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赤の混乱



「ここが情報にあった場所だ」


「……多くね?」


 ペトスコスの群れが集まっていると言われている場所に来てみれば、思ったよりも数が多くてビビった。遠目で見る分だとまるで爬虫類の皮で作った絨毯だぞ。


 繁殖期とはいえ集まりすぎでは無いだろうか。


 <記憶>の世界でいうところの満員電車を思い出した。密閉空間に押し込まれているわけではないので、あそこまで密集しているわけでは無いがこちらも相当ひどい。


「なるべく群れからはぐれたやつを狩るぞ。流石にあの中には突っ込みたくない」


「分かっているさ。……あそこに魔法爆弾投げたら何匹死ぬだろうな」

 

「やめとけ、素材の確保できん。今回の依頼は……」

 

 そこで口を止めたアスタを訝しんで視線をやると、青い顔した彼がいた。


「どうしたんだ?ペルーダの群れでも見つけたか?」

 

 だとしてもそこまで青い顔になる意味が分からん。すぐに撤退すればいいだけの話である。


「どの部位が必要か聞くのを忘れていた……」


「おい」


 致命的すぎないか。


「いつもは街の周りでパトロールしていて依頼を受けるのは久しぶりだったからつい……。なるべく傷つけないで倒すしかないだろう」


「だろうね」


 首をバッサリ切ればいいだろうか。それですぐに絶命するし、仮に要求された素材が頭部でも体の一部でも対応可能だ。


「どいつから狙う?」


「少し様子を見てみよう。今は手ごろな奴がいない」


「ああ──」


 そんなやり取りをしていると、前の方からペトスコスの咆哮が響いた。


「「グゥオオオオオ!」」


 視線を向けると二匹のペトスコスが対峙しており、少し赤みがかった個体がその様子を見守っている。一瞬気付かれかと思ったが杞憂だったようだ。


 ……それにしても鰐ってあんな声上げられるんだ。あんまり鳴くイメージが無かったから驚いたな。


「メリル、あれは何をやっているか知っているか?」


「たしかペトスコスがああやって対峙するのって雌の奪い合いだったはずだ」


「じゃああそこにいる少し赤みがかった奴は雌って事か?」


「ああ、メスは少し赤いらしい。ペトスコスの勝負方法は体の大きさを比べるって聞いたことがあるな。あれがそうか」

 

 自然界で長く生きた個体程体が大きく、その体格は武器になる。こうやって体の大きさを比べて上下関係を決めるのがこのモンスターの流儀……というより本能だったはず。 



 睨み合う二匹のペトスコス、だが体の大きさは歴然だ。ただ小さい方が負けを認めないで、ずっと大きい方を睨んでいるようである。


「グオッ!」


 大きい方は痺れを切らしたようで小さい方を突き飛ばした。


「グゥゥゥゥ……」


 そこまでされてやっと差を認めたのか、小さい方を諦めたようにその場を離れ──


「グゥ」


 なぜか雌にすり寄り始めた。まだ諦めなかったらしい。


 なんてネバーギブアップ精神が強い奴だ。


「グォォッ!」


 しかし負けた雄にすり寄られたのが気に入らなかったメスは尻尾で小さい方の雄の顔をはたいた。


「グゥ!?」


 見事にフラれたらしい敗北者はとぼとぼ去っていく。


 その背中に纏った哀愁のせいで、見ているこっちも悲しくなりそうだ。


 よく見るとあの雄は今の雌より小さかったな、まだ幼いのだろうか。


 もっと成長して、次こそは良い雌を掴むんだぞと心の中で応援した。


 ……負けをかみしめろ、その悔しさをバネに次勝利すればいい。




「よし、あいつを狩るぞ。自分から群れを離れるなんて間抜けな奴だ」


「えっ」


「どうしたメリル?」


「いや、フラれた挙句ぶっ殺される羽目になるなんてかわいそうだなって」


「モンスターの事気にしてどうする。」


 ドライだなぁ。


 いや、冒険者としては普通か。動物愛護精神をもっているなら冒険者なんて言う職業は選ばないはずだよな。


「鬼畜だな」


「種族が違うんだ、変な感情は持たないほうがいい」


「わかっいるさ」


「俺があいつを処理してくるから、馬車守っていてくれないか?ぺシャノがいるとはいえ、俺とお前どっちかが残ったほうがいいと思うんだ」


「分かった、こっちは任せてくれ」

 




 バリバリとカラドボルグから放たれた雷の音がかすかに聞こえた。ここからそこそこの距離であの個体を始末したらしい。アスタがその怪力をもって一撃で獲物を屠ったのだろう。


 ペトスコスは聴覚に優れたモンスターではないからか、反応する個体が少ない。それとも間近に危険が迫るまで警戒しない種なのだろうか。


「仕留めたぞ。……すまん、こうなっちまった」



 アスタが魔法袋から取り出したのは、ペトスコスの尻尾だった。


「尻尾が多少焦げたくらい大目に見てもらえるだろ。それより他の部位は?」


「いや、その……」


「……まさか」


「つい癖でカラドボルグに魔力流したら……ここしか残らなかった」


 碌な魔法耐性もないペトスコスは尻尾を残して蒸発した、と。依頼された素材が尻尾じゃなかったらこいつはただの無駄死にだな。


 ……不憫すぎる。


 フラれた挙句、意味もなくぶっ殺される羽目になったこのペトスコスは。


「次からは僕がやるよ。ガサツなアスタおじちゃんじゃ無駄に狩られるペトスコス達が可哀そうだ」


「……」


 アスタからの視線を感じながら作戦を考える。


 ペトスコスの群れに突っ込んで殲滅するのは生態系への影響を考えると、やりたくない。出来る出来ないというともちろん出来るのだが、そこまでの苦労に見合う成果も無いだろうし。


