ドウルプダの用事
僕らも順調に街まで戻る。あの後聞いたのだが、アスタの言った道は確かに街まではつくのだが、多少遠回りする道らしい。
僕らも街に帰る途中だったが、同じ道を行きたくないのでその道を教えたそうだ。まあ僕もその意見には賛成である。
特にあの馬車の中にいた枢機卿は関わるだけで厄介なことになりそうだ。
街まで行き、門で軽い手続きを受けて中に入る。
するとカレルが変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。いつ帰るか正確な時間を伝えていないのに、待っていてくれたらしい。さすがシュティーア家のメイド、忠義心がある。
「おかえりなさいませ、メリル様」
「ただいま」
ちょうどおやつの時間だからか周辺にあまり人はおらず、こちらの会話を聞いている人物もいない。なのでカレルは街娘の演技では無く、メイドとして振舞っているのだろう。
「ああ、ただいま。あ、アスタと話してみる?前はあんまり話せてなかったみたいだし」
「どうでしょうね」
……?
カレルの返答が何か変だ。その視線の先を追うと、クーラーボックスの様な魔道具で顔を隠しているアスタの姿があった。
もちろん体は隠れていない。
「なにやってるのアス…あっ」
ああ、やっべ。
カレルが「エリーニュスより怖い」っていう誤解を解くのをすっかり忘れていた。いや、個人的にはあながち誤解でも無いが。
「メリル様、何ですか今の「あっ」とは」
「あー、うん。その、なんだ…」
どうしたものだろうか。
いつもは少し考えるだけでなんでも答えが浮かんでくる優秀な頭が仕事をしてくれない。僕もアスタの後ろに回り込み、体を隠して小声でアスタに話しかける。
「頼むぜAランク冒険者」
「俺にどうしろっていうんだよ、お前の家のメイドなんだから何とかしろよ」
「いやぁ、今のカレル怖いし」
「俺だって怖いぜ。Aランクモンスターより怖いメイドってどんな化け物だよ」
「どういうことですか?」
「「えっ」」
いつの間にか接近していたカレルに聞かれてしまったらしい。
「Aランクモンスターとはどういうことですか?」
「はは、なんだろうね…」
横に顔を向けるが、その視線に追いつくようにカレルも移動する。これではカレルから視線を背けない。
「…エリーニュスだよ」
「おい、アスタ。なんでバラすんだよ!」
「悪いな、メリル。俺だけでも逃げるぜ」
僕を見捨てていくなんてなんと卑怯な…いや、もともと僕が蒔いた種か…。
「それじゃあ、俺はこの辺で…」
「お待ちください」
カレルがその細い右腕で逃げようとするアスタの肩を掴む。もちろんアスタの身体能力なら振り切れないわけが無いはずだが、アスタは動かずに冷や汗を流すだけだ。よくみるとアスタの体は小刻みに震えている。
これではとても誇りあるAランク冒険者には見えない。
「アスタ、エリーニュスみたいな雰囲気の女性が好みって言ってなかった?」
「雰囲気は好きとは言ったけど、エリーニュスみたいな怖さは好きとは言っていない」
「二人とも人の前でおもしろい話をしていますね。ぜひ、混ぜてください」
「「…」」
その後なにがあったのかは秘密にしておこう。ただ、アスタは火に油を注いだだけだと思う。
「ああ、そうだカレル。」
「どうかなさいましたか?」
「この街の孤児院へ流れる金の流れを家のものに調べておいてくれない?」
「かしこまりました」
「俺からも頼むぜ。以前からおかしいと思っていたが、メリルのおかげでその正体を掴んだかもしれない」
これでアスタの心配事も無くなるだろう。
「それじゃあ俺はドウルプダにリノセスを返してくるぜ」
「今日はありがとうね」
「ああ、また釣りに行こうぜ。次はちゃんと釣れるといいな」
「次は食べられる魚を釣るよ」
軽くいじられながらアスタに別れを告げる。そのままとってある宿への帰路についた。
「今日は楽しかったですか?」
「ああ、今日はね──」
「起きてください、メリル様」
「起きようと思った時に起きるよ」
「生活リズムが狂いますよ」
「今日は何も予定が無いからいいじゃん」
「いいえ、先ほどお客様を来訪されましたよ」
今日は誰かと会う約束はしていなかったはずだ。
「カレルのファンとかじゃないの?」
カレルに言い寄ろうとする男は両手の指で収まらないほどいる。その有能っぷりに屋敷の中にもカレルのファンは男女問わずいたはずだ。中には狂信者みたいなのもいる……しかも僕の護衛にだ。
「いえ、メリル様を訪ねてこられましたよ。今、下の部屋で待たせております」
…誰だろう?
