ラスの未来
「訓練終わり」
「え、もう!?」
「デミグみたいに僕は若くないんだ」
「おじちゃんより全然若いじゃん!」
デミグがそう叫ぶと孤児院の方から誰かがすっころんだ音が聞こえた。
きっと自分の年齢を気にし始めた独身の牛の獣人に違いない。
「おじちゃんは確かに若くない。…まあ僕も暇でないんでね、そろそろ帰るよ」
いくら時間に融通が利く身とはいえ、あまり人を待たせるのも良くない。それにあんまり遅いとカレルからちくちく嫌味を言われる羽目になる。
「…そっか、残念だな。今度暇があったら続き教えてくれよな!」
アスタが何か掴ませようとしていたから付き合ったが、特に何か得た気はしない。これ以上デミグの特訓に付き合うのは面倒くさいと思う。
「機会があればね」
<記憶>の世界のビジネスマンの社交辞令で乗り切ることにする。
「じゃあ、俺外走ってくるから!日課なんだ!」
「そうか、がんばれ」
そういって彼は孤児院の外に出て行ってしまった。まあ、日々の積み重ねは大事だよね。
「もう行くのか?」
「ああ、流石に帰らないとね。色々世話になったよ、おじちゃん」
「おじちゃんはやめてくれ」
そういって頭をさするアスタ。
「それでアスタは何をしたかったんだ?」
僕に孤児院の手伝い──デミグをちょっとからかって終わったが——をさせた理由が分からない。
「いや、そんな大層なもんじゃないさ。ただ、子供っていいなって思ってほしかっただけだ」
「本当に大層なことじゃないな。そんなふわっとした考えで付き合わされたのか…」
「でも悪く無い時間だったろ?」
「良い感じにまとめようとするな」
別に何か得たとは思わない。
「……それで本当のところは?」
「ああ、別にお前のためじゃないんだ」
「デミグか?」
アスタはああなる事を知っていたのだろうか?
──肉を欲しいと思ったラスが僕に近づくことを。
──そしてラスが僕にデミグを派遣することを
いや、そこまで予想できたら未来予知に等しい。
「…勘だ」
「またそれか」
しかもちゃんと当たるのが恐ろしい。
最初は冒険者の勘とか思っていたが、ここまでくると神がかっている。
「……数日後にラスがこの孤児院を離れるらしい」
「そう」
哀れデミグ、彼の恋はもはや終わった様なものだろう。そんなデミグを可哀そうに思って僕を訓練につき合わせたという事だろうか
それはデミグの慰めになるかは怪しいと思うのだが。
「引き取り手でも現れたのか?」
「ああ、それもただの引き取り手ではない」
「どっかの貴族でもラスを気にったのか?」
養子にでもするのかな。奴隷とかは無理だろう。あの孤児院の爺さんは断るだろうし。
仮にそれが気に入らなくて孤児院に圧力をかけようとしても無駄だ。圧力をかけるにもここはシュティーア領、シュティーア家を通さなくてはいけない。
シュティーア家に孤児院から奴隷に貰いたいから圧力かけてくれとか言った日にはその貴族が滅ぶことになる。
「ああ、ラスは賢いからな。そこを見込まれたらしい」
「貴族ねぇ」
「ああ、メイドにするつもりらしい。しかもその貴族は大貴族だ!」
メイドね。
孤児院からメイド目的で子供を引き抜くのは無い話ではないが、大貴族がする事では無い。
そこで嫌な予感がする。
大貴族──最近この街に来た大貴族と言えばうちぐらいだ。
これってやっぱり…
「聞いて驚け、なんとあのシュティーア家の勧誘だぞ!」
やっぱうちじゃねーか!
