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森で狩り


 魔力通しで自分の属性を測ってから一年経った頃だろうか。


 そんな事を考えていると心地よい風が自分の肌をなでる。気持ちのいい太陽の光が所々木々の間から差し込まれ、川に反射することで幻想的な雰囲気を醸し出している。聞いたこともないような鳥の鳴き声も森の奏でる美しいメロディーの一部だ。


 自分たちは今、森にいる。シュティーア家の領内にある森林に来たのだ。




「綺麗なところですね、兄上!」


「そうだなシオン。せっかくこんな素晴らしい所に来たんだ、軽くピクニックにでもしようか」


「駄目ですよ、今日は狩りをしに来たのですから。森でCランク相当のモンスターを狩って帰るのが今日の課題だったはずですよ」


「でもこんな景色を素通りするなんて、森に失礼だろう」


「兄上は景色なんてじっと見る性分ではないでしょう。さっさと帰って本でも読みたいとか思っているのではないですか?」


 なんだこいつ、失礼な。まあ、間違ってないけど。


「ほら、モンスターとか怖いだろう?体が汚れるのも嫌だしねぇ…」


「この森はそんな危険なモンスターは出ないはずですよ。それに護衛の人だっているから大丈夫ですよ。」


 ここは何度も来たことがある上に特別なものがある訳でもないので、冒険心が揺さぶられず早く帰りたいと思っているのは本当だ。冒険とは未知なものを開拓するものだと思う。


 護衛という名のお目付け役がいるのも減点ポイントだ。やっぱり冒険するならば自由に歩き回るのが一番である。



「いやいや、モンスターを舐めないほうがいいぞ。今この瞬間にここら周辺消し飛ばす力を持っているモンスターが現れるかもしれないだろう?」


「そんな大変なモンスターが出ないように騎士団がこの森を昨日のうちに掃除したはずですよ。それにそんな奴が現れたら貴族としてほっとけません!民のために退治しましょう!」


「そんな化け物に勝つのは無理だろ」


「いいえ、兄上なら勝てます!」


 他力本願かよ。こいつは僕をなんだと思っているのだろうか。機甲もないのにそんな化け物に挑むのは勘弁願いたいものだ。


 というか──


「お前も戦えよ」


「兄上の邪魔になるので、横で観戦しときますね」


 わぁ、いい笑顔。


 でも、こいつがこう言うのも無理はない。横で一緒に勉強しているシオンを置いて僕はどんどん次の段階に進んでいるからだ。


 追いつこうと必死になっているシオンを見て、僕は遅いなと感じていた。僕のそんな思いを察したのだろうか、シオンはだんだん僕と一緒に何かをしようとはしなくなった。


 別に兄弟仲はこじれていない…はず。


 ただなるようになっただけだ、お互いをなるべく干渉しないように。


「なかなか良さげな獲物がいないね、兄上」


「ああ、さっきからDランク以下の雑魚しかいないな。これでは今日は手ぶらで帰ることになりそうだ」


「あ!あの美しい羽を広げて闊歩しているモンスターはどうです?」


「ほう、動作が一つ一つ洗練されていて優雅だな。あれはなんだ?」


 何も恐れないように堂々と森を闊歩している優雅な鳥を指して護衛に聞く。


 体が大きくもなく、群れを成しているわけでもないのにあんなに偉そうに歩いているのだからもしかしたらBランク以上はあるかもな。


 弱い生き物とは何らかの手段で外敵から身を守るものだ、あんな風に歩き回れるなら強者かもしれない。


「あれはDランクの鳥種モンスター、コックピーですね。飛行することができず、危険を察知すると魅了する効果を持つ羽を広げて相手を魅了させます」


 雑魚じゃん。


「なんだDランクか。シオン、こいつはほっとこう」


「いえ、兄上。肉と素材だけでも持ち帰って近隣の村民に分け与えましょう。羽根も美しいですしきっと喜ばれるはずです」


「お言葉ですが、シオン様。コックピーの肉はまずくて食用には向きません。あと醜いないものを見ると我を忘れてとびかかる習性があるそうです」


「モンスターに美醜がわかるのか?不思議な話だな」


「美醜の判断基準は個体差があるようで、たまに異常なものに執着する個体もいるそうです」


「変わったモンスターですね兄上。解説ありがとう、ニコッタ」


「お礼には及びません、シオン様。仕事ですので」


 この護衛の名前はニコッタというのか。そういえば言っていた様な気もするな。そう僕の興味の対象がコックピーからニコッタの持つ知識に移った時、急にコックピーがけたたましく鳴き声を上げた。


