解読の結果
文字は経年劣化のせいか多少かすれていたが、問題なく読めるレベルには状態が良かった。
「これは魔を打ち払う宝玉。守護者デルヴィアと共に人を守らん。…かな」
「お、解読するのが早いな。一時間ぐらいはく覚悟していたんだが」
「そんなにかからないだろ。このデルヴィアっていうのがさっきのゴーレムかな?」
「だろうな。恐ろしい強さだったぜ」
あの機甲ゴーレムの方を見ると、大剣を振りぬいた姿で固まったままだ。あとで回収しておかないとな。
「この魔を打ち払うってのが気になるところだね」
これだけではどんな原理でどんな効果があるのか分からない。魔を打ち払うとはどうする事だろうか?
モンスターを打ち払うも何もそもそも近づけてこないのだが。
魔力を封じる効果でも無いだろう。先ほどまでこの宝玉の前で魔力を使って戦闘をしていたし。
「おい、メリル」
「なんだい?」
「こんなものを拾ったぞ」
アスタが渡してくるのは小さな手帳だった。
「こんなのどこにあったのさ?」
「戦闘開始前に二手に分かれただろ?そのとき拾ったんだ」
「ふーん、どれどれ。これも古代文字かよ」
だからアスタは渡してきたのか。まあ、読めるなら先に自分で読むよな。
「これは…この宝玉を造った人のノートみたいだね」
「おお、なんか情報ありそうだな!」
なんという好都合。自分に主人公補正でもかかった気分だ。表紙を見ると研究記録と書かれている。
「えーと、これが研究開始初日のページか。…彼女に振られた、これからは仕事一本で生きる」
「…おお」
アスタが微妙そうに反応する。
無理もない、アスタは力ない人々のために情報を期待しているのに、どうでもいい研究者の個人情報が出てきたからだ。
まあ、個人の手帳だ。何を書くかは持ち主の自由である。今は有用の情報があるのを期待して読み進めるしかない。
「…彼女が同僚と付き合いだした。研究所に行きたくない」
人間関係がややこしくなるしな。
「…同僚が彼女との惚気を俺に聞かせてくる。俺の元カノと知ったうえで。研究所に行き
たくない」
同僚クソ野郎じゃないか。
「…同僚がミスやらかした。ざまぁ」
手帳の持ち主もどっこいどっこいだな。
「…来月、同僚と彼女が結婚式を挙げるらしい。死にたい」
ああ、うん…。
「メリル、それを貸せ。燃やす」
「まだ数ページしか読んでないよ。もうちょっと解読しようよ。…同僚が結婚式の準備で
忙しいって毎日俺に仕事を押し付けてくる。死ね」
「メリル…」
「もう少し、もう少し」
しかし反応しがたいやつばかりだな。表紙に研究記録って書いてあるのに全然関係ないじゃねえか。
「…同僚が結婚退職するらしい。おかしくね?なんで男が結婚退職するんだよ」
ケースバイケースだろう。
「…彼女が結婚資金を持ち逃げしたらしい。あんな女に引っかかるなんて同僚は馬鹿だな」
お前も引っかかったじゃないか。しかもちょっと前まで未練たらたらだっただろうに…。
「…同僚が研究所に戻ってくるらしい。最高の笑顔で出迎えてやろう」
その笑顔が目に浮かぶようだ。とんでもなく悪い顔だっただろうな。
「…最近貯金が心もとない。そういえば俺も彼女に貢ぎ過ぎて貧乏になったんだ」
なるほど、こいつも馬鹿だったんだな。
「…同じ経験をした同僚と俺は意気投合した。二人で最高傑作をつくってやろうと誓い合った。そして出世しまくっていつか彼女がすり寄ってきたら思いっきりふってやろうと二人で誓った。俺たちは兄弟だ」
前半はまだしも後半カッコ悪いな。
もう流石に理解した、これは決して研究記録なんかじゃない。ただの愚痴日記だ。
「…ついに傑作が完成し。気がつけば十年もたったものだ。俺と同僚が涙ながらに抱き合
って完成を喜んだ。こいつは彼女と同じ名前──デルヴィアと名付けよう」
…なんでだよ。なんでそこで彼女と同じ名前が出てくるんだよ。
次のページをめくるが、手帳はここまでのようだ。その後の事も少しだけ気になったのだが、残念だ。
「ここまでみたいだ…ん?」
手帳を閉じると一枚の紙がひらりと落ちる。
それを拾い上げながらアスタを見ると、完全に顔から感情が抜け落ちていた。
「…時間の無駄だったな」
「しょうがないさ。見ないわけにもいかないし」
こんな所に落ちている手帳だ、調べるべきだろう。
「それでその紙はなんだ?」
「ああ、これは…ん?」
僕は言葉を失う。僕が拾い上げた紙はまぎれもなく……「写真」だった。
「おお!あのゴーレムの絵か。すげぇ細かい所まで描写しているな」
アスタがなにか言っていたが僕の耳には入ってこなかった。
そんなことよりも僕は思考することに捕らわれる。
──古代文明は<記憶の世界>とつながりがあるのか?
