カレルの授業
今日の僕は最高に気分が良かった。なんとついに父が機甲を見せてくれるというのだ。
ついでに授業もしてくれるらしい。ここで一度、機甲について復習しておこう。
機甲とはざっくりいえば巨大の鎧を纏って動いているようなものだ。<記憶>で言うところのロボットに変身している…と説明できるだろう。もちろんありがちな巨大な奴ではなく、大きさは人間よりは大きい程度だが。
機甲を顕現できればパワーもスピードも増し、頑丈さも増す。純人族最強の固有能力にして、全種族で最もポテンシャルがあるといわしめるものだ。
機甲が顕現できれば、人の国での未来は明るいのだ。様々な仕事につけるし、大活躍もほぼ確定されている。騎士や冒険者、傭兵など選択肢は広い。
戦闘が嫌でも大工や運び屋等の力仕事、生身の人間では出来ない作業と引っ張りだこだ。
あの他種族に排他的なカスドラク教国では機甲を顕現できる人を「選ばれた神の戦士」とまで言っている。基本的に人数以外で他種族に劣っている純人族の切り札だからだろうか。
デメリットと言えば顕現中は魔法を使えなくなる事と、ダメージを受けすぎたり維持し続けるための魔力がなくなってしまうと強制的に解除されることだろうか。
平民や貴族問わず、年頃の男の子は機甲が顕現したいと願うだろうし、それを使って活躍する自分を妄想したりするだろう。
しかし、こんな素晴らしいものは誰もが得られる訳がない。平民には残念な事実だが、機甲を顕現できるのは貴族ばかりだ。貴族は機甲を持っている血を積極的に取り込んでいるからか、顕現できる者の出現率が高いのだ。
逆に平民生まれは非常に希少だ。しかも貴族の顕現する機甲のほうが大体スペックが高い。それでも平民から成り上がれるチャンスなので、誰もが自分も──と願うのだが。
全く同じ機甲は存在しないという事が判明している。つまり機甲は顕現できる人の数だけ種類があるのだ。
有名な冒険者や傭兵の機甲一覧の本を眺めているだけで幸せの気分になれるものだ。もしかしたら僕は<記憶>でいうところの「オタク」という存在に片足を突っ込んでいるかもしれない。
僕はもうそろそろ顕現できる年齢なので、最近は恥ずかしながら妄想までしてしまう。機甲があれば外の世界を冒険するのに大きく役に立つだろうし。
まあ、ともかく僕は午後の授業を楽しみにしているのだった。
「なあ、カレル。午後のために朝の授業を無くしてあげようという主への忠義はないの?」
「ありません」
楽しい時間は午後まで待たないと来ない。僕の午前はまたこうして他の授業に奪われるのだった。
「なあ、カレル。この授業……いる?」
「メリル様には必須のものですよ」
勉強している子供がよく思うことをカレルに問いかけると、ありがちな答えが返ってきた。
こんな返答しか返ってこないことを予測はしていたが、この授業に限っては流石に聞かずにいられないと思う。
何せこの授業は――
「僕はメリル・シュティーアだ…です」
「はい駄目です。素が出ていますね」
猫を被る授業である。
最初聞いて時は愕然としたものだ。こんなものまで授業にするなんて、と。
そして少し授業を受けてみて分かったことがある。自分は猫を被るのがかなり下手くそだということに。ちょっと油断するとすぐに素が出てしまうのだ。
「こんにちは、初めまして。ぼk…私はメリル・シュティーアだ…です」
「ここまでひどいと思いませんでした」
「ちょっと気が抜けただけだ、見てろ」
「さっきからずっと見ていますよ。次は他人の技を褒めてみてください」
冒険者がかっこよくマンティコアを倒すところを思い浮かべる。
「流石ですね、なんとも素晴らしい技だ。それぐらい私にもでき…あっ」
カレルが頭を痛そうにおさえている。