「…そ、それはすごいなぁ」
こんな話聞いてないぞ!…いや、メイド見習いが一人増えるなんて些事、いちいち主に報告はしないか。
「いやぁ、俺もラスは大物になると思ったがまさかここまでとはなぁ!」
「それって本当の話?」
「ああ、ほんと…ん、デミグ?」
アスタは自分の後ろにいるデミグに気付いたのか急いで振り返る。
チラリと見えた表情は焦り…おそらくデミグにこの話は伏せられていたのだろう。
「…いや、嘘だぞ冗談だぞ夢の話だぞ」
どれだよ。
そんな焦った顔で言われる嘘に騙されるのはよほどのアホだろう。
「…そんな」
そして思い人がいなくなるという事を聞いてデミグが絶望する。
それをなんとかなだめようとするアスタ。まさしくカオスな空間だ。
「なにをしているのー?」
騒がしかったのか孤児院からラスが出てくる。
「ラス」
「あ、おにーさん。肉頂戴!」
「あいさつ代わりに肉要求するな」
「えー」
「ラ、ラス!」
「なーに、デミグ」
少年が意を決したように思い人に尋ねる。彼女の口から直接聞くまで現実を信じないつもりなのか。
「ラスは…」
「そうだよ、もう少しでここを離れるんだ。」
少年の悲しみと決意を込めた質問が終わるよりも早くラスが答える。
やっぱ鬼畜じゃね?誰だよ、こいつを見込んだ奴。
脳裏にちらついたのは、事あるごとに僕をいじる笑顔仮面メイド。
まさか、ね。
「…そっか」
それだけ言ってデミグが走り去っていく。
「もーだめだよ!アスタおじちゃんは口が軽いんだから!」
「す、すまん」
「ラス、デミグはいいのか?」
この聡い子ならデミグの気持ちを察していたはずだ。
「うん。私は他人に構っている暇はないから」
冷たい──と表するのは違うだろう。
デミグを受け入れるかは彼女が選ぶことだ。
「私は成り上がりたいの。こんな所に燻ってないでもっと上に行きたいの」
…こんな所、ね。
アスタはその言葉に驚いている。
「えっ!?おい、ラス…孤児院生活は嫌だったのか?」
「嫌いでは無かったよ、満足していないだけ。私は幸せになりたいの」
何が彼女をここまで駆り立てるのだろうか。ここまで上昇志向の強い子は貴族でも中々いないぞ。
「メリルさん──」
事情が良く分からないから空気になっていたのに声をかけられた。
「貴族でしょ?」
……可能性は低いが一応聞いておこう。
「…アスタ、喋ったのかい?」
「いや、俺は何も言ってねぇぞ!」
「…ということは」
自分の力だけでそこまで見抜いたのか。
人というのは見た目で判断する生き物だ。
コック服を着たらコック、白衣を着たら研究者、高級そうなスーツを着たら偉い人と見た目から他人を見る。
僕の格好はどこからどう見てもただの冒険者だ。
よく見た目に惑わされず、本来の姿を見抜いたものだ。
殆ど会話などしていないのに。
恐ろしい観察眼だ。
「どうして分かったか教えてくれるかい?」
「干し肉があまりにもおいしかったから!」
はい、前言撤回。僕のミスですね。
でもまさか子供が味を楽しむ以外にそんな色々考えているなんて分かる訳ない。
「メリルさん、シュティーア家ってどれくらい大きい家なの?」
「変わった質問をするね」
どれくらい大きいと言われても返答に困る。
「そこで働くには少しでも知っておきたいから!」
勉強熱心…というより出世のためだろうか。
「国で一番大きいっていうのは知っている?」
「うん」
「…それでいいんじゃない?」
「メリルさん、貴族でしょ?そんなんじゃだめだよ!自分より大きな貴族の名前は全部覚えておかないと!」
おおう、まさかダメだしされるとは。
にしても熱心だな、本当に。
<記憶>の世界ならサラリーマンとして大成しそうな子だ。
「貴族と知っても全然態度変わらないね」
「変えてほしいなら変えてあげるよ?」
「いや、別にいいよ」
「それにもうすぐ私の方が偉くなるしね!」
たしかにシュティーア家のメイドまで行くと下手な貴族よりは権力は上だが。
「いや、メイド見習いに負ける程家は低くないぞ」
その下手な貴族であると勘違いさせたままでもいいのだが、なんか癪だったので自分の格を上げる。
少なくともメイド風情に威張られない程度ぐらいには。
「ふーん、メリルさんは予想よりも格が高い家みたいだねー」
「…予想?」
「風格とか雰囲気とか見て判断しているのー」
僕の風格は木っ端貴族と思われる程度のものか…うまく演技できていると自分を慰めよう。
…アスタに見抜かれて以来、見た目以外は特に取り繕っていないんだがな。風格…無いのか?
若干落ち込んだ僕を見てラスは変な方向で慰めてきた。
「大丈夫!そのうちラス様と呼ばせるようにしてあげる!」
……僕に様付けされたいなら王族にでもならないと無理だぞ。
ラスが孤児院に帰っていき、僕とアスタだけ残る。
そこでずっと黙ったままだったアスタが漸く話し始めた。
「…メリル、俺はとてもショックを受けている」
「だろうね。そんな顔しているよ」
可愛がっていた子供の闇…と呼べるかもしれないものを目の当たりにしたのだから。
「…個性の一つとして受け入れなよ。それにあんなに聡いからこそ出世できたんだし」
──ウチに、という言葉は飲み込む。
本当の肩書を隠している以上、言えないことは多い。
「メリル、俺はどうしたらいいか分からん。ラスがあのまま幸せになれるのか心配なんだ」
アスタみたいなタイプはそうだろうな。
「まあ、あの性格だ。たとえ貴族社会に混ざっても上手くやるだろうさ」
「…ああ、お前が言うならそうなんだろう」
「それより今はデミグの心配をしたほうがいいんじゃないか?」
かなりひどいフラれ方をされたようなもんだし。




