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釣りの誘い

 


「──きて、起きてください」


 誰かにゆすられている。


「メリル様、もう朝ですよ」


「ああ、おはようカレル。今日はいい天気だね、おやすみ」


「今日は約束があるのではなかったですか?」


「…そうだったな」


 そういえばアスタに誘われているんだっけ。


 昨日の帰り道、アスタに明日楽しい所に連れて行ってやるから、時間を空けとけって言われた。特に予定もないから僕はその誘いに乗りアスタについていくことにしたのだ。 


 約束したからには間に合わせる。


 <記憶>のせいかもしれないが、僕は時間の約束にはきっちりしているのだ。眠い体を起こし、頭を冴えさせる。


「いつもこう簡単に起きてくれれば楽なのですが」


「予定もないのに早起きする意味はないよ」


 今はまだ明け方で、まだ外は薄暗いようだ。いつもなら絶対に寝ている時間だ。


「今日はあの冒険者の方とどこに行くのですか?」


「それが教えてくれなくてさ。濡れてもいい格好で来いとしか言われていない」


「分かりました、準備しますね」


「ああ、頼むよ」


「そういえば気になることがあるのですが」


「何?」


 カレルがこちらに顔を近づける。


「昨日あの獣人の方が私を見る視線がおかしかったのですが、何かしてしまったのでしょうか?」


 相変わらずの笑顔だが不思議と圧力を感じる。


 口ではこう言っているが暗にカレルはアスタに何かした覚えはない、これはお前がなんか変な事言ったんじゃないか?と聞いているのだ。


 心当たりは…ある。「エリーニュスよりも怖い」なんてジョークのつもりだったけど、アスタが真に受けてしまったのだろう。


「…さあ、何か予定があったんじゃない?高ランク冒険者だし、色々な人に誘われていてもおかしくないけど」


 まあ、正直に言う必要はない。今日中に誤解を解いておけば、この問題は問題として発覚しないのだ。つまり誤魔化せる。


「そうですか」


 カレルが納得したのかしてないのかはその表情からは読み取れないが、とりあえず深くは聞いてこない様だ。






 約束の場所であるこの街の名所、大噴水でアスタを探す。


「おーい、こっちだメリル」


「お、アスタ。後ろの馬車はなんだい?」


「今日はちょっと遠い所まで行くし、馬車を借りてきたんだ」


「へー、それで僕は何も準備してないけどいいの?」


「大丈夫だ。俺が全部準備してある」


「今日はどこまでいくんだ?」


「ディータニアン湖だ」


 たしかに歩きで行くにはちょっと遠いな。


「でもその馬車を引く馬がいないみたいだけど?アスタが引くの?」


「そんな訳ないだろ。引く馬も他人から借りる」


 馬を貸すなんてよっぽど余裕がある人物なんだ。


「お、来た来た」


 アスタが向いている方向に向き直ると、前からBランクモンスターのリノセスが近づいてきた。


 リノセスは頭の先に黒い角を持つ犀型のモンスターだ。機敏な動きはしないが破壊力のある突進と硬くて厚い皮膚が武器であり、わりと有名なモンスターだ。気性は大人しいし、人にも懐く。


「あれがこの馬車を引く馬だ」


 ……馬?


「随分豪華なものを貸してくれるね」


 僕だって高ランクのモンスターに引かれた馬車に乗ったことがある。


 だけどそれは僕が公爵家の人間だからであり、こんな小さな街にBランクモンスターに馬車を引かせられるほど財力を持っている人物はいないはずだ。


 ましてや他人に貸すなど。


「ああ、この街の街長はモンスターブリーダーをしているんだ。それで昔から最も愛情を注いでいたのがこいつだ」


 そう言う事か。大きい図体をしているしパワーもあるのでかなり食べるだろう。確かによほどの愛情がないと育てられないな。


「一番かわいがっているやつを貸してくれるなんて、街長と仲がいいのか?」


「飲み友達だ。今から来るだろうし、メリルも顔合わせとけ」


 言い終わらないうちにリノセスを撫でながらこちらに近づいてくる人物を見つける。 どうやら彼がリノセスをここまで連れてきたらしい。




「アスタ、大切に扱えよ!この子は繊細で…ん?」


 街長と視線が合うと、彼は自然な動作で右手をお腹に持っていき胃が痛そうに抑えた。最初から僕の姿は見えていたはずなのだが、反応が遅れたのは脳が認識するのを拒否していたからだろうか。


「…おい、アスタ。昨日できた友人と釣りに行くって言ってなかったか?」


 なんと、今日僕たちは釣りに行くらしい。意外な人物にネタばらしをされたな。


「言うなよ街長。せっかく釣り竿にも触ったことなさそうなこの坊ちゃんを驚かそうと思ったのに」


「坊ちゃんとか失礼な事いうな!この方は──あっ!」


 以前、正体をばらすなと言ったことを思い出したらしい。


「どうしたんだ?そういえば腹を押さえているか何か変なものでも食ったのか?」


「あ、いや、そういう訳ではない…。大丈夫、大丈夫だ。私は大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟く街長だが、その右手はまだおろされていない。よほど僕がストレスの種らしいな。


「愛情を注いでいるペットを貸すなんて心が広いね。えっと、ドウ…ポ…タ?