「どうしたカレル。具合でも悪いのか?表情筋が死んだのか?仮面が割れたのか?」
「分かっていて聞いていますよね?なんでもこなすので今回も大丈夫かと思いましたが、まさかこんな所に弱点があるとは」
「自分でもびっくりだ」
「ならもっと意識してください。これじゃ他国の王族に会うときや、正体を偽る時に困りますよ」
「分かってはいるけどね……」
「特に他人を褒めるのが致命的ですね。何なのですか「それぐらい私にもできる」って。褒める気ありませんよね?」
「つい…」
「良いですか、「褒める」というのは他人と関係を築くのに非常に有効なコミュニケーションツールになるのです。他人の褒められても悪い気がしませよね?」
「いや、褒められて称えられるのが当たり前だったから、それはあんまり分からないかな」
お、カレルの笑顔に少しひびが入った気がする。こんな事は初めてだ。だが他人の称賛がうれしくないのはしょうがないだろう。
結果を出すのは当たり前。他人の期待を超えていくのは普通で度肝を抜くのも日常茶飯事だ。称賛には慣れている。
「…分からなくとも問題ありません。普通の人は褒められるとうれしいという事を覚えておいてください」
「ああ、分かった」
「では練習を続けますよ」
結局、猫被りの授業は休まず昼まで続いたのだった。
姿勢を正し、ナプキンをつけて食事が運ばれるのを待つ。今は家族で昼食をとっている。シオンだけは友人の家に招かれたとかで、今はいない。
普段はそんな事気にも留めないのだが、先日のパーティーでの惨状を体験した今は自分の交友関係に少し絶望していた所なので、改めてシオンを見習おうと思い直した。
あいつは今頃きっとパーティーで婚約者と会っていると思うと少し羨ましい。
少しの時間だけ待っていると、すぐに最高の腕で調理された料理が運ばれてきた。
「おお、今日はドラゴンのシチューか。さっそくいただくとしよう!」
父がうれしそうに話す。そういやこれが好物だったなと思い出す。
「ドラゴンの肉が硬いからかなり煮込まないといけないのでしたっけ?」
「ああ、そうだな。少なくとも一日は煮込まないと」
早速、昼食での話題がドラゴンの肉の話になる。たしかに調理に手間がかかるし、あんまり市場に出回らない食材なのですこし豪華に感じる。
あと、ついでにかなり値の張る肉だった気がする。我が家の財政には少しも響かないので気にする事ではないのだが。ドラゴン自体ポンポン現れるような代物ではないのでこの肉は貴重なのだ。
限界まで柔らかく煮込まれた肉を口に運ぶと、口に流し込むように入れる。そしたら次の瞬間、凝縮された旨味が口いっぱいに広がった。
うん、流石に手間暇かかっているだけにうまいな。メインデッシュの他にも様々な料理を楽しんだ。夜ほどではないが、流石に貴族の食事だけあって昼も豪華だ。
食事に一段落ついたことで、父が口を開く。
「メリル、分かっていると思うが今日は──」
「もちろんですよ、父上。やっと父上の機甲が見られるのですね?」
「うむ、覚えているようで安心したぞ。そういえばお前は昔から何かと機甲への関心が高かったな」
「ええ、大抵の物事にはつまらなさそうにしていたのに不思議ですね」
確かに自分はなぜか機甲が好きだった。特にその冒険譚や詳細なデータを見るのがたまらなく心踊るのである。もしかしたら<記憶>の影響かもしれない。
この<記憶>の持ち主だった奴は「ロボット物」が好きだったそうだから、それと似ている機甲もきっと気に入ったのだろう。<記憶>にはもちろん意思などないし、機甲は巨大でもないが。
「機甲にはなぜか魅力を感じるのです」
「お前にも年頃の子供らしさがあると知った時は驚いたものだ」
「今まで妙に大人びていたから、こういう面もあると知って安心したものです」
