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手に負えない

「ああ、探してく……デミグ!」


 アスタが向いている方を見るとデミグが孤児院に帰ってきた。


 少し離れて落ち着いたらしく、多少は冷静になったらしい。


「…おじちゃん、メリル。ラスはシュティーア家のメイドになるんだよね?」


「らしいな。」


「…俺、強くなるよ!剣術も体術も、一杯特訓して強くなる!それで騎士の試験を突破してシュティーア家の騎士になる!」


 孤児院の外に行っている間に何かあったのだろうか?失意の少年を奮い立たせたのは何だろう。


「よく言った、デミグ!俺も手伝うぞ!」


「騎士になってラスを振り向かせてやる!」


「いいぞ、その意気だ!出世するだけが幸せじゃないと教えてやれ!」


 そういって二人は盛り上がりだした。


 こういう情熱的なやつは夕焼けを背にするのが雰囲気的にあうんだが、今は昼前である。


 それに雰囲気をぶち壊す事を思い付いた。


 シュティーア家の騎士になったからってラスと出会えるとは限らないのだ。


 シュティーア家はかなり大きい。


 同じところに配属されるかどうかは運次第だし、二人が出会える可能性は大きくないだろう。


 そもそも騎士とメイドが触れ合う機会などどれほどあるだろうか。


 例え騎士試験を突破した後もいばらの道とはデミグの進む先は過酷だな。


 そんな無粋な事を言うつもりはないので心の中に仕舞っておくか。




「…デミグ」


「何、メリル?」


「今度、騎士団の試験問題を送ってあげるよ」


 流石の僕も同情を覚えたので少しだけ助けてあげることにする。


「おお、やったじゃねぇか!なぁ、デミグ!」


 自分の事の様に喜ぶアスタとどこか青ざめているデミグ。


「…えっ、騎士って勉強しなきゃいけないの?」


「当たり前じゃん」


 頭の悪い騎士に秩序を託したくない。


「そんな…。俺頭悪いのに…」

 

「字ぐらいは読めるだろ?」


 あの院長ならちゃんと教えている気がするが。


「騎士なら使わないだろうと思って…」


 なるほど、サボっているのか。


「いつもギルドで依頼を受けるときはどうしているんだ?」


「受付のにーちゃんが出来そうなのを渡してくれるんだ」


 意外とサービス良いな。ギルドの業務範囲を超えているので、親切心でやっているのだろう。


「…これから頑張って覚えるんだな」


「分かった!今から院長に頼んでくる!」


 デミグが孤児院に駆けていく。


 がんばれ少年、まだ手遅れになっている段階じゃない。





「それじゃあ、メリル。もう帰るんだな」


「本当はもう帰っているはずなんだけどね」


 予想外のことに巻き込まれて時間を食った。


「お前との冒険は楽しかったぜ。人生で一番ハラハラしたな」


 僕らが立ち向かった強敵、エリーニュスにデルヴィア。


 エリーニュスは相性が悪かった。闇属性ゆえに僕の魔法が通じず、反則的な能力のせいでアスタのパワーも自分の首を絞める結果になる。


 デルヴィアは恐ろしいほど純粋に強かった。


 あれ以上の機甲は存在しないと思わせるほどの装甲の硬さとパワー。もし魔力が潤沢なデルヴィアと戦っていたら間違いなく僕らは敗北していただろう。


 結局僕らは逃げ回って、最後に大技を耐えただけだ。


 だが終わってみればいい思い出で、良い経験になったと思う。


「僕も楽しかったよ」


「また、冒険しようぜ」


「ああ」


「また会おう」


 そう言って僕は孤児院を背にする。







 帰りの馬車ならぬモンスター車に揺られている。


 シュティーア家用の高級な馬車なので殆ど振動は感じないが無いという訳ではない。


 この小さな揺れが心地よく、少しだけ眠くなってくる。


 だが、寝る前にカレルに聞きたいことがあったのだ。


「ねぇカレル、この街でメイドの勧誘をしたりした?」


「ええ、どこで聞いたのですか?」


 やはりというか勧誘したのはカレルらしい。


 ラスは本当にシュティーア家で働くことになるのか。


「偶然孤児院で聞いてね」


「アスタさんに会いに行っていった時ですか」


「ああ」


「ええ、中々見所のある娘ですよ。お喜びください、7歳です」


 それが何か関係あるのだろうか。


 見習いの年齢なんてどうでも良い事だと思うが。


「言い方を変えましょう。お喜びください、幼女です」


「敬語使えば主をロリコン扱いしても怒られないと思うなよ?」


 隙あらば主をからかいやがって。


「大体見所があるってどの辺がだよ?」


「あの幼さで頭が回る所ですよ。メイドの素養があります」


 …あるのか、あれ。


 どこか危うい感じもするのだが。


「あのラスって娘、結構上昇志向強かったな。カレルもそのうち下克上されるかもよ」


「メリル様がロリコンならばその可能性もありますね。そうでなければありえません」


「大した自信だな。あとロリコン扱いはやめ」

 

