プロローグ<記憶>
小説はじめました。
5歳の頃から違和感に苦しみながら生きていた。
自分の中にもう一人別の自分がいるみたいな変な感覚だ。
大貴族の長子として生まれ、この違和感に耐えながら貴族として一人前になれるように厳しい訓練をこなし、このシュティーア家の次期当主になれるように励んだ。
7歳のころにようやく違和感の正体に気付いた。これは誰かの<記憶>だと。
なんで自分がこんな<記憶>を持っているか分からないが、理解し、受け入れたことで<記憶>は自信の一部となった。
苦難も多くあったけど、正体がわかった以上<記憶>のせい自体ででもう苦しむことはないだろう。
<記憶>を受け入れ、成長した今ならわかる。自分は周りから見ればさぞかし不気味な存在だったのだろう。
泣かないし、騒がない。なんでもこなすのに、時折何かに惑わされているように悩みだす。笑わせようと、楽しませようとしても達観した目で眺めているだけ。
全然子供らしくないのだ。表立って排斥されたり、腫物に触るような扱いをされなかったのは貴族の長子だったからだろうか。
<記憶>そのものに頭を悩ませることは無くなったが、全てが解決する事は無かった。未だに周りとの齟齬を感じる事は少なくないし、常識や考え方が違いすぎると思わせる部分も修正できていない。
さて記憶の内容について話そう。その誰かの記憶は地球という世界で日本という国で学生だったらしい。
「二次元」にどっぷり浸かっている「オタク」という存在だったらしい。記憶全てが綺麗に見えるわけではないが、この「オタク」関連の知識にだいぶ偏っている事がわかった。
そのなかで興味深い内容がいくつもあったのだ。
特に小説の主人公が四角い動く荷物箱に衝突して異世界に転生したり、他の存在に憑依したりという今の自分の状況に少し似ているところが面白い。
個人的には転生は良いが、憑依は自分を乗っ取られるのでたまったものではない。
その憑依を知ったときは体の主導権を奪われずによかったと胸をなでおろしたものだ。この<記憶>そのものに意識は無いと気づくまでいつも恐怖にとらわれていた。
小説の中で主人公たちは日本という国のものを再現し、異世界で金を稼いだりと技術を進歩させたりと大活躍していた。
この記憶の主もそういう作品が好きだったようでこういう記憶は多々あるのだ。
これには僕も喜び、小説の主人公にあやかって日本という国のものを再現して自分の領土を発展させようと意気込んだのだが――失敗した。
原因は簡単だ。彼はどんな素晴らしい品々の作り方も知らなかったのである。幅広い料理に使える「醤油」や入ったら出てこられなくなる「コタツ」、産業に革命が起きる「蒸気機関」など何一つ詳細を知らないらしい。「醤油」だけはなんかの豆を腐らせるみたいなことを把握していたが、だから何だというのだ。
その程度の意識何の役にも立たない。彼もそんな主人公たちに憧れているのならばそういう知識を獲得してほしかった。…と思うの少し贅沢だったかもしれないが。
彼もきっと今の僕と同じ様に、日々勉学に負われ、責任ある立場として精進し続けていたのかもしれない。オタクには様々な義務や為すべき使命が多くあったらしいし、きっと忙しい人生を送ったのだろう。
彼の記憶のおかげで家庭教師やらが教えてくれる以上のものを知れたことも事実だ。どんなことがあり、彼の<記憶>だけが僕のもとに来たかわからないが、記憶が捨てられない以上、有効活用するしかない。
「地球」という世界では人間というこちらの世界の純人族に近い存在が支配していたらしい。「地球」のどこに行っても人間がいるというのはすごいことだと思う。
しかし、人間しか人族に近い存在がいないのが謎である。かの世界では肌の色ぐらいしか違いがない。
こちらの世界では人族は4つに分かれている。
まずは獣と人間を合わせたような獣人族。彼らは様々な種族が多く、見ていて飽きないのだ。身体能力が高く、一芸に秀でているものが多い。魔法を扱う能力は高くないが、それは魔力が無い訳ではなく身体強化に魔力を使っているからと言われている。
次に妖精族だ。妖精族は2種族しかおらず、彼らの仲はあまり良くない。耳が長くとがり、弓と魔法の適性が高いエルフ。高度な鍛冶や工芸能力を持っている「ものづくり」のドワーフ。エルフはユグドラシルという巨木を信仰していてドワーフはそれを気味悪がっているらしい。 一方ドワーフの山や鉱石への熱意はエルフには理解できないものらしい。そういえば「記憶」のなかでも創作物の中のエルフとドワーフは仲が悪かったな。
そして魔法を使わせたら右に出る種族は無いと名高い魔人族。彼らは魔力を扱うのがうまく、彼らにしか扱えない魔法も多いのだ。彼らはあんまり歩き回らず、純人族と生息域が離れているため詳細な情報は無いが、いつか彼らの国に行ってみたい。獣人族ほどではないが、魔人族も多様な種族がいて、「魔人族の貴族」と呼ばれるヴァンパイアによって統率されているらしい。
最後に人間に近い純人族。人間は「記憶」の小説では色々の種族がいるとき、比較的弱者の部類に入っていたが、この世界ではそんなことはない。バランスのとれた能力値をしており、何よりも「機甲」という特別な能力を有しているものもいる。
<機甲>とはざっくりいえばロボットを体に纏う感じである。「機甲」を纏えばパワーもスピードも増し、頑丈さも増す。能力値的に見れば全種族最強であるように見えるが、「機甲」を顕現させられる者の数が少ないので総合的には魔人族には劣っているとみられている。
貴族は機甲を顕現できる人物を積極的に取り込み、安定して機甲を顕現できる「血」を受け継いでいくようにするのが普通だ。
我がシュティーア家も3代目前まで遡ってもすべての男性は顕現できているので、自分も大丈夫だと信じている。
機甲は15歳となると同時に顕現できるかどうか自分でわかるらしい。自分はまだ13歳になったばかりなのでまだ先の事である。
機甲が顕現できたら世界を旅してみたい。まだ見ぬ光景を想像するだけで胸がふくらんでいく。
我が家は初代国王と世界を旅した冒険者の血を引いているようで、国の柱たる大貴族でありながら国外まで歩き回ることを許されている。家訓でも当主が十分だと判断したら外の世界に導けとあるくらいだ。
そのかわり幼いころに婚約者を決めることも家訓では許されていない。理由は先祖の冒険者が自分で嫁を様々な冒険をしながらつかみ取ったことと、単純によく外に出るからだ。
モンスターが闊歩するこの世界では外を歩くことにリスクがつきまとう。婚約者を残して死ぬなど男として論外らしいので我が家の家訓によって僕に婚約者はいないのである。
<記憶>の中の貴族のイメージは女を囲って楽な生活を送っていたが、それを見た後に自分の境遇を見つめ直すと少し理不尽だと感じる。
義務だけ残って権利が取り上げられたような気分だ。まあ、外の世界を堂々と歩き回れるのも上々であるのだが。
先祖の血のせいだろうか、僕も外で冒険することになみなみならぬ興味を抱いている。誰も知らない様な景色や味を、封じられた遺跡の秘密を、強大なモンスターと渡り合うスリルを楽しめるのが冒険者というものだ。
今はまだ旅に出ることは許されていないので、今日も僕はどこぞの冒険者の自伝を読みながら期待を高まらせる。
いつか自分が外を冒険する時まで。




