帰り道にて
「それじゃあそろそろ帰るか」
「……ああ、うん」
若干心に傷を負った僕は投げやりにアスタに答える。
生まれて初めて「下手糞」という言葉を言われた気がする…。いや、言われたのは「ど下手糞」だったけな、とそんな事まで考えてしまう。
「悪かったって、メリル。つい本音が出ちまったんだ」
「謝るふりして追い打ちかけているの?」
「いや、そういうつもりはないぞ。ほら、こことかとてもお上手に書けていますぞ」
なんだよ、「とてもお上手」って。フォローしようとしてアスタらしからぬ言葉遣いになっている。
「はぁ…、まさか講師が逃げた理由がこんな事だったとは」
おそらくは自分では矯正不可だと判断してやめていったのだろう。もしかして他の講師も…いやいや少なくとも学問と剣術とか実用性の高いものは父のお墨付きも貰っているし違うはずだ。
……たぶん。
いや、まだ僕が本当に下手だと決まったわけではない。アスタと僕の芸術観が違うだけで、他の人の意見もまだ聞いていないのだ。
……帰ったらカレルに聞いてみよう。
持って帰るべきものを全て魔法袋に詰め、撤収する。どんどん放り込むだけでいいので早いものだ。帰り道も蒼い結晶が張り付いた洞窟を楽しみながら外に出る。
出口まで歩いていくと、そこにはリノセスが器用に短い足をたたんで座り込んでいた姿があった。釣りしている間ずっと待たせていたと思うと少し申し訳ない気持ちになる。
そんな事を言葉の通じないリノセスに言っても仕方ないので実際に口に出すわけではないけれど。
ふいにゴロンっと大きな音がしたので振り返る。
「これでよしっと」
アスタが入り口を大きな岩で隠したようだ。まあ、こうでもしないと人が多く集まりすぎて秘密の場所ではなくなるからな。盗賊の隠れ家やモンスターの巣にでもされると厄介だし。
「帰り道は一番早い道で帰るぞ」
「そうなんだ」
てっきりまたあの崖の上の景色を見に通ると思ったのだが。
「なんか嫌な予感がしてな、雨でも降るかもしれない」
もし雨が降ったらああいう崖は確かに危険だな。
「じゃあ、帰るか」
「ああ」
帰り道は平坦な道を通って帰る。商人などの一般人が使うために舗装された道だ。もちろん舗装といっても<記憶>の世界のものほど立派なものでは無いが。
揺れる馬車の中で本を開くが、やはり字が読みにくい。いつも乗るような馬車ならそんな事は起こりえないのだが、贅沢は言えない。これでもあの街の中では上等な馬車の部類なのだろうから。
「メリル、嫌な予感は雨じゃなかったようだ」
前方で御者をやっているアスタに声をかけられたので顔を向ける。
「モンスターでも出たのか?」
「いや、もっと質の悪いものだ」
盗賊でも出たのだろうか?外を見てみると、白い服を着た宗教団体がぞろぞろいた。
その中央にはこれまた白い馬車が鎮座している。護衛っぽいものが多いとみるに結構偉いのがあの馬車の中にいるのかもしれないな。
これは…純人族至上主義のカスドラク教団かな。獣人のアスタがモンスターより質が悪いと評するのも頷ける。まあ、面倒くさい相手ではあるけど、無視すればいいだけだ。
僕はアスタほど、あの宗教団体になんらかの感情を抱いていない。
「さっさと行こうよ、関わらなければいいじゃん」
「まあ、それもそうだな」
アスタは苦い顔で答える。もしかして過去に何か関りがあったのかもしれないな。それとも見ただけで気分を害した可能性もあるか。
「そこの馬車止まってください!」
外から声が響き、僕も顔をしかめる。
ああ、関わりたくねぇ。
「僕が行くよ」
仕方がないから僕が立ち上げる。
「いいのか?」
「アスタが行くと絶対話がこじれるだろう?」
流石に純人族ではないからという理由で襲い掛かったりはしないだろうが、無駄に時間を食う可能性は非常に高い。
「分かった、任せるぜ」
「ああ」
馬車から飛び降り、カスドラク教団の方に向かうと、他の教団のものより前に立つ人がいた。服が少し派手だし、この中では偉い方だと見える。声をかけてきたのはこの人だろうか?
