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敵の正体

 

 中ボス戦のゴブリンナイト率いる集団を撃破したところからいくらか歩き、途中何度かあったゴブリンの襲撃も簡単に蹴散らして進んだところにその扉はあった。


 一般的な貴族の家にある扉よりも煌びやかな装飾がされており、その荘厳さは王城の扉にも劣らないほどだ。


 扉の中央には「嘆きの女神」と表するのが相応しい彫刻がされており、見る人を引き付ける美しさをもっていた。


「こりゃあすげーな」


 僕が頭の中で色々考えていると横にいるアスタからそんな事が聞こえてくる。珍しく芸術家っぽくこの扉を評価していたのに、横で「すげーな」だけで片付けられているのはなんか納得いかない。


 まあ、確かにすごいと僕も思う。


 違う意味で。


「ああ、本当にすごいよね、このアンバランスさは」


 扉の横の壁を見るとゴブリンの巣穴らしい土の壁である。素人目どころか芸術という言葉を知らない子供だってミスマッチと思うだろう。


「少し休憩してから行くか?」


「アスタは疲れたの?」


「いや、問題ない。でも結構歩いたしな、メリルはどうなんだ?」


 僕は一応まだ子供だし、心配してくれたらしい。


「こっちも問題ないよ」


 ずっと鳴り響いていた悲鳴はこの扉の前にたどり着いた時にパタリと止んでいる。それはそれでかえって不気味だ。


「そうか、なら少し考えてから行こうか」


「何を?」


「この扉の先にいるやつの正体だ。メリルは何か思いつくか?」


「この彫刻を見てからはなんか引っかかる感じはするんだけどね。まだ思いつかないや。アスタはどう?」


「俺は何も思いつかんな」


 アスタは難しい顔のままそこら辺にあった岩に腰掛ける。そのポーズはまるで<記憶>の世界の有名な彫刻、「考える人」の様だ。


 そんなアスタの姿に内心吹き出しながら扉に目を向ける。やはり中央にある彫刻が僕は気になる。


 両手で顔を覆い地面に座り込んでいる女神の彫刻は泣いているように見える。だからこそ僕は「嘆きの女神」と評したわけだが、その周りの赤い装飾を見るとまた違った意見が出てきた。


 女神の周りで散りばめられている炎の様な装飾をみて「怒り」の感情を思い浮かぶ。


「怒り」と「嘆き」、それに「悲鳴」。


 扉全体は薄暗い色で、暗い夜や闇を想像させるのも何か関係あるのかもしれないな。答えに近づいている気がするのだが、これ以上思いつくことは無かった。



「やっぱり何も思いつかないや」


「俺もだ。いくら頭振り絞っても思いつかん」


「まあ、分かる事は一つだけあるよ」


「何か思い付いたのか?」


「いや、アスタだって気付いていると思う。絶対この扉の先のボスは強いだろ」


「ああ、間違いないな。俺の勘もやべぇって言っている」


 行く先行く先にゴブリンしか配置せず、最後の最後でこんな事をするダンジョンの性格は「悪い」の一言で片づけられる。


 MMORPGのステータスふりで攻撃だけにしかふらない様なバランスの悪さだ。




「気を付けろよ、メリル」


「言われなくても分かっているさ」


 ここで引くという選択肢は無い。ここまで進んできたのにボス部屋の前で引き返すような真似はしたくない。


 それにようやく想像していた冒険者らしい事ができるので、僕の胸は再び高鳴っていた。両開きの扉に手を置き、軽く押し出す。


 開けるには大した力は要らなかった様で、扉はスムーズに開いた。


「さあ、行こうか」




 僕たちが大部屋の中に入ると、髪の長い女性がこちらに背を向けていた。ここで駆け寄ることはせず、敵を観察する。


 言うまでもなく目の前にいるのはモンスターであり、その揺らめく黒い魔力は今まで殺してきたどんなモンスターよりも強敵だと感じさせる。


 ──そうだ、僕はずっとこんな敵と戦ってみたかったんだ。


 自分の口角が自然と上がっていくのに対し、アスタは表情を厳しくさせているようだ。


「想像以上にやべぇな。メリル、悪いがお前の身に安全は保障できんぞ」


「そんな事はあの扉を見た瞬間から覚悟しているさ」


 腰から愛用の剣を引き抜く。その音のせいか分からないが、その人型のモンスターがこちらに振りかえる。


 その姿はまるで扉の彫刻「嘆きの女神」のように美しかった。夜のような黒いドレスに白い肌、まるで高貴な貴族令嬢の様だ。


 しかし人間にはありえない鋭く尖った長い爪と、顔が目も鼻も口もない「のっぺらぼう」だという事がモンスターだという事をひしひしと感じさせる。




 「まずは能力を調べるぞっ!」

 

 アスタが魔剣を振りかざして先陣をきる。


 これまで何度かアスタと戦うところを見てきたが、これほど迫力溢れる彼を見るのは初めてだ。しかしAランク冒険者の彼が全力を振り絞っているのに、どこかその背中が小さく感じた。