──写真以外のものもあるのか?
──あちらの世界と行き来できるのか?
──それなら向こうの世界の人がこっちにも?
「──リル、メリル!」
「……ああ、ごめん。絵がうますぎてぼっとしていたよ」
反射的にいつものように誤魔化す。誰にも話さないと決めたことだ、誤魔化すのはもう手慣れている。
アスタはそんな僕に違和感を感じなかった様で普段通り話しかけてきた。
「お前にそんな芸術センス無いだろう?」
「描くのと鑑賞するのは別だよ」
「じゃあよく絵とか鑑賞するのか?」
「…しないけど。もういいじゃん、勘弁してよ」
「反応が面白くてな。その手帳が使えないとなると…どうする?」
「他にもあるか探してみる?」
「ああ、そうするか」
…すこし落ち着いたな。
あのゴーレムを造った文明だ、自力でカメラをつくれてもおかしくない。アスタと離れて改めて写真を見つめる。
人の手では決して届かない描写の細かさ。
風景そのままを切り取った様な鮮烈な絵。
この世界ではまだまだ届かないと考えていた技術力に思わず我を失った。やはり僕はあちらの世界の事が気になるのだ。
自分の記憶とごっちゃになる時もあったし、だいぶ苦労したものだ。この<記憶>が自分のものでないと知ってからも安寧の日々は来なかった。
自分はこの世界にとって異物ではないか、本当に自分はこちらにいてもいいのか。色々と悩んだものだ。だが、もう自分の中で結論は出ていた。
どんな理由で僕が<記憶>を渡されたのかは知らない。もしかしたら理由なんて無いのかもしれない。
だが、それはどうでもいいことだ。
──<記憶>は向こうのものであっても、僕はこの世界の人間だ。
──<記憶>をもったまま生きると決めた。
どうせ捨てられないし、いやでも意識せざるを得ないのだから。
そしてこの事は誰にも話さない。小さい頃からの誓いだ。人に距離を取られるのはまだしも気味悪がられるのはもう嫌だ。
決して破られる事の無い約束だ。
「おーい、メリル!」
「なんだー!」
遠くにいるアスタから呼びかけられたので、こちらも大声で返事する。
するとアスタがこちらに駆け寄ってきた。
「ほら、これ」
「もう見つけたのか!」
どうやら運よくまだ手帳は落ちていたらしい。だがこんな広い空間でよくそんな早く見つけられたものだ。
「昔から物探しは得意でな」
「どうやって見つけてるんだよ…」
牛の獣人は特別五感が優れているとかは無かったはずだが。
「勘だ」
「またそれかよ」
五感がないから第六感でか?
「そんなに物探しが得意なら、依頼も多そうだね」
「ああ、ペット探しから薬草採取まで俺はやるぞ」
それでいいのかAランク冒険者。まあ、らしいっちゃらしいのだが。
なぜかアスタが小さな女の子のために、樹木に引っかかった風船を取ってあげている光景が目に浮かんだ。
そんな妄想を振り払って手帳を開く。
するとそこにはやっぱり古代文字が並んでいた。
はぁ、またかったるい翻訳作業か…。




