帰ったばかりなのに
家に着くとすぐに母に呼び出された。母に呼ばれる事は中々無いので少し意外だ。
母は多忙な人だ。──おそらく父よりは。国中に放った密偵から様々な情報を得たり、処理すべき邪魔者を見極めたりと色々闇な部分の仕事で忙しい。
そしてわずかに時間が空けばシオンのために使う。僕は基本的に放置子…とは言い過ぎにしても若干ネグレクト気味だ。
愛されていないという訳では無いはず。
母の視線も雰囲気も会話の内容も僕への嫌悪は無い。
ただシオンにばかり構っているだけだ。
たぶんより幼い方を可愛がる性格なのだろう。
……まあ、いくら言葉で遊んでもただの兄弟差別だが。
「お待たせしました、母上」
「あら、メリル。早かったじゃない」
「いえ、それほどでも」
「聞いたわよ、また功績を挙げたらしいじゃない?」
さすが情報が早い…いや、家にわざわざ知らせたのだからもう知っていても当然か。
「ええ」
「エリーニュスの討伐に、忌命の森の秘密の解明…流石ね」
「今回の件は大事になりそうですね」
「そうね。まさか今更あんな遺跡が出てくるなんて。研究機関が忙しくなりそうだわ。どうやって遺跡を見つけたの?」
「同行者の勘ですよ」
「そう。たしか牛の獣人だっけ?」
勘という言葉で片づけるには異常すぎるのだが、母は何事も無く処理した。もしかしてあのレベルで勘が良い人は他にもいるのだろうか。
「ええ、そうですよ。」
「シュティーア家にとりこめそう?」
「難しいかと」
アスタは権力とか財力とか興味無さそうだし。というか最初の態度からして貴族に付き合うのは嫌いなはずだ。
「そう、ならいいわ。そういえばまたあなたに招待状が来ているのだけど。今回は行きなさい」
帰ってきたばかりですぐ家を追いだされるって…ちょっと心の中で泣いた。
「シオンがまた不安定になってね、メリルとは顔を合わせないほうがいいわ」
「またですか」
シオンは昔から精神的に不安定になる時期がある。
母が言うには僕より劣ると見せつけられたときに発生する様だ。
僕個人としては見せつけた覚えはない、周りが勝手に比べているだけだとか色々突っ込みたい。
これでも昔よりは発生しなくなっているのだが…
「また兄上に離されると不安になっているわ」
「これでも1年長く生きているんだからそう簡単に追いつかれたくないのですが」
「あなたとシオンの差はその程度じゃないでしょう?」
いや、知らないです。
シオンの成績とか見てないし。
詳細は知らないが、噂を聞いている限りシオンも十分優秀だと思うのだけれども。
「パーティーは明日からよ。王家主催の学園入学を記念するパーティーよ、必ず参加しなさい」
まあ、そんなに大きいパーティーだと参加しないわけにはいかないか。
にしても急だな。いや、招待状自体は前から届けられていたのか。
僕が遊びに行かなければもっと早く知れていたはずだ。
「パーティーと言えば…」
おや、母上の雰囲気が変わったな。
「どこかの低位貴族とシオンが婚約するそうじゃない?」
と気に入らないように冷たく言う。
ああ、あのウサ耳獣人娘か。
名前は確か…ローゾリ、ローザリ……いやローゼリカだっけな。
家名も聞いた気がするのだか…よく思い出せん。
「まだ正式なものではありませんよ」
シオンとウサ耳獣人娘はまだ裏でこそこそ隠れて付き合っているだけだ。
「あら、やはりメリルも知っていたの。どう、あの娘は?」
「母上の方が詳しいのではありませんか?」
それほど興味ない僕よりは母上の方が情報を持っていそうなものだが。
「あなたはどう判断したか知りたくてね。私の意見ではあの娘では全くシオンに相応しくないわ。成績、格、気品…足りないものが多すぎる」
やはり母はあのウサ耳獣人娘を認めないか。
厳しいとは言えないだろう、最高位の大貴族と子爵家じゃ全然釣り合わない。
母上のみならずシオンを取り巻く周りの人々も反対するに違いない。
「シオンからは何と言っていました?」
僕は確かシオンに自分で母を説得しろといったはずだ。
「色々言っていたけど、どれも納得するほどの説得力は無かったわよ。あの娘よりも良い縁談はたくさんあるわ。あなたはどう思う?」
……と聞かれてもなぁ。碌にしゃべって無いし、ローゼリカには特に感想も無い。
自己紹介はされたが…それぐらいしか情報は無い。
「あの娘に関しては大して接触が無いので。…ですがシオンが自分で選んだのなら応援してもいいかと思います」
シオンももう自立した男だ、兄としては応援してやってもいいと思っている。
箱入り娘じゃあるまいし、自分の伴侶ぐらい見極められる目は持っているだろう。
「そう。意外ね、あなたがシオンを評価しているとは。」
兄弟不仲とでも思われていただろうか?別にそんな事は無いのだが。
「優秀な弟だとは思っていますよ。周りがそう言っているのを聞いています」
「……一度あなた自身の目で判断しなさい。それでもしその考えが変わらないならちゃんと褒めるのよ」
「機会があればやりますよ」
「覚えておいてね。あなたから言った方が良いから」
そうだろうか?
