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父と訓練

 

 コツコツと廊下を歩く声が聞こえる。この音はメイドの靴だから、来るのはおそらくカレルだ。どうせ勉強しろとか言いに来るのだろう。


 そういえば「記憶」の世界の少年少女たちもこうやって親に勉強させられていたな。


 だかしかし、僕は大貴族。他人に自分の時間を動かされるのはありえない。




 ガチャリと静かにドアが開く音がする。


「メリル様、算術の勉強のお時間です」


「来たな、静寂な破壊者よ。ここに貴様の求めるものはない」


 軽くカレルをあしらいつつ笑わせたつもりだが、こんな時でも彼女の笑顔に罅は入らない。少しくらいニコリとしてくれてもいいのに。そんなんだと主のギャグのセンスが磨かれないぞ。


「メリル様、算術の勉強の時間です」


 挙句の果てに同じセリフを繰り返してくる。こいつはゴーレムか何かか?


「算術の勉強なんてくだらん」


「勉学をするのはご自分のためです、メリル様」


「勉強が嫌という話ではない。算術が嫌なのだ」


 <記憶>によってかなりの知識を得ている僕にとって算術はつまらないものだ。あちらの世界では数学として発展している分野なのにこっちは算術である。


 もう勉強なんてしなくても習得しているし、もう既に知っていることを授業させられるのはとても退屈だ。眠くてたまらない。


「こんなに出来るのなら普通は嫌わないはずなのに、変わっていますね」


 普通じゃないからな…とは言えないのではぐらかす。


「主に向かって変わっているとは何事だ、カレル」


「主に誠心誠意お仕えするのもメイドの役目です」


 相変わらず口が達者でいらっしゃる。


「誠心誠意というならば、その笑顔の仮面は誠の心でつけているものなのか?」


「もちろんでございます。それに笑顔はメイドの嗜みです」


 こんな会話を繰り広げている間も仮面メイドは笑顔を崩さない。


「それではメリル様、勉強にはいりましょう」


「算術は問題ない。この時間はフリータイムだ」


「ならば歴史の勉強をいたしましょう」


「疲れているから無理だな」


「今日は疲れることをなさっていないはずです。勉強から逃げる事は良いことではありませんよ」


 おやおや、全く仕方ないな、カレルは。


「カレル、逃げることで解決する問題も存在するじゃないか。逃げて先送りにしているうちに、問題は問題じゃなくなってしまうことも多い。今このときに解決しようと思うから、人は苦労するのだよ」


