模擬戦の反省会
各試合の反省会をしていきながら、話はだんだんとずれていった。今は彼らの上司にしてこの模擬試合の主催者──父の話になった。
「騎士団にいる父上はどのような働きぶりなのだ?」
それを言った瞬間4人が目を輝かせた。
「騎士団長はすごいお人ですよ!」
「お父君は最高の騎士です!」
などなど一辺に言われるがうまく聞き取れなかった。だが、かなり尊敬されているようだな。
それからも数々のエピソードを聞いていく。……話を聞いていると家にいる父と騎士団長は別の人物ではないかと思う。まあ、<記憶>の世界でも「父」というものは家にいるときと外にいるときはだいぶ違うらしいな。
会話が一息つくのを見計らって気になっていたことを質問する。
「フルレイダの使い手の、えっと、ヌエダだっけ?」
「はい、ヌエダで合っていますよ」
良かった、何とか思い出せた。
「ヌエダの戦いぶりが他の3人と違うようだったが、何か理由があるのか?」
他の3人は騎士団で叩きこむような正当な技に比べ、ヌエダのものはどこか傭兵や冒険者を彷彿させる。
「鋭いですね。私は他の三人と違い、元々は騎士団所属ではなかったのです」
おお、やっぱりか。とすると、やはり──
「傭兵だったのかな?」
「ええ、きっかけは村のみんなと一緒に傭兵をやろうとしていました」
「ほう、傭兵か」
ほかの3人も、同僚の過去が気になるのか聞く姿勢に回っている。
「ええ、凶作のせいで村の食糧が尽きかけたので、村の若い男性で傭兵でもやろうという事になったのです。私は機甲を顕現できたので、団長になりました」
この世界にも貧困がある。それは誰かの悪意なこともあれど、大抵は自然のせいだ。急激な環境の変化や、モンスターの襲来など危険を数えだしたらキリは無い。
外壁に守られた街ならばなんとかなっても、自衛能力が低い村ではどうにもならなくて崩壊を迎えた事例などいくらでもある。
「最初は不自然なぐらいにうまくいったのです。仲間も増えていき、信用も得ていきました。とはいっても地方で少し名が知れる程度ですけどね」
「短期間でそこまで成り上がれるとはすごいじゃないか」
「ええ、私たちもそう思っていました。自分たちはすごいのだと、このままどんどん成り上がれると。増長した私たちは、到底できないであろう依頼を引き受けてしまったのです」
これは冒険者にも良くあることだな。過ぎた自信は我が身を滅ぼす。
「それで当然のように大敗北をし、信用も地に落ちました。仲間も半数以上失い、日々の食糧問題にも追われるようになりました」
一度敗北したぐらいでは、普通はそこまで落ちぶれないだろう。だが、彼らは自分を過信し、無理難題に挑戦してしまった。そのせいで信用されなくなったのだろう。
自信を冷静に分析できない愚か者として。
「残った仲間も一人一人と離れていき、最後まで残ったのは初めからいたメンバーだけでした。その者たちを生かすために私は盗賊になろうと思ったのです」
盗賊と聞いて、他の3人の目が少し厳しくなる。騎士団所属としては盗賊など見過ごせないのだろう。
「生きるためには盗賊にすら身をやつす覚悟をしたという事か。そこからどうやって騎士団に入ったのだ?」
「そうですね、盗賊になろうと決意し、最初の村を襲った時のことです。今では良かったと思えるのですが、当時の僕たちには最悪ともいえることが起きたのです」
「最悪な事?」
Sランクモンスターに襲われたとかか?それならば全滅していそうだが。
「なんとその村には騎士団長が偶然にも滞在していたのです」
それは何とも不幸な。騎士団長ならば精鋭を引き連れるだろうし、さぞかしボコボコにされたに違いない。
「私たちは瞬く間に捕まっていき、残りは私一人になってしまいました。そこで私は惨めにも仲間の命乞いをしたのです。自分はどうなっていいから彼らだけは……と」
仲間のために命乞いしたのならば惨めではないと思うが。
「正直、望みは薄いと考えていました。盗賊に情をかける騎士団なんて変ですからね」
「まあ、それもそうだな」
変どころか大問題だ。
「しかし、騎士団長は私たちが初犯だと見抜きいてまだ引き返せる、罪を贖うのならば騎士団に入れてやってもいいと言ってくれました」
いいのか、それ。
どう考えても職権乱用だろうに。
「それは流石に周りのものが抗議しただろう?」
「いえ、副団長だけは何か言いたげにしていましたが、誰も抗議しませんでした」
……これがカリスマという奴だろうか?