僕はその言葉に照れたように微笑む。でも、内心では複雑だった。幼い頃は同年代がバカばっかりに見え、必要以上に子ども扱いしてくる大人が気に食わなかった。
自分を不気味に感じていたであろうとも親の愛を注ぎこもうとしてくれたこの両親も、ただの体裁で自分に優しくしていると勝手に考えていたものだ。
<記憶>は諸刃の剣だ。
教えてもいないことを既に知っていて、雰囲気もまるで子供らしくない子供を造り上げるのだから。
子供は間違い起こし、それを叱られながら育っていく。なのにダメと言われることを初めから知っているように避け、正しい事ばかりしている子供はかなり不気味だろう。
両親は、まわりは良く育ててくれたものだ。一歩間違えれば<記憶>で言うところの「闇落ち」みたいな状況になっていたかもしれない。
しかし、今はもう違う。
あの違和感が、<記憶>の正体が判明した今、もう苦しまれることはないだろう。
周囲も、自分も。
これまで苦しんだ分ぐらい、これからは役に立ってもらおう。もう何を知っていても本を読んで知ったと誤魔化せる年にもなった。これからは演技する必要もない。
幼い頃からの誰にも言えない悩みが一つ融解したな。このまま<記憶>はずっと自分の心のままにだけ閉まっておこう。
それでいいはずだ。こんなものの存在を明かしても誰もきっと幸せにならないだろうし。
少し自分の雰囲気が明るくなったことを、機甲のおかげと勘違いしてか、父はあれから機甲の話を続けている。
母も父の面白い話を混じえながら、自分たちの過去の話を語ってくれた。
それは今までに聞いたどの冒険譚にも劣らない素晴らしいものだった。
「そこで私が思いっきり剣を振りあげ…ん?聞いているのかメリル?」
「もちろんですよ、父上。近隣を荒らしていたモンスターを倒した後、母上とラブロマンスを繰り広げたのですね?」
この辺は本で何度も見たから良く知っている。
「うむ。放置しておくと後が怖くなるからな、早めに退治しておいた。あの時はレイラが中々愛を受け取ってくれなくて困ったものだ」
「もう、そんな昔の話は掘り返さなくてもいいでしょうに…」
おや…なんだか雰囲気が甘ったるく…
そういえばとアデル皇子の発言を思い出す。
確か…お前の周りは婚約者持ちばかりになるな、と。
正確には父と母は結婚しているので、婚約者同士でないのだが、目の前の雰囲気はまるで初々しいカップルの様だ。自分は女性の相手ができないのに、目の前でいちゃつかれると少しむかつくな。
……よし、気に入らないから雰囲気を破壊しよう。
「父上と母上の話は本で何度も読み返しましたからね。よく知っていますよ!」
「おお、そうか!お前もきっと運命の相手に出会えるはずだ!」
更に僕が明るくなったのが不思議だと感じながらも、父上が少しうれしそうに答える。
「メリルはあなたと違って完璧ですからね、選り取り見取りの選びたい放題ですよ」
と褒めてくれる母上。
僕はこのセリフを待っていた!
「いいえ、僕も父上のように心に決めた女性一人に愛を捧げますよ」
と笑いながら父に顔を向ける。
父の顔はかろうじて崩れなかったが、かなり強張っていた。
以前父には母は浮気の事は知らないと言ったが、実はあれは半分嘘である。
母はとっくに父が何かやらかしたことを知っていて、それを話してくれるのを待っている状態だ。
父の隠蔽工作のおかげか、はたまた母の情けか母はまだ詳しい内容は知らないだろう。自分から話してくれるのを待っているのだ。
女性を待たせる男性はモテない…だっけ。
これは誰に聞いたものか思い出せないが、きっと父だったはずだ。
ゆえに、僕はこう思う。
父よ、早く母に言った方が良いぞ。
厄介な事は遅くなるほど後は怖くなるのだろう?
ちなみに母の顔は怖くて見れなかった。




