祖父と夕食
「本当にひどい目に会いましたよ。久しぶりの可愛い弟子だというのに師匠ときたら全く……」
「おお、帰ったかハイネケン。今日はもう顔を見ないと思っていたぞ」
師匠による「矯正」プログラムは思っていたよりも早く終わったようだ。もしかして意外と「矯正」すべき部分が無かったから解放されたのか?
……まさかとは思うがあの執事をもってしてもどうにもならず諦められたわけじゃないだろうな。
「それで?ストーカー気質は治ったのか?」
「ストーカー呼ばわりはやめてくださいよ。せいぜい一歩手前ぐらいです。」
ハイネケンの過去の所業を振り返る。
仕事をさぼってカレルに会いに行き、仕事を部下に押し付けてカレルのストーキング、仕事を放ってカレルの近くにいようとする。
頭の中のカースト制度では間違いなくカレルを最上位に置いているような発言も良く聞く。お前は誰の護衛隊長なのかと問い質してみたいところである。
「ストーカーの一歩手前?100歩ぐらい先に進んでいるだろ?」
「私を何だと思っているんですか!?」
「同じ言語を使っているけど、同じ常識は持ち合わせていないやつ」
「ひどい!メリル様だって常識無いから同年代の友達出来ないんじゃないですか!?」
「主に向かって常識無いとは何事だ。そんな暴言ばかり言っているとビールするぞ」
「図星なんですね!だからそんな睨んできて!これは暴言じゃなくて忠言ですよ!」
……こいつ、調子に乗りやがって。
「黙れハイネケン。黙らないとお前の耳の穴からビールを……」
「またいつものビール芸ですか!?もう寮のみんなにおすそ分けしようにも誰も受け取ってくれないんですよ!?……ってメリル様、今耳の穴とかいう不穏な言葉が」
「耳の穴はそんなに嫌か。じゃあ……」
「今度は何です?また斬新な方法でいじるつもりですか?そろそろなんでビール呼ばわりされるか教えてくださいよ!」
「それは絶対に教えない。よし、護衛連中に命令してお前の部屋にある……」
「私の部屋にあるどんなビールですか?できれば賞味期限切れそうなのを早く処分……」
「ベットの下に隠したエロ本のイラスト全てにお前の母親の名前をでかでかと書きこませてやる」
「ビールは!?っていうか何で知っているんですか!?絶対にやめてっ!」
「人の流れ、物の流れを掴んでこその支配階級だ。カレル似のイラストをわざわざオーダーメイドして作らせたやつだろう?最近お前がこそこそ動いていたのはすべて知っている」
ちなみにカレルも知っている。
「メリル様、どうかそれだけは勘弁してください!」
勝ったな。
「ハイネケンさん、少しよろしいでしょうか」
「はいなんでしょうカレルさん!」
さながら忠犬の様に首を勢いよく回してカレルに振り向く変態。今のは首痛めてもおかしくない勢いだったな。
「そろそろライドゥス様から呼び出しがあってもおかしくない時間です。何か聞いていませんか?」
「あ、そういえば呼んできてくれって師匠が言っていましたね」
「真っ先に言えよ、部屋に入った瞬間にさ」
「いや、「矯正」の事を思い出していたら忘れてしまって……」
「記憶が正しければお前の師匠はお前の頭の出来は良いって言っていたような気がするのだが」
「ええ、任務に必要な情報などは絶対に忘れませんよ」
「伝言忘れていたじゃん。あと常識も頭の中に詰め込んでくれる人はいなかったの?」
「常識はちゃんと持ち合わせていますよ!」
「カレル、ビール持ってきて。こいつの耳の穴に流す。……反対側の耳からちゃんと常識も一緒に流れ出てきたら一応は常識が詰まっていたって信じてやるよ」
「本気ですか?え、ちょっとまだ心の準備が」
「メリル様、そろそろ向かった方がよろしいでしょう」
それもそうか。あんまり遅れても……どうにかなる訳じゃないけどいい顔はされないだろう。
「耳の命拾いをしたなハイネケン」
捨て台詞を残して向かうとする。部屋から出ても二人の声が少しだけ聞こえた。
「わざわざ助けてくださるなんて!カレルさん、どうですかこの日曜日に」