 と途中まで言いかけるとドアが叩かれる音がする。


 ドアを開けるわけにはいかないので、代わりに窓を開けた。


 すると馬に乗ったハイネケンがこちらを必死な顔で見ていた。


 風のせいで聞こえなくなると困るので、なるべく声を張り上げる。


「おい、何かあったのか!」

 

 まさかモンスターの襲撃でもあったのだろうか。


 こいつがそんな表情を変えるということはそれなりのモンスターか。


「カレルさんが下克上されるって聞こえたんですが!まさかカレルさんがいなくなったりしませんよね!」


 僕は黙って窓を閉めた。


 なんでほぼ密閉されている中の会話が聞こえるんだよ。


 ストーカーの執念は手に負えない。


 手どころか魔法にだって負えないだろう。




「ハイネケンはなんと?」


 困った様な声音でカレルが訪ねてくる。


 こんな時でも顔が変わらないのだからいっそ不気味だ。


 声音だけ変えてないで顔を変えればいいのに。


「あーあれだ。いつもどおりカレルが大好きって叫んでいただけ」


「そうですか」


 それでこの会話を終わらせようとするとまた扉が叩かれる音が聞こえる。


「なんだハイネケン!うるさいぞ!」


「無視しないでくださいよ!ちょっとそっち行きますからね!」


「は?」


 ハイネケンは馬から馬車に飛び乗り、少しだけ扉を開けて中に体を滑り込ませる。


 ──さすが護衛隊長、侮れない身体能力を有している。


 そしてさも自分の席の様に自然にカレルの隣に座った。


 ──さすが変態、常人には理解しがたい精神性をもっている。


「おいビール野郎、主の断りも無しに乗ってくるのはどうかと思うぞ」


「メリル様なら許してくれると思いまして。あと私はビールじゃないです」


「他の貴族にこんな事したら首が飛ぶぞ?」


「いやだなぁ、メリル様以外にするわけないじゃないですか」


「今すぐ叩きだしてやる」


 ハイネケンを追いだそうとするが、パワーの差でうまくいかない。


 例えばこれが広いところで普通の戦闘なら対等以上に渡り合えるのだが、狭い空間で純粋の押し合いならさすがに分が悪い。


 まだ未成熟の体では鍛えている大人に勝つにはまだ早かったか。


「ほら、やめてくださいよ。カレルさんの前ですよ」


「だから何だよ」


 カレルという言葉に神聖性を感じているのはお前だけだ。


「本当は魔法を使えば追いだせるのに、使わないメリル様大好きです」


「使ってやろうか?縛り上げたうえで叩きだしてやる」


 そしてこの地に置いて行ってやる。


 こいつ一人で帰ってこれるか見物…いや、変態だし帰ってきそう。


「男からご褒美貰ってもうれしくないですよ」


 …ご褒美?


 そういえばこいつはカレルからの折檻をご褒美っていっていたな。


 僕は縛って叩きだすと言ったのにこいつの中でご褒美に変換されるという事は──


 「ねぇ、カレル。まさかいつもこいつを縛って「そのような事はしていません。ハイネケンの妄想内でしょう」


「そんなカレルさん!我ら護衛隊全員を「黙りなさいハイネケン」


 ……なんPプレイだ、それ?


「十一、十二「メリル様、何を数えているのですか?」…護衛隊の人数」


「18人です。もう終わりにしませんか?」


 お、なんか圧力が…。


「この話は終わりにしようか」


 なんかカレルの琴線に触れそうだし。


「賢明な判断です」


「そうだ!」


 突然思い出したようにハイネケンが明るい笑顔をこちらに向ける。


「今度メリル様も一緒にカレルさんからご褒美をへぶっ」


 哀れハイネケン、想い人の鉄拳で気絶する。


 ……殴られたのに不思議と幸せそうなのでやっぱり哀れじゃないかも?




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