街で軽い昼食を
役場から外に出て、これからの予定を考える。思ったよりも早く終わったし、当初の予定通り散歩でもするか。
そこまで考え、一歩踏み出そうとすると、視界の影に特徴的な牛の獣人を捕えた。
「おーいアスタ!」
「おお、メリルか!どうしてそんな所にいるんだ」
「仕事だったんだよ」
「まだ子供なのに仕事しているのか?」
「貴族だからね。」
「へー、よく頑張ったなぁ」
その返事はまるでお父さんのお仕事をちょっと手伝った子供を褒めるようだ。
アスタはどれほど大きな話が中で行われたか想像もしていないだろう。まあ、するつもりもないが。
出来ればシュティーア家の人間だとバレずに、このままの仲を維持したいところである。もしバレたらきっとこのままの関係ではいられないだろうから。
「メリルはいつまでこの街にいるんだ?」
「明日で帰るよ」
「急だな」
「そろそろ学院に入る時期だからね、準備しないと」
「おお、学院に入るのか」
「貴族は強制的に入ることになっているんだよ」
まあ例え、強制でなくとも貴族なら王都の学院には入るだろうが。
「入学式で機甲使いの祭りがあるんだよな?」
「ああ、あるね」
入学時点で新入生の上位10人と学院にいる在校生の上位10人で機甲による決闘をするエキディビジョンマッチだ。
新入生は先輩の遠い背中を、在校生は新入生の力を推し量る目的がある。たしか在校生側の上位10人はなんか特別な呼ばれ方をしていたな。
えーと、なんだったけな…まあ、いいか。
とりあえず、もし勝ったらその座を奪えることは確かだったので、入学式では大暴れするつもりだ。機甲を顕現できたら…だが。
「俺もそれ、見に行きてぇな」
「行けばいいじゃん」
アスタは自由気ままな冒険者だ。何者にも縛られず、自由に行き先を決めることが出来る。
「でも、俺が街を守らねぇとな」
……本当にこの街を大切に思っているんだな。彼にとっては第2の故郷と思えるほど入れ込んでいる気がする。僕にとってはそこそこ豊かな小さな街に見えるが、アスタは違う景色を見ているのだろう。
「アスタはこれからなんか用事あるの?」
「軽く飯食って、あとは街の周辺の見回りをするつもりだぞ」
「見回りって毎日やっているの?」
「いや、モンスターの動きが活発した時だけだ」
最近はオルトロスの群れが襲来し、森の生態系に変動があったせいか、街の近くにまでモンスターが現れるようになったらしい。ギルドの掲示板で注意しろと書いてあったな。
「そういや、メリルに聞きたいことがあるんだった」
「何?」
「ここ数日、街で見かけない顔が増えてな。怪しい感じはしなかったが、どいつもこいつ
も強そうでよ、何か知らねえか?」
…心当たりはある。
多分護衛とか家令とか僕が連れてきた人たちだな。いや、連れてきたというより無理やり連いてこられたってのが正しい。しかし、ここで全員家の関係者と言う訳にはいかない。
こんなに人を連れてくるなんてどんな貴族だと怪しまれる。なんとかうまく誤魔化そう。
「あんまり心当たりはないな。連れてきた護衛はいるんだけどね」
「そうか…なにも起こらねぇといいんだが」
大丈夫です。明日にはみんな居なくなる…ってのは流石におかしいから少人数ずつ帰還させよう。
「メリルはこれからどうするんだ?」
「そうだねぇ、予定もないからアスタについていこうかな?」
「お、また手伝ってくれるのか」
「あんまり遅くまでは無理だけど」
「よし、それじゃあ行こうぜ。まずは腹ごしらえだ!」
アスタが選んだ店は赤い看板が特徴的な街の大衆食堂だった。
「へー、賑わっているね」
外からでも分かる程、店の中は客で賑わっている。
「ここ、安くてうまいんだぜ。値段ギリギリまで下げているから大人気さ」
客層を見てみると、街の大工や職人、そこそこ裕福そうな商人もいる事からここの味は街の人たちにも信頼されているのだろう。
でも、ここで食べるのはちょっと嫌だな…。今は昼時なので、店の前は順番待ちしている人が多く並んでいた。これに並んでいたらいつ食べられるか分かったもんじゃない。
…まあアスタに推薦だ、我慢するか。
「どうしたメリル、苦い顔して?」
僕の葛藤に気付いたのか、アスタが声をかけてくる。
「いや、その…うん。客が多いね」
「なんか言いたいならはっきり言えよ」
「…これどれくらい並ぶの?」
「ああ、これくらいなら30分ってとこか?」
……えっ?