<記憶>の世界ではこんな名言を言った人がいるらしい。その名言を借りてカレルを説得するとしよう。




「メリル様、歴史の勉強のお時間です」


 そういってカレルは本をとりだす。こいつせっかくの名言を聞いていないな。


「準備がいいな」


「メリル様が駄々をこねると予想していましたので」


「誰がいつ駄々をこねた」


「では前回の続きから入りますね」


 歴史の授業は<記憶>が少しも役に立たない。そういう意味ではあまり好きな授業ではない。


 だが国や貴族同士のいざこざや地方の特産品など有用な情報を逃すわけにもいかないのでサボるわけにもいかないので歴史は僕が数少ない比較的まじめに受けている授業だ。


 もしかしてカレルはここまで予想して歴史を選択したのだろうか。恐ろしいメイドだ。


「そろそろ休憩に致しましょう、メリル様」


「そのセリフはもっと前に聞きたかったな」


「紅茶とクッキーを用意しました」


 そういって渡された香り高い紅茶を一口飲み、息をつく。


「カレル、午後の予定は何がある?」


「バデルタ様との模擬戦があります」


「父上と模擬戦か、また手が痺れたりするのだろうな…キャンセルとかできない?」


「一週間事あるごとに模擬戦の話題をするほど楽しみにしていたバデルタ様にお断りの言葉を言えるのならば、メリル様ご自身でどうぞ」


「無理だね」


 口では分かったと言いながら沈んだ表情を見せつけてきそうだ。


 そういってまだほのかに熱いクッキーに噛り付く。洗練された小麦粉とバターの香りが口に広がる。いつ食べてもシュティーア家の菓子職人はいい仕事をすると感じるな。


 休憩の時間を過ごしながら父にどう勝つか作戦を練る。達した結論は「今はまだ無理そう」ということだった。






「楽しみですね、兄上」


「性癖の暴露か、シオン。これから父上に叩きのめされるというのに」


「違いますよ!父上と戦うのが初めてなので楽しみなのです!」


「統括騎士団長だしな。この国最強の一角だ」


「雄牛の様な荒々しい戦い方をするそうですね」


「それはシュティーア家の家紋が黄色い雄牛だからとかそんな理由でだろ」


 じゃないとわざわざ他人の戦い方が牛みたいとは言わないと思う。


 ……自称とかでなければな。


「大剣を振り回す剛力は確かにすごいよな。機甲もパワータイプの様だし」


「父上の機甲は名声が轟いていますからね。なんでもドラゴンを一撃で討伐したとか」


「Aランクモンスターをそんなに簡単に討伐できると思えないが…。しかしあの剛力と大剣なら不可能では無いと思えてくる」


「今回は機甲を見る機会は無さそうですよね」


「当たり前だろう、機甲を顕現出来ない子供に機甲を使うなんて大人げなさすぎる」


 僕たちは雑談をしながら歩を進めていくのだった。




 修練場の中には既に父が待っていた。


「遅いぞ、お前たち」


「父上が早いのです、まだ予定していた時刻よりも早いはずです」


 楽しみにしすぎだろう。


「まあいい、早く準備しろ。今日は確かめたいこともあるしな」


 誤魔化したな、父よ。それに確かめたいこととは何だろう?聞いても素直に答える気がしないので模擬戦の準備を進めていく。


 訓練用の剣にモンスターの特殊な油を塗って切れ味を落とす。軽くて丈夫な革鎧を身に着けていき、心の準備もする。僕とシオンの準備が終わり、父と向かい合った。


 当然2対1だ。数の有利があっても、戦力的な意味合いでは有利ではない。模擬戦の初めを告げるように父が口を開く。


「さあ準備はできたか、お前たち!今日こそ父の偉大さを教え…」


 父が言葉を終わる前に駆け出し、大上段からの斬撃を放つ。しかしそれはひらりと右に躱されてしまう。あんなに重そうな装備なのに身軽だ。


 躱されることは予測していた、なのでそのまま様々な方向から斬撃を放ち、父と打ち合う。


 まともに打ち合えるということはまだ本気ではないのだろう。流石にパワーが違いすぎるのでやると思えばすぐに僕を弾き飛ばせるはずだ。リズムよく打ち合っていた所でわざとタイミングをずらして剣を振る。


 こうやって戦いのリズムを崩すことは有効だと教えられたので活用する。しかし隙を狙えたと思った横薙ぎは地面に刺さった大剣にはじかれた。


 父は少し驚いたようだが、冷静にその腕力で無理やり大剣の軌道を変えて地面に突き刺したのだ。


 相変わらず恐ろしい剛力だなと思いながら全力で後ろにジャンプする。その直後、先ほどいた場所に父の蹴りが刺さる。


「やるようになったメリル」


「ええ、父上に不意打ちされて地面を転がるような無様はもうコリゴリなので」


 以前、父と模擬戦したときに同じように不意打ちをもらったのだ。その後、これではダメだと説教されたのはまだ記憶に新しい。


 言いたいことはわかる。誰もが正々堂々戦うわけではないし、不意打ち上等な世界は多い。


 ましてやモンスターにいたっては人の都合など関係ない。


 そういうことだろう。


 だが、父と初めて模擬戦する子供にやる行動ではないと思う。


 この苦い経験のおかげで不意打ちの可能性を注意することを心に刻めたのは幸いだ。父はもしかしてここまで計算していたのだろうか。


 そのまま父とにらみ合っていたが、突然父はこちらに背を向けたまま未だ状況についてこられないでいたシオンに斬りかかった。


 父が向かってきたことで漸くシオンはどうすればよいか分かったらしい。実際の戦闘にはルールが設けられることは少ない。ゆえに父との模擬戦はなんでもありだ。そのままシオンは父と切り結ぶが、思ってたいたよりもシオンは持ちこたえているようだ。


 僕の時よりも手を抜いているようだな、あれは。


 丁度いいので息を整えて体力休憩に入る。大して消耗はしていないのだが、もう一度父と打ち合うことを考えると、体力は万全にしていたほうが良いだろう。


 そのまま父とシオンの模擬戦を観戦する。シオンは思いのほか粘ったが、父に僕よりも手加減されているのを察したのか悔しそうに剣を振るっている。


 しかし、勝敗は初めからついている。父がもう少し本気になっただけで今の均衡は崩れるだろう。シオンがガードの上からそのまま吹っ飛ばされて地面に転がった。勝負はついたようだ。そのまま父はこちらに振り返る。


 その雰囲気はいつもと違うようだ。シオンが思ったより力不足だったからだろうか?

 

 あれでも同年代では群を抜いているはずだが。


「皆の者、シオンを連れて下がれ。私はメリルと話がある」


 なんだいきなり。


 その命令を聞いて周りにいた家令達がシオンを連れて修練場の外に出ていく。


「メリル、少し話をしようか」


 そういう父はどこか悲しそうだった。


 僕がなにかやらかしただろうか?




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