「ドウルプダでございます。さあメリル様、楽しい旅を願っておりますぞ」


 アスタに聞こえないように近づき、小声でそれだけ言うとつれなく去ろうとする街長の肩をアスタが掴む。


 アスタは街長よりも二回りも大きく、筋肉質だ。街長はなんとか振り切ろうとしているが、アスタはそんな彼の様子に気付かず、何もないかのように話し出す。


「まさかリノセスを貸してくれるなんて思わなかったぜ。悪いから今晩奢るから3人で飲もうぜ!」


「ああ、わかったから放してく──3人?」


「お前と俺と()()()だが」


 ドウルプダがこちらに視線を向ける。


「大変申し訳ないのですが、今晩は急用が入っておりまして。またの機会にさせていただきます」


 誘ったのはアスタなのになんで僕に言うんだ。


「おいおい、遠慮すんなよ。金なら俺が出すぞ、臨時収入があったんだ」


 ドウルプダにつめよるアスタ。ひょっとしてわざとやっているのだろうかと思い、顔を見てみるが純粋に一緒に飲みたいだけの様に見える。


 天然って怖いな。


「いや、本当に忙しいから…」


「そうか、なら仕方ないな…」


 そういってアスタは掴んでいた手を離す。ドウルプダはそそくさと去っていった。


 太っている彼らしからぬ早足をみると、少し面白い。





「おかしいな、最近は安定してきて暇だって言ったのに…」


「きっと僕がお酒飲める年齢じゃないから気を使ってくれたんだよ」


 高位貴族と飲むなんて、<記憶>の世界でいうところの平社員が会長と飲む感じである。

 

しかもその会長がお酒を飲まず、自分だけ飲む状況なのだ。気まずいし、気を使いすぎてお酒の味も楽しめない。嫌に決まっているだろう。


「そうか、やっぱりいいやつだな」


 アスタはそういうのを気にしない性分なのだろう。最後までドウルプダの内心が分からなかったらしく、勘違いをしていた。




 リノセスに馬車を引いてもらい、僕たちはディータニアン湖に向かう。


「そういやあのダンジョンはどうなったの?」


「当然封鎖したぞ。最後にエリーニュスがでてくるダンジョンなんてこの街の冒険者のレベルには合わない」


「だろうね」


 封鎖したとなる冒険者ギルドの許可が出た人物しか入れなくしたはずだ。まあ、情報が出回った今、好き好んであのダンジョンに潜ろうとする奴なんていないが。


「ただあの付近を通ると女の悲鳴が聞こえるから、不気味なんだよな…」


 放置してもそんな被害が出るのか。つくづく性格の悪いダンジョンだな。


「二度とエリーニュスには会いたくないね」


 苦い顔をしながら呟く。


 正直、自分の剣技と魔法があればどんな修羅場も潜り抜けられると思っていたのに、あんな相性の悪いモンスターがいるとは。いい経験にはなったが、もう一度やりたいとは流石に思わないな。


「ああ、俺もだ」


 アスタも嫌だろう。碌な対抗手段も持っていないし。そういやエリーニュスといえばなにか忘れたような…。まあいっか、そのうち思い出すだろう。


「それで今日は釣りをするという話だっけ?」


「ああ、釣りだ。やった事はないよな?」


「まあね。釣り竿に触ったことも無いよ」


 <記憶>の主の趣味の一つだったし、一通りの知識はあるけど。


「じゃあ楽しみにしとけ。釣りは釣れるときは本当に楽しんだ」


「釣れないときは退屈じゃん」


「心配するな。俺が最近見つけた秘蔵のスポットがある」


「良く釣れるの?」


「ああ。しかもモンスターに襲われる心配も少ないところだ」


 なにその神スポット。人が集まる街などから外に出たらモンスターの危険があるのが定説だ。のんびり釣り出来るなんて釣り人の聖地になってもおかしくない。


「そんなにいいところなら人が集まりそうだね」


「秘蔵といっただろ?まだ誰にも言ってない」


「街長やギルドマスターにも?」


「あの二人は釣りしないからなぁ。誘ってもいつも断られる」


 まあ自由な冒険者のアスタと違って彼らは責任ある立場だ。時間の確保も難しいのだろう。


「おっと、ここで曲がらねぇと。ちょっと寄り道するぞ」


「うん」


 アスタが手綱を引き、リノセスの進行方向を変える。道のりはまだ長いようだ。





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