「急に呼び出してすいません」
礼儀正しい姿をみるに物腰柔らかな人物の様だ。
「どうかしたの?」
彼から見て子供の僕が敬語を使わなくても、怒らないところを見るに話が通じるみたいだな。
「えっと、その前に1人でここまで来たのですか?」
「いや、もう1人大人がいるよ」
「そうですか」
心配されたらしい。子供が1人で出歩くには街から遠すぎるもんな。
「それで本題なのですが、この辺りに街はありますか?出来れば道を教えて戴きたいのですが」
「ちょっとあやふやだから聞いてくるね」
「分かりました」
馬車まで戻り、ドアを開ける。
「なんか道が分からないみたい」
「街まではこの道真っすぐ行けばいいぞ」
流石アスタ、話が早い。教団の人の所まで戻り、道を伝える。
「助かりました、ありがとうございます」
「困ったときはお互い様だよ」
口では言わないけど、この連中とはお互い様にはなりたくない。だから今言ったのはこの人個人に対してだ。
「これだけ人がいるのに誰も道分からなかったの?」
「ええ、全員カスドラク教国出身でしてね、この国には詳しくないんですよ」
いや、そうではなく。道が分かる人を集団の中に入れておくとか、この国で雇うとか出来ただろうに。まあ教国の不手際は毎度のことだし、人員選出の段階でなにかミスでもあったのだろう。
「じゃあ気を付けてね、最近この辺でオルトロスの集団が出たらしいし」
「大丈夫ですよ。護衛だけは強い人達がいますので」
「護衛だけは」という声に闇を感じる。護衛だけ質が良くても旅は上手くいかないだろうに、その尻ぬぐいをしているこの人はストレスが溜まっているかもしれない。
この中では偉い方だろうが、馬車の中にいる人物よりは下――つまるところ中間管理職なのだろう。
強い人と聞いて辺りを見回す。魔力を見た感じ、機甲使いは3人もいるようだ。確かに強力な護衛がいるな。
「では、どうかあなたにも神の御加護がありますよ──」
「遅い‼」
勢いよく扉を開け、白い馬車から恰幅のいい男性が出てくる。
見た感じ街長のドウルプダよりひとまわり腹が大きいようだ。叱り付ける声はねっとりとしていて、どう控えめに見ても良心的な人物とは思えない。
典型的な教団の腐った上層部の1人だろう。偏見だが、顔に私は汚職していますって書いてあるような気がする。根性と性格が捻くれてそうと思わせる顔だ。
「申し訳ありません、カティアス卿」
「全く何をやっておるか、道は聞けたのだろうな?」
「はい」
「ではすぐに行くぞ、こんな郊外にいつまでもいたくない。全くあの教皇のせいで…」
そういや最近教国のトップが変わったそうだが、そのトップに派遣されてきたのだろうか?
枢機卿レベルの人だと見るに、この国の上層部と話に来たのだろう。しかしどう見ても派遣する人を間違えているとしか思えない。
こいつは他種族どころか純人族も見下していて、どうも礼儀が正しい人とは思えない。
「おい、そこのクソガキ!」
……クソガキ?
初対面の子供にクソガキは無いだろう。トラブルが起きてイライラしているのは分かるが、子供にまで当たり散らすのは枢機卿としてどうだろう。求心力もなにもあったもんじゃない。
「一応礼はしといてやろう」
そういって彼は懐から銀貨を取り出し、僕の前に放り投げる。そのまま周りの者に早く出発するように怒鳴りつけ、馬車に戻る。僕は銀貨を拾い、目の前の人に渡す。
「…それはお礼なのでぜひ受け取ってください」
「あれからはお金を貰いたくないなぁ」
「……すいません。しかし、教国の枢機卿は皆あのような人ばかりではないのですよ」
と、言われても説得力無いけど…。
「それに今の教皇は腐敗を消し去ろうと国を正している素晴らしい人物なのですよ」
「そうなんだ」
「今」はそうならば「その前」はどうだったのだろうか。まあ、考えるまでもないな。
「それではあなたに神の御加護がありますように」
要らん──という言葉を飲み込む。
「はは、お兄さんもよい旅路を」
「終わったよ、アスタ」
「ああ、大変だったな」
足元に金を投げてくるとか無礼極まりないな。例え僕が貴族でなかったとしても、だ。
「もう関わらないだろうし、忘れることにするよ」
精神衛生的にもそれがいいだろう。
── ←ダッシュ記号なんとか修正しました、これでパソコン版も大丈夫なはずです。
でもこれなんか細いような……?(;´・ω・)