「お二方、注意してください!こちらに気付いたようです!」


 魅了する効果を持つ羽根も広げずに突進してくるコックピー。こう見ると我を忘れるという解説も納得がいく。本当にただ突っ込んでくるだけだ。


 とういうか…


「なあ、シオン。あの鳥僕達を狙ってないか?」


「あれは醜いものを見た時の反応の様ですね。兄上の何に反応したのでしょうか?」


 思わず顔をしかめる。


 シオンは僕のどこかが醜いとでも思っているのだろうか。


「シオン、お前の客だぞ」


 そういってシオンのほうにコックピーをうまく転ばす。それでもコックピーは負けずに立ち上がり、僕に襲い掛かってきた。


 このDランクの鳥野郎…と内心毒づきながらシオンの方にコックピーを蹴飛ばす。するとシオンはすぐに剣を抜き放ち、コックピーを一刀のもとに切り伏せた。


「最初の獲物、確保ですね」


「こんなものを獲物として認めたくないぞ」







 あの後僕たちはコックピーの肉を使って落とし罠を作った。アホ鳥らしく肉は食用にも適さず、使い道のないゴミだと思ったが、有効活用できる方法があって僥倖だ。


「しかし、落とし罠なんて貴族らしかぬ狩りですね」


「いいじゃないか別に。我がシュティーア家は他の貴族と違って狩りの要求レベルが高いのだから」


 Cランクなんて一般人では到底太刀打ちができないぐらいのモンスターだ。間違ってもまだ幼い貴族の子息に狩らせるようなモンスターではない。


 ちなみにモンスターのランクはF~SSまであるが、その基準はかなり曖昧なものだ。基本的には戦闘力や厄介さなどで測っているらしいが、そこは人や時によって判断基準なんてバラバラだ。ランクの高下なんてザラにある話である。


 SSランクモンスターだって実在の確認と底知れなさだけでつけたランクで実際どれほど存在なのか誰にもわからないのだ。  


 そういえば父は過去に何度かSランクモンスターの討伐に成功した功績で受勲しているのだっけ。僕も機甲を手に入れたらまずはSランクモンスター討伐でも目指そうかな。


 考えているうちにモンスターは足音が聞こえる。


「兄上、何か来ましたね」


「ああ、あれは僕でも知っているぞオルトロスだ」


「確か頭が二つもっただけの犬でしたっけ」


「それは父上の評価だ、少しもあてにならん」


「鋭い爪と牙には気を付けたほうがいいですね。動きを機敏そうですし」


「確かCランクだっけ、オルトロスは。最近Bランクから落とされたはずだ」


「ええ、知能が低いからという理由だったはずです」


 オルトロスはコックピーの肉に気付いたようで、大した警戒もせず罠に近寄っていく。


「そろそろ罠にかかりそうだな。よし、シオンと護衛達ならば余裕だろう」


「兄上は?」


「周囲の警戒をするさ。漁夫の利を狙う輩がいるようだしね」


「本当ですか!?気づきませんでした。やはり兄上はすごいですね」


「護衛の奴らも気づいているだろう。僕はもう一つのほうに行く、護衛は要らん」


「メリル様!?」


 これでやっと自由に歩ける。護衛にごたごた言われる前にその場を去る。


「お気をつけて、兄上!」


 兄を信じきった顔のシオンに見送られながら僕はその場を離れた。




「お前たち、漁夫の利をねらうモンスターに気づいたか?」


「いえ、シオン様。申し訳ありませんが気づきませんでした。やはりメリル様は並外れてますな」


「やはりそうか。兄上はああいったが、兄上も父も私にとって高すぎる壁だ。いつもでたっても追いつける気がしないのだ。剣術でも、魔法でもな」


「シオン様も同世代では並外れておりますゆえ、嘆くことはありません」


「それではダメなのだ。私は兄の横に立って兄に認めさせたいのだ、弟シオンの存在を。そのためには どんな努力も厭わない」


「シオン様…」


「よし、まずはあのオルトロスを狩るぞ。お前たち本来の実力なら大した相手ではないのは理解してい るが、あれには私の糧になってもらわないと困る。逃げ出さないように周囲を囲ってくれ」


「お任せください」






 オルトロスと僕たちにも気づいて漁夫の利を狙うモンスターを発見する。その表情は獲物を現れたことを喜んでいるようにニヤニヤしている。


 赤い体にサソリの毒尾をもつ獅子の姿をしたモンスター、マンティコアだ。知性が高く、残忍な性格をしており、赤い体は遊んだ獲物の返り血によってできたといわれているやつだ。


