街に出よう
模擬戦から二日後、僕はカレルを連れて街に出ていた。目的はもちろん見聞を深めるためと、冒険者に直接話を聞くためだ。
本来は一人で行く予定だったが、カレルが付いてくることになった。なんでも王都で騎士団に所属している友達が偶然こちらに寄ったので、会うことになったらしい。
それで途中まで一緒に行くことになったのだ。
もちろん僕たちは今、変装している。どこからどう見てもそこそこ裕福な家生まれの姉弟だ。一番の不安要素だった僕の言葉遣いも何とか矯正できたので、うまく演じられるだろう。
「それでは行きましょう、メリル」
「はい、姉さん」
うん、うまく演じれているな。
街についた僕らはまず、カレルの友人達のもとへ向かう。
「僕はまだ行く場所が決まっていないのに、カレルを連れまわすのも悪いしね」
「そうですか」
「それで姉さんは友達とどこで集合することになっているの?」
「このあたりのカフェで待ち合わせしていたはずなのですが……」
「カフェとは洒落ているね。てっきりどこかの酒場で待ち合わせていると思ったよ」
「女子会ですから」
女子…ね。
いや、まあカレルの見た目年齢なら女子なんだろうが……
カレルはどこか女子って感じがしないのはなぜだろうか。ちなみに実年齢は知らない。女性に年齢を訪ねるのはマナー違反だし、ちゃんと答えてくれる気がしないのだ。
道を歩いていると、一際目立つカフェを見つける。中々繁盛していて、外にもテーブルとイスが設置してより多くの顧客に対応できるようにしてある。
それに反して従業員の数はあまり多くないので一人一人が忙しそうに働いている。従業員を増やさないのは一族経営だからだろうか、人件費を払いたくないオーナーの都合だろうか。
店を眺めていただけでは内部事情までは分からない。
「あ、姉さん。カフェってあれじゃない?」
「そうですね。聞いていた名前もこの店と一致していますし」
「うん、それじゃあ僕はここで…」
と立ち去ろうとすると姦しい女性の声が聞こえる。よく通ったとても耳に入ってくる声だ。
「カレルったら遅いわねー」
ああ、カレルの友人達か。
「まあ、あの子はメイドだからきっと時間に融通がきかないのよ」
カレルが働いている場所まで把握しているし、間違い無いだろう。
「カレルはシュティーア家のメイドに就職かー。きっとお給金も私たちよりも貰っているんろうなー」
でも友達の個人情報をあんな大声で話すなんて色々不用心な人たちだな。
「あそこにいる騎士たちが姉さんの友人?」
「…ええ、そうですよ」
なんというかカレルと全然タイプが違うな。それともカレルもプライベートではあんな感じなんだろうか?いや、眉を少し吊り上げているところを見る感じ、そうでもないのだろう。
「じゃあ、カレル。僕はそろそろ――」
まあ、カレルの友人も見つけたことだし、ここいらで別れるとしよう。そんな事を思っていると、彼女たちはとんでもないことを語りだした。
「ねぇ、私たちの次の任務はなんだったかしら?」
「確か5日間は王妃殿下の護衛、その後3日間は姫の護衛ね」
「また休日が当然の様に無いのね。それにしても……」
「ええ、そうね……」
「「また周りに男がいない!!」」
……ああいう話は洒落たカフェでするものでは無いと思うのだが。しかも外の席でよく通る声で話しているせいで、人々の視線が集まっている。
あれじゃあ業務妨害になりそうだな。しかも騎士団の制服のままだし威圧感もある。
「このままじゃ行き遅れちゃうわよ!」
「それだけは嫌よ。誰かナンパしてくれないかしら。もちろんイケメン限定よ」
「普段は王族の護衛ばっかりで男に巡り合うチャンスが無いなんて理不尽よ!」
「しかも激務だから家事の練習する時間すら無いなんて!」
「ああ、昇進するために腕を磨いていた頃が懐かしい」
「ちょっと、それじゃあ私たちが若くないみたいじゃない。まだ大丈夫なはずよ」
「昇進した結果、激務なうえに、休暇が少ない、そして何より「出会い」がない!」
「そう聞くと仕事選びを間違っていたような気もするね」
「上司はチクチク嫌味いうし!」
「休暇くれないし!」
「女だらけでギスギスするし!」
「「男と出会えないし!!」」
友達がいるじゃない…なんて突っ込むとなんて言われるだろうか。そういうのじゃなくてとか言われそうだ。
「カレルはいいわよねー。絶対シュティーア家の執事とよろしくやっているわよ」
「ええ、あの子は要領いいし。もう何人食べたのかしら」
えっ?
