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魔導チェス1


「チェスをやるぞハイネケン」


「お、いいですね。何気にメリル様と対戦したことありませんでしたね」


「お前は色々と忙しいもんな」


 うん、色々。この地位と立場、そしてなにより相手の無関心が無かったら、とっくに連行されていてもおかしくない様なことだ。

 

 こいつにとって執着する対象がカレルだったことは幸運なのだろう。


「メリル様はチェスで皇子様方を泣かせたとか聞いたことありますけど私は同じ様にはいきませんよ。これでも隊の中で最強の称号を手に入れていますからね。今度はメリル様が泣いても知りませんよ?」


「随分な煽りじゃないか。そこまで自信あるなら負けた時の罰ゲームは「ビール」でも構わないんだな?」


「そんな気はしていましたよ!ですが勝てば何ら問題ありません。罰ゲームがある以上手加減なんかしませんからね!」


「勝てるとでも言いたげだな。僕の戦歴を知らないのかい?」


「同年代相手には連戦連勝というのは知っていますよ。でも私だって学生時代では賭けで大儲けしていますからね!」


「ほう」


 感心したように返事をしてやるとハイネケンはうれしそうに胸を張る。


 僕が感心したのは彼が大儲けしていた部分では無いのだが。こいつが卒業した学院では普通に学生による賭け事は禁じられている。それなのに堂々とよくもまあ賭けをしていたと公言できるものだ。


 本当になんでこいつが護衛隊に入っているのか。誰か僕の情操教育に悪いとは思わなかったのだろうか。




 近くで話を聞いていたカレルがすぐにゲームの準備を整えてくれた。流石の仕事ぶりだ。


 「記憶」の世界のチェスとこの世界のチェスは大いに違う。


 「記憶」の世界のチェスは「平等」だ。お互いに同じ性能の駒を使い、同じ駒であれば当然同じ動きをする。駒の動ける範囲に敵がいればそれを取ることが出来、取った駒は敵のいた位置に移動する。


 だが魔法があり、人がそれを扱えるこの世界のチャスはもっと複雑で「不平等」だ。魔力を自分の駒に染めて自分だけの駒を造り上げる。これがまずこの世界のチェスの第一歩だ。


 16個という駒の数と一ターンに一度しか駒を動かせないのは同じである。しかし駒のクラスなど6種類に限らず数えるのが億劫になる程存在しているし、扱う人によって駒の性能・種類が大きく異なるのが特徴だ。


 キング以外がすべてアーチャーの駒になってしまう人もいれば、ナイトの動ける範囲が特別広いという人もいる。陣地を固めて王を守護する駒を多く作る人もいれば、特攻して短期決戦を狙う人もいる。


 人によって異なる多種多様な駒が盤面に並ぶことがこのゲームの醍醐味だ。自分と同じ駒を使っている「記憶」の世界のチェスは相手の駒がどう動くかは推測できる。しかしこの世界では当然初対面の相手の駒の性能は分からないので駒の形から想像するしかない。


 「耐久性」という概念があるのも大きな違いだ。こちらの世界では攻撃されたからと言って駒は一撃で破壊されるとは限らない。耐久性に優れた駒を倒すにはそれを上回る攻撃力を持つ駒を使う必要があるのだ。もしくは倒しきるまで攻撃を続けるという手段もある。

 

 カレルから渡された駒に一つずつ魔力を込めると駒が変形していく。駒はどうやらいつも通りのラインナップのようだ。


 人によって駒が異なるが、それも毎回同じとはいえない。魔力が欠乏気味の時は普段より駒の性能が低くなるし、調子が悪い時は駒のクラスまで変わってしまう時がある。クラスが変わると使える戦術も変わってしまうため出来れば変わってほしくない。今日は調子がいいようだ。

 

 ハイネケンの方も駒の準備を終えたようだ。並べられた駒を見るに最奥で他の駒に守られているのがキングだろう。その隣には……なんか不思議と見覚えがあるようなクイーンが並んでいた。


 駒に顔は無い。作りは特別複雑ではなくいっそ簡素な方だと言える。でもその駒はなぜかカレルを想像させる雰囲気を醸し出していた。


 まさか、まさかだよな。


「このクイーンが気になりますか?宣言しましょうメリル様、たとえキングの身を挺してもこのクイーンは守り切って見せますよ!私の軍にとってこのクイーンはそれだけ重要なのです!」


「……誰かをモチーフにしているのか、その駒」


「よく分かりましたね!」


 ストーカーここに極まれり、だ。ここまで至った変態は魔力を込めれば駒が想い人に変わるのか。このゲームには意識すれば駒の形を思い通りにできる機能など搭載していなかったはずなのに。


 そういえばこいつ確か学生時代からカレルに執着していたよな。それって……


「学生時代からの黄金の布陣ですよ、これで勝利を重ねてきましたから。バデルダ様にも苦戦させた……はずの布陣です!」


 聞かれても無いのに自慢を始めるハイネケン。つまり昔からそのクイーンを晒していたという事だ。


 学生時代からこの駒たちを使っていた、そしてそれはカレルにも伝わっている。カレルはどんな気持ちで見ていたのだろうか?