 人の肉も好み、積極的に人を襲う危険なモンスターで、発見した以上放置するわけにもいかない。こいつは生態系も狂わす厄介な性質もあるし。


 しかし森の掃除をした部隊はこいつがいるのに気づかなかったのだろうか?それともついさっきこの森に来たのか。もし奇襲されていたらけが人が出来たかもしれないな。


 まあ今となってはどうでもいい事だ。正面から打ち破ってやろう。わざと剣を鞘に入ったまま横にある樹木に叩きつける。


「ギィッ!?」


 するとマンティコアは僕に気付いたようで、すぐさま毒尾を突き出してきた。それを一刀のもとに両断する。そして飛び掛かってくる前に得意の闇魔法を発動させた。


「<エクリプス・カルチェレム>!」


 虚空から黒い牢獄が現れ、マンティコアを閉じ込める。魔力と体力を奪う効果がある闇の牢獄に閉じ込められたマンティコアは奇声を上げて暴れるが牢獄が傷つくことはなかった。


「ギィィィィィィオオオオオォォォォォ」


 初めて聞くマンティコアの鳴き声だが、不快だな。獅子型モンスターらしくないし。そのまま閉じ込めていると次第に抵抗は弱くなり、マンティコアは絶命したように倒れ伏した。


 まだ毒尾しか斬って無いのだから仕留めたとは思わない。そういえば知性の高いモンスターであるマンティコアは、死んだふりをするらしいな。これは間違いなくそうだろう。



<エクリプス・カルチェレム>は拘束したうえで魔力と体力を奪い続けるが命までを奪うほどの効果はない。


 死んだふりして相手が油断した後とる行動は2種類だ。自分が負傷しているか、相手が強すぎたとき、これ以上手を出されないならそのままやり過ごすだろう。


 もし、相手が殺せる相手なら油断を誘った後、飛び掛かってくるだろう。今回、僕は回復可能な尻尾を切断して、魔法で縛っただけだ。大したことはしてないので、まだなめられているだろう。


 油断したら間違いなく飛び掛かってくるはずだ。


「おもしろい、勝負といこうかマンティコア」


 モンスターであるマンティコアに人族の言葉はわからない。ゆえにこれは一方的な宣戦布告。ちょうどシオン達を終わった様で、こちらに走ってきている。これならば劇的な演出を観せることもできるな。


 シオン達が状況をはっきり認識できるところで、闇の牢獄を解く。すると予想していた通り、すかさずマンティコアは倒れた体を跳ね上がらせ、飛び掛かってくる。


「ギギギィィィオオオォォォ!!」


 相変わらず不快な声だ。


「兄上!」

「メリル様!」


 弟と護衛の声が重なる。




 マンティコアが僕に届くのよりも早く腰から剣を抜き放ち、頭部から半分残った尻尾まで骨ごと切断した。


「ギィィオオォォ」


 後ろからマンティコアの断末魔が聞こえる。


「今回はもう死んだふりではないようだな」


 真っ二つになってまで生きていられるほど生命力は強くないはずだ。シオン達が駆けてくる。


「驚かせないでください、兄上!笑っていましたし、絶対わざとですね!」


「マンティコアの反応速度と自分の剣速を比べたくなっただけだ、勝つ自信あったし」


「メリル様、心臓に悪いことはおやめください。何かあれば父上になんとご報告すれば良いのやら。」


「普通に独断行動して死にましたでいいだろ」


「そういうわけにはいきません!しかし…」


「どうした?」


「Bランクモンスターをこうもたやすく切断するとは、恐ろしい剣の腕ですな」


「世辞は要らん、この程度普通だ。これぐらい王国を探せばいくらでもいるだろうに」


「しかし、メリル様はまだ14歳ではないですか」


「シオンも同じになったらできるだろ」


「精進します!」


「なんだシオン急に大声出して」


 返事もせずにシオンはマンティコアの断面を見ている。生物の内臓なんて見ていて気持のいいものではないだろうに。


 ……もしかして生物の断面を見て悦に浸る趣味でもあるのか?弟が少し心配になってきた。


「早くそれを解体してアイテム袋に入れろ。獲物も狩ったし、今日はもう帰るとしよう」


 シオンが何かに目覚める前に。サイコパスの弟は嫌だぞ。


「「はっ!」」


 しかし護衛達は元気な声と裏腹に戸惑った表情をしている。


「今度はどうしたんだ?」


「いえ、こんな斬られ方したモンスターはどう解体したらいいものかと思いまして…」


 改めてマンティコアを見てみる。断面から内臓が飛び出し、周りの土はマンティコアの血で青くなっている。 一番高く売れそうな頭部は綺麗に裂かれているので素材の価値としては殆ど無いだろう。


 これは……失敗したな。




 森に入った時とは違って、木々の間から差し込まれる光は弱弱しい。心地のいい風は少し冷えていて、森から聞こえるメロディーも変わっているようだった。ただ、森の見せる景色は変わらず美しかった。これから一日の終わりの時間が始まるのだろう。


 またこうやって狩りをするのもいいかもしれない。僕はそう思いながら帰路につくのだった。






 マンティコアの残骸?


 ……あれは土の肥やしになったよ。


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