騎士の成り方
品質が良くない座席と、舗装されていない道のせいで馬車が揺れる。
アスタが御者席にいるおかげで狭くないのは不幸中の幸いだった。もしアスタもこっち側に乗り込んでいたら窮屈な思いをするところだっただろう。
揺れる馬車の中で、あちこち体がぶつかるのは勘弁だ。
ただでさえ座り心地が良くないのだから。
そんな事を思っていると御者席にいるアスタから話しかけられた。
「メリル、聞きたいことがあるんだが。シュティーア家の騎士になるには──聞いているかメリル?…って大丈夫か!?目がどんよりしているぞ!」
「ちゃんと前見て運転しないと危ないぞアスタ。モンスターが飛び出してくるかもしれない」
「お前があまりにも暗い顔していたから驚いたんだよ。何を考えていたんだ?」
「8歳の頃の話だ。最大4人で遊べるゲームに誘われたのに、遊んでいる3人の横で本読んでいたこと思い出していた」
ス〇夫だっての〇太を虐めるときは誘わないだけなのに、僕は誘われながらこれである。
こうなるのだったら初めから誘われない方がマシだ。
「なんだその悲しい過去!?……ハブられていたのか?」
「いや、仲は悪くなかったはずだ…」
「じゃあなんでそんな扱いを受けていたんだよ」
「僕が強すぎたのが原因らしい。だから自分たちが特訓して強くなるのを横で待っていてくれって」
「…どう反応すればいいか分からん」
「悪意じゃなくて対等に遊べるために練習しているだけだもんな……。何も言えなかったよ」
「…まあ、お前と遊ぶために練習しているのだからいい友達じゃないか。……今では一緒に遊べているんだろ?」
「いや、未だに勝算無さそうだからやめとくって言われている。つまり──」
「つまり?」
「あれ以来一度も誘われていなんだな、これが」
「……人生いつか良い事あるさ」
「……うん」
いっそのこと対等じゃなくていいから誘ってくれないかな、アデル皇子にハイト皇子。もう一人一緒に遊んでいた奴は──いかん、心の防衛機制のせいかさっぱり忘れている。
誰だったけな?たしか皇子の一人だったと思うんだけど。
「話は戻すけど…いいか?」
「大丈夫だ。慣れているから実はそんなにダメージが無い」
「聞いているこっちがダメージ受けそうなんが」
「で、シュティーア家の騎士とか言っていたな。デミグの話か?」
「ああ」
「だってよ、デミグ。聞いているか?」
「あ、ごめん。ぼっとしていた」
「ボッチになったことでも思い出していたのか?」
「俺はメリルと違って皆と普通に遊んでいたぞ?」
ぼおっとしていたんじゃないのかよ。ちゃんと聞いているじゃないか。
「…それで、聞きたいことってなんだ?」
「シュティーア家の騎士になるには貴族の推薦があった方が有利って聞いたけど、そんなに違うものか?」
「そりゃあ全然違うさ。貴族がこいつは人格的にも戦力的にも大丈夫って保証しているわけだしね」
「やっぱりか…」
「貴族ってずりー!」
「当たり前だデミグ。貴族は特権階級だ」
「貴族が推薦する相手ってやっぱ同じ貴族つながりだよな?」
「一概には言えないけど、大体そうだね」
「一概ってなんだ?」
難しい単語が出てきたから首をかしげるデミグ。
「今度孤児院の院長にでも教えてもらえ。……騎士になる貴族はそういう教育受けているからね。所作や魔力の扱い方まで平民とは段違いだ」
「平民がシュティーア家の騎士になるのはやはり難しいか?」
「なんたって国内で最も力と栄誉がある騎士団だしね。……覚えている限りだとここ数十年で平民から登用された者はいないはずだ」
平民は大体家業を継ぐので、そもそも試験を受けに来る母数が違うからもあるだろう。
「やはり厳しいか。……他の道はないのか?」
「他の道?」
「シュティーア家の騎士になる方法だ。普通に登用される以外にはないのか?」
「……その前に諦めるという選択肢は無いのかい?」
努力は報われない話なんていくらでも転がっている。
デミグが設定した目標は孤児から成り上がるにしては高すぎると僕は思う。
「冒険者だから真正面からじゃ無理なら、違う方法を考えたくなるものさ。冒険者は諦めが悪いからな。それにデミグも……」