 だがさっきは運が良かっただけだ。自分から群れを離れる状況をこちらが作らないと、またしがなく雌にフラれる哀れな雄が誕生するのを待たなければいけなくなる。


 さて、どうしたものかと一歩踏み出したら何かプチッと踏みつぶした感触がした。


 足元を見てみると靴が真っ赤に染まっている。赤い果汁が出る実でも踏んでしまったらしい。


「うわっ…嫌な色だなぁ」


「レベーテの実を踏んだのか」


「知っているのかい、アスタ?」


「ああ、革によく馴染む液を出すんだ。主に染色に使われる」


 ……帰ったら靴替えないとな。さすがに真っ赤な靴を履くような趣味はない。


 ……良く見たらズボンにもかかっている。最悪だ。あんな小さい実からよくもまああんなに果汁が詰まっているものだな。


「これ売れるんだよな。目につくやつぐらいは拾うか」


 そう言ってアスタはかがんで地面に落ちているレベーテの実を拾いだした。実の特性を理解しているようで割れないようにせっせと集めている。


 ──のだがアスタの様な近郊隆々の男が、こんぢまりとした実を集めている姿はどこかシュールだ。


 ……この実、何かに使えそうだな。そもそもこの実の被害を受けたのが自分だけというのが気に入らない。



 真っ赤に染まるべきリア充どもはもっといるはずなのに。


 チラリと前方を一瞥すると、視線に入るのは繁殖のために集まったペトスコスの群れだ。ああやって集まってイチャイチャしているのを見ると、あの空間がピンク色に見えてくる。


「……良い事思い付いた」


 この僕の前でリア充の雰囲気を見せつけてくるなんてなんて愚かな真似をするものだ。いっそのこともっと赤く染めて混沌に堕としてやろう。


 


「アスタ、その実全部とこれを交換しないか?」


「おい、そんな大金出してまで買うものじゃないだろう?欲しいなら地面に一杯落ちているぞ?」


「自分で拾って割れたら嫌なんだよ」


「何に使うんだ?」


「染めるのさ」


「何だ?レベーテの実の色が気に入ったのか?」


「いや全く。ペトスコスの狩りに使うんだよ」


「狩りに?なんか作戦でも思い付いたのか」


「ああ、だからこれと交換してくれ。」


「一緒に狩りしているのに金とる訳ないだろ。ほい、これ」


 そうしてアスタはレベーテの実が入った袋を渡そうとしてくるが──


「いや、それは今からあそこに投げてくれ」


「お、おお。分かった」


 アスタが僕の指示通りに雄のペトスコスが一番密集している場所の上空に袋を投げ込む。そこに僕は闇魔法<ダーク・カッター>でレベーテの実が詰まった袋を打ち抜いた。


「えっ!?何してんだメリル!?」


「見てれば分かる」


 <ダーク・カッター>によって切り刻まれた袋から一気に果汁が飛び出し、ペトスコス達の体を真っ赤に染める。


「「「「「グゥオッ!?」」」」」


 突如赤い液体が降りかかってきて混乱しているペトスコス達。


 襲撃されたのかと辺りを警戒しだすが、こちらを見つけられなかった様で次第に警戒状態を解いていった。


 そして一番最初に落ち着いた雄は気付く。自分の周りに赤い体色をした同種に囲まれていることに。


 これまでこんな数の異性に囲まれた事が無いかったのか、興奮したその雄は一番近くにいた個体に体をすりつけ始めた。


「おい、どういうことだあれは?あいつ同性に求婚しているぞ!?」


「ペトスコスは相手の色で性別を見分けているんだ。ああやって全員赤く染めることであの場にいる雄全員が自分以外全員雌の様に見えるって事だ。」


 体をすりつけられた雄は少し驚くが、相手が雌と判断したのかそれを受け入れるように自分もこすりつけ始め──


 そこで止まる。もしかして雌だと思っていた相手に雄にしか生えていないピーが生えていたことに驚いたのかもしれない。どうやら気付いてしまったようだ。


 ──自分が同性にすり寄られていることに。


「グゥオッ!?」


 そしたその場から跳ねるように逃げ出した。他にもこんな惨状があちこちに広がっているようでペトスコスの群れの混乱が大きくなっていく。


 雌だと思って近づいてみれば赤い色をした変態だった個体はもう何も信じられないとばかりに突っ伏している。


 その隣の個体はこんな所にはいられねぇとばかりにそそくさと群れから離れていった。


 雌も雌で急に同性が増えて、異性が減ったのを感じてライバルの排除に乗り出す個体が現れる。


 まさに混沌と呼ぶのに相応しい状況だ。


「ははは、狂え狂え。ピンク色の空間など破壊してくれる」


「……鬼畜と言われたけど、お前にだけは言われたくないな」


「何を言うんだよアスタ。僕の前でリア充する方が悪い」


「お前こそ何言っているんだ。リア充?ってどういう意味だ?」


「気にするな。それにモンスターの事なんて気にしてどうするっていったのはアスタじゃないか」


「まあ、そうなんだが……」


「じゃあ僕が狩ってくるから、馬車の護衛よろしく」


「……おう」



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