この街に貴族が来ていることは皆知っているが、具体的に誰が来ているかまではあまり広まっていないはずだ。
アスタ──ならカレルはそう言うだろうし、分からないな。
さて、どうしようかな。アポとってないし、追い返してもいいのだが。一応誰が来たか聞いておくか。
「名前は聞いた?」
「この街の街長のドウルプダ様ですよ」
これは意外な人物の名前が出たな。彼はあまり僕に会いたくないだろうと思っていたのだが。昨日リノセス貸してやったからお礼を言えと言いに来たのだろうか。まあ、あの街長に限ってそんな訳ないか。
「分かった、会うよ」
「かしこまりました。では、準備いたします」
身だしなみを整え、人と会うのに相応しい格好をする。朝飯を食べていないので少し空腹感がするが、人を待たせておいてまで朝食を食べるという選択肢は無い。
面倒事では無いならさっさと終わらせて、どこか街中で食べようかな。
「おはようございます、メリル様」
階段で下まで降りると、とてもにこやかな笑顔でとてもふくよかなおっさんが出迎えてくれた。
「おはようドウルプダ。君から会いに来るとは思わなかったよ」
「メリル様は多忙かと思いましてね、私ごときのために時間を使っていただくのは申し訳ないと思いまして」
いや、全然暇だけど。この街には物見遊山に来ただけだ。僕に会いたくないだけだろ。
「僕としたことが領地の街長との交流を疎かにしていたな。明日から毎日顔を出そうか?」
そんな事を言うとドウルプダは顔を青くする。
「ええ、まあ、来ていただけるのでしたら…ははは…」
心情的には「はい」と言いたくないだろうが、「いいえ」というと失礼に当たる。少し意地悪な質問をしてしまったな。
「冗談だよ、それで本題を聞こうか」
「メリル様、それではこちらに。軽食の準備が出来ています」
カレルがなにか食べるものを準備してくれたらしい。
「食べながら話すか」
「分かりました」
「さあ、こちらですドウルプダ様」
カレルを先頭に用意された部屋に行く。そこには出来たばかりの温かい料理が並んでいた。一日の始まりはやっぱり朝食からだな。
「いただきます」
手を合わせて、料理に祈るような動作を取る。<記憶>の世界では食事前にこれを言う事で食材や料理人に感謝を表していた。
その心意気というか、考え方が好きなので僕も真似しているのだ。この動作は人目が多くないときはすると決めていた。
とくに家族の前でやると色々突っ込まれそうなので心の中で軽く言うだけにしている。
「それはシュティーア家の伝統的な祈りですか?」
もちろん僕の事情なんて知らないドウルプダが聞いてくる。何も知らない人から見たら宗教的な動作に見えるのだろう。まあすべて説明するわけにはいかないが、彼なら軽い説明をするだけで深く突っ込まないはずだ。
「いや、僕個人のものだよ。料理された食材や料理人に感謝していただきますって言うんだ」
「素晴らしい考えですな。食材や料理人に感謝など今まで考えたことありませんでした。では私も」
まあ、この世界では異端な考え方だろう。あちらの世界でも日本以外にそれを言う国はあまり多く無かったはずだ。
「それじゃあ本題を聞こうか。なにか厄介事?」
「実はカスドラク教の団体がこの街にいらしましてね」
……ああ、その名前は聞きたくなかったよ。
「なんと今回は枢機卿もいらしているみたいで」
知っている。なんならもう会っている。
「その枢機卿が問題でしてな」
「なにか騒ぎを起こしたの?」
「ええ、隣国の重要人物が来ているのに1番いい宿が空いていないのはどういうことだ、と」
一番いい宿が開いていない?……ああ、ここか。
「貴族が利用しているから無理ですって言ってやれよ」
「ええ、そう言いましたら、枢機卿よりも立場が上の貴族がこんな辺鄙な所にいるはずが
ないだろうと怒りましてね」
ここシュティーア領なんだからシュティーア家の人間がいるとは思わないのだろうか?
たしかに中心からは離れた所ではあるけれども…。それに枢機卿は確かに位だけは高いが、持っている権力でみたらこの国の中位貴族にも届かない。
我が国から見たら教国は格下だからということもあるが。彼が認識している自分の力は、彼自身の国でしか発揮できない。
「あまりにも騒ぐのでシュティーア家の貴族が泊っていると教えたのですよ」
この野郎、余計な事を。
「そしたらぜひ会いたいと言うので、私がメリル様を訪ねて来たのですよ」
ああ、やっぱりそうなるよな…。ドウルプダの魂胆は簡単だ。厄介事には厄介事をぶつけて楽になろうとしているのだろう。
先ほどの話もドウルプダはああ言っていたが、面倒事の僕と枢機卿をぶつけてどちらかが去ってくれればドウルプダに都合がいいので、彼がそういう風に話を誘導したのかもしれない。
そこまで大きな街ではないが、街長に上り詰める人物だ。口も回るのだろう。
本当にやってくれたな、こいつ。
「…断ると確実に面倒なことになるよねぇ」
「ええ、そうでしょうな」
「……あんまり貴族を利用するもんじゃないよ。バレたら後が怖いだろう?」
そういうとドウルプダはまた顔が青くする。
厄介事を片付ける事ばかりに目が行って、その後の事までは考えつかなかったらしい。
「…まあ、話は分かった。要するに教団を追いだしてくれって事だね?」
「ええ、あまり大きな声では言えませぬが」
「分かった、何とかしてみるよ」
幸い、こっちにはカードがあるし。