「俺は!」
話が難しくてついてこれ無さそうだったデミグが急に声を張り上げた。
「どんなにつらくて厳しい事があってもやるって決めたんだ!俺は諦めたくない!」
「……騎士とは守るために存在するんだよ?デミグはラスに会いたいだけじゃないのか?」
「それもある!でもアスタおじちゃんの様に人を守りたいって思っているのも本当だ!」
「正直だね。……別の道も無くは無いぞ」
「本当か!?」
難しそうだと悩んでいたアスタが顔を上げる。他人のためにそこまで一喜一憂できるのは彼らしいと思いながら方法を述べる。
「嘘を言う必要はないさ。普通に登用されるのは無理でも他の道はある」
「どんな?」
「他の騎士団から転向するって道さ」
「そんなことが出来るのか?」
「ああ、出来る。騎士団で功績を挙げて栄転していけば──」
「いつかはシュティーア家の騎士になれるって言う事か。」
「こっちも楽な道じゃないけどね。だがまだ可能性は高いと思うよ。いくつかのメリットもある」
「メリット?」
「普通に登用されるとどんな部分も厳しく見られるんだ。だから他の騎士団で経験を積みながら覚えていったほうがいい。実際やった方が身につくしね」
「そういうもんか。知恵を貸してくれてありがとな!」
「アスタもよくデミグのために色々考えられるね。頭を使うのは得意じゃないって言ってなかった?」
「言ってないぞ。……ラスの事も心配だしな」
脳筋じゃないらしい。
「大丈夫さ、普通にやっているよ」
「なんでメリルは知っているんだ?」
やっべ。まさかデミグから突っ込みが入るとは。
「……大人だからだよ」
「子供じゃなかったのか?」
アスタからも突っ込みが入った。出発前に僕が子供だと言ったせいだな。
「大人だ。もう僕は大人だ」
「俺の勘が言っている、メリルは何か知っているってな!」
余計な時に発動しないでほしいものだ。
「……親戚がシュティーア家のメイドでね、最近新しい娘が入ったって聞いたんだ。聞いた感じラスっぽいけど、確証がなかったから黙っていたんだ」
「……ラスは無事にメイドになったみたいだな。その調子なら元気でやっていそうだ。良かったな、デミグ!」
「ああ!」
「確証がないって言っているんだけど?」
「俺の勘が言っている、半分くらいあっているってな!」
本当に当ててくるから恐ろしいものだ。知り合いの親戚にメイドなどいないが、ラスがメイドになったのは正解だ。
……正確にはまだメイド見習いだって言いたいけど言えないな。
「メリルも一応貴族なんだろ。メリルの親戚って言う事はそいつも貴族?」
「一応ってなんだ、ちゃんと貴族だわ。偉いんだぞ」
「そうなんだ」
「おいなんだその棒読み。立派な騎士になりたいなら貴族に対する言葉遣いも直していけよ」
大事な所だぞ。
「そんなことより貴族がメイドっなんか変な感じがしてさ。貴族なのにメイド?」
有意義な忠告なのにスルーされた…
「……変じゃないさ。貴族に仕えられるシュティーア家…つまりそれだけシュティーア家が偉いって事だよ。」
「シュティーア家ってすげーな!」
「だろう?」
「なんでメリルが威張るんだ?」
「……いや、ほら。そんな所に仕えている親戚がいて光栄だねって」
「「虎の威を借りる狐」のような真似はしちゃだめだぞ!」
「……難しい言葉をよく知っているね」
なんとか顔が引きつるのを止めるのは成功したと思う。
「潮の香りがしてきたな!」
馬車から少し身を乗り出し、ディータニアン湖を指しながらデミグははしゃぐが……
「潮の香り?」
湖なのに?
「院長がでっかい水だまりをみたらそう言えって」
「潮の香りがするのは海だ。ディータニアン湖は湖だぞ」
「同じ「うみ」だろ?何が違うんだ?」
「今度院長に…」
ダメだな、この分だと院長も海と湖の違いが分かっていない感じがする。<記憶>の世界程交通が便利じゃないので、一生海を見ずに死ぬ人は多い。
生まれた街から出たことないような人は海や湖の違いなんて知らないだろう。
「いや、騎士になってから勉強すればいい」
……そのうち優しい誰かが教えてくれるだろう。
僕が説明するのはないな、子供が納得いく説明する自信ないし。