さんじゅっぷん?サンジュップン?
「なんでそんな絶望した顔しているんだよ。…もしかしてメリル、「列に並ぶ」って行為
をしたことねぇのか?」
「…うん。」
…僕はシュティーア家の人間で、順番待ちとかとは無縁だった人間だ。自分の番になるまで待つとかちょっと別次元の概念みたいだ。
いや、こう考えよう──これは社会経験の一環だ。外に出ればこういう機会はいくらでもあるだろう。
「…大丈夫だ、アスタ。俺は誇りある貴族だ、列に並ぶぐらいどうってことない」
「一般人も列に並ぶくらいどうってことないぞ。箱入り坊ちゃんはやっぱ違うなぁ」
「…坊ちゃんはやめてくれ」
「安心しろよ、メリル。個室予約しといたから」
「大衆食堂に個室なんてあるのか?」
「ああ、元々ここは宿屋だったんだが食堂に改装したときに壁を全部取っ払ったんだ。で
も一部屋だけやたらきれいな内装なのを女将さんが気に入って、残しておいたらしい。」
「そうなんだ」
「女将さんとは仲いいから、言えばいつも個室を開けてくれるんだよ」
アスタは体格のせいでよく食べるだろうし、それなりに金を持っている。いいお客さんだろうな。
「いらっしゃい!」
店の中に入ると、明るい雰囲気のおばちゃんが出迎えてくれた。その周りでは従業員がせかせかと忙しそうに動き回っている。
「女将さん、今日も上手い飯を頼むぜ」
「まかせな、アスタ。うちはいつだってうまい飯を出すさ。…それでその子はアスタの子か?」
「はは、種族が違うだろ、女将さん」
「養子って可能性もあるだろう?それともやっと弟子でもとったのか?」
「どっちもちげぇよ。冒険仲間だ」
仲間って言われるとなんか照れるな。でも同時にうれしいと思う自分もいる。
「そうかい。あんた、名前は?」
「僕はメリルだよ」
「良い名前だね、きっと大物になるだろうさ」
そう言って女将さんは頭を撫でてくれる。なんか子供扱いされて微妙な気持ちになるが、表に出さない。女将さんぐらいの年齢の人から見たら、あと2、3歳年をとっても子ども扱いされるだろうな。
あと僕はもう大物です。
席について、アスタと軽く雑談する事数分、すぐに料理が運ばれてきた。さすが大衆食堂、料理の出るスピードが圧倒的だ。
運ばれてきた料理は鳥系のモンスターの腿に香辛料をつけて焼いたものだ。まだ肉汁が断面からあふれ出していて食欲をそそる。
「この香辛料はこの周辺のものじゃないよね?」
たしかこれは南のほうでしか取れなかったはずだが。
「女将さんの弟が試験的に栽培したらしいぞ。魔道具とか色々使って南と同じ様な環境を作っているんだ」
へぇ、うまくやったもんだな。南でしか取れない希少な香辛料の栽培に成功したとなると、莫大な富が手に入りそうだ。
「最近、栽培量が安定してきたとかでこの店でも宣伝目的で使うことになったらしい。その腿肉はその香辛料を使った新メニューってわけだ。俺も今日はこれが目的で来たんだ」
なるほど、新メニューね。外で並んでいた人たちもこれを食べに来たのだろう。結構ボリュームあるし、人気が出るだろう。
いずれはこの街の定番料理になりそうだな。
南の香辛料を栽培する…ね。家の者達に少し、調べさせるとするか。うまくいきそうなら援助して、この街だけでなく領地にもこの香辛料を広めたいものだ。
香辛料の種類が増えれば、料理のバリエーションも増える。それは文化の発展につながるだろう。そんな事を考えながら、僕は腿にかぶりついた。