…………凄まじい会話だな。
酔っているのか、あの二人は周りの事を気にせず大きな声でしゃべっている。
カフェだし酒とは出していないと思うのだが、なんであんなテンションなんだろう?当然周りの人は引いているし、あれではナンパなんて来るはずもない。
そもそも騎士団の制服を纏ったままである。騎士にナンパする奴は滅多にいないだろう。騎士団の制服を着ているせいで、店主も出て行けと言い出せず、さっきからチラチラと出て行って欲しそうに見ているだけだ。
つい演技していたことも忘れ、カレルにもう一度聞いてしまう。
「あれがカレルの友人だっけ?」
「いえ、知らない人です。……と言えればいいのですが」
心なしかカレルが少し震えている気がする。顔は相変わらず、笑顔の仮面を張り付けているが、それも剥がれそうだ。
無理もない。
街中で自分の名前を出されながら、痴女だという噂をばらまかれたのだから。そういえばカレルの仮面が木っ端微塵になりそうなのは初めて見たな。
しかしカレルの受難はまだまだ続くのだ。なにせあそこに合流しなくてはならないのだから。
今あの人々が注目している魔境へ行ったら自分が「カレル」ですと宣伝する様なものだが、あれ以上放置すると今度は何を口走るのか分かったものでは無い。
これは──いよいよカレルの笑顔が崩れるのが見られるかもしれないな。
あと気になる点が一つ。
「ねぇ、カレル。あ──」
「彼女たちの言っていることはデタラメです」
と僕の問いを見抜いたカレルが聞かれる前に答える。
しかし、いつもより早口になっている所を見ると、少し冷静さを欠いているのかもしれない。
──おもしろい。
「でも要領いいんでしょ?男食うのが」
「それは勉強や仕事の話です。そういうものではありません」
それは分かっているが、あの女騎士たちの会話からするとそう誤解してもおかしくない。
滅多にないカレルをいじるチャンスなんだ、手放すわけにはいかない。
「しかし類は友を呼ぶっていうし、カレルも……ねぇ?」
「彼女たちの友人になったのはあんなに拗れる前からです。では私はそろそろ──」
「ああ、この店おいしそうだな。僕もここでなにか食べて行こうかな」
「普通ですよ」
「お洒落そうなカフェだし入ってみようかな」
「普通ですよ」
「そういえば!──今日はいい天気だね。噂話をばらまくにはいい日だねぇ」
「時間稼ぎはやめてください」
「ばれたか」
こうやってカレルが彼女らを止めに行くことを邪魔することで何か面白いエピソードでも話さないか期待していたのだが目論見がばれた以上、もうやめた方がいいだろう。
これ以上やると後が怖い。
「それじゃあ、姉さん。ここで解散にしようか」
「ええ、そうですねメリル。私は用事ができましたので」
「今すぐにでも酒場に移ったほうがいいね。あれじゃ店主がかわいそうだ」
それだけ言ってカレルと別れる。洒落た女子会は中止だろうな。
女騎士たちが再びカレルの話を始め、それに怒りを募らせたカレルの歩行速度が速くなったことを横目に、僕はその場を離れた。
さあ、まずはどこに行こうかな。