 カレルってハイネケンに無反応なのではなく、やられ過ぎて何も感じなくなっただけなのでは。カレルが仮面な原因ってもしかしたらこいつ?


 ……そもそも僕はそのクイーンを攻撃できるのだろうか?カレルが見ている前でほぼ間違いなくカレルがモチーフとなっている駒を。


 幼い時に怒らせたときは一晩中ベットの隣に立っていたことがある。張り付けた笑みで微動だにせずこちらを見下ろしている。頑張って無視しようと反対側を向いて寝たが背中らの視線に耐えられず時折振り返って見てもやっぱり少しでも動いた様子がない。そのせいで一時期は本当に魔導人形だと思っていた。


 あの頃は本気でその所業が怖かったし、今でもたぶん怖い。暗い所でカレルを見るのがトラウマになったほどだ。当然その日は寝不足である。


 まずいな、勝負始まる前から頭を悩ませる事案が多すぎる。


「メリル様、早く並べないと勝負が始まりませんよ?」


「……ああ」


 とりあえずあのクイーンはスルーする事にしよう。本人が見ているのにあれには攻撃できない。





「メリル様の駒ってなんか大きい……というより分厚いですね。防御を固めて持久戦をするタイプですか?」


「さあ、どうだろうね。始まってからのお楽しみだよ」


「ちなみにメリル様が負けたら何か罰ゲームがあるのですか?」


「無いよ。代わりにお前が勝ったら一日休みをやろう。カレルと同じ日に、だ」


「メリル様、メリル様と呼んでも?」


 何も変わってないじゃないか。


 ハイネケンが喜ぶ「褒賞」を出してやるとすぐに釣られて大喜びしている。


 だが気付いてほしい。こういう時僕はいつだってビールいじりをしてきた。なのに今回はそれが無いのだ。どう進もうが「ビール」に誘導してきた僕が、である。


 それはどうあってもハイネケンが負け、僕が勝つという傲慢であり確信だ。




「先攻はどうしますか?」


「負けたら罰ゲーム、勝ったら褒賞を手にするお前が「挑戦者」の立場だ。先攻は譲ってやろう。全力で挑むと良い」


「メリル様、もしかして心の中では私とカレルさんとの仲を負応援してくれていたのですか?こんな回りくどいことしないで直接言ってくれればいいのに……」


「違う。妙な勘違いをするな」


 ちょっとラスボスっぽいムーブして気持ちよかったのに一瞬に雰囲気が破壊された。


「ではありがたく先攻を。」


 他人とまともにやるのも久しぶりだな。


 このゲームは人気があり、特に魔力が優れている貴族に良く嗜まれている。話のタネにもなるし、少し大きめの社交界に行けば必ずチェス専用のコーナーや個室が用意されている。


 しかし僕は真剣に相手してくれる人がいないのだ。強すぎたせいで勝つつもりで戦ってくれる相手はもう滅多にいない。餌で釣ってまでハイネケンのやる気を燃え上がらせたのは無意識に相手を求めていたこともあるかもしれないな。




「ナイトの駒を前に」


 そう宣言しハイネケンが駒を一マス前に置いた。そしてハイネケンが手を離すと——

正面より飛来した矢がナイトに突き刺さり、駒を爆散させた。


「えっ……えっ!?」


 なぜか2回驚くハイネケン。


 当然不正などしていない。この盤面には不正出来ないように造られている。相手ターンに駒を動かすことも駒の性能を超えた動きをさせることもできない。だが逆を言えば駒の性能ならばなんでもアリである。


「何を驚いているんだ?アーチャーの射程に入ったら攻撃されるのは当然だろう」


「いやいやいやまだ自分の陣地から一歩しか進んでいませんよ!しかも一撃って!射程も攻撃力もおかしくないですか!?」


「残念だったな。これで先攻の有利が消えたわけだ」


 動かした一歩が完全無駄になったうえに、駒の損失もあったし。


「そのレベルの話じゃないですよねっ!……メリル様ひょっとしてどんでもなく強いのでは?」


「父上に勝てない様じゃ何回やっても僕には勝てないな」


「じゃあ無理じゃないですかっ!」



書いたり消したりしていたら遅くなってしまいました……

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