくてはいけない程に自分の頭は思考を放棄した。


 数秒経ってようやく立ち直る。そうだ魔導チェスの途中だった。カレル(クイーン)を傷つけない様、間違っても撃破しない様細心の注意を払いながらゲームをしていたはずだ。


 なのに……あれだけのスペック差を見せつけ、ハンデまでもらったというのに油断したハイネケンの無謀な行動によってとんでもない結果となる。目の前の対戦相手は茫然自失の状態で口を開けたまま固まっている。


 口から呻き声のようなものが漏れているが、貴族としてのプライドが無かったら自分も同じような醜態を晒していたかもしれない。──それほどまでに状況は酷かった。


 間違いなくここ最近で一番恐怖を感じた。まだエリーニュスの前で踊っていた方がマシだ。


 現実逃避している自分に喝を入れ、動かない首を無理やり動かす。貴族なら、男なら、人ならば進まなければ、止まってはならない時がある。それが今だ。






 奮闘のおかげでかろうじて視界の中にカレルの姿を収めることに成功する。ポケットから取り出したらしい粉を紅茶に振りかけているカレルの姿を。


 ……あれは何を入れているのでしょうか?





 砂糖、だと信じたい。見ている感じもしあれが砂糖ならば自分の好みの量である。


 そもそもハイネケンが勝手に自分をモチーフした駒を破壊された程度でカレルが怒るとは思えない。カレルはスルーの達人だ、今更このぐらいで心が動じるとは思えなかった。


 だが「もし違ったら?」を考えるととても手を伸ばせない。




「お茶を淹れましたよ。さあ、どうぞ」


 一回目は持ってきたことを告げるだけだったが二回目は「飲め」という圧力を感じる気がする。


 飲む訳にはいかない、どう考えても。


 周囲を見回すと目に入るのは口を開けたままのハイネケン、無傷同然のキングのみが残ったボート、そしてお茶を運んできたカレル。




 瞬時に自分が生き残る道筋を組み立てる。何をしようにもまず、カレルの目を排除しなくてはいけない。




「今日はとびっきり甘いのが飲みたいんだ。砂糖の追加はあるか?」


「こちらにございますよ」


 準備がいいな。ポケットから砂糖を入れたらしき小袋を取り出したくらいだし、想定内だ。


「レモンはあるかい?」


「こちらのお茶はレモンとは合いませんが……」


ここだ!


「どうしても柑橘類を絞ってある奴が飲みたいんだ、持ってきてくれないか?」


「既に準備しております」


 それだけ言うとカレルは果実を絞ってその果汁をティーポットに入れる。合わないのに準備してあるとは……


「ああ、そうだ。ジャムを入れるとかいう風習もあったよね。流石に無いだろうし厨房から──」


「ありますよ」


……あるのか。


しかも入れてくれとまでは頼んでいないのにティーポットに投入するカレル。


「……ハチミツは」


「ございます」


「……塩」


「こちらに」


「……ミルク」


「あります」


「……生姜」


「はい」


「……クリーム」


「載せときますね」







 ……どうしようもう思い付かない。というか混ぜすぎてもうお茶ですらない液体が完成してしまった。個々で見ると入れてもおかしくないラインナップだが、流石に全部混ぜてくるとは想像だにしなかった。


 カレルを何とか追い出そうとしているが妙に準備が良すぎるせいで墓穴を掘る結果となってしまう。あんなもの当然口にしたくない。なんで全部混ぜてしまったのかカレル、僕はあるか聞いただけなのに。


 流石に何度か止めようと口を開いたのだが、不自然な物音や摩擦音でかき消された。ここまでくると偶然だとは思えず、自分がカレルの掌の上で弄ばれているような錯覚さえ起きる。


 何か、カレルの想定外のものがあれば……。


 再び周りを見渡すが未だに立ち直らない口を開けているビール野郎しか目に入らなかった。


 起きてさえいれば使ってやったものの。ビール野郎でカレルの気を逸す、ティーポット自体をどうにかする等の手段を講じることが出来るのだが。


 ……いや、起きてもこいつの操作はカレルの方がうまいからどっちにしろ使えないか。




 ビール野郎を心の中で蹴飛ばすがなにか引っかかる感じがする。なぜか「記憶」の中からある言葉を思い出した。

 

──「使えない奴」と評されてしまうのはこう考えられる。能力不足か環境のせいで本当に使えないのか、もしくは使う側が悪いかだ。


 言葉を思い出し、自分はハイネケンを扱いきれていなかったと反省する。打開策はこんなにも近くにいたというのに。



「ああ、大事な事を忘れるところだったよ。そう、ビールだ。ハイネケンがビール入れたいと言っていたからね、持ってきているか?」


 聞きながら確実に持ってきていないだろうと考える。紅茶にアルコール類を入れる文化は確かに存在する。だが主は未成年であり、そのオマケは一応業務中だ。


 少しの不安を感じながらもカレルに意識を向ける。


「ビールは流石に持ってきていませんね。まさか自ら飲みたいと言い出すとは思いませんでした。あとで注意しなくては」


 もしハイネケンが起きていたら弁解なり否定なりするだろうが都合のいいことに気絶したままだ。


 勝ったな、これは。


「飲ませてやるって言っていてね。無いなら持ってきてくれ」


 あとは簡単だ。カレルが部屋から出たらティーポットの中身をハイネケンの口に突っ込むだけ、それだけで僕は助かるのだ。


 ハイネケンは頑丈だ、死にはしないし明日にはケロっとしていそうである。何ならカレルが淹れた飲み物を飲むことで元気百倍になってもおかしくない。


 勝利の余韻に浸り、窮地を脱した自分を褒め称える。


 ああ、良くやったと──



「ご安心ください、メリル様。いつもの事を考えて既に部屋にビールを準備しています。」


「えっ」


「さあ、早く飲まないとお茶が冷めてしまいますよ。どうぞ」


「……」




──なぜだろう、その後の事がいつになっても思い出せない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