 人型モンスターまで駆け寄り、その勢いのまま太い両腕で魔剣を振りあげる。カラドボルグはアスタの魔力に反応し、刀身から黄金色の雷光が噴きだし、部屋を照らす。


「うおぉぉぉぉぉ‼」


 アスタの渾身の一撃は両腕を頭上に持ち上げ、ガードしようとしたモンスターの腕を難なく斬り飛ばし、それでも勢いは殺されず、床を爆ぜさせ、辺りに瓦礫を飛ばす。


 カラドボルグの能力である雷もモンスターのドレスを焼いていき、ボロボロにさせる。


「キャァァァァァ!」 


 開幕から大ダメージを与えられたからか、ダンジョンの入り口からずっと聞こえていたものよりも一段高い「悲鳴」がモンスターからこぼれた。




「くっ!」


 しかしアスタは焦ったように急に後ろに飛び去る。その直後巨大な闇の塊が、アスタが先ほどまでいた場所に突き刺さる。冒険者の勘というやつで敵の反撃を予想したようだ。


「大丈夫か、アスタ?」


「ああ、問題ない。両腕だけでも落とせて良かっ──」


 そこまで言って突然アスタの両腕から血が噴き出す。


「――うおっ!?」


 急な痛みに驚いたアスタがカラドボルグを落とす音が聞こえた。


「アスタ!?」


「くっ…。何なんだ一体!」


 即座に魔法袋からポーションを取り出す、アスタの腕に振りかける。すると腕の傷はみるみると修復されていった。


「助かったぜ!」


 アスタはカラドボルグを拾い、再びモンスターに向かって構える。


 僕も目の前のモンスターを警戒するが、こちらを眺めているだけで特に動きがない。しかし切り落としたはずの両腕はいつの間にか元の位置に戻っていた。


 ボロボロになったはずのドレスもビデオを巻き戻すような恐ろしい速度で修復されていく。あのドレスもモンスターの一部、という事なのだろう。


「デタラメな回復能力だな。」


 次いでアスタを見るとあることに気付く。急に血が噴き出したところはアスタがあのモンスターを斬った場所と同じなのだ。そこで扉の前で自分が推理していた事を思い出す。


「怒り」と「嘆き」、そして「悲鳴」だ。


 悲鳴はあのモンスター自身の声だろう。


 怒りと嘆きが入り混じった彫刻。


 そして自分を傷つけた相手に同じ傷をつける能力。


 そこで一つの行為を思い浮かべることができた。


「復讐」だ。


 傷つけられたことに対する「嘆き」、必ず同じ目に合わせる「怒り」という強い感情が生み出すものは「復讐」。


 そこまで思い浮かべたことでこのモンスターの正体はわかった。


「アスタ、やつの正体が判明したぞ」


「何、本当か!?」


 正体が分からないアスタにとって、どうすればよいかもわからない状況なので、少しでも情報が欲しいのだろう。


「奴の名前はエリーニュス。ダンジョンのみに生息している妖魔種だ。その最大の特徴は受けた物理攻撃を攻撃した存在に跳ね返す能力で、魔法も使えるし、回復能力も強い」


「そいつはどんでもなく厄介だな」


 エリーニュスを睨みながらアスタが呟く。


「<冒険王の伝説>でしか聞いたことないぐらい珍しいやつだ」


「俺も<冒険王の伝説>は何度も読み返しているはずだが、そんな存在は聞いたことないぞ」


 やっべ。


 一般的に流通しているやつには載っていないのか。冒険王の伝説──というのはその名の通りこの国で人気な冒険王と呼ばれたある冒険者(というか初代シュティーア領領主なのだが)の伝説を記した本だ。


 様々な考察本や子供向けに絵本に編集されたりしているか、一番人気なのは最初に出版されたものだ。


 アスタもそれを読んだのだろう。


 しかし冒険王の子孫である僕が読んだのは多少手を加えられたやつではなく、冒険王の伝説の原本…というよりは本人の日記そのものだ。


 つい要らんことを言ってしまったせいで正体がばれそうになるのでまた嘘をつく。


「アスタが読んだのと貴族向けの奴はちょっと内容が違うみたいだね。」


 嘘です。


 貴族向けに出版されたやつなんてありません。


「そうか。今度そっち貸してくれよ。」


「…ああ、うん。」


 嘘に嘘を重ねたらもっと状況が悪くなった。この場面で貸したくない…というのも変だ。


 しかし祖先の日記をそのまま貸すのは不味い気がする。あれにはシュティーア家の秘密や外に出してはならない恥等、王家にだって見せたくない物がそのまま残っているのだ。


 ああ、本当にどうしよう。



「まずは目の前の敵に集中だ。生きて帰れなければ本を借りることも出来ないからな。」


「うん、そうだね…」


 少し先の未来に辟易する。ここに至るまでエリーニュスに動きは無く、ただこちらをじっと観察しているようだ。


 能力の関係上「受け」にまわる方が得意だからだろうか。




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