兄が褒めるよりは親が褒めた方が喜ぶものだと思うが。
「もしどこかでシオンの想い人に会ったらしっかり見極めてきなさい。」
…なんで僕がと思ったが、まあ見るぐらいは大した手間じゃないか。
母はシオンに対しては過保護だなぁ。
「分かりました」
「伝えたい事はもうないわ。戻っていいわよ」
「はい」
シオンの恋路もデミグと同じく茨の道だな。
母の部屋から出て自分の部屋に帰ろうと廊下を歩いていると、シオンの護衛に出会う。
こちらに気付いた彼はこちらにきれいな一礼をする。
雰囲気と言い、体の運び方と言いどこから見てもエリート騎士だ。
そのピシッとした姿勢から育ちの良さを感じる。
だがその視線はどこか不穏な空気を漂わせていた。
「……何か言いたいことがあるようだな。」
これは僕の予想だが…おそらく彼はあまり僕が好きでは無いのだろう。
必死に努力している主に比べ、放蕩息子の様に遊んでいるくせに主よりも成績がいい。
しかも主の精神が不安定になる原因である。
うん、好かれてないどころか嫌われていてもおかしくないな。
僕も遊んでいるように見せてちゃんと経験を積んでいるのだが。
「では一言だけよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「シオン様は必ずあなたに追いつく。必ず。……それでは失礼します」
それだけ言って、不穏な空気を感じてかこちらに視線をよせていた家令達をも無視してシオンの護衛が去っていく。
無礼と取られてもおかしくないのだが、そんな事をまるで気にしない様なしっかりとした態度だった。
まあ、別にアレに対して無礼だとか言うつもりはないけれど。
しかしなんでそんな宣言してきたかさっぱり分からん。
人と会話するときはちゃんと相手にわかるように話してほしいものだ。
いきなりあれだけ言われても反応に困る。
…帰ってきたばかりなのに弟が不安定だから出て行けと言われたり、弟の護衛に詰められたり今日は踏んだり蹴ったりだな。
自分の部屋帰ってふて寝しよ。
部屋まで帰るとカレルじゃなくてビール野郎が待ち受けていた。
「メリル様、カレルさんはパーティーに行く準備をしていますよ」
何も聞いていないのにハイネケンがカレルの所在を教えてくれる。
「だろうね」
「私も手伝いたいのですが…こういうのは分からなくて」
「だろうね」
「カレルさんが働いているのに何もできない自分が恨めしい!」
「だろうね」
「…メリル様?」
「だろうね」
「…私ってすごく優秀な護衛ですよね!」
「寝言は寝て言え」
「なんでこれはちゃんと反応するのですか!」
「大きすぎる嘘はつけない性格なんだ。」
「ひどい!」
「そもそも護衛の方も準備あるだろ?何しているんだ?」
「部下に任せました。私はカレルさんを手伝おうと思って…」
「…で、何もできないから部屋で棒立ちしていたと。やっぱ降格でいいんじゃない?」
「それは嫌です!」
じゃあ真面目に働けよ。
「そういえばシオンの護衛に会ったぞ。」
「そうですか」
「ピシッとしていていかにも全ては主のためにという感じだったな。」
「はぁ」
「ちょっとそんな雰囲気出してみて。」
「ふんぬっ!」
なぜかいきなり力みだすハイネケン。控えめにいってもただの滑稽なアホだ。
「一応聞いておこう、なんのつもり?」
「メリル様への忠誠心を必死でかき集めていました」
必死にかき集めないと忠誠心無いのかこいつ。そもそも全身に力入れるのと何の関係があるか分からない。
「…ごめん、僕が悪かったよ。二度と頼まないから」
「…なんかいつもより心に刺さります。」
だったらもう少し忠誠心を持ってくれ。