「僕たちはその降って湧いた希望にすぐに飛びつこうとしましたが、それを止めたのも騎士団長の言葉です。あの方は助かるために条件を提示しました」
「条件?」
「残った私と騎士団長で一騎打ちし、力を認められたのならば全員騎士団に入れてやろうと。しかし、ダメだった場合は全員ここで処断すると」
父は鬼か。
僕の渋い顔を察してかヌエダが父を擁護する。
「後から聞いたのですが、ダメだった場合でも普通に裁判にかけられるだけだったそうですよ」
「……そうか。それでヌエダが今ここにいるという事は、力が認められたという事だな」
「はい。仲間のためにあの時は死に物狂いで戦いました。まあ、こちらの攻撃は全然効いていない上に、騎士団長はろくに攻撃していませんでしたけどね」
「父上はやはり強いのだな」
その父に食らいつくために本当に死力を振り絞ったのだろう。
「仲間思いなんだな、ヌエダは。今聞いた話だけで感動的な本が書けそうだな」
「いえいえ、ありふれた話ですよ」
「そう謙遜するね、他の三人も随分と聞き入っていたぞ」
僕の言葉の通り、ほかの三人はずいぶん集中して聞いていた。
そのうち一人は途中から涙を流していたほどだ。死力を振り絞って仲間のために戦い抜いたという話は尊いものだ。ヌエダの話を聞いて少なくとも僕はそう思った。
自分も他人のために必死になるためにできるだろうか。かけがえのない「仲間」という存在を作れるだろうか。未来は分からないが、いつかきっとできるだろう。
「皆は父と交戦経験があるのか?ヌエダからはもう聞いたが」
聞いてみると、全員あるようだ。
とはいってもヌエダ以外は軽い模擬戦だったらしいが。
「僕はまだ父上の機甲を見たことが無いんでね、情報が欲しい。聞かせてくれないか?」
姿だけは本で見たので知っているが、詳しい情報は無い。そこからはみんなの話を聞くことにする。
見た目通り力に秀でている機甲らしい。
大剣を普通の剣と変わらないように振るうほ腕力が強いとか。
防御力も高く、硬い装甲と剛力を合わせた突進の威力がすごいとか。
騎士団長の技術と合わさって、まさに全騎士団最強だとか。
まあ、簡単にまとめると攻撃と防御に秀でた機甲という事だ。
「何というか、隙が無いな」
「ええ、まさに国内最強の戦士ですよ!」
それは賛否両論だと思う。
「明日のお前たちはつらい戦いになりそうだな」
「ええ、それは私たちも分かっています」
「しかし、騎士団長に認めてもらうチャンス!これは奮起するしかないです!」
「認めてもらえば階級も上がり、賃金も増えて、女性にモテます」
「まて!私はそんな事は考えていないぞ!お前達と一緒にするな!」
「私だって考えていない!カメルみたいな不純な動機はもっていない!」
仲がいいな、こいつら。少しだけ羨ましく感じる。
他愛ないやり取りを眺めながら、楽しそうに言い争っている彼らに声をかけた。
「もう遅いけど、父上に挑む上での作戦とか考えてあるのか?」
「「「「あっ!?」」」」
4人とも忘れていたような顔をしている。すぐさま彼らは意見交換に入り、作戦を立て始める。
先ほどと変わらない雰囲気で案を出し合う彼らを少しだけ眺めた後、僕はその場から離れる。
修練場の外はもう暗かった。夜の涼しい風を心地いいと感じながら待機していた執事を呼びつける。
「何か御用でしょう、メリル様」
「彼らは明日、大変な挑戦をするようだ。ぜひとも彼らが十分の休息を得て、明日に備えられるように取り計らってくれ」
「かしこまりました」
優雅に一礼する執事を置いて、屋敷の方へ歩いていく。
願わくば、彼らが父に一矢報いられますように。