「忙しいので」
言い切る前に断られるなんてハイネケンが可哀そうだ……とは全く思わないな。
「遅くなりました」
伝えられた部屋に向かうと既に祖父とシオンは着席しており、僕が最後の様だった。
「料理を運んでくれ」
「かしこまりました」
一礼して部屋から出て行った執事とすれ違い、僕も着席する。ここの椅子は祖父の騎士としての「在り方」と同じ様に硬いので僕はあまり好きではない。
まあ、違う椅子を出せだなんて言えないので、いつも座る前に思うだけにしている。
「最近、二人はどうだ」
どうだ、と言われても。短すぎてどうもこうも……
「二人は」と言いながらシオンの方を見ているし、答えなくともいいかな。こっちにも聞いてきたのは社交辞令の一環だろう。
「修行と勉学に励み、日々精進しています。シュティーア家の者として相応しいよう騎士になれるように努力していくつもりです。」
「うむ、お前の頑張りは伝わっている、シオン。昔から努力を怠らずに精進してきたところは評価していた。……それと最近は殊更忙しいようだが。」
「……忙しいですか?そのようなことは」
「メリルは何の件か知っておるか?」
こっちにも振ってくるとは。いつもはシオンと祖父の会話を流し聞きしながら料理を食べ、質問を一つ二つ答えれば終わるのだが。
「恋人の件ですか」
「それだ」
「えっ!?お爺様にも伝わっているのですか!」
「社交界に顔を出さないとはいえ、情報を得ることはやめていない。それにこの件はレイラからも相談されているからな」
「母上はやはり……お爺様も反対なされるのですか?未熟者が女性にうつつをぬかすなんて、と」
「いいや、反対はせん。守るべき相手ができるのは良い事だ。お前は他人のために強くなれる素質を持っている」
「ではお爺様!母上の説得に手を貸していただけるのですかっ!」
反対されないと知ってうれしそうにするシオン。だが反対しないと賛成するは同義では無いぞ。
「それもせんよ、レイラの気持ちも察せるのでな。貴族界のバランス、シュティーア家との釣り合い、なによりお前の事を大事に思うからこその反対だ。本当に添い遂げる気があるのであれば、おまえ達自身の力でレイラを納得させよ」
「はい、お爺様。いずれ良い報告が出来ればと思います」
「楽しみにしている。レイラはかなり手ごわいぞ?」
「……頑張ります」
普通ならここで「メリルはどうだ?」とくるのだが、うちの祖父は来ない。自分から語りたい話題では無いのでありがたくもある。
「それでシオンよ──」
「ええ──」
二人の会話を聞き流しながらせめて料理ぐらいは楽しもうと僕は自分の手を動かし始めた。
「メリル、おまえに大事な話がある」
「なんでしょうお爺様」
今日は話しかけられる回数が多い気がするな。機甲の顕現がもうすぐだしその件だろうか?
「もうお前が15歳となるのは目と鼻の先だ。お前なら間違いなく機甲を顕現できるのであろう。機甲は純人族の力の象徴、大きな力の持つ者の使命を忘れるな」
「顕現できると決まっている訳ではありませんよ」
「恐ろしいほどの才を、なんでも天から与えられたお前が機甲だけが与えられないなんて考えられぬ」
プレッシャーが重いなぁ。
自分を沈ませる重りも縛ってくるしがらみも考えるだけで億劫だが、自分の立場を理解しているつもりだ。
「人を、国を、そしてヴォルダース王家守る。シュティーア家の使命を違える様なことはしません」
「うむ、この国も未来はお前に掛かっている」
「はい、お爺様」
「……シオンよ、夕食後の事だが少し休息をはさんでから訓練場に来なさい」
「はい、お爺様!久しぶりに鍛錬の成果をお見せしようと思います」
「お前がどこまで成長したか楽しみだな、では私は部屋に戻る」
「はい、ではまた後程!」
この恒例の訓練、いつも僕はナチュラルに省かれている。
もう教えることは無いという意味……だと信じたい。
……部屋に帰ってハイネケンと駒遊びでもするかな。




